『チ。―地球の運動について―』の誕生秘話

小笠原圭吾氏(以下、小笠原):次のトークテーマに行かせていただきますね。もしかしたら聞いていただいている方も気になっているかもしれないんですけれども、『チ。―地球の運動について―』がどうやって生まれたのか、ちょっと深堀りさせていただこうと思うんですけれども。これは主に魚豊さんメインになるかと思うんですが、そもそもなぜ「地動説」をテーマに選ばれたのかを聞いてもいいですか?

『チ。―地球の運動について― 』第1集(BIG SPIRITS COMICS/小学館)

魚豊氏(以下、魚豊):もともと知性と暴力の話を描きたくて。前作の『ひゃくえむ。』が青春スポーツものみたいな感じだったんで、今回はちょっとスリリングなサスペンスチックなものを描きたいなと思って、その時にずっとやりたかった「知性と暴力」が思い浮かびました。

それで探していて「地動説とかが一番おもしろいんじゃないか」ということで、地動説のことをいろいろ調べ始めたらけっこう複雑というか、ぜんぜん単純じゃない歴史があって。その全部の過程を含めておもしろいなと思ったので、ぜひ漫画にしたいという流れになって企画しました。

小笠原:なるほど。『ひゃくえむ。』を描いている時から、知性と暴力の話がやりたいとちょっと思っていたんですかね。

『ひゃくえむ。』第1巻(KCデラックス/講談社)

魚豊:たぶん中学生くらいから思っていたと思うんですけど、別に言葉にしたことはなかった。『ひゃくえむ。』を描き切ったので、また同じものをやってもしょうがないしというところで、もっと「そっちをやりたい」という気持ちが強くなったのかもしれないですね。

地動説メインの漫画を、誰もやっていなかったからやった

小笠原:なるほど。知性と暴力の話がやりたくて、それが地動説だったということなんですけど。以前どこかのインタビューか何かで見た記憶があるんですけども、地動説をメインにされている方や漫画があまりなかったと。

魚豊:そうですね。

小笠原:もし先にガッツリやられている方がいたら、違う題材に変えていたかもしれないということはありますか?

魚豊:ああ、たぶんそうだと思いますね。

小笠原:そうなんですね!

魚豊:たぶん僕にしかできないことがあればやったと思いますけど、誰かがすでにやっていたら、かなり僕の中でモチベーションが下がるというか。

『チ。』とか『ひゃくえむ。』の前からそうなんですけど、なんかやろうと思った時に、絶対「その題材 漫画 ドラマ 小説」で検索するんですよ。誰かがやっていたらやらなくていいと思うので。

小笠原:ええ!

魚豊:「100メートル走」とかはもちろんやっている人はいたんですけど超メジャーというわけではなかったし、あと最近はなかったんでやりたいなと。地動説も、地動説×恋愛とか地動説×ファンタジーはけっこうあるんですけど、地動説だけにグッと照準を絞ってやったのはあまりないというか、たぶん僕の調べた限り1個もなかった。なのでめっちゃやりたいなとなりましたね。

小笠原:非常にいい話が聞けましたね。知性と暴力の話がやりたいというのが先にあって、それを何で表現するかを選んでいくということですよね。

魚豊:今回はそういう感じになりましたね。

「地動説は絶対にヤバいという感じがあった」

小笠原:千代田さん、作家さんはどちらかと言えば、やりたい題材でテーマを描いていくという方が多いのかなという印象を抱いているんですが。

千代田修平氏(以下、千代田):そうですね。これはちょっと正直わかんないです。僕がいいなと思う作家さんは、そういう方が多いです。

「あまり僕から(題材を)出してもな」とは思うので、そういうのがある方のほうが僕としてはすごくやりやすいなとは思うんです。別にぜんぜんそうじゃない作家さんもいるかなと思うし。(漫画を描く目的が)別に自己表現のためじゃないのもあると思うので、そこは何とも言えないですね。

小笠原:なるほど。『チ。―地球の運動について―』の原案を魚豊さんから見せたと思うんですけれども、実際に千代田さんが最初に見た時、どう思いました?

千代田:そもそもで言うと、『ひゃくえむ。』を読む前に魚豊さんが「次、地動説をやりたいんですよね」とどこかのタイミングで言っていて。「次やりたいのは地動説なんですよね」と言った瞬間に、「来たー!」みたいな。

小笠原:(笑)。

千代田:地動説は絶対にヤバいという感じがあったので。

小笠原:なるほど。その時点ですぐ思ったわけですね。

千代田:おもしろいだろうと。実際にイメージがあったかどうかは知らんけどということになっているけど、例えばガリレオの「それでも地球は回っている」という、あそこらへんは命懸けなんだよなというイメージがあったので、「魚豊さんが地動説か、これは来たかもしれん」というおもしろラインがあって。実際にネームを読むと、「いや、それじゃん」みたいな。

小笠原:(笑)。

千代田:(おもしろラインも)超えているし、普通に最高だと思いましたね。

今まであまり取り扱われなかったテーマを描くことの恐怖

魚豊:そこらへんの刺さり方も、(千代田さんが)一番深く共鳴してくれたというか。僕も描き始めていた時そうなんですけど、地動説って誰も興味がない。地動説自体は別に、お弁当でいう唐揚げのようなおいしい要素じゃないので、だからもっと他のところで魅せなきゃいけないよなと僕は思っていたし、他の人もそういう感じだったんですけど。

千代田さんは「地動説ってめっちゃおもろいんちゃうん」とけっこう深く刺さってくれて、僕よりそこらへんの感受性があったんですよね。そこも今回の『チ。』がやりやすかった1つの原因ではあると思います。

それって千代田さんが僕を信頼したというより、人間知性の歴史とか、そういうものを信頼したというか。実際にこの世界にいた天才たちが宇宙とかに挑んでいたわけで、その歴史がそもそもおもしろいって千代田さんは信じている方だったと思うので、だからレバレッジが効いたというか(笑)。

(一同笑)

魚豊:僕本人の力というよりも、それがあってさらにもっと期待してくれたのかなと。そこらへんもありがたかったですね。

小笠原:なるほど。ここでTwitterの感想を紹介しますと、「地動説、知と暴力というテーマのセレクトがセンスありすぎて身悶える」という(笑)。

(一同笑)

小笠原:でも、本当に地動説って今まであまり取り扱われなかったテーマじゃないですか。それを描くことの恐怖ってなかったんですか?

魚豊:最初はあったと思いますね。僕も地動説と言っておいて、1話の終わりが「地動説だ。バン!」という感じで終わるんですけど。

小笠原:そうですね。

魚豊:何それ? みたいな。

(一同笑)

小笠原:自分でも思っているんですか(笑)。

魚豊:自分でも読まんよという感じで、僕も最初は、「地動説だ」が最後のオチなのはめっちゃ不安でした。だから2話まで一気に載せたいというのはずっとあったんです。

小笠原:なるほど。

魚豊:「行けるっしょ」という感じで載せて、結果、今こんな感じなのでありがたいんですけど、やはり蓋を開けるまでは不安でしたね。「地動説だ」と言ってもうええわってなる人もめっちゃいるだろうから、そこはどうなんだろうねというのはギリギリまでわからなかったというか、未だに信じられないですけど。

(一同笑)

企画が通ったのは「知性漫画」のおもしろさを理解してもらえたから

小笠原:今まであまりないテーマを扱う時って、編集者さんの目線からしても、なかなか企画を通しにくかったりするのかなと思うんですが、そういった意味で今回『チ。―地球の運動について―』の企画を通す時って、苦労されたりとかございました?

千代田:苦労はないですけど、ネームがすげぇおもしろかったので、そこらへんはわりとイケたなという感じでした。『スピリッツ』って今どうなっているかわからないですけど、(出版社に)デカ封筒にネームをバーっと入れて、表紙に企画書みたいなのを1枚だけペラっとくっつけるんですよ。そこにどんな狙いなのかとか、どんな漫画、どんなテーマなんだというのを編集者が書いて出すんです。

それは別に魚豊さんも読んでいないんですけど、そこで「地動説漫画なんだけど、知性がかっけぇという漫画なんだ」という話をひたすら言っていましたね。

今だったらこんな回りくどいことは別に書かなくてもよかったかなと思ったんですけど、その時はトランプ政権とか反知性主義とかポピュリズムとかがめちゃくちゃのさばっていた時代だったので、この先の時代において実は今知性が逆に大事になるんじゃないかと。

僕自身が「そうなってくれ」と思っていたので、そういうのを書いて「これ、知性漫画です」とネームを突っ込んで送ったら、たぶん企画書とか関係なく「おもしろい、おもしろい」と通っていった感じではありました。

小笠原:けっこうすんなり通ったイメージなんですね。

千代田:そうですね。その時の編集長がそういうのが好きだったんですよ。たぶん。『天地明察』とか『数学ガール ヘルマーの最終定理』とか、そこらへんの知性で格闘して人生を懸けている人の話、伊能忠敬とかが好きだったんです。

むしろそこらへんのおもしろさも完全にわかってくれて、「ちょっとここらへんだけわかりにくいから、こういうエピソード入れたら」というアドバイスをしてくださったくらいで、基本はもう「とりあえずやる」とトントンと決まっていましたね。

第1話の冒頭に、拷問のシーンを持ってきた意図

小笠原:なるほど。『チ。―地球の運動について―』の第1話の冒頭部分って、いわゆる拷問シーンから始まるじゃないですか。どこかでちょっと見たんですけど、あれ、ボーナスというか……。

千代田:サービスシーンですね。

小笠原:サービス! サービスシーンだと思ったのは何でなんですか。

魚豊:やっぱり怖いもの見たさというか、グロいものを描いてあったら目を引くだろうなと。

小笠原:最初の引きとして入れたということですね。

魚豊:引きとしてあったらいいだろうなと思ったら、あそこで読めなくなる人が多かったらしくて。

小笠原:(笑)。読者として苦手な人は「ウッ」となるかもしれないですけど、その怖さは別になかったんですか?

魚豊:完全に認識がずれていましたね。

小笠原:(笑)。

魚豊:でもぜんぜんよかったと思いますけど。

小笠原:うーん、なるほど。めちゃくちゃおもしろいですね。それについて、次のトークテーマに行かせていただきます。

「『チ。―地球の運動について―』のヒットの仕掛け方」という部分なんですけども、先ほどからもお話あった「ニッチなところを突いている」ところと、拷問シーンから始まったりとか、全集を読めば読者を選ばないものだとはわかると思うんですけど、もしかしたら、最初で読者が狭まってしまうかもしれない作品でもあるかなと思っていまして。

そういった部分で販売戦略をどのように考えていたか、お二人それぞれにうかがいたいんです。千代田さん、いかがですか?

「売れ要素」がない漫画の販売戦略

千代田:大きく2つあって、1つは魚豊さんにしゃべってもらったほうがいいんですけど。魚豊さんとも話していたのが、これが歴史漫画で科学漫画で、しかも中世ヨーロッパが舞台で、しかも地動説がテーマでというところで、どれも「売れ要素」じゃない。

「僕だったら読まないな」という感じだったので、そこらへんをなるたけ排除しようという。「地動説の漫画です」とか「歴史漫画です」というのはできるだけ排除して、「なんか知らないけど、命を懸けて何かを証明しようとしている人の話だ」という宣伝文句で行こうという話で、序盤はとにかく言っていました。

あともう1個、僕がすごく意識していたのは、宣伝チームに宣伝文とかはお願いしたんですけど、この漫画の立ち位置の取り方が、たぶん普通にメジャーシーンでみんながおもしろそうと言って売れていくような漫画ではないと思っていて。

けど、すごく感度が高い人に深く刺さって、その人が広めてくれるかたちで売れるとは思っていたので、僕は端から「これは賞を取るしかない」と。賞を取るか、インフルエンサー的な人に刺さって、その人が広めてくれるかたちで売れるといいなと思っていたんです。

それがけっこううまくいったというか、たまたまうまくいって。試し読みを出した2話の時点で、アルのけんすうさんという方が、「すごい漫画が始まった」みたいなツイートをしてくださって、それがまずバズったんです。それから1巻の段階で、漫画大賞(このマンガがすごい!2022オトコ編)という賞で2位をいただくことができたので、それでガツンと知名度が上がったのかなと思っています。

スタンスはバンドでいうと、メジャーバンドじゃなくてインディーズで一番格好いいバンドという立ち位置でずっとやっていきたいなと。PK shampooがまさにそうなんですけど。

小笠原:(笑)。

千代田:そういうやり方でやっていきたいなと思っていて、今のところそれがちゃんとハマっているというか、功を奏しているのかなと思っています。

小笠原:賞も取っていますし。

千代田:そうです。編集部サイドとしては一応そういう戦略で望んでいます。

「情報のおもしろさ」と「物語のおもしろさ」は別物

小笠原:魚豊さんはいかがですか?

魚豊:そうですね。繰り返しになっちゃうかもしれないですけど、「行き切ろうぜ」というところで。普通だったら裏表紙にWikipediaの引用を載せるとか、たぶんさせてもらえないと思うんです。でもやろうぜと同意してくださったので、それはめっちゃありがたかったですね。

逆にそれが功を奏したというか、結果的には良かったのかなとは思いますね。やっぱり変な作品だと思うので、下手にウェルメイドな感じというかきれいなパッケージに包んでも、結果、箱の中に入っているのがぜんぜん変なものなので、だったら箱から「超変ですよ」としておいたほうがハマりやすいんじゃないかなと話し合っていたところですね。

あと最初に言ってもらいましたけど、やっぱり、とは言え専門的にならない。というか専門的なものは描けないですし、専門的なものに僕も興味ないので。少しはありますけど、細かい歴史漫画って僕からしたらちょっとトリビアルというか、些末と感じる人もいて。僕ってすごく嫌な読者なんで、どこで読むのをやめるか探しているんですよ。

小笠原:そうなんですか(笑)。

魚豊:僕だったら1ページ目、中世ヨーロッパってなった瞬間に読むのをやめるんですよ。

小笠原:(笑)。

魚豊:興味ないからということで、なるたけキャッチコピーとかでは使わないようにしようとは、ずっと言っていましたね。結局おもしろさというのは趣味になっちゃう。つまり歴史的な何かがおもしろいというのは、情報のおもしろさであって、物語のおもしろさとはまたちょっと分けられる。

その認識で、本当にいろんな人が「おもしろい」って思ってもらえる要素はこっち(物語のおもしろさ)なんじゃないかということで、普遍的なほうに宣伝文句を寄せていった。その危険性とか限界とかもあると思いますけど、今回はいい感じに行ったのかなと思いますね。

検索しづらいタイトルで、読者の「自分の感想を持つ時間」をつくる

小笠原:今のお話のあったウェルメイドというのは、要は「よくできた」感じのものじゃなくて、どっちかというと尖らせにいくような。

魚豊:そうですね。例えば『チ。―地球の運動について―』というタイトルも、本屋に並んでいたら一瞬目が行ってくれるかなとか。そういう範囲からどんどん変な方向に行こうとしていましたね、

小笠原:なるほど。この『チ。―地球の運動について―』というタイトルも、検索しづらいワードを敢えて選んだと(笑)。

魚豊:それも1つの要素ですね。(「地」と「知」と「血」の)トリプルミーニングになっているし。エゴサとかできないってすぐ思いつくじゃないですか。

小笠原:はいはい(笑)。

魚豊:まあ、できなくていいかなと。自分の感想を持つ時間が大事だし、僕も映画とか漫画とか見たらすぐ感想とか探しちゃうんですけど、それって自分にとっていいことなのかどうかわからない。強制的に自分の感想を作る時間として、『チ。』というタイトルにしてエゴサできないようにしたら、検索までの時間的なラグが生まれるからいいんじゃないかな、おもしろいんじゃないかなと思ってやった。たぶん販売戦略的にはめっちゃダメなことなんですけど。

小笠原:(笑)。

魚豊:まあインパクトが勝るかなと、信じたかったんです。

小笠原:実際そうですよね。かなりインパクトがあります。

Twitterで拡散された第1話のタイトルの裏側

小笠原:『チ。』の第1話の投稿のタイトルが僕はすごく衝撃だったんですけど、覚えています?

魚豊:Twitterのですか?

小笠原:Twitterのです。

魚豊:それも話し合いましたね。

千代田:そうですね。

魚豊:確かあれですよね。「人類がクソおっきい岩を動かす話」という。

小笠原:そうそうそう(笑)。

魚豊:あそこも「バカでっけぇ」にしたほうがいいかなとか。

(一同笑)

魚豊:「それ、ふざけ過ぎじゃない?」みたいな。とにかくそこらへんのニュアンスを、千代田さんもそうなんですけど、僕もめっちゃ神経質に拘っていました。

とは言え僕はかなり適当なので、あまりよくないとこ取りなんですけど。神経質になっちゃうところもあるので、「この丸はこっちに付けたほうがいいのか」とか、「だよ」のほうがいいのか「だね」のほうがいいのかとか、そういう細かいところがけっこう僕と千代田さんは共通しているので、1話目のタイトルも「何ていうタイトルで載せよう」とすげぇ話し合った覚えがあります。最終的にはああいうことになりましたけど。

小笠原:けっこう拡散されていましたよね。

魚豊:ありがたいことに。

漫才と漫画に共通する「つかみ」の重要性

小笠原:本当にワードセンスがすごくあるなと感じているんですけど、その力強いワードチョイスは、どこにルーツがあるんですかね。

魚豊:それ聞かれる機会が何回かあって考えたんですけど、お笑いなんですよね。

小笠原:え、そうなんですか?

魚豊:お笑いが人生で一番好きなんですけど、お笑いって本当にすごいというか、すごく尖っているんだけど最終的には大衆芸術だし、お客さんが見てないと(成り立たない)。

お客さんじゃなかったとしても誰かが見てないといけなくて、誰かというのは自分の中の他者とかでもいいんですけど、とにかく誰かがおもしろいって感じていないといけなくて。そのためにどんどん言葉とか動きを使って表現していく。

その要素が(たくさんあって)、お笑いで本当に素晴らしいなと思うのは、「つかみ」がすごく重要なこととしてあるので。それは漫画にも思いますけど、1ページ目、2ページ目、3ページ目で、設定の羅列がバンバンバンと来ちゃうと、僕なんかは「え、もういいや」となっちゃうんですよ。「だったらお笑い見るわ」ってなっちゃう。

お笑いは、最初に1発ぜんぜん関係ないボケを入れて、そこから本題に入る。そういう意識は、たぶんお笑いが好きで無意識に入っていたのかなというのは思いますね。

小笠原:なるほど。お笑いのつかみが大事で、それがベースに1話の引きのシーンにつながってきたという。

魚豊:それこそちょっと関係ない話ですけど、M-1の3回戦と準々決勝は今動画で全部見られるじゃないですか。本当に僕、毎年全部見るんです。

小笠原:(笑)。

魚豊:百何組とかいっぱいいますけど、一定の何かはすごく勉強になるような気がするんですよね。漫画を描く上ですごく勉強になる要素がめちゃくちゃてんこ盛りというか、そこで勉強していたのかもしれないですね。

お笑いから学んだ「おもしろくなる原理」

小笠原:めちゃくちゃおもしろい話が聞けました。お笑いがベースにあるというのは、ちょっと意外でしたね。

魚豊:そうですね。漫才はフォーマットが固まってて、4分とか3分とかで展開させて、ウケる・ウケないはもちろんその日のコンディションとかありますけど、一定の何か普遍的な原理があるようにも見えてきて。

それこそ「つかみ」もそうだし、「かぶせ」とか「天丼」とか「フリオチ」。本当にフリオチは究極のおもしろくなる原理ですけど、そういうところを意識強くしていたのが、僕にとってはいいことだったのかなと思いました。

小笠原:だから魚豊さんはデビュー作というか、最初の作品が「ギャグ」なんですね。

魚豊:そうですね。単純にお笑い好きもあったんですけど、ストーリー漫画が絶対描けないと思っていたから、高校生とか中学生の時にギャグ漫画を投稿していた時代はありましたけど、今から考えてみたらギャグのほうが死ぬほど難しい。

小笠原:(笑)。

魚豊:ようやってたなと。ぜんぜんできていなかったですしね。

小笠原:『ひゃくえむ。』にも収録されていますもんね。

魚豊:あれはけっこう好きな作品ですね(笑)。自分の作品の中でトップレベルで好きかもしれないですね。

今オススメの芸人は、“松竹芸能の最終兵器”の漫才トリオ

小笠原:すごいな。Twitterから「魚豊さんはどのお笑い芸人さんが好きなんですか?」と質問が。

魚豊:これはマジで風穴あけるズですね。マジでヤバいです。本当におもしろい。マジでみなさん見てほしい。風穴あけるズと囲碁将棋とカナメストーンは、ちょっとすごいんですけど、囲碁将棋とカナメストーンはもうまあまあ人気なので。風穴あけるズは本当に芸術的というか、もう超おもしろいんです。くだらないし。

小笠原:漫才ですか? コントですか?

魚豊:漫才ですね。トリオなんですけど、ワンチャン、トリオで初めてM-1決勝に行くんじゃないかと僕は思っています。けっこう最近人気がボボボッと来ていて。松竹の最終兵器です。

小笠原:ありがとうございます。他にも質問がいっぱい来ていまして。「スポーツ、青春、知性と暴力。ちょっと早いお話かもしれないですけど、次に描きたいテーマは、今、頭の中にあったりするんですか?」

魚豊:やりたいなというのは何個かあるんですけど、どれができるかなと。旬とかもあるし。何個かはあります。

小笠原:ありがとうございます。あとお答えできればでいいんですけど、『チ。』は、物語的に今何割ぐらいの地点にいるんでしょうか。

魚豊:5巻の段階でですか? そうですね、5分の3くらいかな(笑)。わかんないな。まあだいぶ、半分以上は行っています。

小笠原:これはすごい情報ですね。お答えいただいて大丈夫でしたか?

千代田:ぜんぜん。

『川島・山内のマンガ沼』の影響の大きさ

小笠原:良かったです。他にも感想として、「漫画で知的興奮とスリルとサスペンスを同時に感じたのは『チ。』が初めて」ですと。

魚豊:ありがとうございます。

小笠原:「『川島・山内のマンガ沼』と麒麟の川島さんに心底感謝しているよ」と。

千代田:番組で取り上げていただいて。

魚豊:ありがたい。僕もめっちゃ感謝しています。あの番組もすごく大きかったと思います。しかも芸人さんが褒めてくれるというのが僕にとってかなりうれしいことというか、そういう方にも読んでほしかったので、すごくうれしいです。

小笠原:ありがとうございます。