家畜化にあたり、犬の「表情筋」は変化を遂げた

マイケル・アランダ氏:わんちゃんを飼った経験のある人ならご存じでしょう。あの潤んだ目で見つめられたら最後、靴をずたずたに噛みちぎられたとしても、長く怒ることはできませんね。すぐに許してしまいます。

ところで、犬が人の心をわしづかみにする力は、実は偶然得たものではありません。犬の家畜化の歴史の中で、人による淘汰圧の結果獲得した特性なのです。

犬と人との密接な関係は、3万3千年前の犬の家畜化に始まり、犬は現在の姿になりました。

家畜化にあたり犬の表情筋は変化を遂げ、人とのコミュニケーション能力が飛躍的に向上しました。「内側眼角挙筋」もその一つであり、この筋肉は犬の眉の内側をぐっと上げることができます。ほとんどすべての種類の犬にありますが、近い仲間であるオオカミには見られません。

さらに、犬はオオカミよりも頻繁に大きく眉を動かします。犬は、目が大きく見えて人にとって「悲しげ」な表情が作れる、眉を上げる動作を獲得したのです。

人との関係性を育むため、犬は表情筋を巧みに利用

さらに犬の感情豊かなまなざしは、人の母性本能を刺激します。人と犬との間でアイコンタクトがとられると、犬と人の双方にオキシトシンというホルモンが分泌され、このホルモンは愛着を促進します。つまり犬は、ホルモンの分泌により飼い主からの愛着を受けて利益を得るのです。

人の心を掴むのは、眉を上げる筋肉だけではありません。人との良い関係を作るために、犬は表情筋を巧みに利用しています。

私たち人間が表情を作る表情筋は「速筋線維」です。速筋線維は収縮が速い筋肉であり、表情を豊かに・速やかに変化させることが可能です。逆に、長く同じ表情を維持するのは困難です。「遅筋繊維」という筋肉はゆっくりとした丁寧な動作が得意で、人間はこの遅筋繊維を唇や舌に多く持ち、丁寧で複雑な動作で言葉を発します。

犬の表情が「笑っている」ように見えるワケ

『The Journal of Experimental Biology』誌の2022年定例会で、ある研究が発表されました。これによりますと、犬とオオカミには共通した表情筋がたくさんありますが、オオカミはゆっくり続く遠吠えなどに適した「遅筋繊維」を多く持つ一方で、犬は短い吠え方に適した「速筋線維」をオオカミの3倍近く多く持っています。

これらの速筋線維はさらに犬の眉を表情豊かに動かして、人間から見ると笑っているような表情を作ります。犬の速筋線維は、人のそれとよく似ていることもわかりました。

犬とオオカミの表情筋の違いについての調査はまだ途上とはいえ、この研究では、人による淘汰圧で発達した犬の速筋線維が、犬と人とのコミュニケーションを大きく支えていることが明らかになりました。

私たち人は、長い年月をかけて自分たちとよく似た表情を作る犬を優遇し、あの愛くるしい潤んだ瞳を進化させてきたのです。

人は、犬の表情を読み取って反応してあげることができますし、犬もまた人に対して同じように接してくれます。こうして、犬と人との絆は長く育まれることとなったのです。