滋賀県長浜市の健康づくり事例

西山哲史氏(以下、西山):次は杉山さんに回したいと思います。

杉山治氏(以下、杉山):みなさまこんにちは。京大病院の杉山です。普段は電子カルテをメンテナンスする仕事をしているんですが、そのほかにも、教員としては珍しく、長浜市と組んでイベントのようなことをやっています。なので、今日は本職とはぜんぜん関係ない長浜市と一緒にやった仕事を発表させていただこうかなと思います。

まず、みなさまの中で健康づくりが大事だと知らない人はいないですよね。みなさま大事だと思っていますね。ただ、一方で忙しいですね。だいたい何時まで仕事されていますかね? 18時に帰れている人はどれぐらいいます?

(会場挙手)

数人、手が挙がりました。まぁ、こんな感じです(笑)。忙しいと、時間がないという言い訳に伴って出不精になります。そうすると、肥満症でかえって出不精になります。これが再生産されると。日本はこういう状況にあるんだなと思っています。

こういうことで「健康づくりは大事なことはわかっていてもなかなかできないよね」というような問題があるかなと思っています。なので、「きっかけづくりから始めよう」というのがこのプロジェクトの最初の動機ですね。

「なんとなく機会がない」と55パーセントが回答した2016年のアンケート結果もあります。それでは、どうやってやろうかということなのですが、けっこう古いデータにもなってきたんですけど、2つの効果に着目しました。

1つは「毎日記録をつけるのは大変だ」と。やられた方が会場にいらっしゃるんですが(笑)、毎日記録を録るのは大変だということで自動計測する。身体を測るんですね。「自動計測したらがんばってくれましたよ」というデータがあったので、これをパクりましょうと。

スライド右はグループ化の効用ですね。チームでがんばったら、良く言うと切磋琢磨、悪く言うとお互いに監視する話です。

「ながはま健康ウォーク」が目指したもの

杉山:グループ化の効果もあるのがわかったので、「見える化」と「仲間づくり」をポイントとして、2つ一緒に事業をやるために、滋賀県長浜市と組んで「ながはま健康ウォーク」をやっています。長浜市をご存じの方はいらっしゃいますか?

(会場挙手)

けっこういらっしゃいますね。(長浜市の近くには)琵琶湖があります。琵琶湖の東南にある市で南北に長いんですね。なので、北に行くともう雪国ですね。冬になると雪に閉ざされて歩けない。典型的な車社会です。徒歩で5分先のコンビニにも車で行きます。

ということで、市の健康推進課が「どげんかせんとあかん」ということで、「健康イベントやりませんか?」と京大病院と立命館大学と近畿大学に提案しまして、「じゃあ一緒にITを使って何かイベント作りましょう」ということで、開催したのが「ながはま健康ウォーク」というかたちになります。

ポイントは3つですね。1つは、「『イベント』として開催し」と書いてありますが、基本、祭りです。「年に2回祭りを行いますので、みんな祭りに参加してください」ということですね。それに伴って、それをきっかけとして歩いてくれればいいかなという話を考えました。

2つ目なんですが、これを厚労省の人に言うとけっこう怒られました。「結局、金ですか?」と怒られたんですけど、「金です」ということで、600円の参加費を募りました。これを全部景品代に回します。我々は一銭も取っていません。全部景品代に回して、完歩すれば抽選で当たりますと。

歩けなかったら「残念ですが抽選に参加できないですよ」という仕組みを作りました。正と負のインセンティブというかたちで提供しています。

最後に、先ほども出たように「仲間づくり」ですね。1人枠は廃止してないんですけど、なるべく「3~5人で参加してください」と呼びかけています。

「仲間づくりによって、お互いに切磋琢磨してください」と表上は言いつつ、「運動面倒くさいな」というようなお父さん、おじいちゃん、おばあちゃん、そういった人たちも巻き込まれ事故的に入ってくるようなやり方ということを試みたのが「ながはま健康ウォーク」です。

地域社会の「横のつながり」を生かす

杉山:(自前の)スマホで参加していただいたり、スマホや活動量計を配ったりして、毎日、自分たちが達成した結果をWebで見れるようにしています。なので、あと何キロ歩けば達成できるかがわかります。ちなみに、どれぐらいで達成かというと、10日間で1人40キロで、だいたい5人だと200キロぐらいを一緒に達成する目標でやっています。

実は都会でやるとけっこう簡単に達成できてしまいます。みなさまだいたい家から駅までと駅から会社までなど、だいたい3キロぐらい歩いていらっしゃいます。プラス1キロぐらいを歩いちゃうと4キロはすぐなんですね。

ところが、車社会だと、5分先のコンビニにも車で行く人たちにとっては、けっこう大変な目標になっています。なので、都会でやるならこの目標を変えなきゃいけないんですけど、とりあえず長浜市では「1日8,000歩、歩きましょう」というかたちでやっています。

ようやく真面目なスライドが出てきましたが、どういった周辺体制にしているかというと、基本的には協賛企業たちと、京大病院、立命館大学、近畿大学がそれぞれ参入して支えています。「みんなで一緒にながはま健康ウォーク実行委員会」という委員会を作りまして、ここで実施しているようなかたちになります。それでいろいろとサポートしている体制ですね。

みなさまもそろそろ結果が気になる頃なので、発表させていただくと、幸いなことに今年も入れて5年間続いています。こんなに続いているイベントもなかなかないかなと思うんですけど。

完歩率はだいたい90パーセントを保っています。それぞれの推移は見ていただくとおりで、ときどきブレて89パーセントになったりはするんですが、だいたい90パーセントを保っていただいているかなと。

じゃあチームでやったらどうなのかというと、我々としても驚きの結果なんですが、如実に出ていますね。5人チームが一番完歩率高いです。ちなみに去年は100パーセントでした。なので、チーム、グループがけっこう効きます。3人で参加するより5人で参加したほうがいい結果も出てきていて、我々としては一安心というかたちなのですが。

全体として達成率は高いですね。みなさま、このイベントのためだけに形相を変えてやられます。例えば、杖をついたおじいちゃんが「わしの歩数はもっと高いはずじゃ」とがんばる。「もう日常生活じゃないんじゃないか?」という感じにがんばってこられる人が多くて(笑)。

いわゆる地域社会だから、けっこう横のつながりが大きいんですね。ゲームというかたちをしているんですが、地域みんなでがんばっていくイベントなので、都会で開催したらどうなるかわからないですけど、とりあえず地域密着型のイベントとしてはなかなかいい成果が出てきていると思っています。

アンケート聴取で重視していること

杉山:アンケートもしています。アンケートのポイントなんですが、まず長浜市のみなさまにぜひ拍手をしていただきたいのですが、こんなにアンケートに答えてくれています。これは10枚以上のものすごく(回答の負担が)重いアンケートです。

毎年、参加者が500〜1,000名ぐらいなので、30〜50パーセントの方が送り返してくださっていると。もう頭を下げずにはいられないぐらい、すごく協力いただいているのですが。しかも、これを年3回やっています。イベント実施前とイベント実施後と、もう1回やっているんですね。

なぜかというと、長浜市は雪国だと言いましたよね。だから、運動習慣が雪の時期に1回途絶えるんですよ。春まで生き残っているのかどうかを調べるために、春にもやっています。これを3回やって、その集計を取って、意識レベルですけど、どんな効果があるのかを調べています。

このアンケートの集計も近畿大学の学生さんが卒論としてやっていただいているので、とても手作業なんですが、一応いくつか結果は出てきていて。

例えば、「徒歩で外出することはどれぐらいありますか?」ということに関しては「ほぼ毎日」と答えるのが14ポイントアップしていたりします。「徒歩10分で行けるところへでかけるとしたら、主にどのような方法で行くことが多いですか?」というのも「徒歩」が増えていると。

「自動車」の層はそんなに変わっていなくて。自転車が減っていて、自転車の人が徒歩に変えているので「あれ?」というところがあるんですけど、そんな思惑どおりには動かないということで、引き続きがんばっていこうかなと思っています。

2014年、2015年、2016年でも、こういうふうに毎年着実に効果が出ているかたちになっています。

「このイベントで用いたシステムであなたのやる気を上げるものはなんでしたか?」という質問に関して、一番高いのは個人のページになります。2番目がグループ。3番目がランキングと。こういったようなフィードバックで構成されています。グループ効果がそれでもけっこうウェイトがありそうだとわかりました。

実際には巻き込まれ事故的な人たちの恨みつらみも聞こえてきてまして、「毎日歩かされた」というようなアンケートも来ているのですが(笑)、それも含めてイベントやお祭りかなと思っています。

なので、だいたいこういうイベントを開くとやる気のある人たちが出てくるんですね。このあと紹介しようと思いますけど、ガチ勢がいらっしゃいまして、1日に20キロ歩く人たちがたくさんいます。だけど、こういうふうにやる気のない人たちも引っ張っていけるのが、こういうイベントのいいところなのかなと思っています。

参加者の行動を解析していく

杉山:これが歩数のヒストグラムになります。だいたい8,000歩を中心に正規分布みたいな遷移をしていますけど。最大を見ていただくとわかるように、もはや異常……いやいや。

(会場笑)

あまり言っちゃいけないんですけど(笑)、1日中歩いているんじゃないかという方もいらっしゃいます。我々の中で「ガチ勢」と呼ばれている人たちですね。

大学としてはこれを研究に用いたいということで。ただ、ヒストグラムを見ると正規分布みたいに見えるだけなんですけど、状態で見るために、こちらの分布を8分割して順序で並べ替えます。「1日目にどこのクラスタにいましたか?」「その次にはどのクラスタにいきましたか?」というふうに。

簡単に言うと、みんな状態に留まるという傾向が出てきています。だいたい人間ってなかなか自分の行動は変えられないところが出てきて、一番それが強いのは「まったく歩かない層」と「めっちゃ歩いている層」です。めっちゃ歩いている人たちは、コンスタントに歩いてくれますね。その真ん中の人たちはいろいろ遷移できそうだとわかってきます。

私たちはこういった解析を通じて、早め早めに「この人はたぶん目標達成できない・できそうだ」や「できる確率は何パーセント」など、そういった解析ができるといいなと思っています。

解析をしていくと、こういう状態遷移図が出てくるんですけど、完歩と未完歩ではこんなに違いますね。未完歩の人は、ほとんど0歩付近の非常に低い状態に留まります。完歩の人はいろいろな遷移をしているので、こういったところから推定ができるというのが研究の内容になります。

ITリテラシーやテクノロジーの問題もある

杉山:まとめです。我々としてポイントだと思っているのはこの4点ですね。

1つは、ハレとケの日の区別をつけるということで、祭りにしたことが大事なんじゃないかなと思っています。これは365日、まったくなんのイベントというか区切りもなくがんばるのは、たぶん無理です。「10日間だけがんばろう!」「お父さんがんばって!」みたいなことが大事なのかなと思います。

もう1つが、『Pokémon GO』とか『Ingress』と違って、我々はコンテンツをずっと作り続ける体力はありません。長浜市でゼイゼイ言っています。なので、地域としてのゲームイベントとしては、コンテンツをひたすら拡張していくんじゃなくて、祭りとして毎年やるものとして作っていくのが非常に大事なのかなと思っています。

宣伝をしなくても、人数は減っているんですけど、毎年500人ぐらいは宣伝しなくても応募してくれる状態にありまして。そういうような祭りにして、「あっ、そろそろ始まるんだな。参加しよう」という意識にできているんじゃないかなと思っています。

3点目、4点目は広げていくための反省点です。市役所のスタッフさんは企業と違ってなかなかITにも詳しくなくて、例えば、ゲームのサイトにも入るのも「市役所のネットの制限で入れません」といったレベル、リテラシーの状態にあります。なので、なるべくそのあたりを自動化して、パッケージとしてどんどん広めていける活動も必要かなと最近思い始めています。

4点目としては、活動量データの収集をずっとスマホでやっているんですけど、ものすごく大変なんですね。毎年サービスが変わります。例えば、ずっと使い続けてきた「Moves」が、Facebookに買収され、しかも今年、サービス停止になりました。毎年仕様が少しずつ変わっていきます。

今年はイベント開始の直前にiPhone Xが出て、「なぜiPhone Xを使えないんですか?」というと怒られるんですよ。「そんなのできるわけない」と思うんですけど(笑)。iPhoneのアップデートがかかると「Fitbitが動かない、Google Fitが動かない」「どうしたらいいんだ?」みたいな問題がありまして。

できれば、変化の少ない活動量収集システムが喉から手が出るほど欲しいなと思っている状態なので、ぜひ企業の方々で我こそはと思う方はお声がけいただければと思います。

ということで、長々となりましたけど、長浜(健康ウォーク)の紹介とさせていただきます。ありがとうございました。

(会場拍手)

西山:ありがとうございました。