PRのスペシャリストが解説する、世の中を動かす最新事例

司会者:みなさんこんばんは。代官山蔦屋書店の石山と申します。本日はご参加いただきありがとうございます。お時間になりましたので始めさせていただきます。今回は、『最新版 戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』出版記念オンラインイベント、「PRをもっとクリエイティブに! 世界三大広告賞に見るこれからの戦略PR」としまして、著者の本田哲也さん、そしてゲストに嶋浩一郎さんをお招きし開催いたします。

視聴者のみなさまから、リアルタイムでの質問も受け付けております。ZoomのQ&A機能からぜひご投稿くださいませ。では、長くなりましたが最後までお楽しみください。お二人、よろしくお願い致します。

本田哲也氏(以下、本田):みなさんこんにちは。こんばんはですね。よろしくお願いします。PRストラテジストの本田です。嶋さん、今日はよろしくお願いします。

嶋浩一郎氏(以下、嶋):みなさんこんばんは。よろしくお願いします。

本田:ちょっと簡単に自己紹介から始めたいと思うんですけれども、今、ご紹介ありました『最新版 戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』を出させていただきました本田です。4年前に刊行された初版の中で、実は嶋さんと対談させていただています。

PRの仕事は20年を超えました。今回、8月に事例とかを入れ替えた最新版としてこの『最新版 戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』を出させていただきましたので、今日はその話をしていきたいと思います。あらためてよろしくお願いします。

『最新版 戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則 (ディスカヴァー携書)』ディスカヴァー・トゥエンティワン

生活が変化する中で、「新しい合意形成」が必要とされる時代に

本田:じゃあ嶋さん。みなさんご存知だと思いますけど、簡単に自己紹介をお願いします。

:1993年に博報堂の、今でいうPR局なんですけれども、当時はコーポレートコミュニケーション局というところに入りまして、それからずっとPRをやっています。2006年に博報堂ケトルというクリエイティブエージェンシーを作って、PR発想で広告キャンペーンを展開してきました。

PR発想がコミュニケーションのベースにあると、世の中を動かしていくところが、すごく強いエッジになると思っていたんです。、そんなクリエイティブエージェンシーでずっとクリエイティブディレクターとして仕事をしていました。

今まさにこのイベントをZoomでやっていますよね。本当は蔦屋書店にみんな集まったほうがいいんでしょうけど、コロナがあっていろいろ生活が変わりましたよね。それからまたDXが最近ずっと言われていますよね。デジタル化して生活が変わるとか。あとサステナブルな世の中にしなきゃいけないことで生活が変わるとか、ライフスタイルが変わるビッグウェーブが来ているなと、今すごく感じています。

あとでいろいろ話しますけど、今日ここに来ている人たちはPRにリテラシーが高い人だと思って話していいのかな。だとすると、PRって単なるパブリシティじゃなくて、「世の中における合意形成をする仕事である」という共通の理解はしてると思って話をしていこうと思いますが、まさに新しいライフスタイルとか、サステナブルな社会の時代に人はどう生きていかなきゃいけないとか、先ほど申し上げたの生活の変化の中で「新しい合意形成」がむちゃくちゃ必要な時代になっていますよね。

ワクチンを打つ順番とかの合意形成とか見ていても、もっとPR的な発想でやるとよかったんじゃないかと思うところとかもあって。まさにPRが重要な時代になっているなと思っていますので、今日は本田さんといろいろPRの話をして楽しみたいと思います。

カンヌライオンズ受賞作から学ぶ「PRとクリエイティブ」

本田:ぜひぜひ。みなさん気になっていると思うんですけど、嶋さんの後ろにズラッと並んでいるものについて。これはあれですよね、今、ケトルにいらっしゃるんですよね。

:います。会社にいます。

本田:(笑)。今日はカンヌライオンズとかの話をしていきますけれども、後ろにあるのは受賞したトロフィーとか盾ですよね。カンヌだけじゃないと思うんですけど。

:そうですね。ちょっと自慢っぽい背景になってますね。

本田:(笑)。

:カンヌの話をするということで、今日はここからしゃべろうかなと思って。

本田:まさにテーマに相応しいですね。みなさんこれ、バックグラウンド画像ではありません。嶋さんの後ろにリアルな背景があります。

今日はいろいろと「PRとクリエイティブ」というテーマで、タイトルにもある「広告祭」ということで。「カンヌライオンズ」の作品なんかを実際に見ながら、前半は嶋さんと私で話をしていって、クリエイティブとPRについて話し尽くしたいと思っています。

最初にひょっとすると、みなさんの中では「カンヌライオンズ」というものがなんぞやという方も、いらっしゃるかも知れませんので、説明させていただきます。「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」というものです。

今日は実はカンヌの日本におけるレップ(代表)をされています日経さんにもご協力も得まして、本当は勝手に見せちゃいけないようなものなんですけど、ちゃんと許可をいただいて最新の動画など使えるようになったので、お見せしながら解説したいと思います。日経さん、ご協力ありがとうございます。

カンヌライオンズの3つの機能と2つの審査基準

本田:カンヌとはなんぞや。これ、せっかくなので嶋さん、ちょっと簡単なご説明をお願いします。

:カンヌは世界のアドバタイジングとか、プロモーションとか、デザインとか、PRとか、そういうコミュニケーションとクリエイティブのインダストリに働いている人たちのお祭りではあるんですけれども、いろんな機能があると思うんですね。

1つは、自分たちの作品を出品して、賞を競い合うという研鑽の場。切磋琢磨してお互いの作品を見て、それを審査で言語化して、新しい仕事の仕方とかを発見するような、賞を目指してそれぞれの仕事でコンペティションをする場というのが1つ目です。

あと、カンヌの期間中は毎日いろんなセミナーが行われて、そういうコミュニケーションインダストリ、クリエイティブインダストリと関わりのある人たちのビジョンを聞けるという場でもあるというのが2つ目です。

3つ目は、カンヌがどんどんいろんなジャンルに拡大していって、ネットワーキングの場みたいなかたちで機能していると思っています。その中でPRの話をこれからするんですよね。きっとね。

本田:そうですね。嶋さんも何回か審査員されていますし、僕もさせていただきました。PRという観点でいうと、もちろん他にも国際的なPRのアワードはあるんですけども、特にクリエイティブの祭典ということでは、カンヌが世界一ですから、ここで受賞する作品は「PR×クリエイティブ」だと世界最高峰ということですよね。そういう理解でいいですよね。

:やはり審査の基準は、PRなんで今までの既成概念とはことなる考え方を世にひろめて合意形成をしていくというパーセプションチェンジ(Perception Change:認識変容)を起こしたり、今までの価値観とは違う行動を人々に起こしてもらうビヘイビアチェンジ(Behavior Change:行動変容)ようなことになります。

「合意形成」のやり方を「なるほど、こんなやり方でやったのか」ということも評価のポイントですよね。カンヌにはパーセプションチェンジなりビヘイビアチェンジの実現の仕方がすごくハッとさせられる仕事がすごいいっぱいあります。たぶん今日見る仕事の中にも、合意を形成するためのワークをしているんだけど、そのやり方が今までとは違って、すごく多岐にわたっておもしろいと思うので。今日はそれを楽しんでいただければと思います。

農地をオーガニックに変えるための、ビール会社のキャンペーン

本田:ありがとうございます。カンヌについてはこれくらいにして、さっそく事例を見ていきたいんですけれども、今日は実は6つあります。最初の3つは、今回の僕の『最新版 戦略PR』でギリギリ入れた受賞作なんですよね。

ビデオを用意しているので、まずは見てみましょう。全部2分くらいです。もちろんこれは英語なので、英語が苦手な方は雰囲気を含めて見ていただいてもいいんですけど。ちょっとムービーを見て、それでちょっと解説。これはどこが素晴らしいのかと話していければなと思います。

今年のカンヌは実は(中止になった2020年分も含めて)2年分なので、2つグランプリがあったんですけど、最初はグランプリを受賞したAnheuser-Busch(アンハイザー・ブッシュ)。Budweiserのビールで有名な会社ですけれども、そこが仕掛けた「Contract for Change」キャンペーンですね。まずは見てみましょう。

(動画再生)

本田:簡単に解説したほうがいいのかなと思うんですけれども。これはアメリカですね。どういうことかというと、オーガニックなものはみんなが欲しがっているんだけれども、農地は1パーセントしかオーガニックになっていない。なんでかというと、オーガニック農地に移行するにはお金もかかるし大変だから、農家がやってらんないよと。

アンハイザー・ブッシュは、Michelobというオーガニックビールを持っているんですけど、契約すると3年間で(農地を)オーガニックに移行する間の補填をしてあげるということと、トレーニングも無償でやりますと。

それで、3年後にオーガニック農地になった時の麦ですよね。ビールの原材料です。これを我々が最初の顧客として買い取りますという契約をして、未来に向けてオーガニック農地に変えていこうというものなんですけれども。

「契約」を介在させることで、新しい行動を起こす

本田:嶋さん、このキャンペーンに関してはどうですか。

:この仕事の肝は、みんな「オーガニックな農作物が増えたほうがいいよね」という思いがあるんだけど、じゃあ本当に人の行動を変えていって、オーガニックな農業をやる人を増やしていくというビヘイビアチェンジを起こしたところがすごいと思うんです。

これをどうやってやったかなんですけど、そこにこの仕事を実施したPRパーソンのすごさがあると思うんです。企業と農家との間の契約、コントラクト(Contract)を介在させて、新しい行動を起こさせたということなんですよね。

現実的にはオーガニックじゃない農業のほうが楽で、大量の肥料を使って大量生産していくほうが効率的なんだけど、オーガニックに植物を育てるために、いろいろ勉強しなきゃいけない。その準備が大変なんです。だからなかなかやりたがる人がいない。しかも、オーガニックにしちゃうと収穫量が下がっちゃう。

本田:そうなんですよね。

:オーガニックな栽培にしても今までと同じ金額で麦を売っていたら、儲からなくなっちゃう。じゃあどうしようというところで、「トレーニングもします、オーガニックになった小麦を25パーセント増のプライスで3年間保証して買い取りますよ」ということが、この契約の肝なんです。その契約自体を考えたということですよね。

ある意味、経営に近いところにPRパーソンがいって、事業そのものでないと変えられないということだと思うんですよ。

本田:そうそう(笑)。

「社会課題を解決すること=企業のブランディング」になる時代に

:これは世の中のコミュニケーションの変化で、ちょっと前まではいろんな企業が市場における競争していて、市場の中で「私の商品はここがいい」というコンペティションをやっていたわけです。でも今はマーケティングの手法が変わって、「市場の中の私」をアピールするより、「社会の中の私とは」という時代になっているじゃないですか。

社会課題。社会において私たちのブランドは何をやるブランドなのかということになっているわけですよね。だから「洗浄力の高いシャンプーです」というより、「女性の髪型の自由を応援する。ひいては女性の自由な生き方を応援するシャンプーのブランドです」という時代になっているんですよね。まさに究極は「社会課題を解決すること=企業のブランディング」になる時代だと思っています。

まさにこの仕事は、企業活動が「PR活動=社会課題解決」になっているという事例ですね。これは2020年のグランプリですけれども、ふさわしい受賞作だなと思いました。

本田:本当におっしゃるとおり、ど真ん中ですね。やはり嶋さんがおっしゃるように、「これがグランプリで」というのを、6月以降周りにお話したり紹介すると、けっこうびっくりするのが「これってPRなんだ」という。

これは事業そのものですよね。みなさん「なにかあるものをPRする」という発想がどうしても強いと、これが契約というアクションそのものであることに、「なるほどな」という驚きがあるみたいですよね。

:中の人、つまり農家の人とビール会社は「ビールを作ること」のインナーサークルで、そのコミュニティの中でも先進的な企業なんだというブランディングも進むけど、同時に外の人にとってみたら、まさにナラティブが生まれるわけですよね。この活動を見ていたら、3年後にできるビールを飲みたいと思う。

本田:そうそうそう(笑)。

PRとは、立場が違う人たちが手を握れるところを探しだすこと

:販促というマーケティングにもちゃんと効いている。社会課題解決をしているんだけれども、すごく商品の価値を上げて、認知を上げて、最終的にはファンを作ったりとか、売上を上げたりするところまで直結しているところが、一気通貫していて素晴らしいなと思います。

本田:そうですよね。この「Michelob ULTRA Pure Gold」は、オーガニックビールでリーディングブランドですからね。やはり単なるCSRでもなくて、実はマーケティング的な、未来のお客さんを捕まえることすら視野に入っている。

CSRとかコーポレートコミュニケーションとかマーケティングとか、区分すらナンセンスなぐらいしっかり設計されているなという感想を持ちますね。

:PRってそもそも、「立場が違う人たちが手を握れるところを探しだそう」ということだと思うんですけど。「オーガニックがいいのわかっているんだけど、面倒くさくて大変なんだ」という困っているところを、すごくうまく「じゃあこういうのどうでしょう、これだったら動きますかね」という、その握れるところを探して。

本田:そうですね。

:PRの仕事のすごく大事なところですよね。

本田:エントリームービーもよくできているなと思って。農家のおじさんが話すところから始まるから、企業がどうのこうのというよりも、「農業は変わってしまったんだ」という、農家のみなさんのナラティブ(物語)もちゃんと入ってるなという気がするんですよね。