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イノベーションを生み出し続ける組織とリーダーシップのあり方(全4記事)

日本企業はマーケティングの奴隷になっている アートを軸に、サイエンスを道具として使う時代のビジネス論

2019年4月19日、ベルサール六本木にて「WHITE Innovation Design Summit Vol.2~イノベーションを生み出す組織作りと人材育成~」が開催されました。イノベーションの創出が重要なテーマとなるこの時代、企業はオープンイノベーションやアクセラレータープログラムなど、さまざまなチャレンジを行っています。その創出に求められるのは「手段」ではなく、「組織と人材」。このイベントでは、イノベーションを生む組織づくりと人材育成について、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 』の著者である山口周氏、企業のイノベーション・新規事業を数多く支援している株式会社WHITEの神谷憲司氏が登壇。本記事では山口氏の講演から、意味の世界で戦う日本企業「バルミューダ」や「マルニ木工」について語った最後のパートをお送りします。

「意味」をロジックで解析することはできない

山口周氏:ここで非常に悩ましいのが、「役に立つ・立たない」っていうのは、ロジカルに解析できるということ。こういう機能をここまで伸ばせば役に立つ、というのがわかります。

まさに、先ほどの携帯電話と同じです。画素数をここからここまで増やそうとか、通信速度をここからここまで増やそうとか、そういったことをやるときには、「役に立つ」を数値化して目標を決めればマネージが可能です。サイエンスとロジックでマネージができます。でも、意味をロジックで解析できるかっていうと、できるわけがないですよね。

ですから、組織能力として「どうやって意味を作っていくのか」っていうのは、すごく大きな競争力になる。意味の競争ですね。役に立つ・利便性の競争から、意味の競争優位っていうものにシフトしていったときに、じゃあその意味の競争優位を作れる人材あるいは組織というものを、どう育てていくかっていうのが大きなチャレンジになってくるだろうなと思います。

そして3つ目の話ですが、市場の構造が変わってくると思うんです。「限界費用ゼロ社会」っていうのをJeremy Rifkinが3年前ぐらいに言ってて、これまで莫大なコストをかけないとできなかったことが、費用ゼロでできるようになってきてると。費用ゼロでできるようになってきたことで、スケールメリットが消失してるっていうことを言っています。

これはもう本当にそのとおりで、すでに顕在化してる変化だと思います。これまで多くの日本の企業は、日本という市場に安住してきました。1億2000万人もの人がいるから、それなりに市場もデカかったわけです。

で、ここでメジャーのシェアを取ろう、50パーセントのシェア取ろうよ、ということでやってきたのが、例えば花王とかパナソニックさんといった会社ですね。

日本の市場はマーケットインでもプロダクトアウトでもない

モノを売ろうとすると、広告代理店に頼まないといけない。そこで広告代理店にある程度頼んで……私の感覚からすると、「日本の人たち全体がなんとなく知ってる」っていう状態を作ろうと思うと、ざっと100億円かかるんですね。新商品を全国的に売り出しますよ、ということで全国的な認知度80パーセントぐらいを取ろうとすると、ざっと100億ぐらいかかります。

100億かけるってなると、当然その100億を売上から回収しないといけない。例えば粗利が100億が少なくともあるっていう状態にしようとすると、利益率10パーセントで、売上高は1,000億円必要ですよね。

売上高1,000億円の事業を作ろうと思ったら、さすがに市場調査をやって、「これどれぐらい買ってくれるかな」っていうことをやらないと製品開発はできません。ですから、まぁ仕方なく消費者調査やって、市場が好んでくれそうな製品を作る、っていうやり方になっちゃうんですけども。

ちなみにちょっと余談ですけれども、マーケティングの用語で「マーケットイン」と「プロダクトアウト」ってよく言われますよね。マーケットインというのは、マーケット側が好んでくれそうなものをちゃんと調べて作ろうよ、っていう考え方です。マーケットから入ってくる。プロダクトアウトっていうのは、自分たちの作りたいものを勝手に作って、世の中に押し出していく。その二つの考え方があるわけですけども。

どっちが良いか悪いかってよく議論になるんですけど、私はどっちでもないのが今の日本の状況だと思ってるんですね。それは何かっていうと、先ほどのテレビ広告やるためには100億必要だ、粗利で100億円が必要なので、売上高が1,000億円は必要だ、1,000億円必要だってことは、これぐらいの人に買ってもらえるものじゃないといけないから、こういうものを作らないといけない、と。

あるいは、モノをたくさん買ってもらおうと思ったら大手の流通に売らないといけない、大手の流通に送ってもらうんだとするとこれぐらいの大きさの棚に入らないといけない。で、こういうポップをやらないといけない、となります。

これ何を言ってるかっていうと、マーケットインでもプロダクトアウトでもなくって、「広告の枠組みがこうなってるから」とか「流通の売る枠組みがこうなってるから」、「こういうものを作らなくちゃいけない」ってなっているということです。

要するに、流通とかメディアのあり方が「どういうモノを作って売るか」という戦略まで規定しちゃってる状態なんです。ですからマーケットインでもプロダクトアウトでもなくて、メディアアウトなんですよ。メディアのあり方がどういうモノを作るかっていうのを規定してる、っていうことなんです。

家電業界の成熟神話を乗り越えたバルミューダの戦略

そういうことなので、50パーセントの人に買ってもらおうと思うと、こうやってメジャー市場を狙っていかなくちゃいけない。一方で自分たちはニッチ市場でいいよ、っていう人は5パーセントの市場を狙って、自分たちの作りたいものを思いっきり尖らせて作っていった、という構造になるわけです。

わかりやすい例でいうと、バルミューダをみなさんはご存知ですかね。トースターで一世を風靡した会社です。まさにそのバルミューダは、値段がふつうのトースターの10倍はするわけです。一番安いトースターって2,000円で買えますが、20,000円のトースターを売り出して、本当に「買ってくれる人だけ買ってくれればいい」というので、ニッチとメジャーで棲み分けるっていう構造になってたわけです。

今何が起こってるかっていうと、ここにグローバル化の障壁、要するに国ごとの障壁がなくなることで、グローバル市場っていうものが12億人の先進国としてマーケットで出てきます。先進国以外のものも含めれば、70億人のマーケットがあるわけですね。

先進国の人たちは経済的に似たような水準にありますから、尖りのあるものが出てくると、他国のものでもほしくなって買ってくれるわけです。昔であれば広告代理店に頼まないと知らせてくれない、あるいは商社に知らせないと売ってくれないという状況でしたが、今は3,000万人の方たちが外国からやって来て、日本で良いもの見つけるとバンバンSNSとかInstagramで知らせてくれるわけですね。

結果的にどういうことが起こってるかっていうと、外国の人たちがそのニッチな尖った商品を「ほしい」って言いはじめて、買ってくれる状況ができてます。バルミューダって、ここ10年で売上高が1,000パーセント伸びてるんです。1,000パーセントですよ?

家電産業とか家電市場って、成熟産業でもう市場が伸びないってずっと言われてて、実際にパナソニックさんの家電事業っていうのはほとんど成長していません。なので、関係者の人たちは「成熟してる」「市場は伸びない」と言ってますが、そんなことないんですよ。成熟して伸びてないのはお宅の会社でしょ、っていう話なんです(笑)。

一番おいしいのは「グローバルニッチ」

ちゃんと良いものを作れれば、ちゃんと伸びるんです。それはなぜかっていうと、バルミューダとパナソニックのいる場所が違うんです。先ほどのまさに「役に立つ」と「意味がある」ですね。バルミューダは役に立つところじゃなくて、意味がある市場に生きてるんです。意味があるところで刺さるものを作れれば、こういう先進国のマーケットで売れる。

これが、いみじくもどういう状況になってるかというと、日本の1.2億人に50パーセントのシェアで買ってもらっても、顧客は6,000万人ですよね。一方で先進国の12億人に5パーセントのニッチセグメントで売れれば、同じく6,000万人です。

じゃあ同じ顧客で単価はどれぐらい違うんですかっていうと、さっきのトースターの例でいうと、パナソニックの一番安いものとバルミューダの単価は6倍の差があります。顧客の数が同じで、6倍の単価で売れるわけですから、ビジネスとしてどっちが伸びがあるかっていったら、一番おいしいのは「グローバルニッチ」っていうポジショニングですよね。

で、グローバルニッチのポジショニングを取ろうと思ったら、市場調査は必要ない。必要ないって言うとちょっと乱暴ですけれども、どちらかというと市場の文脈の中でどういう刺さる意味を作れるかっていう、アーティストのような感覚が必要であって、刺さるか刺さらないかは直感が大きく効いてくることになります。

日本企業はマーケティングの奴隷状態

こういうことをずっとやっていったせいで、結果的にどういうことが起こってるかっていうと、Appleの例もそうなんですけれども、作りたいものを作る、それをどうやって売るかっていうことを考えるときに、マーケティングという手段が出てくると。つまり人間の「作りたい」っていう想いが主体であって、マーケティングというメソッドが家来の関係。主従関係になってるわけですね。

ところが日本の多くの企業で今起こってるのは、マーケティングが主人になってるんですよ。マーケティングが「何を作るか」を決める。人間がそれに従って働くっていう構造になってて、人間がマーケティングの奴隷になってるんですよ。

私はコンサルタントとして外から入っていって、いろいろなプロジェクトに関わりましたけども、「こういうデータは置いといて、〇〇さんはどういうものを世の中に出したいんですか?」って言うと、みなさんキョトンとします。問われたことがないんですよ。考えたことがないんです。

考えたことがなくても、脳って可塑性がありますから。オープンエンドのシステムで鍛えればいくらでも鍛えられるんですけども、逆にいうと鍛えないとすぐ萎えちゃうってことなんですね。

「あなた何作りたいんですか、どんなもの作って世の中ひっくり返したいんですか」っていうと、「そんなこと考えたこともありません」。今回の作るものはマーケティングの調査ではっきりしますから、ってことでずっとやってきた人には、「モノを作りたい」っていう主体性が失われちゃってるんですね。

「意味がある」って市場で何作りたいんですか、あるいはグローバルニッチという市場が出てきたとして、あなたはどういうものを作って世界に売り出したいですか……まさにこれをやったのが、ソニーのウォークマンですよね。温故知新ですよ。

自分の想いをセルフスターターにして、駆動していける人の重要性

ソニーのウォークマンっていうのは、販売本部長から「絶対に売れない」って言われながら、でもどうしても作りたい。どうしても作りたいから、どうやったら売れるかを考えようよ、っていうことを言ってたわけで。まさに人間の「世の中にこれを打ち出したい」っていう想いが先行して、じゃあそれをどうやったら売れるか、っていうのを実践したんです。

価格を決定するのにいろんなプライシングメソッドを使おうとか、流通をどうやったらいいだろうかとか。結局ぜんぜん売れなかったので、外国人のモデルにヘッドセットを着けさせて、ローラースケートで代々木公園を走らせて、とにかくPRをするってこともはじめたわけですけども。そういう工夫も「世の中に対して出したい」っていうパッションが先に立っているから出てきたわけですよね。

ですから、そうなったときに人の能力の鍛え方とか、これまで人材育成の基本になってたロジカルに考えてロジカルに答えを出せるっていう人よりかは、自分の想いでもって、セルフスターターとしてどんどん駆動できる人が必要になってくるかなということです。

この一番わかりやすい例が、マルニ木工の例だと思います。広島のローカルの木工メーカーで、つい5年前までは潰れかけてた会社です。それまでずっと、いわゆる家具セットとか応接セットを安い価格で作るっていうことをやってきたんですけれども、海外から安い家具が入ってきて、もううまく立ち行かないっていう……まさに昭和型で戦ってたんですね。昭和型の応接セットを安く作る。まさに役に立つ家具を安く作ろう、っていうことでやってきたわけですけども。

もう家具なんて、あまねく行き渡ったわけですよね。先ほど申し上げたとおり、モノは過剰になってるわけです。モノが過剰になってるときにふつうのモノを安く作っても、いらないモノはいくら安くてもいらないですよね。むしろ粗大ゴミになるだけですから。

そうなったときに、社長の山中(武)さんは「半ばヤケだった」っておっしゃってましたけれども、「どうせ会社潰れるんだったら、本当に自分がほしいと思う家具を作ろう」っていうことで、デザイナーの深澤直人さんに声をかけて。17万円っていう、それまでのラインナップからすると飛びぬけて価格の高い椅子をつくったんです。「HIROSHIMA」という椅子ですね。

Appleから5,000脚の注文が入った、17万円の椅子

出したのですが、ぜんぜん売れませんでした。百貨店に「置いてくれ」って言っても、「17万は高すぎる」と置いてくれない。置くのはいわゆるブランド家具ですね。Herman Millerとか、ブランドがある家具だったらまだしも、お宅みたいな名前もぜんぜん知られてないのが17万なんて売れるわけありませんよ、ってぜんぜん置いてくれない。

で、会社がいよいよダメだなって思ってたときに、Appleのチーフ・デザイン・オフォサーのJonathan Iveから、「クパチーノに新しく建てたAppleの新社屋のオフィシャルチェアとして5,000脚納入してほしい」といきなり注文が入りました。

営業もぜんぜんしてないんですよ。広告代理店にも頼んでない、商社にも頼んでない。深澤直人さんのInstagramをJonathan Iveがフォローしていて、「すばらしいデザインだ!」と。「Appleのミニマルな社屋のデザインに一番フィットする椅子なので、5,000脚入れてほしい」と。当時の月産の台数が20脚だったそうなんです(笑)。

(会場笑)

「設備投資を本当にしてもいいのかどうかすごく迷った」とおっしゃってましたけれども、Appleの本社に大量採用されたってなれば、世界中のデザイン関係者は黙ってないですから。まさにこの状態ですね。日本の百貨店に入る前に「ミラノ・サローネに出てくれ」って言われて、ミラノ・サローネに出展する。で、世界中のデザイン会社から「導入したい」って注文が来ると。

まさにニッチ。日本でぜんぜん売れないモノがグローバルの横側に市場が広がっちゃったっていうケースですね。これも今までのマーケティングに頼り、流通のいうことを聞いていくらの価格じゃないと置きたくない、っていうことをやってて、ぜんぜんうまくいかなくなった会社が、むしろアーティスティックな感性を駆動したことで世界に刺さる製品ができあがった、っていう例かと思います。バルミューダも同じですね。

アートを主軸に、サイエンスを道具として使っていく時代

昭和から平成の世の中の状況は、4マスメディアが中心にモノを販売・告知していって、流通も大手の流通を主体に、顧客ニーズは利便性とか価格で、国内の市場関係は国内でクローズしている。

こういう環境の中で私たちも、戦略とかうまくいくパターンとか、優秀な人材っていうもののイメージができあがっています。

これが、メディアも限界費用ゼロで、先ほどのマルニ木工みたいに知られるようになった。顧客ニーズもモノがあるとか利便性とかっていうよりかは、むしろ意味とかストーリーとか、自分らしい人生を演出してくれるものなのかどうかっていうところに価値が生まれ、貨幣が生まれる。

バーチャルでどんなものも売れるようになってきてて、市場はグローバルにオープンになってきている。こうなったときに、これからの戦い方っていうのを見直す必要がでてきますよね。それを担える組織とか人材っていうものを、やっぱり高めなおすべき時期に来てるんだろうなと。

ということで、このサイエンスとアートとクラフトについて。モノが重要で利便性が大事で、役に立つっていうことが非常に価値があった時代には、サイエンスが主軸になっているっていう、日本の状況は正しかったと思うんですけども。もう競争のゲームが大きく変わってきているなかで、このアートとサイエンスとクラフトのリバランスが必要になった。

アートを主軸に立てて、サイエンスを道具として使っていく、っていう考え方が必要になってくるんじゃないかな、ということで。ちょうど1時間になりましたので、私の話は以上とさせていただきます。どうも、ご清聴ありがとうございました。

(会場拍手)

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