アポロ計画から約50年を経て、人類の宇宙活動はどう変化していくか

稲谷芳文氏(以下、稲谷):みなさん、こんにちは。Sansanの集まりに月あるいは宇宙のセッションは数少ないんですけれども、作っていただいてどうもありがとうございます。

今日は、このタイトルにあるように『月に社会を作る』がテーマです。みなさんが社会という言葉に、どういうイメージをお持ちになるかと想像をしてるんですけれども。

今、ロケットで宇宙に出かけたり、宇宙ステーションに人が行ったりしています。この次には月に行こうと。1970年代にアポロ計画がありましたけれども、だいたい50年の時間を空けて、「また月に行こう」という動きがあります。

今日お話ししようと思っているのは、さらにもう少し先を見て、人類の宇宙活動をもっと広げる。あるいは、地球から宇宙に人類がどう活動の範囲を広げていくかという、今よりももう少し先のことを想像するときに、なにを考えたらいいのか。

そこにはたぶん、たくさんのイノベーションのネタが入っていると思います。そうした活動をやっている人たちがどんなことを考えているかをご覧いただいて、みなさんになにか役に立つ話ができればということで、この企画をさせていただきました。

最初に、今日来られている登壇者をご紹介いたします。

(スライドを指して)これは私。私は宇宙科学研究所で、いろいろな宇宙ミッションをやっています。将来のことも考えたいと思っていますので、いろいろなことでみなさまにお話ができればと思っています。

月に社会を作る「ムーン・ビレッジ」計画

稲谷:ジム・グリーンさんは、長い間、NASAの惑星探査の責任者をやられていました。現在はNASAのチーフサイエンティストということで、NASAの活動のサイエンス全体のお世話をされている方です。今日は、そのサイエンス面についてお話しいただきたいと思います。

そして袴田さん。みなさんもご存知かと思いますが、日本のベンチャーで月を目指すということでがんばっておられる。我々も大変応援したいと思っているところです。彼にも私のご紹介に続いてお話をしていただきたいと思っているので、よろしくお願いします。

それでは始めます。ジムさんもおられますので、ここからスクリーンは英語になりますけれども、説明は日本語でさせていただきます。

「ムーン・ビレッジ」という言葉があります。これは月に社会を、あるいは人間の営みを作ることです。単に月にアポロが行って探検して帰ってくるということではなくて、月に定常的にある種の規模で活動を繰り広げて、できれば経済的にも自立し、地球と月との間の関係において役に立つ状態を作ろうと。そういうイメージで「ムーン・ビレッジ」と言います。

こういう活動が世界のあちこちで起こっているところですので、そういう人がどういうことを考えているのかを少しお話しします。

社会やビレッジをどういうふうに考えたらいいか。それはどれくらいの規模の活動なんだろうか。人間が何人ぐらい行くことになるのか。それから、そこでなにをするのだろうか。

可能であれば、なにも生み出さないで探検して帰ってくるよりも、なにか価値を生み出して、それ自身で存在していける基盤をどうやって作るか。そういう議論があります。そのためにはなにか生産をしないといけなくて、なにでそれを生み出すか。

地球に依存せず、月で自活していくことは可能か?

稲谷:スライドにISRUと書いてありますが、これは英語で「In Situ Resource Utilization」といって、「現地の資源を可能な限り使って」(という意味です)。宇宙は、月にしろ火星にしろ、とても遠いところにあるので、地球から全部のものを運ぶのはとても大変なことです。現地でいかに物や資源を調達して、現地で生活したり活動したりするか。それは非常に大事なことになります。

ここの絵にあるような状況を作ろうと思うと、そのためにはたくさんの資材を運んだり持って帰ったり、あるいは人間を運んだりしないといけない。そういう仕掛けをどうやって作ったらいいか。

今のようなロケットは、非常にコストが高いです。宇宙の活動が活発にならない理由の1つは「ロケットのコストが高いから」と言われていますが、そのへんをどうやって解消するかという問題もあります。

じゃあ、どういう前提を考えましょうか。今から無限の将来を考えるのはやめて、だいたい数十年、21世紀のあいだぐらいを考えよう。そこ(月の社会)には多くの住人が必要です。地球への依存を減らす。経済的に自立する。そして、次への価値をなにかしら生み出す。そんなことをどうやって作ったらいいかを考えましょう。

これは仮に描いてみた絵ですが、アポロ、宇宙ステーション、ドック。3人くらいの宇宙滞在です。これが社会となると、何十人、百人、千人。そうすると規模が現代の宇宙開発とまったく違うことになりますが、そういうものをどうやって転がしていくのだろう。そういうことをいろいろ考えましょう、ということです。

現地調達の方法と、地球との行き来を支える交通手段が必要

稲谷:なにをやるか。サイエンス、資源探査、エンターテインメント、セメタリーサービス、あるいはツーリズムですね。どういうことで価値を生み出すか、ここでもいろんな議論がある。ぜひみなさん、一緒に考えていただきたいと思います。

これはある研究の結果です。月の上、あるいは火星の上で農場を作ろう、木を生やそう、生き物を飼おう、生産しよう。そういうことで、さっきの「現地で調達」をどうやっていくか。

それからもう1つは、物を運ぶために地球から月へ、あるいは地球から火星への交通体系を作らないと、頻繫に行き来できない。今のように「今から行きます」「何年後ですか?」「5年後です」「帰ってくるのはいつですか?」「8年後です」。そんな計画ではなかなか頻繫には行けないので、こういう状態をどうやって作るか。そういうことを考えていく。

その上で、今日ここに来られているジム・グリーンさんは、まさにサイエンスのご活動をされています。「月や火星を、もっとよく知りましょう」と。そのためには、サイエンスがとても大事です。あとでジムさんにその話をしていただきます。

それから輸送のサービスをどうやって作るかということで、そういうものを構築しようと今、袴田さんががんばっておられますので、次にそのへんのお話をします。

さっそくですが、ジムさんにこのあとお渡しして、サイエンスの話をしていただきたいと思います。ジムさん、よろしくお願いします。

月での長期滞在を可能にするNASAの新計画

ジム・グリーン氏(以下、グリーン):ありがとうございます。お呼びいただき光栄です。では、月での長期滞在を持続的に可能にするNASAの新計画についてお話しいたします。

まず、2017年9月に(ドナルド・トランプ)大統領から指示された「宇宙政策指令第1号(Space Policy Directive1)」という課題からお話ししましょう。

こちらでトランプ大統領は「商業的ならびに国際的なパートナーとともに革新的かつ持続性のある探索計画を先導し、人類の活動領域を太陽系全域において可能にする。(本計画は)低地球周回軌道を越えたところからミッションを開始し、火星やその他惑星へたどり着くという人類の使命へとつながる長期探索と利活用化のため、アメリカ合衆国は再び月へ人を送り出す」と言及しました。

この宇宙政策指令第1号が届いた2017年9月以来、計画を展開させてきました。これは計画全体のうち、ごく最初の部分のみの大要です。

では、衛星から見ていきましょうか。ミッションとしては現在、月周回衛星「ルナー・リコネサンス・オービター (Lunar Reconnaissance Orbiter, LRO)」とARTEMIS(アルテミス、Acceleration, Reconnection, Turbulence and Electrodynamics of the Moon’s Interaction with the Sun)があります。

ルナー・リコネサンス・オービターは10年近く稼働しており、従来に比べ、高画質な月の画像を私たちにもたらしています。これは莫大な財産ですね。

それから、着地場所を探したり、科学者たちが気になっている地点まで行ける機会を生み出してくれています。月には、行ってサンプルを採取して、解析用に持ち帰りたいほどの非常にすばらしい場所がいくつもあるんです。

それに加えて、私たちは国際宇宙ステーションと協力しており、これはこの先も継続していきますが、(新たに)月を周回する主要小ステーション「ゲートウェイ」の建設を計画しています。

これは一連のステップになっていて、次の数年間は有人カプセルのテストが行われます。これで宇宙飛行士を宇宙空間へと運び、ゲートウェイの建設を開始します。

月を周回する小ステーション「ゲートウェイ」の構想

グリーン:その間、月面にてさまざまな「科学」に着手していきます。私たちの生データを利用して、正確な着地に向けて商業的・国際的パートナーと協力したり、サンプルを集めたり、私たちが使用できる月の資源を知るために調査したり、といったところですね。

アポロ計画では、月の物質を400キログラム持ち帰ることに成功しました。しかし、これは主に月の地球側だけでのことでした。ゲートウェイなら、月の軌道上で周回するためその裏側も見ることが可能となり、探索も開始されるでしょう。

月には数々のすばらしいロケーションがあり、サンプルの採取や私たちが使えるかもしれない資源を探すことは、月の歴史の解明にもつながっています。水もそうですが、例えばパラジウムやプラチナ、ルテニウムなどの白金族元素、他にも多数の資源が月面にはあるのです。

また、民間・政府どちらからも協力を得て、商業的・国際的な協力者たちと一緒にいろいろなロケーションにランディングしたいと思います。そして、それを加速させて人類が住めるような、定期的に月面に着地できるようなインフラストラクチャを作るために、現在鋭意開発中です。

次のステップは難しいのですが、ゲートウェイの主要システムの構築です。これは現行の宇宙ステーションよりもずっと小さいサイズでありながら、人間が暮らせるといったものです。ゲートウェイへはカプセルに乗って行くことになります。

それから、ゲートウェイの周辺機器のサポートについては、多くの国が強い関心を寄せています。ゲートウェイには地球との高速通信や、遠隔操作で月面上のものを動かしたり、サンプルを探したり、居住地を建設したりできる機能を予定しています。

「ゲートウェイ」が月面探索や月へのアクセスをサポート

それから、JAXAはハビテーション・モジュールおよび再供給センターのロジスティクス部分への協力に現在、非常に興味を持っているとのことです。

ゲートウェイは、月面探索を可能にする莫大な能力を持ち、世界中から月への完璧なアクセスを提供してくれることでしょう。これは非常に重要な一歩となります。

これにはテクノロジーそのものと、新しいものについて話し合い開発していくイノベーションを手に入れる必要性があります。

まず、軌道上から地球への高速通信について触れましょう。例によって無線方式を使用しますが、それでは限界があります。私たちが考えているのは光学式に移行し、容量の大きなデータを高速でやり取りできるようにするといったことです。

この光無線通信は、データ・音声・配信動画を同時にサポート可能ですから、通信能力の開発への大きな一歩となるでしょう。これに関しては、数年前にローンチしたミッションLADEEにて試行し、大成功しました。さらに改良を重ねていく予定です。

それに加え、さまざまな惑星の軌道や地形へと移動できるようにSEP(Solar Electric Propulsion:ソーラー電気推進システム)を改良する必要があります。それから、ゲートウェイを製造し、宇宙空間で組み立てられるようにしなければなりません。

現時点でも、宇宙ステーションに関しては長年の開発経験がありますが、地球から遠く離れることと、月の軌道に乗るといった点を踏まえると、より難しい課題になると思われます。

人々が月や火星で生活できるようになることを目指す

グリーン:本システムにおいては、ロケットの多種多様な地表からの打ち上げと、正確な着地が重要となります。それから、サンプルの採取とゲートウェイへ持ち帰ることが次の大きなステップとなります。

私たちは、居住地の構成部分に3Dプリントなどの新しいテクノロジーを導入する予定です。アポロ計画時と比べて、月に関する知識が大きく変わったことから、新しい宇宙服が必要だということも念頭にあります。可動性があって、粉塵で汚れずにいられる、次世代の宇宙服ですね。建設物に関しては、適切な動力源と生命維持システムがなければなりません。

まとめますと、NASAは長期間の「航海」に適した環境を作り上げるため、これらの個々の領域に投資を始めています。働き、生きる場所が、次は「月の地上」となるんです。

そのためにゲートウェイと月面の機構を利用し、その知識を使って、2230年から2240年ごろに火星へ向うことを想定しています。そのための機構について進めたのち、火星上での生活をみなさんに提供できるようプロセスを進めていきます。

これは商業的パートナー・国際的パートナー両方にとって、多くの機会に恵まれる実に刺激的な時期だと思います。では、マイクをお返ししたいと思います。

稲谷:Thank you very much. 今、ジム・グリーンさんからサイエンスを中心に、あるいは最近のインターナショナルな活動についてご紹介いただきました。あとでまた3人でちょっとお話をしたいと思います。ジムさんのお話はこれで一旦終わりにして、袴田さんにマイクを渡したいと思います。では、よろしくお願いします。