暮らし・仕事・旅がつながり、日常が延長する時代

ハブチン氏(以下、ハブチン):旅の変化について、具体的な事例を交えて議論してきました。ここからは、「抽象化して考えてみるとどうなのか」を話したいと思います。

ここまでお話を聞いて思ったのが、昔は日常を抜け出して非日常を体験する。日常からの逃避というか、完全に暮らしや仕事と切り離してリラックスして楽しむのが旅だったのかなと。

現在は、暮らしも仕事も旅も全部つながっていくことで、むしろ「日常が延長する」みたいな旅になってきているのかなと感じています。では未来はさらにどうなっていくのかというところを、考えていきたいなと思います。

社会動向でいうと、5Gの登場でより回線が早くなって、動画とかもぬるぬる見られるようになるし、スコアリングといった信頼の可視化とか。あとは、卸を介さず地域と一緒に作って売るみたいな、Direct to Consumer、D2Cの動きが生まれたりとか。

シェアとかモビリティとか、街のあり方も変わっていく中で、旅がどう変わっていくのかを、最後にディスカッションできればいいなと思っております。

「観光客が日本に長期間滞在すること」が想像できない

ハブチン:牧野さんは、今後どう変わっていくかという予測はありますか?

牧野友衛氏(以下、牧野):旅の仕方とテクノロジーって、またちょっと違う感じもするんですけど。旅の仕方でいうとここ(スライド)に書かれているインバウンドの話が、実は大きい気がしています。

やっぱり大多数の日本人の旅行ってあまり変わっていなくて、どうしても1泊2日みたいな短期旅行が多かったりとか、お盆や年末年始の帰省が多かったりとか。マスで見るとそういうのが多いわけですよ。ずっとそういう旅行体験をしてきたので、インバウンドの受け入れが難しいというか、摩擦が起こるところがあると思っています。

例えば、「3週間日本にいる」ということが想像つかないわけですよ。3週間もどう過ごすのか、と。だからどうしても観光というと、「美術館に行くんでしょ」「博物館に行くんでしょ」みたいな感じでしか考えない。結局そういう問題があって、日本に来た海外旅行客とのやり取りの中で、“外国人の旅行観”に初めて直面するみたいな感じになっている。

例えば温泉旅館の人たちって、「ごはんと宿泊は(セットで)当然でしょ」と思っているわけですよ。でもそれって日本特有のことで、世界では普通のことではない。そういったところで摩擦が起こることもあります。

以前、日本人が海外旅行をし始めたときに、自分たちの価値観の相対化ができるかなと思ったんですけど。いま海外旅行をするのは2,000万人しかいないし、パスポートの保有率も25パーセントぐらいなんです。けっこう低いんですよ。

日本人は海外に行かないんですけど、外国人旅行者が日本に来ることによって、外国人の旅行の価値観に、日常的に触れることになります。そうすると、日本人の旅行に対する考え方が変わってくるような気がするんです。

結局、「暮らすように旅する」も含めて、それはテクノロジーというよりは、そうした旅の仕方をしている、日本に来ている外国人から気づかされることが多いんじゃないかなという気がします。

観光客の声から日常風景の隠れた価値に気づかされる

牧野:この6〜7年ぐらいで、伏見稲荷がすごく人気になったんですよ。でも、京都の人にとったら「なんで伏見稲荷?」みたいな感じ。実際に伏見稲荷の人に聞いてみると、今までは伏見稲荷って京都の中でメジャーな観光地ではなく、修学旅行生も来なかったそうなんです。

ハブチン:あっ、そうなんですね。

牧野:もともとは修学旅行のバスのルートに入っていなかったらしいです。ところが、「トリップアドバイザーのおかげで伏見稲荷が外国人に人気です」と。「トリップアドバイザーのおかげです」と感謝されました。

外国人がたくさん来るようになったということで、日本人が改めて「伏見稲荷っていいんじゃないか?」と気づいた。それが修学旅行のコースになって……みたいな流れが起こっている。ライフスタイルではないですけど、別の価値を改めて気づかされることはあるんじゃないかなと。

ハブチン:地元の人たちが気づいていない、隠れた地元の風景が観光になっていくということに?

牧野:インスタ映えもそうだし、「外国人に人気」というのも、今までと違う新しい見方……その街や土地の魅力をどう見るかの新しい切り口であるだけの気がしています。

ハブチン:新しい見方って、おもしろいですよね。僕『ブラタモリ』が大好きなんです。ぜんぜん違う見方で地域をめぐるわけじゃないですか。だから、同じ地域でも見方を変えるだけで、ぜんぜん違う旅に変わっていくみたいなことがある。その見方をちゃんと提示できる人にみんなのフォローが集まって、それを体験をしに行くみたいにつながっていくのは、ありそうだなという気がします。

牧野:どうしても従来型の観光を考えると、やっぱり「箱を作らなきゃ」みたいに、「これをやらなきゃ」みたいな、けっこうお金がかかることを考えちゃうんです。

けれど、別に商店街で買い食いするみたいなことを楽しんだりもしているわけだし、レストランの食券を買うことさえ、日本でしかできない経験なわけじゃないですか。だから、そういう日本人が見過ごしているような価値を見つけて、それを提示していくことって、実はぜんぜんお金がかからないんですよ。

だから、お金をかけて何かをすることは本当に必要なくて、ブラタモリもそうですけど、新しい見方を海外の人から学ぶというのもあるんじゃないかなと。

ハブチン:しかも、商店街にお金が落ちるのもすごくいいですよね。

牧野:そうですね。

海外への移動コストが減り、多拠点型生活者が増えていく

ハブチン:どう変わっていくのかについて、のちさんはご意見ありますか?

古性のち氏(以下、古性):そうですね、私は2つ考えています。1つ目は、多拠点という生き方をしている人と、まったくそれをしない定住型の人の差がもっと開いていくと思います。

ハブチン:差が開くんですね。

古性:どちらが良い悪いではなくて、差が開いていくという未来を見ています。というのも、今って飛行機のチケットが、10年前と比べるとめちゃくちゃ安いんですね。

ハブチン:確かに。

古性:たぶん私が高校生ぐらいの時って、海外旅行って20万ぐらい必要なイメージがあったんですけど、今本当にタイとか東南アジアなどの近いところって、片道8,000円から10,000円で行けてしまうんです。本当にちょっとお金をペッと出して行けるし、今もだいたいタイだとフライトが6時間くらいです。

これがたぶん未来になればなるほど、どんどん縮まっていく気がします。2時間とか。わかんないですけど、1時間とかで行けてしまう距離になってくるんじゃないかなと思っています。

そうなってくればくるほど、やっぱり多拠点で生きている人って、活性化するじゃないですか。なので、どんどん移動する人としない人の差が開いていくのかなというのはありますね。

観光地巡りではなく、地元に還元する「エコの旅」

古性:もう1つは、今すごく「エコ」だったり「サステナブル」という言葉をだんだん聞くようになってきたと思います。これって一時的な流行ではなくて、この先どんどん私たちが意識しなきゃいけないことになってくるなと思っています。

やっぱり去年だとアマゾンやオーストラリアの火災とか、もう目を逸らせないような事実があるので、どうしても意識せざるを得ないと思うんです。やっぱりそういうことが目の前で起きていると、「何か地球に還元せねば」みたいな思いって強くなると思うんですね。

もうすでに海外で流行してきているのが、「エコの旅」です。現地に行って砂漠に緑を植える旅とか、プラスチックごみを回収する旅とか。たぶんその流れって日本にも入ってくるのかなと。旅に行って観光地を回るのではなくて、「地域に返す旅」みたいなものが流行るんじゃないかなと私は思っています。

ハブチン:めちゃくちゃおもしろいですね。地域とのつながり方も変わってきますよね。

古性:そうですね。「その国にお邪魔しているから、ここに返したい」とか、「自分が旅することで環境がより良くなるといいな」みたいな思いの人がどんどん増えていくような旅になるんじゃないかなと。そうなってほしいという希望を込めて……そういう未来を見ています。

ハブチン:消費から、貢献していくような?

古性:そうですね。トリップアドバイザーさんでも、体験の旅が増えてくるんじゃないかと思っています。ごみ拾いとか、もしかしたら流行るかもしれないですし。わからないですけどね。

牧野:ヨーロッパに「飛行機に乗らない」みたいな人も……。

古性:いますね!

牧野:若い人が「あんまり乗りたくない」みたいな。

古性:わかる。

ハブチン:わかる?

古性:います。あと最近おもしろかったのが、どこだったかな……ちょっと航空会社は忘れてしまったんですけど、機内食の紙コップをワッフルに変えて出しているところがありました。

ハブチン:へぇ〜!

古性:どこだっけ。名前は忘れてしまったんですけど、たぶん「航空会社 ワッフル」と検索すると出てくると思います(笑)。

(会場笑)

そういう取り組みを始めているところも多いので、やっぱり世界的に広まっていくだろうなと感ていますね。

観光をめぐる自治体の課題はネット検索・SNSへの対応

ハブチン:ありがとうございます。碇野さん、いかがですか?

碇野陽基氏(以下、碇野):私は今お2人の話を聞いていて、これから先のアイデアの話は「すごいな」と感心して聞いていました。

現実的な話をすると、先ほどご紹介した「葉山女子旅きっぷ」で、葉山に人がたくさん来てくれるようになりました。逗子駅から葉山町へ、10〜15分ぐらいバスに乗って移動してきてもらうんです。土日はめちゃくちゃ人が並んで、バスがパンパンになります。

それで課題もあり、観光客が増えすぎちゃって、地域の方から困惑の声が出ているんです。「これじゃ俺たちがバスに乗れないぞ」と言われるんですね。

そういう意味で言うと、インターネットが普及して、SNSが活発になったり、スマートフォンで気軽にいろんな場所を調べられるようになったり、それを持ちながらどこにでも行けるようになっても、町自体がその流れに対応できていないのが、今すごく課題だなと思っています。

ただその上で、別の角度ではありますが、個人的に将来もっと良くなるだろうなと勝手に想像していることは、マナーです。昔の日本に比べてどんどんマナーが向上していると思うんです。タバコの吸える場所がどんどん少なくなったり。僕が子どもの頃は、ポイ捨てしている人なんてたくさんいたのに、今ポイ捨てしている人を見ると、悪人に見えたりするじゃないですか。そんな感じで、マナー自体は自分たちが思っている以上にどんどん良くなっている。

葉山でも今、観光客がごみを落としたり、困っていることがあったりするかもしれないですけど、将来的にはもっと地域の人たちも不快感を覚えないような旅行をする観光客がどんどん多くなってくるだろうなと思っています。

大好きな葉山町のためにごみを減らす東京の小学生

ハブチン:のちさんの話みたいに、観光客がごみを捨てるより、逆に拾って帰っていくみたいな?

碇野:実際に葉山でも……。

ハブチン:あります?

碇野:「スポーツごみ拾い」というイベントが、近年葉山で行われています。ごみ拾いをスポーツ感覚で点数化して、「一番の人、おめでとう」みたいな感じでやっています。それをやってくれている人たちは葉山に住んでいる人だけではなくて、葉山が好きでやり始めたという人もいます。

あと最近聞いておもしろいなと思ったのは、週末に葉山に遊びに来る親子がいて。海のプラスチックごみがすごく問題になって、テレビとかで騒がれて、そのことに敏感になった小学生くらいの子です。

その子が、「自分の好きな葉山にごみが集まるのはすごく嫌だ。でも東京に住んでいる。何をしよう?」と言って、「葉山に流れ着いているごみはいろんな場所から流れてきているから、自分が今住んでいる地域のごみを減らしていけば、自分の好きな葉山町にもごみが流れにくくなる」と。「小学生がそんなこと考えているんだ!」と思ったんです。

そういう話を聞いて、いろんな自治体があって、それぞれの場所にファンができて、そのファンが自治体のことを思うことで変わってくることがあるんだということに、すごく衝撃を受けました。

ハブチン:すばらしい話ですね。ちなみに碇野さんはどこに住んでいるんでしたっけ?

碇野:僕は今、横浜のあざみ野に住んでます(笑)。

(会場笑)

ハブチン:ぜんぜん葉山じゃないんですね、ははは(笑)。

思い出に残るのは、現地の人との交流経験

ハブチン:ということで、最後のまとめに移っていきたいなと思います。やっぱり旅の目的って、相互に交流しあって何かが生まれたり、発見があったりするところかなと思うんです。それが未来には、より美しく、きれいなかたちでつながっていけるんだということが垣間見えて、感動しました。

最後に一言ずつ言って締めたいと思います。じゃあ牧野さん、お願いします。

牧野:僕は旅行と言うと、さっき言ったみたいに建築を見に行ったりとか、美術展を見に行ったりすることはあるんですけど、結局いい思い出になって覚えているのって“人との経験”が多くて。そういう思いをすることが多いです。

新潟の十日町で「大地の芸術祭」というのをやっていて、もう10年以上やっているような、本当に街ぐるみでやっている芸術祭なんです。ある時歩いてたら、途中で雨が降ってきて、「まあ雨降ってるけど、ちょっとだからいいや」と思って歩いてたんです。そしたら軽自動車が近寄ってきて、「なんだろうなあ?」と思ってたら、僕が歩いてるところへ停まって、中に乗ってた女の人が「傘あげるよ」と言ってビニール傘をくれたんですよ。すごいなと思った。

ハブチン:すごいですね。

牧野:さっき言ったように、多くの観光客が来た時に、住んでいる人たちは必ずしも良い反応をするわけではない。彼らにとっては(観光客が)増えたからといって、収入が増えるわけでもない、ということはあると思うんです。

でもやっぱりそういう経験をいろんなところでするにつれて……旅行ってやっぱり人と会うことだし、その時にすごく重要なのは、その土地の人に受け入れられているかどうかというところだと思います。

逆に僕らが受け入れる側になったとき、「どう気持ちよく過ごしてもらうか」みたいな感じで受け入れることって、すごく大事だと思っています。旅行することもそうなんですけど、自分たちは旅行を受け入れる側にもなるので、ぜひ快くというか、あたたかく受け入れてもらうといいんじゃないかなと思います。

旅行後に写真を見返し、その瞬間の気持ちを思い出すという醍醐味

ハブチン:ありがとうございます。じゃあ、のちさん。

古性:私、好きな言葉があるんです。「旅とは、自宅を離れて違う場所に行くこと」らしいんですね。ということは、今日ここに来てくださっているみなさまは旅人だと私は思っています。

ぜひ旅先に来た感覚で、五感をフルに使って、みんなで交流を楽しんで、そのあとにつなげていけるような会で終われたらいいなと思っているので、このあとの交流会をみなさん一緒に楽しんでもらえたらと思います。

ハブチン:すごい! 2部のつなぎまでありがとうございます(笑)。

(会場笑)

古性:すみません(笑)。

ハブチン:ぜんぜん、そこは超ありがたい。

古性:ありがとうございました(笑)。

ハブチン:そのあとの、碇野さん。

碇野:いや、きついです……。

(会場笑)

今お2人が話していた通り、旅は必ず、地域や人がつきものなのかなと思います。

自分はぜんぜん旅人でもなんでもないですが、印象的な経験をお話しします。大学時代のアルバイト仲間、女の子2人が同期で、4年間同じバイトで、3人で一緒に旅行をすることもあったんです。すごい数の写真を撮るんですよ。めちゃめちゃ写真を撮って動画も録って旅をしていて、その時は「ちゃんと楽しんでるのかな?」と思ってたんです。

それで、あとで写真を見返すんですね。「これ楽しかったね」みたいな話をさんざんするんです。僕は旅に行った時って、風景みたいな写真を撮ることがちょこちょこあったんですけど、画面をスクロールしていても、風景の写真とかは目に留まらなくて、人が写っている写真が必ず目に留まるんです。

だからその時に……あとで振り返ることが絶対大切だとは思わないですけど、写真は自分が見た思い出の風景とか、そのときの気持ちを蘇らせる1つのアイテムとして、すごくいいなと思っています。それからは写真を撮るときに、できるだけ人を入れるようになりました。

自撮りでもなんでもよくて、「あっ、この時こんな顔してた」とか。そうすると「旅をして楽しかったな」と、あとでもう1度その喜びを見返すことができると思います。自分が(葉山町の公式)Instagramを担当しているからそういう話をしているわけじゃなくて、「写真っていいな。人っていいな」というのが、僕の旅の感想です。

ハブチン:ありがとうございます。じゃあ、改めてお三方に大きな拍手をお願いします!

(会場拍手)