ネパール出身のライ・シャラド氏が登壇

ライ・シャラド氏(以下、ライ):みなさん、こんばんは。ライと申します。よろしくお願いいたします。

僕はネパール生まれです。先ほども4名ぐらいの方々がネパールへ行ったことがあるとおっしゃっていたんですけれども、僕も5日ぐらい前にネパールに2週間ぐらい滞在してきました。

ネパールといえば、インドと中国の間に挟まれている小さい国です。内陸です。僕が初めて海を見ましたのは、高校生のとき招待されまして、2週間ぐらい日本に来ました。その時、初めてお台場に行って「海ってこんなものなんだ」って初めて見ました。いまだに覚えています。

ネパールはヒマラヤ山脈が、北のほうに全部ヒマラヤ山脈がありますね。世界一高い山であるエベレスト山からはじめて、エベレスト山……ヒマラヤ山脈。プラス、ネパールはブッダ、仏教を始めた神様と言われますけれども、ブッダの誕生地もネパールです。

そして、僕が生まれましたのは、カトマンズ。こちらにありますけれども、東のほうですね。車で行くと220キロぐらいなんです。エベレスト山は北のほうにあります。車で行くと、最近は8時間でカトマンズから僕の故郷まで行きますね。

昔、僕が中学生の頃は、僕の家からカトマンズまでの行き方としては、家から出発して一番近くのバス停まで3日間歩いていました。そのあと14時間の夜行バスで行っていましたので、今カトマンズから8時間で自分の故郷に行けることは、これは奇跡じゃないかなって思っていますね。

その故郷はこんな感じですね。僕の家はここから近いです。下に見えるのはガンジス川の上流です。エベレスト山から直接流れてきている川なんですけれども、その川の近くは立入禁止ぐらい危ないですね。

なぜかというと、ベンガルトラとかチーターとか出てきて。さっき横山さんが教えていたんですけれども、最近、牛とかヤギとか毎週なくなっているらしいので、けっこう村の方々が怒っていました。

農民にとって自分のすべての財産はそのヤギとか牛とかですね。農民たちのヤギはたくさん食われたみたいで、ちょっと残念だったんですけれども。チーターを殺していたことは、僕ちょうど去年(ネパールに)行った時ですね。(日本とは)ぜんぜん違う世界の話なんですけれども。

10歳のライ氏に訪れた「人生が変わる奇跡」

ライ:僕の故郷、僕の家にもいまだに電球はありません。小さいソーラーパネルがありますけれども、夜1時間くらいしかもたないですね。小さいです。読み書きとかはけっこうできないですね。だからテレビは観られないです。ガスもありません。薪をジャングルから持ってきて、薪で(火をおこして)ご飯を作っています。

この間、同僚と一緒に(ネパールに)行きまして、僕の家に泊まりまして、たぶんそんなことは人生で初めて見たんじゃないかと思いますね。(家の)周りに水牛が3頭いたり、ニワトリや犬などとみんなで一緒に暮らす世界なんですね。

僕はそのぐらいの田舎に生まれました。自分が10歳の時、人生が変わる奇跡が起きました。それはカトマンズにある名門学校がありますけれども、その名門学校に選ばれて。全国で99人しか選ばれない学校ですが、そこに小学4年生のとき選ばれて、国費で入学することができました。

その学校は、当時のネパール王様とエリザベスさんが2人で作ったEton Collegeの姉妹校なんですけども、その学校で国費で勉強することができて、僕はそんなベンガルトラとかしょっちゅう出るところから今ここにいるということですね。

僕は小学校4年生から高校を卒業するまですべて国にお世話になりました。学校から家まで帰るのに1週間以上かかっていましたので、長い休みのときしか帰れなかったんですね。だから、家に帰るときは自分のpocket moneyとかお小遣いとか。

全寮制で全国を代表する同級生たちがいましたので、例えば日本だと47都道府県があるじゃないですか。もう1期生、2期生から、47都道府県から1人ずつ選ばれてその学校に入学するような学校です。だから、ミニネパールと言ってもいいんですね。僕の友達はネパール全国にいます。

その学校での僕の食べ物から制服からすべて国費。勉強、学費をすべて国に出してもらったおかげで日本の大学、大学院(に通うことができました)。現在、本業としてはソフトバンクで働いていますけれども、こんなことができたのはやっぱり国のおかげなんですね。

だから、自分のすべてが国のおかげということですので、これからは国に恩返ししていきたいということで、大学4年生の時からこの学校(YouMe School)をつくるプロジェクトを始めました。

いい教育が受けられない子どもは命がけで出稼ぎに行く

ライ:なぜ「お国に恩返ししたい」という気持ちの表現が「学校」になったかというと、僕は日本のすばらしい大学で勉強できていたんですけれども、僕の村の友達はほとんどみんな、出稼ぎに行っていました。彼らは基本的に中東とマレーシアに行って働いていました。

彼らからもいろんな話を聞いて、もうちょっと調べてみたら、毎日1,500人ぐらいが出稼ぎに行っているという事情がありました。調べた結果、彼らがそこで働いていて、毎日4〜5人ぐらいの遺体が戻ってきている非常に悲しい情報などもわかるようになりました。

つい最近の4ヶ月前に、僕よりちょっと年上で、村にいたとき一緒に学校へ通っていた先輩の1人がドバイで亡くなって、遺体が戻ってきました。5ヶ月前、彼が亡くなる1ヶ月前にも、同じ村のもう1人の遺体が戻ってきました。この1年間で、もう2人の僕の村の子どもの頃の先輩たちの遺体が戻ってきている。

こんなことが起きている現状で、原因はなにかというと、僕は教育だと思います。僕が選ばれていい学校に通うチャンスがたまたまあったから、僕の人生が変わったわけなんです。僕は天才でもないし、とくになんでもないですね。

もし僕の代わりにその村の友達の誰かが選ばれていれば、彼らも同じようにここにいたかもしれないです。その場合は、いい教育を受けることによって彼らの人生が絶対変わっていたんですね。でも、彼らにそんなチャンスはなかったんです。彼らは村にある国立学校に通っていました。

学校がないことは問題ではありません。ネパールは基本的に学校はどこでもあります。しかし、なにが問題かというと、国立学校なんですね。私立学校は基本的に英語が基準の学校ですので、みんなそこに行くと、基本的に留学に行きます。

国立学校に通っても中学・高校を卒業できない

ライ:ネパールから毎年7万人の学生たちが留学に行きます。アメリカだけで1万人以上行きます。たぶん日本よりも上回っている。たぶんネパールはトップ10に入っていますね。僕の同級生たち99人の中で、80人以上はみんなアメリカにいます。

でも、私立学校は基本的に高いです。そして、お金持ちの人々が住んでいるところにしかその私立学校はありません。だから、8割ぐらいの村の子どもたちは、国立学校に通うしかありません。

その国立学校には、先生たちの能力が低かったり、先生たちの研修制度がなかったり、そういう先生たちをちゃんと評価する制度がなかったりします。そして、教育には、保護者と子どもたち、先生たちの3つの参加が必ず必要なんですけれども、保護者が基本的に参加していないこととか、そういうシステムがあります。

だから、こういう国立学校からは中学校、高校を卒業する子どもたちが少ないのです。彼らが高校を卒業できずになにをするかというと出稼ぎに行きます。その人数は毎年1,500人ぐらいですね。ちなみに僕の従兄弟たちもそうです。ほぼみんなマレーシア・中東、どこでもいますね。僕だけここにいるんですけれども。

だから、こんな状況を変えるためには、やっぱり自分で学校を作るしかないと思って。最初は国立学校を変えようと思って一生懸命がんばったんですけれども、国立学校はなかなか、国のものなので動かすのがほぼ無理だったんですね。

でも、自分でなんとかやるしかないと思って、この学校を2010年に1人の先生と8人の子どもたちから始めました。最初はけっこう大変だったんですね。「なにをするつもりか?」と村の方々に疑われたり。基本的に途上国ではそういう問題があります。

みんなが来て、大きな夢とかを見せて、まだ戻ってこない。だから、みんながっかりしていることもありますね。政治家たちも、けっこう大きなことを選挙の前に言って、もう1つも実行していないこととか。

良いことはどんどん真似しながら取り入れていく

ライ:だから、僕も同じように、大きなことは今はできないですけれども、学校を作って、子どもたちの未来をどうしても……。最低でも、自分の村の子どもたちの未来の責任は持つ。誰かが持つしかないので、それは今のところ僕が持ちますと宣言したら、信じてくれなかったので。それでもやるしかないと思って、けっこう頑固になってやり続けました。

その結果、周りに応援してくださる方々の人数も増えてきまして、2015年に新しく校舎を作ることができました。

現在は180人の子どもたちと14人の先生たちがいます。この学校はすべて、英語基準の学校なんですね。

赤い帽子が見られますけれども、これは完全に日本の小さい保育園の子どもたちの安全対策の真似です(笑)。

良いことをどんどん真似することを……僕の先生がよく言っていた言葉は「人間って、どんなことでも真似ることによって学ぶんだよ。研究のことでも成り立つし、こういうものも成り立つし。だから、良いことはどんどん真似しましょう」ということで、この赤い帽子を真似しました。

最初は帽子の色は黄色かったんですね。今は赤くしたんですけれども、この村やいろんな遠くから来ている人々も、基本的にその赤い帽子の学校としてみんな知られていますね。

もう1つのこの学校の特徴は、日本の「自分たちの学校を自分たちで掃除する」という文化。たぶん日本に唯一の文化だと思います。これは非常にいいなって僕が思った理由は2つあります。1つは、経済的なことでもありますけれども、掃除する人を雇わなくてもいい。

もう1つは、ネパールってまだまだカースト制度がありますけれども、僕らの学校には、一番低いカーストから一番上のカーストの子どもたちまで、みんな来ています。

一番低いカーストの子どもたちは、自分自身が最初に学校に来たわけじゃないんですね。先生たちや僕の家族のメンバーが無理やり、その一番低いカーストの子どもの家に行って、親を説得して、「学費とか払う必要はないけど、ただ子どもだけ送ってください」というふうに無理やり学校に連れてきているわけなので。

「YouMe School」ではカースト制度も通じない

ライ:僕はもう「カースト制度は学校には立入禁止」みたいな感じですね。「僕のYouMe Schoolの中ではカーストって通じないよ」ということを僕は最初から徹底的に言っていて。今、学校に行くと学校のなかではこの文化が(広まっています)。子どもたちはみんな‟YouMe Schoolの子どもたちだ”という認識で、非常に笑顔です。

もう誰がどのカーストとか、僕もわからないぐらいですね。基本的に全部すぐわかるような環境なんですけれども、そのぐらい環境が混ざっている。今回も(学校に)行って、僕もそれはすごく驚きましたね。

一番低いカーストの人々の仕事は掃除をする仕事ではありますので、一番低いカーストの子どもたちというか、人々がすることをみんなにやらせれば、みんなが平等だというメッセージも提供することできますね。

そして、いろんな方々の応援がありまして、去年4月には2校目の学校もつくりました。その学校に現在180人の子どもたちと20人の先生たちがいますね。

今2つの学校にも両方、日本の大学の学生たちがインターンしていますね。この学生は文部科学省の「トビタテ!留学JAPAN」という制度で行っていますけれども、大阪大学の学生が3ヶ月ぐらい行ってきました。

1個目の大学には、いま学芸大学の学生が1年間休学して行っていますね。彼は僕のお母さんの家に住んでいますけれども、そこから毎日1時間ぐらいずっと山を登っていって、毎日帰って戻ってきていますね。同じ服で行って、同じ服で教えて、同じ服で帰ってきて、同じ服で寝て、明日も同じ服で学校へ行ったりしていますね(笑)。

それを見て「ああ、完全にもう村の1人。もう外国人じゃなくて、村の中、内輪に入っている」(と思いました)。もうすごい。日本人、今回9名の同僚たちを連れて行ったんですけれども、みんなびっくりしていましたね。「ここまでできるんだ」とか。

「無限大にふくらむ夢の学校」をつくるプロジェクト

ライ:これはこの間、2個目の学校に日本の「実験道場」というYouTuberさんたちを連れて2個目の学校で運動会を行いました。

ここまでやって僕らががんばってきて、この7年間の今までの旅では、360人ぐらいの子どもたちの未来を少しずつ作りつつあります。でも大きく考えると、やっぱりネパールでは5万校以上の政府の国立学校があります。500万人以上の子どもたちが勉強しています。

僕らは360人だけですね。だから、このままだと、計算してみたら500万人の子どもたちに僕らのYouMe Schoolみたいな学校をつくって、良いきちんとした教育を提供しようとすると、12万年かかりそうですね。

(会場笑)

12万年、もうこれはジョブズさんでも無理でしょうって思って、やっぱりやり方を変えないといけないかなと思って(始めたのが)、僕らが今クラウドファンディングに挑戦中の「無限大にふくらむ夢の学校」をつくるプロジェクトなんですね。「無限大にふくらむ夢の学校」はどんな学校かというと、これは遠隔でライブ授業を行うというプロジェクトなんです。

今ネパールの8割ぐらいの国立学校は田舎にあります。田舎というか、電気やインターネットがなかったり、すばらしい先生がいないことが一番大きな問題なんです。すばらしい先生たちはみんなカトマンズに集中しています。

そのカトマンズにいるいい先生たちに田舎に行ってもらうことも何回かやってみたんですけれども、続かないんですね。

なんでかというと、カトマンズのすばらしい学校で教えたり、行こうと思えば日本やアメリカにいつでも飛べたりするような人材なので、彼らにベンガルトラとかが一緒にいるところにいくら給料をあげて行かせようとしても、たぶん半年以上続かないからです。だから、続かないことはもう始めないほうがいいんですね。

都会の先生と田舎の子どもたちを繋ぐプラットフォーム

ライ:ということで、どうしたらいいかなってずっと仲間たちとも考えましたら、「じゃあ、彼らがカトマンズにいながら田舎で教える仕組みを作ったら?」というアイデアが出てきました。それが今回、僕らがカトマンズにいるいい先生たちと田舎にある国立学校の子どもたちをつなぐプラットフォームを作ろうと思っているプロジェクトなんです。

このために今、場所としては、リムチュンブン市(Limchungbung Gaunpalika)というところがあって、この僕の故郷の隣の村の隣の市と一緒にこのプロジェクトをやっていますね。

メジャー市長というリムチュンブン市の市長さんと一緒にこのプロジェクトをやっています。そこにネパールの一番優秀なIT系の大学で、Deerwalk Institute of Technologyという大学があります。この大学も先生たちを派遣することと、そしてまたこの大学でITを勉強しているすばらしい学生たちを、現地にインターン生として派遣することも今一緒に考えていますね。

そして、このプロジェクトは、もともとは僕らが考えていたのと同時に、メジャー市長からの連絡があったことも大きなきっかけです。直接お会いしたことはなかったんですけれども、彼は志が高い若いリーダーで、8年間ぐらい韓国で労働をして帰ってきた人なんです。

彼からFacebookでメッセージが来たとき、会ったことはないんですけど「あなたが作ったYouMe Schoolを見たことがあるんだけど、非常にいいと思っています。僕も8年間ぐらい韓国で労働してきました。韓国はどれぐらい発展しているか、自分の目で見てきている。自分が市長を務めているリムチュンブン市も、同じようにしたい。どうしてもしたい。でも、やり方がわからない。教育の分野ではあなたしかいないから、どうしてもそれをやってくれ」と言われて。

これは、僕らが考えていたこととすごく一致して。ネパールは去年地方分権されてすごく変わりました。昔はすべてがカトマンズ中心に動いていたものが、今は766市に分けられて、それぞれの市長が自分の市のことを決める権限を持っています。

オーナーシップがない活動は続かない

ライ:教育の制度をどんな制度で作るかとか、先生たちを派遣することとクビにする権利ぐらいあります。この市がその教育資産を持っています。

僕がその時メジャーさんに言ったのは、「じゃあ2つの条件があります。その条件を満たしたらやりましょう。1つは、国立学校に僕らがこのオンラインのプロジェクトを実施しますけれども、国立学校での先生たちの政治活動を絶対禁止することを約束できる?」と言ったの。

(メジャーさんは)「それはもうできます」(と言ってくれました)。今回、行ってみて確認してきましたけど、それはなくなっていたんですね。たぶん、今のネパールで彼らの市だけだと思います。

もう1つは、「じゃあ、僕らが一生懸命やりますけれども、半分はあなたです。半分はこのリムチュンブンの市長と市のいろんな人々ですね。半分は僕ら。あくまでも僕らが中心にやるんじゃなくて、リムチュンブン市の市長であるメジャーさんのビジョンだということ。僕らの役割は、あくまでもあなたの夢、ビジョンを実現するために手伝うだけで、中心はあなただよ」。

僕らが中心になったら続かないんです。1年、2年とかは続くんですけれども、このリムチュンブン市の人々が自分のものだと思わないと、オーナーシップがないと、これは続かないんです。発展できない。

なので、それを2つ(の条件)にしたらもう彼はすごく喜んでいて、このプロジェクトを彼と一緒に「この人なら信じることができる。この人なら僕と同じように自分の国のことを大切にする。じゃあやりましょう」ということで、今回行ってきました。彼と2回ぐらいお会いして、非常に想像どおりの人でした。

この場所を選ぶ上では、この地域に4Gタワーもあることが1つの大きな理由だったんです。実際に自分で行って、4Gタワーがもう完成していることも確認してきました。

そして最後に先生たちと、すべての学校の校長先生たちと科学・数学と英語の先生たちが来てくれまして、みんなとワークショップを行いました。今の問題、原因、彼らなりに考えられる解決策。それに加えて、僕らが「こんな解決策を考えている」ということを(伝えて)、(それが彼らと)一致していることを自分で確認してきました。先生たちはすごく期待していました。

誰も解決策を持っていない問題に挑む

ライ:しかし、最後に言われたことはこんなことなんですね。これまでも、地方分権がされてから、農業とかインフラとか電気とかいろんな分野でいろんな人々が来て、僕がそのワークショップで言ったとおりに、大きな夢ばかりが言われていたらしいんです。

でも、二度と誰も帰ってこなかったらしいんです。ただ大きな言葉だけを口で言って。それでけっこうがっかりしているんですね。

同じように「あなたも今回、教育で革命を起こすぐらいの話をしてくれたんだけど、非常にありがたいんだけど、でもまた戻ってきてくれるね?」という感じで言われて、「いや、もうそれはやるしかないね」と僕は言いました。

このために僕らに大きな挑戦としては、(第1目標の)700万円、目標金額を調達達成することができれば、彼らの期待に応えられます。そして、現時点では270万円ぐらい達成しています(※2018年10月26日現在で751万2,000円。目標は1,000万円)。

これで僕らがなにをなそうと思っているかというと、今すごい良いタイミングなんです。(ネパール国内には)766市がありまして、その中でみんなが挑戦しているのは、みんなが引っかかっているのは、国立学校のクオリティ、教育の質をどういうふうに(良くしていけるのか)。

みんな問題だと思っています。みんな問題がわかっています。だけど、解決策は誰も持っていない。そのアイデアは誰も持っていない。それはもちろん、世界銀行からアジア開発銀行からJICAさんまで、みんな同じことを思っています。

今回行って僕も彼らとも話して、このアイデアや情報をミーティングしてシェアしたら、「いや、これはすごいイノベーティブだね。将来一緒にできる可能性があります。でも、まだやったことがないので、これは最初は実証実験みたいになりますね」と。

今回このプロジェクトで僕らが成功できれば、766市の中で唯一、国立学校の教育を良くしたということ。そして、リムチュンブン市が教育分野のモデル地域であると証明したい。このクラウドファンディングが成功すれば、そのぐらいの約束はできますね。

こういふうに、将来はいつか「自分の国を変えたい」「自分の国に恩返ししたい」という志を持つ若者たちをつくっていく。いつか自分の国のリーダーになりたいので、そういうリーダーになる前に自分の仲間をたくさん増やしたいという、僕、そして今のYouMe Nepalの夢でもあります。以上です。ありがとうございます。

(会場拍手)

これは今のクラウドファンディングの動画です。

ご清聴ありがとうございました。

(会場拍手)