企業SNSはバズを狙うより、共感を得ることをやり続けた方がいい

本田哲也氏(以下、本田):(カンヌライオンズの受賞作品)6作品を見ていろいろ話してきたんですけど、まだ時間があるので、みなさん何か質問があったら、Q&Aに書いていただければお答えできますのでお願いします。

そう言ったらQ&Aがきましたね。ちょっと読ませていただきます。「著書の中で」、著書というのは、私の著書かな? 「味の素のTwitterの話がありましたが、ふだんの公式SNSの投稿で自社サイトに来てもらえるような、クリエイティビティのある発信についてお二人にアドバイスいただきたいです」。なるほど。

これは「手間抜き論争」のことを言っているんだと思うんですけれども。公式SNSの投稿で自社サイトに来てもらえるような、クリエイティビティのある発信。どうでしょう、嶋さん。

嶋浩一郎氏(以下、嶋):なるほど。でも、自社サイトに来てもらうという目的が第一になるとよくないこともありますよね。まずはSNSの人に共感を持たれることが大事なんですよ。ここもさっきの「手を握れるところ」を見つける感じで、「そう思ってた。そうなの」という「共感」ですよね。例えばスーパーで知らない人から、「ポテサラ作ってないの?」って言われることに対する気持ちとか……。

本田:ポテサラじいさん(笑)。

:言われたら嫌だよねという。それは今時、お惣菜屋さんで買っちゃうでしょ。そういう1個1個のSNSの「人格」が共感を得ることをやり続けるのが、結果遠回りでも近道だと思いますよ。1個のバズを狙うより、「そう、そう。そうよね」と思われることをやり続けた方がいい。

味の素の公式Twitterが共感されたのは「人間的な思い」があったから

:それって今日ずっと話してるけど、世の中の「風」というか、生活者の心理とか、そこと本当に表裏一体のことじゃなきゃいけないので。その感覚を持ちつつ「そうそう、そうよね」っていうことを作っていくんじゃないかなぁとは思いますよね。

本田:そう思います。公式SNSの役割はいくつかあると思うんですけど、公式SNSの投稿で「自分のサイトに来てね」とか告知とか、それはあるとは思うんです。

でも、ただそれをそのまんま、それだけをやってもどうなのという話で。味の素の事例もそうですけど、結局「周りを見なさい」というか。周りで今なにが起きてきて、味の素のアカウントも、ずーっと冷凍餃子とか冷凍焼売を宣伝する公式Twitterだったらなんも人気が出ないんですよね。

一般の方が投稿した、「うちの旦那ひどいんだよ」という投稿に即座にレスポンスした。それができたのは、やっぱり周りを見ているからですね。こういう反応にはこういうふうに返してあげたいという、人間的な思いがあるからです。決して「うちのWebサイトを見に来てください」ということをいきなり言ってるわけではない。そのスタンスは重要だと思います。

:チャットにどんどん質問が来てますけど、どうですか? 

日本の細分化されたニッチな課題を、海外の人に説明するのは難しい

本田:今ちょっと読みますね。「『#この髪どうしてダメですか』を聞いて思いついた質問です。韓国のクライアントを担当しており、CMをカンヌにも出品したことがあります。そこで国内の問題を喚起するCMにおいて、パンテーンはかなりレアなケースだと感じています。日本でのローカルすぎる課題、地毛証明書はなかなか国際広告賞の欧米チームの審査員に伝わらないような気がします」。

なるほど。「課題の目の付け所が内向きになりすぎないためには、何が必要でしょうか。あるいはそうなってるケースがあれば知りたいです」。なるほど、深い質問ですね。これはどうですか。

:これは、残念と言っていいのかな。まぁ、そうですよね。日本は課題大国なんですけど、その課題があまりにも細分化しすぎていて、すごくニッチな課題になっちゃってる部分が多いです。

貧困とか戦争とか、誰でも「それはやばい」と思う課題ではないニッチな課題が多数あるというのはおっしゃるとおりです。今日は賞を取るためのテクニック論の話はしたくないんですけれども、この課題を他人に説明するのは確かに難しいんですよ。

たとえば「地毛証明書」なんですよね。日本人に伝える時は「地毛証明書って変だよね」って言ったら、「そんなのあるの? 変だね」という話になるけど、それをどう海外の人に伝えるかについては、また違うロジックをプレゼンテーションビデオとかで考えなきゃいけないところがあるのは事実です。

わかりづらい課題もしっかりちゃんとしっかり伝えることのほうが1周回って早いと、僕は思ってるんですね。

「課題の説明のクリエイティビティ」も必要になる

本田:めっちゃわかります。カンヌだけじゃなくて、受賞するために課題を見つけるわけじゃないから、受賞しやすい課題を見つけるというのもなんか本末転倒だと思いつつ。

ただその「解像度」の問題ですよね。「この髪だと地毛証明書が必要だ」ということは、国内で打ち出すにはすごく効くんだけれども、そんなのは欧米にはわからない。せめて校則、スクールルールが非常に厳しいんだというぐらいで、やっとなんか見えてくる程度です。だから、課題を変えるというわけじゃないんだけれども、解像度の調整はあるんじゃないかなと思います。

僕も、もちろん嶋さんも何回か審査員をやられている中で、審査会で説明したいわけですよ。欧米人とか、アジアじゃない人たちがいっぱいいる中で、課題の説明からしなきゃいけないんですよね。「本田さん、なんなんだこれは。」と言われた時に、「実は日本にはこういう課題があるから、このキャンペーンはそこにタックルするものなんだ」と説明的になっちゃうと、やっぱり冷めるんですよね。

だから、課題を賞に合わせる必要はないんですけど、課題の説明の仕方のクリエイティビティはあるんでしょうし、そこは工夫が必要なところかもしれないですね。

:そうですね。時間はあと8分くらいですかね。今日のテーマが「クリエイティビティとPR」ということだったので、「他人に託す」みたいな話をしたんですけど。PRパーソンのクリエイティビティを託した時に、相手がどう反応するかかということを計算に入れることが大事です。解像度高く。

PRパーソンは「カリフォルニアロールを認められる人になろう」

:あと最近思うのはPRパーソンは「カリフォルニアロールを認められる人になろう」ということ。カリフォルニアロールって、寿司職人の人が「寿司最高!」と思って、これを海外に伝えようと思い、アメリカ人に寿司の作り方を教えたら、「わかった、わかった」と言って、なんだか知らないけどアボカドとサーモンを使っちゃうという。

寿司原理主義者からすると、「それは寿司なのか?」というのがあるけど、でもある意味寿司文化を広げていくことを考えたら、カリフォルニアロールも寿司だって認めたほうが文化としては広がっていくわけですよね。

カルチャーを作るということを考えたら、そういう「勘違い」も含めて勝手に広がっていくことを、ある程度許容するスタンスがブランドにはすごく必要なんじゃないかなとすごく思っていて。

パーパスを教典のように、「うちのブランドはこんなブランド」って決めつけすぎちゃうと、遊びがない。それで受け手の「解釈の振れ幅」が少ないと、新しい文化が生まれづらいんじゃないかと、すごく思うんですよね。

本田:そうですね。

:PRってまさに新しい文化を伝えていくことだから。その「振れ幅」ってめっちゃ大事だなと思う今日この頃です。

許容する「余白」は、日本人的な創造性でもある

本田:僕が前に、それこそカンヌでスピーチをした時に、ネタの1つとして、世界中の人がラーメンが好きだから、「ラーメンのカルチャーがどうなっているか」を、日本のラーメンのプロフェッショナルにインタビューをして入れ込んだのがおもしろかったんです。まさに今の話なんですね。

つまり、日本人のみなさんはご存知のように、今やいろんな種類のラーメンがあって、でもそれはコピーの繰り返しだったりするんですよね。暖簾分けみたいなのもあって。ちょっと真似されたりするんだけど、それは許すという。それで新しいラーメンのカテゴリーが出てきたりして、オーガニックなところも含めて、ぐーっと、クリエイティブなラーメンが増えていくんです。

それは欧米の人からすると「へー、そういうもんなんだ」という驚きもあるみたいですけど。

許容する「余白」。コピーというと悪い言葉のような感じなんですけども、取り入れるところは取り入れて、新しいものを作っていく。これって実は、日本人的な創造性でもあるのかなって思いますよね。

:そうね。枯山水の庭を見て勝手に「見てる世界はみんな違う」みたいなね。

本田:渋い例えですね(笑)。

:和歌の世界では「本歌取り」があって、元の歌とは違う歌に変えていっちゃうとか。

本田:そうですね。日本特有ですよね。それは日本人的なクリエイティビティでもあるのかなと思いました。

受け手のクリエイティビティに託した方が、イノベーションは起きやすい

:それこそ今Zoomでイベントをやったり会議をしたりするけど、Zoomの開発者は会議をするためにこれを作ったわけですよね。いつでも合コンができるとはたぶん思わなかったし。

本田:(笑)。

:たぶん受け手のクリエイティビティに託したほうが、イノベーションは起きますよね。メーカーの人は「自分がその商品について一番知っている」ってついつい思いがちだけど、意外にユーザーのほうが驚くべき使用法を考えたりとか。

本田:そうそう。それもクリエイティブですよね。

:考えなかったことでしょ。そういうのが生まれてくる「余白」が大事ですよね。これもすごく難しいんですけど、ある程度の度量というか、覚悟のような話とつながるんだけど。そういう「いじられる覚悟」、「塗り替えられる覚悟」のようなものが、ブランドを作るためには大事になってくるのかなと思います。

本田:そうですね。それがブランドの今後のあり方の話でも、僕はブランドマーケターとかブランドマネージャーとかが相談する相手として、PRパーソンがいるといいなと思います。正直怖いんだけど、「ここまでで大丈夫だろう」とか、「ここまでやったら逆にウケるのかな」とか、そういう質問や相談をよく我々は受けますから、そうなってってほしいなと思っています。

テレビ東京が挑戦する「新しい合意形成」

本田:そう言ってたら最後の質問ですね。「戦略PRの領域で、国内で優れているもしくは注目している企業・人物はいらっしゃいますか」。いかがでしょう、嶋さん。企業か人物か、ブランドかって感じですかね。

:テレビ東京さんとかかな。

本田:えっ、テレビ東京? それはなぜですか。

:新しい概念をすごく提示し続けてくれますよね。「そこをフォーカスしたらコンテンツになるのか」とか、それこそ今まで考えてなかったけどその考え方おもしろいよねっていうのがまさにPRなんですけど。「池の水全部抜いたら番組になるんだ」って。

本田:テレ東さんは、発想がいいですよね。

:発想法として、PRに近いものをすごく感じるんですよね。

本田:確かに、そういう意味だとテレ東さんって、他の局よりちょっと「託してる感じ」があるんじゃないですかね。

:最近工藤里紗さんというプロデューサーとお話ししたんですけど、彼女は「生理」をテーマにした番組を作っちゃうわけですよね。それはもっと生理がオープンに語られていいんじゃないかという。今まで生理は隠すものと思われてたのを、番組にしてもいいんじゃないかという発想なんです。

これは本当にパブリックリレーションズでいう「新しい合意形成」とか、生理に対するものの見方を変えようということですよね。そういう気概に満ちているプロデューサーやディレクターがすごく多いなと思うのがテレビ東京さんかな。

若い世代のスタートアップ企業にみられるPR発想

本田:なるほどね。ありがとうございます。僕はいくつかありますけど、けっこう最近スタートアップの企業で、戦略PRというかPR的なスタンスを持っているなと思うところがあって。

さっきの、今日冒頭でお見せした「Michelob ULTRA」の事例。アンハイザー・ブッシュみたいな農家でいうと、ああいうスケールのでかさはないけれども「食べチョク」(ビビッドガーデン)ってありますよね。

自分たちをアドバタイズして打ち出していくよりも、農家の方が主役なんです。そこのリレーションがちゃんとしてて、社長さん(秋元里奈氏)を含めて、もう死ぬほど農家のことをツイートしてますけど。

それが僕はすごくナラティブだなとも思うし、やっぱり若い世代のスタートアップとかD2Cブランドを見てると、PR的な発想が入ってるなという企業がありますね。個人的にはけっこうウォッチしてます。

世の中が変わっていく時こそ、PRパーソンの出番

本田:お時間がきてしまいました。嶋さん、話は尽きないんですが、最後にメッセージと言いますか、今日のテーマである「PRとクリエイティブ」がこれからどうなっていくのか、あるいは従事している方へのメッセージでもいいんですけども、なにかいただけますか? 

:最初に言ったように、今こそ新しい概念、新しい常識が求められている時代です。二十何年PRをやってる中で、ニューノーマルもそうだし、サスティナブルもそうだし、DXもそうだし。今までの価値観とか行動が全部変わっていく時こそPRパーソンの出番だと思います。

ごめんなさい、今日はどういう方がお話を聞いていただいているのか、ちゃんとわからないでしゃべってしまっているので、ちゃんとご期待に応える喋り方をしているかどうかわからないんですけれども。でも、もしPRパーソンの人がお話を聞いていたら、ぜひ一緒に、がんばりましょう!

本田:ありがとうございます。まさにこういう世の中が変わっていく時には、PRパーソンの重要性が高まりますよね。今日聞いてくださっている方の中で、PRに従事している方は一緒にがんばりましょう。これからやりたいと思っている方には、「その判断は間違ってないです」と言いたいです。もしかしたら広告領域とかマーケティング領域の方がいれば、ますますPRと手を携えてやっていけたらいいかと思いますので。

ぜひ私の本も嶋さんの本も読んでいただいて、一緒にいい仕事をやっていければと思います。あっという間に時間がきてしまいましたけれども、どうもお付き合いいただいてありがとうございます。嶋さん、今日はケトルからご登場いただいてありがとうございました。

:どうもみなさんありがとうございました。おつかれさまでした。

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