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学校法人角川ドワンゴ学園 N高等学校 上木原氏インタビュー(全2記事)

担任教師の役割は「生徒に向き合う伴走者」 N高がオンライン授業と分業化で実現できること

インターネットと通信制高校の制度を活用した、新しい“ネットの高校”こと「N高等学校」。上木原副校長に、オンライン授業を基本とする同校のコロナ禍での対応や、オンラインシフトが急務となった学校やビジネスの現場でも役立つ工夫をお聞きしました。また、生徒一人ひとりに合わせた「教育の個別最適化」を実現するために、先生の役割を大きく見直すといった、革新的な取り組みに迫ります。

ネットの学校「N高」のコロナ禍での対応

――昨今のコロナ禍において、働き方や学び方などが大きく変わりつつあります。N高は、全国小中高への休校要請を受けて、家庭学習のフォローとしてオンライン授業の無料開放を実施されていました。やはりネットの学校ということで、対応はスムーズだったのでしょうか?

上木原孝伸氏(以下、上木原):まず生徒の学習環境としては、N高は基本的にオンラインで授業を受けて、レポートを提出することで単位を取るので、今までとほぼ変わらずに進められています。

ただN高の場合は、みなさん「ネットコース」というオンラインで学ぶコースに所属しているんですけど、その中でもプラス「通学して学びたい」という子がいるんですね。そういう子たちのために「通学コース」も設けていて、今年4月で全国に19キャンパスになりました。

そこが2月以降オンラインに切り替わったところは、かなり大きな影響があったかなと思っています。

一方で、教職員も「ネットの高校の通学コース」という矛盾したようなところから、その「通学しているものをさらにオンラインにする」という、逆転の逆転みたいなことを求められて(笑)。

教職員たちはむしろ士気が上がると言うか、子どもたちに新しい学びを提供するためにどうしたらいいかということで、本当に切磋琢磨というか、みんなで議論しながら、新しいものを作っていくという気運が生まれました。

通学コースは、今後7月から基本的に通常の運営に戻していこうとしているんですけれども、今回得た知見を活かして、オフラインの授業の中にオンラインのエッセンスを入れた、新しい授業ができそうだなという流れになってきています。

通学コースでも活かせる、オンラインのメリット

――今回得られた知見は、具体的にはどういうものなんでしょうか?

上木原:我々の通学コースの授業は、プロジェクト・ベースド・ラーニング(PBL)を基本にしています。なぜかというと、基本的にティーチングの部分はインターネットでプロの先生が教えてくれますから、せっかく学校に来るんだったら、チームでのディスカッションなどを中心にしようというコンセプトなんですね。

そのPBLをしていくうえで、先生たちから前提知識をインプットする「知るパート」があるんですよ。通学だと物理的なキャパシティがありますから、例えば1人の先生が、30人くらいの生徒たちの前で説明をするパートがあったりします。

それが今回オンラインにすることで、80人とか100人、キャンパスによっては300人くらいの生徒が、同じ授業を聞けるようになります。そうすると、1人の先生の話を一方的に聞くのではなく、例えば先生が2人で掛け合いをしながら「どう思う?」と会話形式で授業をしたほうが、生徒たちの食いつきがよかったり。

あとは、それぐらいの人数がリアルの場にいると、「意見を言ってみよう」となっても、なかなかいっせいに言えないじゃないですか。でも、Zoomだとチャットができるんですよね。

今まで「みんなで考えてみよう」と言ったときに、(自分一人くらい)考えなくてもまぁ授業が進んでいくという側面もありましたけれども、チャットなら「自分も書いてみようかな」とか、手を挙げてわざわざ発表するまでもないけど「チャットだったら書いてみようかな。書くなら考えてみようかな」と思ったり。

そういう意味では、チャットツールで子どもたちの考えを引き出していくことは、むしろオフラインの授業よりも、生徒の頭が活性化する部分もあると感じました。

今後オフラインの授業の中でも、そういう「知るパート」の部分はあえてZoomで中継をして、インプットしていくとか。あとは「みんなでチャットに書き込んでみよう」という授業を展開するような知見は生まれたなと思いますね。

ネットとリアルを分けることはナンセンス

上木原:ちょうど先週、生徒に満足度アンケートを取ったんですよ。「オンライン授業はどうでしたか?」と。そうしたら、90パーセントぐらいの子が「満足」と言ってくれていて、むしろ好意的な意見も多かったんですね。

やっぱり通学時間は疲れるので、その部分がなくてよかったとか。体調が悪くなっても、少し楽な姿勢で聞けるのですごく助かったという意見もあったり。

生徒たちの本音が出てがすごくかわいいなと思った言葉があって。アンケートのフリー記述のところに「楽しいですけど、やっぱりちゃんとしゃべりながら授業を受けたいし、友達と話したいです。通学つらいですけど」。どっちなのかわからないという(笑)。

そういう子もいるんですけど、「キャンパスに行ってチャットと同じことができるかと言われると、チャットのほうが意見を出しやすいなと思いました」という子もいます。だから、またオフラインになったときも、うまくオンラインのエッセンスを入れて、汎用的にできたらいいなとは思っていますね。

――なるほど、別にリアルの場でオンラインツールを使ってはいけないわけじゃない。垣根をなくして、いいところ取りをする感じですね。

上木原:そうなんです。私たちもネットの学校の通学コースということで、その辺りは意識してやってきたつもりでしたけれども、まだまだ新しい発見があったな、というのは正直な感想ですね。

やっぱり生徒は「ネットとリアルを分けること自体が、感覚的にナンセンス」というところもあって。彼らにとってはもうネットもリアルの一部だし、そこはすごくシームレスなんですよね。だから、大人のほうが「オンラインとオフライン、どう違いますか」と聞きたがるんですけど(笑)。生徒を見ていると、「そこって連続性のあるものじゃないの?」という感覚でいると思いますね。

全国の生徒のレベルや志向に合わせて、質の高い授業を提供

――今はやはりオフラインに比重を置いた学校が多いですが、メリット・デメリットという部分は、どうご覧になっていますか。

上木原:そうですね。N高がネットの高校として、オンラインに取り組もうとした理由はいろいろあったんですけれど、その一つとして教育の個別最適化がありました。生徒に合わせた授業がネットで配信されたり、機械学習を使ってアダプティブにやっていったり。例えばECのようなレコメンド機能や、オンデマンドで授業を見るとか。

「教育の世界もそうした方向に行くのは自明の理だろう」とは思いつつも、すぐに実現するのは難しい。そこで、その実現可能性が一番高いのはおそらく「通信制高校」という仕組みだろうと。その仕組みを活用して、ネットの高校をつくろうというのが私たちのスタートなんですね。

「じゃあオンラインにどんなメリットがあるか」というところでいうと、先ほどのティーチングの部分。教えるという部分で、プロの先生にこだわれることが大きいと思うんです。

例えば、地方にいながら、東京のIT企業で働いているエンジニアのプログラミングの授業を受けるには、物理的な環境では限界がありますよね。でも、オンラインなら一番いい先生の授業を全国どこにいても受けられる、しかもネットを使うので比較的安価に受けられる。つまり、経済的・地理的な課題をクリアできることが一番のメリットかなと。

そのうえで、自分のレベルや志向に合ったものを受けられる。教科の勉強でいうと、N高は初年度は大学受験のための高校生の勉強だけをリリースしました。ただ、いろいろなニーズに応えていくと、中学の復習講座や、中には小学校の算数の復習まで戻ってあげたほうがいいな、というところもあったりして。今は、小学校の復習講座から難関大学受験講座まで、一通り揃いました。

――すごいですね! それを全部、動画の授業で用意されていると。

上木原:そうです。オリジナルで作っています。

担任の先生を、授業・事務・部活から解放

――N高の生徒さんは、15,000人ほどいらっしゃいますよね。動画で授業を教える先生とは別にいらっしゃる、担任の先生は1人で何人ぐらいの生徒さんを担当しているんですか?

上木原:インターネットの授業なので、教えるほうは「その先生が何人担当する」という概念ではないんですが、一方でいわゆる担任教員は、学年でばらつきがありますが先生1人あたりで平均すると、だいたい生徒は100人前後です。

――普通の学校では、ちょっとあり得ない人数……大変じゃないですか?

上木原:担任の役割は、生徒たち一人ひとりの趣味嗜好に合わせてコーディネートすることなんです。例えば「こんなオンライン授業を受けてみたらいいんじゃない?」というアドバイスや、「先週のレポート、がんばってやったね!」という励ましの連絡を入れたり。教員は、そうした生徒一人ひとりを見つめる仕事にリソースを割けるということですね。

もちろん楽ではないですが、一般的な学校の先生は朝から学校に行って、事務仕事から始まり、1日のほとんどを授業に費やして、クラブ活動の顧問をして、また事務仕事をして帰るというかたちですよね。

まずは、そうした事務仕事を分解し、教員が必ずしもしなくても良い一部を学校で雇用した事務専門のリモートワーカーに依頼しています。生徒のレポート採点も、ネットで提出するので語句問題や記号問題は基本的に、自動採点なんですね。普通の通信制高校だと、大量に紙が送られてきて記号にマルをつけ続ける、というのも先生の仕事になるんですけど。

先生の役割は、生徒たちに向き合う伴走者であること

上木原:あとは、ティーチングの部分をネットによる専門の先生に任せているので、担任の先生たちは基本的には、一部のスクーリングのリアル授業を除けば、ほとんど生徒たちの伴走者に徹することができます。先生が生徒と向き合うために、オンラインやネット授業を使っています。

実際に生徒を受け持っている先生たちのなかには、今まで全日制の公立の教員をしていた方もいます。「リアルで会う機会は少ないですけど、前の学校と比べて、生徒のことってよくわかりますか?」という話をしたときに、「雑務と授業と部活の顧問に追われていたことを考えれば、今は定期的に生徒とゆっくり話もできる。より生徒一人ひとりのリアルな声は聞けるようになりました」と言われたりしますね。

私も担任の先生方に「進路がまだ決まっていない子たちは、今どうなっているんですか」と、生徒の名前を挙げながら聞いたりするんです。生徒一人ひとりの状況が分かる教務システムがあるので、それを見ながら1人ずつ聞いていくと、「この子は今こういう活動をしていて、11月ぐらいから動き始める予定です」ということが、1人ずつけっこうしっかり言えて、予想以上に先生たちが生徒を見ている感じはあります。

ただ完璧ではないですし、これからまだまだ課題もたくさんあるんですけれども、今のところは、そういうところがオンラインで実現できたことだと思っていますね。

生徒一人ひとりの理解度を把握し、サポートする方法

――最近は、新入社員の研修もオンラインになり、企業側が一人ひとりの進捗を見るのに苦労している面もある気がします。その辺りでアドバイスや工夫されていることがあれば教えてください。

上木原:そうですね。とくにテレワークになると、お互いが見えない時間帯に何をしているかがわからないことが一番大きいと思うので、見える化はすごく大事かなと思いますね。

例えば、N高にはプログラミングの授業があります。今までもやっていたんですが、プログラミングの授業の最初に「今この授業でやろうとしていること」をGoogleフォームに書いて、送信してもらうようにしているんですよ。

自分がやっている内容について、「順調」「ちょっと困っている」「詰まっている」というのを三択で選んでもらって、その日に何をするかを書いてもらうんです。そこで「今日はプログラミングをがんばる」とかぼやっとしたことを書いている生徒は、ぼんやりした時間を過ごしてしまうんです。

なので、先生はそこに書かれた内容を見て、「順調」かつ具体的な内容を書けている子は、いったん「自走できるだろう」ということで進めてもらう。「まだ自走できないかもしれないな」という子は、Zoomのブレイクアウトルームを使って、面談を入れて「この時間どうしようか」というふうに相談していく。

「今日は何をやるか」を明確にした上で、優先順位を付けてアドバイスしていくことは、オンラインならではというか。「オンラインでそこがありがたかった」と言ってくれている生徒はけっこういます。

それも「書くと先生に注意される」というよりは、「書くと助けてもらえる」という安心・安全な場として。監視されるってイヤじゃないですか(笑)。

N高でずっと使っているSlackも、すごく役に立っています。「先生に面談を申込むほどでもないけど、ちょっと困った」というとき、Slackのプログラミングのチャンネルに「これで困ってます」と書いたら、誰かが答えてくれるんですよ(笑)。

そういう「何を聞いても恥ずかしくない場づくり」とか。あくまでも監視じゃなくて、自走のお手伝いを中心に置くことで、生徒が動いていけるのかなと思いますね。

失敗ができる、オンラインコミュニケーションの場を提供

――今は言語化することや、自分から発信することが大事だとよく聞きます。オンラインのコミュニケーションでは、その両方が必須になると感じていますが、N高での先生とのやり取りは、そうした練習にもなっている気がします。

上木原:おっしゃる通りですね。昔はいわゆる文(ふみ)というか、手紙のような言語コミュニケーションが普通でしたが、電話によってわりと対面に近いコミュニケーションになってきて。今度はメールが出てきて、言語コミュニケーションに戻ってきた。今ではチャットなので、言語でもけっこう瞬発力が要求されるじゃないですか。この得意・不得意はあると思うんですよ。

例えば、「対面は得意ですけどチャットは苦手」という人は、けっこういると思うんです。こういうチャットのコミュニケーション力みたいなものは、今後の社会ではかなり重要かなと思っています。

そういう意味では、オンラインでのコミュニケーションの障害の有無と、ちょっとつながるかもしれないんですけれど。Slack上で友達を作るということになると、やっぱりトラブルは起きるんですよ。でも、むしろN高は「友達ができたらケンカは起こる」と思っていて。

――確かにそうですね(笑)。

上木原:文字のコミュニケーションでは表情がわからないので、伝わりにくいとか、もしくは誤解されやすいということを踏まえた上でやらないと、失敗することはあるよね、というのを高校時代にどんどん学んでほしいなと。N高のSlackという、閉じられた空間で失敗するぶんにはいいじゃないですか。でも、社会に出てからTwitterで失敗すると、本当に取り返しのつかないことになるから。

――(笑)。

上木原:N高の中で、そうしたSNSリテラシーを育んでほしいという思いはありますね。今はプロの知見を得るために、さまざまな分野のプロフェッショナルに学園で働いていただいています。スクールソーシャルワーカーやカウンセラー、それこそネットのプロであるニコニコ動画のカスタマーサポートをされていた方も。

SNSリテラシーは、学校の先生だけではなかなか対処できないところがあるので。そういう部分も含めたプロの集団が、生徒たちをトラブルから守ったり、今後社会に出る上で良い方向に導いていくような取り組みを、粘り強くずっと続けています。

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