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『最新版 戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』出版記念オンラインイベント「PRをもっとクリエイティブに!世界三大広告賞に見るこれからの戦略PR」(全4記事)

ブラック校則を問う広告で描かれたのは「先生側の悩む姿」 議論を巻き起こしたPRにある、優れた「共感」スキル

代官山蔦屋書店にて、『最新版 戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』出版記念イベントが開催されました。本セッションでは、著者・本田哲也氏と博報堂ケトル嶋浩一郎氏による対談の模様をお届けします。世界三大広告賞であるカンヌライオンズの受賞作品をひもとき、PRパーソンに求められる本質を深掘りする今回のイベント。本記事では、カンヌライオンズの受賞作品の中で嶋氏の印象に残っているPR事例や、日本の受賞作品の優れた点が語られました。

アパレル業界の「ワードロービング問題」を逆手に取った「人に託す技術」

本田哲也氏(以下、本田):ここからは、実は嶋さんに今回2年分のカンヌ(ライオンズ)の受賞作の中で気になるものをピックアップしていただいたので、それを見ていきましょうか。次はこれですね。DIESELの「Enjoy Before Returning」というキャンペーンです。これもちょっと見てみましょうか。

(動画再生)

嶋浩一郎氏(以下、嶋):今日見たい作品の中になんでこれを選んだかというと、やはり突き詰めていくとさっきの(BURGER KINGの)Whopperもそうなんですけども、人の感覚とか人の気持ちとか、人がどう思うんだろうというのを突き詰めて考えないと、仕事ってできないなと思っている。これは非常に行動経済学的な仕事だなと思っているんです。

「ワードロービング」というのがあって。要は服を通販で買うけど、タグとか付けて元のままであれば返品できると。それを悪用して、パーティとかに着ていくために通販でドレスを頼んで、タグを付けたまま着てそれを返品する輩がいっぱいいるんですね。通販で売れるものの服の40パーセントがリターンされちゃうそうで、これはアパレル産業にとってはものすごい損失なんです。

本田:そうですよね。

:これは本当に行動経済学的な人間心理がわかっていないと、この企画に落とせないと思うんですけれども。それをどうやって減らすかというところで、それを逆手に取って、DIESELが「ワードロービングのためのパーティを開いちゃうから、タグ付きの服をみんな着てきて」というファッションイベントをやるわけですよね。

それを言われちゃうと、「やべぇ、バレてる」みたいに思う人間心理というんですか。

本田:思うなぁ。これは。

:この情報に接したら人がどう感じるのかという、そこを逆手にとって、じゃあ逆に「ワードロービングを大推奨するパーティやっちゃおうぜ」という。これによって実際に返品率が減ったりとか、逆に春のセールスはすごい売り上げが上がるとか。この発想をあえてやっちゃうというのがすごいですよね。

本田:そうですね。

:この発想になかなかたどり着くのが難しいですよね。こうした企画はは、人の真理をすごくえぐって考えていかないとできないなと思って、これを選んでみましたね。

PRパーソンが磨くべきは「人に託す技術」

本田:やはり嶋さんが言うように、日本だとキャンペーンやPRというと、「メディアに出るかな」とか、「こういう情報は今メディアが求めていていなくて」とか。それはそれで1つ重要ではあるんですけれども、そういう話じゃなくて。

これはまさに行動経済学的というか、もう「人」の話ですよね。メディアがとかインフルエンサーがじゃなくて、何を見せるか、どういう状況に置かれたらどう行動するかという、すごく究極的なところまで考えている。

嶋さん、こういうのってどうなんですかね。PRパーソンだけじゃなくて、そもそもアド、広告マーケティング・コミュニケーションに従事する人みんなに必要なスキルのような気もします。スキルというか、考え方かな。

:本当にそうですよ。すべてのクリエイティビティは生活者の理解の上に成り立っていると思うんですよね。だから、これはやられたなという感じがあって。

本田:そうですね(笑)。

:でも、これも先ほど「メディアが興味関心を持つかどうか」ということをお話されていたけど、ワードロービングは深刻な問題だからメディアが取り上げようと思うという前提ももちろんあって。

本田:あるでしょうね。

:そんな中でこんな意外性のあることをやって、もちろん話題になるし、でもそのニュースを見た人が、「やべ、すいませんでした」というふうに思うって計算していたわけでしょ。

本田:そこの想像力というかね。

:そこも「人に託す技術」ですよね。人がどう思うかというものを、PRパーソンは磨かなきゃいけないんです。そもそも普通にパブリシティのお願いに行く時に、メディアの人がこの情報を聞いたらどう思うだろうというのを僕らPRパーソンは磨いているわけですけど、その究極は「ちょっとそこまでを自分は考え付きませんでした」「やられました!」になるわけですよね。

本田:そこがまさにカンヌで評価されるクリエイティビティですね。だからビヘイビアチェンジまで持っていってることが評価されているんですよね。

カンヌライオンズで評価されるのは「人の心理をスイッチさせる仕事」

本田:40パーセントが実はそういう返品されてしまうという状況があるということ。これは確かに報道に値することなんですけど、日本で真面目にやろうとすると、そういうファクトブックとか作ったり、「実はこのぐらいなんですよ」とニュースにしようみたいな。

例えば、それがYahoo!トピックスに載りました。イシューとしてはセッテングされました。じゃあ人が動くか。「やべぇ」となって返品が減るところまでいくかというとそこまではいかなくて、たぶん情報として消費されて終わることになっちゃうんじゃないかなと。そう考えると、これは行動を起こすという意味ですごくよくできていますよね。

:「やべぇ、見つかっちゃった」と思うんでしょうね。

本田:なるほどね。しかし、DIESELっておもしろいことやりますよね。これまでのエントリーでも、けっこう賞を取っていると思うんですけど。

:こういう人の心理をスイッチさせる仕事も、カンヌではすごく多くて、僕がこの5~6年の中ですごく好きなのは、アメリカのLCCの航空会社なんですけれども、JetBlueかな。

本田:ありました。ありました。

(出典:2017 Clio Awards)

:要は、飛行機の中で赤ちゃんが泣くと迷惑だって思う大人がいたわけですよね。

本田:うんうんうん。

:この状況を変えたいねというのがあって、日本における母の日みたいな日に、機内で赤ちゃんが1回泣いたら、全員乗っている人はチケットが25パーセントオフになるというキャンペーンをやったんですよね。

本田:(笑)。そうそう。

:だから4回泣いたらタダになるという。赤ちゃんがん泣くとおっしゃー! って思うよね。

本田:あれはおもしろかったです(笑)。赤ちゃんが泣くとみんなが拍手するんですよね。

:「泣け泣け!」みたいなね。何もいじっていないけど、シチュエーションが変わると情報の見え方が変わるという。「泣いている赤ちゃん迷惑!」と思っていた人がいっぱいいたのに、泣いている赤ちゃん見てみんなで拍手するんですよ。

仕組みを1個入れた途端に変わるという、そういう部分がすごくクリエイティビティだなって思いました。生活者理解にクリエイティビティがあるので、このDIESELの作品も今年見て「やられた」と思った作品ですね。

極北の村が「夏季オリンピック」の開催地に立候補した理由

本田:ありがとうございます。さあ、じゃあ次、行きましょうか。

:これもやられた感がありますよね。

本田:次のやつはこれですね。「HOUSE OF LAPLAND」。これもちょっと見てみましょうか。

(動画再生)

本田:これはどうでしょう。嶋さん。

:僕はね、そこをハックしましたかと思いました。

本田:(笑)。ハックねぇ。

:PRってすごくニュートラルな仕事で、合意形成をやるためにいろんなことをハックしていい仕事なんですよね。一番大きいのはマスメディア。この仕事は何をやったかというと「気候変動に対してみんな行動を起こそうよ」ということを言っているわけなんですけれども、それを、そこに行ったかというやりかたがすごい。

本田:(笑)。

:サラ(Salla)という、フィンランドにある極北の村なんですけれども。

本田:めっちゃ寒そうですよね。

:そのめちゃくちゃ寒いところが、地球温暖化で気温が上がっちゃうという危機感を持っている。何をしたかというと、このサラという村が2032年の冬のオリンピックじゃなくて、夏のオリンピックの候補地として立候補して、国際オリンピック委員会でプレゼンテーションしたんです。

「もう地球温暖化で、僕らの町ではこんな夏の競技も全部できるようになります」と真面目にやるという。オリンピックの開催地として立候補すること自体が、コミュニケーションツールになっているんですよね。

本田:そうですね。

伝えたいことをクリエイティブに伝えるために、何を「ハック」するか?

:この、「そこをハックしてきたか」というのがすごくて。同じような事例だと、一昨年のPRのグランプリで「The Tampon Book(タンポンブック)」という作品ですね。

ドイツで生理用品の税率が高い。本より高いし、フォアグラとかキャビアと同じ税がかかると。それを世の中にどうやって伝えようといった時に、「本の中に生理用品を入れて売ったら本の税率になるから、それで騒ぎを起こそう」ということで話題になりました。

本田:タンポンブックね。

:それも「そこをハックするか」という、税率の違いに目をつけたんですよね。人が興味を持ちそうなところに、その情報を持っていく。これもさっきの話も一緒なんだけど、「いや実は税率が違ってですね」という、とうとうとその税率のをされても、人ってなかなか興味持たなくて。

気候変動も、真剣にちゃんと考えている人もいるけど、なかなか興味を持てない人もいるわけです。そんな中に「こんな極北の村で夏季オリンピックができるようになっちゃうの?」というのは、すごく衝撃的な事実の伝え方だと思うんですよね。そこがすごいなと思います。

本田:確かに嶋さんが言うように、「ハック」という言葉がピンときますね。何をハックするか。本当に言いたいことや訴えたいことはあるけど、それを正面から行くとあまりクリエイティビティはないんだけれども、何かをハックすることによって、急にここまでの伝わりやすいものになるというのはありますね。

あと、僕も思うこととして、ハックするという時は、それならそれで徹底的にやるというか。

:やり抜くんですよね。 

PRは自由でいい

本田:クラフト(製作物)も含めて。前に、ゴミの島のやつもありましたよね。プラスチックのゴミが太平洋に浮かんでて、それが実はフランスぐらいの面積になる。これは国であるということで、大真面目に国連に国として申請する。

(LADbible 「Trash Isles(ゴミ諸島)」)

そのために紙幣も作ったり旗も作ったり、問題に目を向けさせるためにここまでやるかということですけど。この徹底感を、この作品にも感じるんですよね。

:そう思います。

本田:日本だとここまで徹底的にやれるかというと、予算の問題もあります。なかなか難しいですよね。

:でも、「PRって自由でいいんだよ」ということを実感させてくれますよね。自分も含めて、日本のPRパーソンは正攻法で1回型ができると、同じ型を繰り返しちゃうところもあるから。

本田:確かに。

:やり方は、山の登り方のように人次第だから、おもしろいねという。カンヌのこういう仕事を見ると、1人反省会したくなるよ。

本田:(笑)。

:「参った、負けました」ってね。

本田:わかります。そういう意味では嶋さんも僕もそうですけど、長年やってきていても危ないですよね。型にはまっちゃいそうになるから、カンヌを見ているとそういうのを救ってくれますよね。

世の中に議論を巻き起こした日本のPR事例

本田:もう1個。アメリカとかヨーロッパとかすげぇなという事例ばかりを見てきて、日本はどうなの? という話じゃないですか。最後に日本のキャンペーンです。今年というか2年分の中では、シルバーをPR部門で獲りました。

なかなか日本の作品がPRで獲るのって難しかったりするんですけれども、気を吐いてくれたキャンペーンです。最後に見てみようと思います。

(動画再生)

本田:これは日本でも数々の賞を獲りました、PANTENEの「#この髪どうしてダメですか」のキャンペーンです。嶋さんは、こちらはどうご覧になりますか? 

:本当に世の中にうまく議論を起こしましたよね。この議論を世の中に起こしていくことが、「髪」というものを通じて、女性の生き方を応援する企業ブランドだというところにちゃんとつながっていて。

これもさっきの話じゃないですけど、「見た人が議論を起こしたくなる」とか「ソーシャルメディアに書き込む」とかも含めて、行動を起こしたくなる設計がすごくよくできていますよね。

やはり地毛証明書とかブラック校則とか、「そうそう、そこが変じゃない?」と引っかかりそうなところにフォーカスポイントがあって、それがすごい絶妙です。「地毛証明書、なにそれ?」とか。

本田:そうですね。

:「#この髪どうしてダメですか」という問いかけのコピーも、ハッシュタグの言葉もうまくワークしていると思うんですけど。

本田:よかったですね。

:地毛証明書の存在とか話題化しやすいことを次々繰り出してきた感じが本当に素晴らしいです。広告キャンペーンでいろいろ議論を世の中に起こす事例って海外では多数あるんですけど、日本でこういうことをやれたのはすごいですよね。

「誰も声を大にして言わないこと」にPRアクションのチャンスがある

本田:そうですね。これは実は今回の『最新版 戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』の中でも、カンヌというより「#この髪どうしてダメですか」キャンペーンを取り上げてて。僕は「そもそもの法則」に入れたんですけどね。

『最新版 戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則 (ディスカヴァー携書)』ディスカヴァー・トゥエンティワン

嶋さんが言うように、なんとなくそこに問題はあるという気はするんだけど、意外と誰も大きな声を挙げていなかった。完全に顕在化していないんだけれども、言われてみればそうだと。よく声を大にして言ってくれたと。そこにPRのアクションのチャンスがあるんです。

これは地毛証明書のきっかけで、ここまで大きなメイクカンバセーション(Make Conversation:議論を巻き起こす)をしたのは、なかなかグローバル水準のキャンペーンじゃないかなと思いますよね。

:素晴らしいと思います。

本田:日本ではこれをきっかけに、「『#この髪どうしてダメですか』みたいことをやりたい」という声を去年くらいから聞きますからね。すごく日本の人にとってはいい受賞だったんじゃないかなって思います。

:さっきのBURGER KINGの話でもそうなんですけど、市場におけるスペック争いというより、社会において「うちのブランドはこういう存在で、女性の生き方こうあったほうがいい」と言うことは、ある意味覚悟がいりますよね。

議論を巻き起こすことは、単純に「こんな商品です」と広告を作るより、覚悟と主張があるわけです。今後はそういうブランドがちゃんと評価されていく時代になっていくんだろうなと思いますね。

今のコミュニケーションに大切なのは「同じところを見つけられる」こと

本田:そうですよね。あと、ちゃんと考えているなと私が思ったのは、ブラック校則のような感じで「学校が悪い、生徒側が正しい」じゃないけど、そういう単純な図式になりがちなんですよね。

でもこれは、実は先生も悩んでいるというか迷っているんです。途中で先生との対話があって、先生の中から「僕は(髪を黒く染めなくても)いいと思う」という意見も出てくる。利害関係者がいっぱいいる中で、勧善懲悪な状態を作るのではなく、先生側も悩んでいるよということを可視化したのは、すごいなと思いますよね。

:そうですね。PRのすごく大事なところは「握れるところをまず見つけましょう」ということだと思うんですよね。これはそうだなぁと思って最近すごくしゃべるんだけど、広告はどっちかと言うと違うところを見つけると褒められるんです。

「うちの商品はこれだけ燃費がいいです」とか「ここがいいデザインです」とか。マーケティング用語で言うと「ディファレンシエイター」的なことを発見できるといいんだけど。

でも今のコミュニケーションって、広告も含めて、「同じところを見つけられる」っていうのが大事になってきていますよ。「ここは手を握れるね」という。この事例で言うと、生徒と先生の中で「ここはそうだね、確かにね」という、違うバックグラウンドの人たちの「ここは握れる」ってことを探してあげる仕事が、PRの仕事だと思っているんです。

今「エンパシー」って言葉がけっこうキーワードになっているじゃないですか。「エンパシー」と「シンパシー」って、両方とも「共感」って訳しちゃうんだけど、「シンパシー」はどっちかと言うと感情とか表現みたいなことで、あぁなんか可哀想だなとか、共感する感じなんだけど。「エンパシー」って感情というよりスキルとか能力なんですよね。

だから、この人とは言語が違うしこの人とは宗教が違うし、この人とは住んでるところが違うしたぶんいろんなことが違うけど、でもここは合意しとかなきゃというところを見つけるのが「エンパシー」なので。これはPRをやる人だけじゃなくて、広告をやる人もエンパシーというスキルはむちゃくちゃ大事になってくると思うんだよね。

これからのPRは「競争」から「共創」に

:スタートアップの人たちがテクノロジーで世の中を変えようとすると、必ず既存のしくみをある程度ぶっ壊さなきゃいけないところもあるわけじゃない。

本田:Uberみたいな話ですよね。

:だからそこで、「ここは手を握れるよね」って探し合う。このテクノロジーがきたら地域活性化するんじゃないかとか、このテクノロジーがきたらここはいいポイントかもしれないねとか。そういうそこから合意形成を切り開いていくためには、やはり「エンパシー」が大事だなと思いました。

本田:大事になりますね。世の中で共通項を探すスキルは、特にPRパーソンは本当に大事だと思います。コモディティ化したものは特にそうですけど、プロダクト、商品ベースのディファレンシエーション(違うところを探すの)がだんだん難しくなってきているというのもある。

もうなにがなんでも差別化差別化というよりも、視点を変えた時に手を握れる人は誰か。まさにこのPANTENEの事例もそうですけど、やはりこれからはそこを見いだしていく時代になっていくでしょうね。

:そうなりますよね。だから今までは同業他社との「競争」だったのが、これからは異業種との「共創」になる。志を同じくする人たちと、なにか一緒にやっていこうというかたちになるわけですね。

本田:そうですね。そういう兆候は出始めていると思っています。

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