小麦や大麦の天敵「赤カビ病」

マイケル・アランダ氏:パンやクッキー、パスタ、ビールは、みんなが大好きと言っても、過言ではないでしょう。しかし、毎年数十億ドル相当の小麦や大麦などの穀物が、「フザリウムグラミネアラム」という真菌により廃棄されているのは、たいへん不幸なことです。

この真菌が生成する毒素は、赤カビ病、略してFHB(Fusarium head blight)という病気を発症させます。赤カビ病を発症させるカビ毒の仲間は、植物やヒトを含めたすべての生き物が持つ、たんぱく質の合成機能を阻害します。穀物を萎びさせ、それを食べたヒトをも病気にするのです。

このカビ毒には、ボミトキシンとして知られるものがあります。みなさんには、命名の由来の予想はついたことでしょう(注;英語で「嘔吐」はvomit)。ボミトキシンは、他にもめまいや頭痛、発熱などを発症させます。

カビ毒を分解する酵素を作り出す遺伝子

ヒトは、何千年間も赤カビ病と戦い続けてきましたが、現代でも赤カビ病は大きな問題です。しかし、2020年に行われた研究で、どうやら助けになってくれそうな発見がありました。野生種の麦の一種、カモジグサに、真菌に耐性のある遺伝子が発見されたのです。

アフリカやユーラシア大陸原産のカモジグサが、この病害への耐性を持つことには、研究者たちはすでに気づいていました。まず研究者らは、野生のカモジグサのゲノムの配列を特定しましたが、これは序盤にすぎませんでした。さらに耐性のあるカモジグサを他の植物と計画的に交配させ、病害に耐性がある子孫らのDNAを、耐性のないそれと比較したのです。

その結果、Fhb7という、有毒化前のカビ毒を分解する酵素を生成する遺伝子が特定されました。

生物の進化に多様性をもたらす「遺伝子水平伝播」

みなさんは、この遺伝子は、もとは植物の体内で別の役割を果たしていた物が、いつしか赤カビ病の毒を解毒できるように進化したのではないかと考えるのではないでしょうか。しかし、事実はまったく異なります。どうやらFhb7は、別の真菌から植物へと侵入したようなのです。

Fhb7は、草に寄生するエピクロエ属の真菌の遺伝子と97パーセント一致することがわかりました。Fhb7は、現存する他の植物のゲノムには、カモジグサの遺伝子以外では存在しません。仮にFhb7が植物由来だとすれば、カモジグサと祖先を共有する他種にも存在するはずです。

カモジグサがどのようにFhb7を持つに至ったかは、いまだわかっていません。しかし、約500万年前に、Fhb7はエピクロエ属の真菌からカモジグサへと、「遺伝子水平伝播」により移行したのではないかと考えられています。

遺伝子水平伝播とは、交配できない種から、なんらかの理由で遺伝子を獲得することです。

遺伝子水平伝播は、細菌などの単純な構造の生き物では頻繁に見られますが、植物のような多細胞生物における発生頻度は、よくわかっていませんでした。

エピクロエ属の真菌が、この遺伝子をどのように活用しているかはわかっていません。真菌が野草に寄生する際に、赤カビ病菌との競争において活用されるのではないかと考えられています。

元の機能が何であれ、この遺伝子は、カモジグサに赤カビ病の脅威に対する優位を与えていたようです。

自然界の“遺伝子工学”の偉業

ところで、たいへん便利な事実があります。赤カビ病への解決策を模索する農学者であれば、遺伝子工学でFhb7をコムギに導入したいと願うでしょう。ところが、自然界はすでにこれを済ませているのです。研究者たちがやるべきことといえば、カモジグサを商業種の穀物と交配させるだけです。事実、この論文の著者らは、すでに小さな規模で交配を実施しています。

なお、研究者たちは、この発見をさらに深め、他の類似の遺伝子も見つけたいと考えています。そして、少しずつ穀物種と交配させれば、赤カビ病への耐性を強められるかもしれません。概してこれは、自然がなした遺伝子工学の偉業です。パンやパスタなど、おいしい食品にとっては、幸先の良い未来の兆しなのです。

この遺伝子は、まったく想定外の場からもたらされました。他のさまざまな分野から学ぶことにより、森羅万象の理解が進むのは、こうした例があるからなのです。

【参考記事;カモジグサ近縁種の真菌由来遺伝子はコムギにフザリウム耐性を付与する】