スマホの登場によって何が変わるかは予想できなかった

三浦崇宏氏(以下、三浦):そしてもう1つは、新しい生活習慣を新しい収益機会にできるかどうかです。先月、起業家向けに、「5Gが到来するので、これから先の産業はどうなりますか」ということを相談されるトークイベントがあったんですね。

それに答えたのがミラティブという会社の赤川隼一社長と、ワンメディア代表取締役の明石ガクトさんというロン毛の人です。なんだか教祖みたいな人ですね。

その人と、グリーの田中良和社長と、サイバーエージェントのAbemaTVをやっている小池政秀さんという役員とのトークセッションをやっていて。5Gになってコンテンツやビジネスはどう変わるかという相談があって、みんないろいろ考えたんだけど、グリーの田中さんが言ってたことがすごくおもしろくて。

田中さんは40代なんですけど、「俺さ、実は10年前『スマホ時代到来でどう変わる?』ということを聞かれて、同じようなトークセッションに出たんだよ」「あぁ、そうですね。そういう世代ですよね」「当時した予想が全部外れてる。1個もその通りになってない」というのがめちゃくちゃおもしろくて。

つまり、スマホによってなにが変わるかは、あんまりわからないんですよね。ただ、生活習慣やビジネスの目線で考えるといろいろ変わるような気がするんだけど、そういうものもわからないわけ。アプリができるからゲームの市場が伸びるんじゃないかとか、ざっくりは言えるんだけど。

新たな生活習慣をいかにして収益機会に変えるか

でも、明確に新しい生活習慣が生まれましたよね。スマホという、手元に持っている電話にカメラがあることによって、自撮りという概念が生まれたでしょ? 10年前は「自撮り」という言葉は誰も知らなかった。自撮りが盛んになり、あとは配信という概念もできましたね。

この中で暇なとき配信したことがある人は? 配信したことはあんまりないですよね。ただ、今の若い人は普通に配信するんですよ。

僕の博報堂時代では、みんながスマホを持っている世代をスマホネイティブと言っていて。20代のときに、「お前は若いんだからスマホネイティブに向けた企画を考えろ」とか言われるわけですよ。

「いや、でもスマホネイティブって言われてもわかんないな」と思っていたんですけど、昔は駅で電車を待っている5分、10分の時間に東スポとか日経新聞とか週刊少年ジャンプとかを読んだり見たりしていましたよね。

それが今はTwitterとかFacebookになって、ちょっとパラパラ見たり、インスタ見たりになった。でも実はこれ、受信しているだけなのであんまり変わっていないんですよ。

ただ、今の若い人はほんの10分の間に「電車待ってます」「駅でメイクしてます」ということを配信したりするわけ。スマホネイティブという言葉だとわからなかったんだけど、受信世代から発信世代になったと考えるとおもしろいでしょ。

要は10分あったら情報を受信していた僕たちが、10分あったら情報を発信するのが普通の生活習慣になった人たちに対してどういうマーケティングが有効なのかということなんです。

自撮りとか、生配信とか、そういう俺たちが今まで知らなかった言葉、世の中になかった活動や行動、そういったものがどんどん生まれる時代になっている。だから新しい生活習慣を新しい収益機会にできたやつが勝つと。

例えばスマホが出て自撮りができるようになって、みんなが自撮り用のアプリとかいろいろ考える中で、セルフィー、セルカ棒を作ったやつはめちゃくちゃ儲けたわけです。

そんな感じで、デジタルとかアナログとかは一切関係なくて、テクノロジーの変化によって人間の新しい生活習慣が生まれる。実はその生活習慣をビジネスチャンスにできたやつが勝つ時代になっていますよね、という話です。

市場ではなく社会に適応せよ

なので、今までは市場に対応する競争の戦略だったけれど、社会に対応する変化の戦略を考えることが今のマーケティングやブランディングにおける勝ち方、生き残り方なんじゃないかなと思っていますね。

具体的にもうちょっと言うと、実際の企業ですけれども、例えば三井不動産という会社は不動産の会社ですよね。僕らもお手伝いしているんですけれども、「ワークスタイルリング」というシェアオフィスの事業をやっています。

今までは土地を管理して貸すだけだった会社が、いかにその土地の価値を上げて、その価値を上げまくった後に高く分けるということをやるように変わったんです。

あるいは富士フイルムというカメラの会社はフィルムメーカーから光学テクノロジーカンパニーに変わって、今では化粧品を売ることでビジネスを成功させている。

どうやって美しく色を再現するかという光学の研究があって、携帯用カメラを売るビジネスはもうスマホによって奪われてしまったけれども、彼らはその研究を化粧品という新しいビジネスに活かしているんですね。

あるいはトヨタは車のメーカーからモビリティビジネスサービスカンパニーになりました。つまり、あらゆるビジネスカンパニーから都市、空間から空間への移動がすべて自分たちのビジネスドメインだという宣言をしました。

これによってビジネスが変わる。トヨタがパジャマを作ることだって普通に起きるような時代になるということです。ちょっと水を飲みますね。

ちなみにここまでの話、こういう話で大丈夫ですか?「ぜんぜん違う話を聞きたいんですけど」「これから先、芸能界のビジネスはどうなるんですか」みたいな感じじゃないですかね。大丈夫ですか? 

「ラップ聞きたい」と言っている人がいたんで「ちょっと帰ってほしい」と言ったんですけど、この感じでいいと思っている人はちょっと拍手してもらっていいですか? 

(会場拍手)

いまいちだな。ありがとうございます。続けます。

音源の所有からアクセスへと変わりゆく音楽産業

そういう感じで既存の業態から変革していこうという会社もあれば、既存の習慣から変革しようとしているビジネスモデルもある。

例えば音楽産業。今、この中で、Spotify、AWA、あるいはLINE MUSIC、Apple Music、Google Play Music、そういった音楽のサブスク(サブスクリプション)サービスに登録している人は手を挙げてください。

(会場挙手)

ほぼ全員そうですよね。では、この1ヶ月以内にCD買ったよという方は手を挙げてください。

(会場挙手)

あ、素晴らしい。2人。どうせラップでしょ? みたいな感じで。

つまり音楽産業は、従来の音源を所有するものからサブスクで音源にアクセスするものに変わっている。これも10年前なら「みなさんはもうCDもMDもなにも買わなくなりますよ」と言われても信じられないでしょ。

「え、いやいやCD好きですよ」「『M 愛すべき人がいて』読みました」というふうになるでしょ。そんなふうに変わっていくんです。

イノベーションは繰り返されるもの

あるいはビジネスコミュニケーション。今まではずっと電話とメールだったんだけど、今はそれがLINEとか、あるいはSlackといったチャットシステムに変わっている。

これも10年前に「メールは使わなくなりますよ」と言われても信じないでしょ。「いや、最近メールがメインですよ」というふうになっていた。つまり当たり前だと思うものがどんどん変わっていく。

今はみなさん、たぶん全員LINEは使っていますよね。この中でLINEを使っていない人はあんまりいないと思うんですけど、LINEでも若者のLINE離れが起きています。若い人たちにとってはLINEがメール化しているんですよ。

なぜかというと、インスタのストーリーで今渋谷にいるんだなとかいって、「あ、今渋谷にいるの?」とDMで話しかけてそこからコミュニケーションが始まる。そこから「店のURLだけ送るね」というときに、LINEで送る。

簡単な会話はインスタやTwitterでやって、正式な会話がLINEになるということが起きているんです。これ、このままLINEが普通にやっていったらLINEはメール化していって、あんまりみんなが使わないものになっていく可能性はわりとあると思う。

これもたぶん信じないでしょ。「5年後はLINEをみんな使わなくなるよ」と言ったら、みんな「いや、それはないんじゃないですか」となると思うんだけど、たぶんそんなことはない。

もっと言うとLINEの偉い人たちはみんなそれを恐れているんです。なぜなら自分たちが既にメールを追いやっているから。自分たちがメールからLINEにイノベーションしたことがあるからこそ、自分たちが常識になってイノベーションされることを恐れるようなことが起きている。

現金をもらってもうれしくない時代が来る

あるいは決済手段。この中で、PayPay、メルペイ、LINE Payみたいな、いわゆるスマホ決済サービスを1個でも使ったことある人は手を挙げて。

(会場挙手)

これもたぶん、現金からペイメントサービスに移行することがあっという間に起きる。

5年前に「現金をもらってもうれしくない時代が来るよ」と言ってもたぶん誰も信じなかったと思うんだけど、たぶん来年、再来年、3年後ぐらいには、現金を渡されても「いやあ、現金を渡されても困るんですよね」というような時代が来ます。

去年うちの会社のボーナスを全員に現金で渡したら、25歳のすごく嫌味な顔をした若者が「やった、お金だ!」と言ったので、意外に根深いかもしれないですけど。でも、こういったことが起きる。

このように今まではマーケティングは市場の支配者を作るためのものだったのが、時代の先導者を目指すものになる。決められたパイの中でいかに面積を奪い合うかという戦いから、いかに新しい市場を見つけられるか、新しい時代をリードしていけるかが問われる時代になっているということです。