独身女性を部下に持つ男性マネージャーの課題感
──まず育児体験をされた西田さん、現在の仕事について教えてください。
西田哲氏(以下、西田):リクルートマーケティングパートナーズのマリッジ&ファミリー事業本部という、結婚や出産、カップルと家族の幸せをつくるための事業部で、営業推進や組織活性、人材育成の領域を担当しています。現在入社9年目で、今年の4月にグループマネジャー(以下、GM)になってます。
さっきもちょっと見せましたけど、スケジュールがすごい埋まってるんですよ(笑)。本当に会議が多くて、メンバーが12人ぐらいいるのですが、なかなかメンバーとの時間も取れず……。
情報はいっぱい入ってくるんですけど、そのアウトプットもできず、自分のところで仕事がスタックしてしまう現状があったので、それをなんとか解消できないかなと思ってました。
──今回、育ボスのプログラムにはどういうお気持ちで参加されたんですか?
西田:私は4人兄弟で、下に3人いるんですけど、父親と母親が両方とも教師をやっていて、親父がけっこう忙しいので、母親が家事も全部やりながら4人を育てていました。
一方、自分は結婚もしていないし子どももいない。なのに業務が忙しくて余裕もなくて……。それで、この状況はあんまりよくないなと思っていました。
たぶん周りの人が自分を見てると、「ただただ忙しそうな人」みたいになってるかなと思い、自分の働き方を良い方向に変えたいと思っていました。
もう1つ、今のチームにはワーキングマザーが1人いて、産休・育休に入っている人も3人いるので、いろんな働き方がありますけど、「子どもがいる」という働き方を実際に体験して、彼女らの状況を具体的に想像できるようになりたいなと思いました。
例えば一斉メールをいつ送るか、依頼はどのスケジュールでやるかということまで配慮できるようになると、事業が前に進むスピードが上がるんじゃないかという気持ちで参加しました。
リクルートでの19年で起こった変化
──ありがとうございます。受け入れ側の栗原さん、お願いします。
栗原:ネットビジネス本部のプロダクトデベロップメント部の部長職をやっています。
うちの会社のなかは、「ゼクシィ」と「カーセンサー」と「スタディサプリ」というふうにいくつかのサービスがあって、それらのサービスの受発注や製作依頼、納品の仕組みなど全部システムで管理されるようになっています。
なので、各事業部が裏側に巨大な受注から納品までの管理システムみたいなものを持っていて、そういった基幹系から製作・納品工程までを一括管理する、「運用システム」を全事業部横断で管理している部署の部長です。
リクルートでのキャリアは19年目です。おそらく30歳でマネージャーになったと思うんですけど、主に「リクナビ派遣」にずっと関わっていて、36歳で双子を出産しました。
──キャリアと家庭環境が変わっていくなかで、ワーキングマザーとして働く難しさはありましたか。
栗原:ワーキングマザーになる前は、「リクナビ派遣」というメディアを立ち上げて大きくした自負があり、メンバーの誰よりも詳しくて、何もかも自分でやりたいタイプのマネージャーでした。
例えば、メンバーが何か企画書を作るといって、「夜の23時にできる」と言ったら、23時まで待って、それを隣でずっと見てるみたいな(笑)。
西田:マジっすか?(笑)。
栗原:嫌な感じの(笑)。大きなことから小さなことまで、全部自分でやらないと気が済まないというか。わかってるから気になっちゃうんですよね。労働時間もすごく長かったですし。
リクルートは以前はやはり深夜残業が多かったんですよね。私も子どもが生まれる前は、妊婦のときでもかなり遅い時間まで仕事してました。
西田:すごい(笑)。
栗原:でも、やっぱり産休から戻ってきたら毎日17時過ぎには帰らなきゃいけないと。
出産前までは、月曜日から金曜日の仕事が終わるまで、頭の中がずっと仕事のことだけで回っていて。例えば、月曜日にやった会議の一言一句を水曜日にも全部覚えてるとか。頭の思考がずっと途切れずに、仕事モードで1週間いられたんです。
でも、子どもが生まれると、毎日17〜18時に家に着いて、子どもにギャーギャー言われながら寝かしつけてというのをやる間は、ついさっきやってた会議の記憶が全部吹っ飛んじゃうんですよね。
ただ、私以外の人の仕事はノンストップで回っているので、毎日途切れる時間を持つ自分が同じペースでついていかなきゃいけないというのが、子どもが小さい頃はすごくストレスでした。双子なので特別大変なことが多かったと思うんですけど、苦労したことはそこですね。
17時に帰ることの難しさを痛感
──実際に育児体験をした西田さんは、ふだんの生活との違いをどのように感じましたか。
西田:まず、仕事終わる時間が1人の時とは違って、子どものお迎えにいくために17時に出ないといけないので、そこが違いました。
自分は帰ろうとしてオフィスを歩いていると、いろんな人に「話しかけるチャンス」と思われて呼び止められるんですよ。そういうのも全部対応できずに会社を出なきゃいけない。 家に誰も待ってなかったら、自分の仕事が終わっても、メンバーに時間を使えるんですけど。帰らなきゃいけないというのは、圧倒的に違いますよね。
ふだんは帰ってお酒を呑んだり、飯食ったり、家事したりしますけど、やっぱりどこかで仕事のことを考えているんです。でも育児体験の初日はそんなことも一切なく、ずっと2人の子どものことだけを考えてました。そっちに集中しないと何も考えられないので。それで、終わったらやっぱり疲れるんですよ。
初日の帰り、21時過ぎぐらいに栗原さんのお宅を出て、同じく今回の企画に参加しているペアの方と2人で「想像以上に疲れたね」と話してました。携帯にすごいメール来てたんですけど、「ちょっと今日は見れないね……」「明日やろう」みたいな感じになりましたね。
栗原:そうやって日中の記憶が飛んでいくのだよ(笑)。
45歳までのライフプランを描けるか
──栗原さんは、振り返りでお二人にどんなお話をされましたか。
西田:その時はたしか……。
栗原:“45歳の話”をしてたかな。私は先輩のモデルケースとして、若手の30歳前ぐらいの女の子に、面談したりフォローしたりという係になることがけっこう多いんですけど。いつも言ってるのは、例えば「28歳の今に45歳までどう過ごしたいかを設計しておいたほうがいい」と話してます。
たぶん私も若い頃に「5年後の自分を想像しなさい」みたいな研修は受けた記憶があるんです。「3年後、5年後の……」という話はよくあるんですよ。
ただ、28歳の5年後って33歳なんですよね。例えば、仕事をすごくバリバリやりたくて、実現したいことが多くて、いつか家庭を持って子どももほしいという子って、33歳まで仕事で埋め尽くしちゃっても、「そのあとに子どもを産めばいいや」となることが多くて。それで、3年後の36歳でもまた、「もう少しあとでいいや」となったりするんですよね。
結局、「キャリア」と「子どもを産むこと」と「育てること」ということの優先順位を自分のなかで真剣に考えないまま、ある時突然妊娠しちゃったりするんです(笑)。
そうすると、「本当にやりたいことってなんなんだっけ?」という優先順位を真剣に考えてないので、突然妊娠して、さっき言ったような壮絶な子育ての時間に突入しちゃうので、キャリアとかいうことよりも、まず目の前の育てることに没頭しているうちに、キャリアのことを考える体質がなくなっていったり。
何がやりたいのかわからないで、突然30代後半になって子どもが5歳になったときに、「どうしよう?」みたいになってしまうことになり、それってすごくもったいないというか。
もちろんいろんな考え方があると思うのですが、私の場合は自分自身の経験から「キャリア」と「出産すること」と「育児しながら仕事をすること」を、45歳までに全部順番どおりに入れ込むとしたら、自分の中での優先順位はどれが高くて、どの順番で実現したいのかということを考えないと、45歳までの地図って描けないと思っています。
もしそれをきちんと考えておけば、仮に予定通りに事が運ばなかった時に、イベントの優先順位に従って順番の組み換えを冷静にすることができると。
双子の女の子と接してわかった「他人の目線」
──西田さんは実際に育児体験をされてどうでしたか。
西田:初日は子どもたちも私も、お互いすごく緊張してました。3回目にはたくさんしゃべっていたので、だんだん打ち解けていけたとは思うんですけど。
あとで気づいたんですけど、例えば、大人と子どもだと背が違うので、見える景色がたぶん違うんですよね。だから、「何を話そうかな?」と思ったときに、ちょっと見えてるものが違ったり、歩くペースだって違うので。普段接している会社の人たちとは違う人(子どもたち)に出会って「相手の立場に立つ」ということがわかってなかったなと感じました。
──一番大変だったことはどんなことですか。
西田:ちょっと緊張してる間はすごくいい子なんですよ、でも……ごめんなさい(笑)。
栗原:外面がいいんですよ、子どもたちは。
西田:慣れてくると、だんだんワガママが出たりするので。例えば、計算ドリルと漢字の練習帳を、ご飯の前に1日1ページやってたんですけど、お絵かきはするわ、「答えを教えろ」と言われるわ……。「人様の子だし、どうしよう?」と思いました。
栗原:大変だよね(笑)。私は子どもが生まれるまではずっと、喜怒哀楽の「怒」の感情が欠如してると思ってたんです。生まれてこのかた、メンバーとも家族とも、怒ったり喧嘩したりということを本当にしなかったんですけど、「私の中に、こんなに怒る感情ってあったんだ?」って思いました(笑)。
栗原:西田くんとは日常的な仕事の接点はそんなにないんですけど、比較的家事もする人らしく……お料理もするんだよね?
西田:作ったりします。
栗原:だから比較的、もう1人、育児体験にきてくれたペアの方との分担が完全折半なんですよ。
今回、彼女がご飯を作ったら、次回は西田くんが作るみたいな、ぴったり分業になっていて、良いペアだったと思いますね。
あとはやっぱり、彼は職場で女性に囲まれているので。もうすぐワーキングマザーが3人立て続けに職場復帰されるということで、今回の経験を生かしてもらえるといいなと思います。
ワーキングマザーの生活サイクルへの気づき
──西田さんご自身は、仕事や家庭に対する考えに何か変化はありましたか。
西田:私は無意識のうちに、ワーキングマザーの方って夜に仕事をしているイメージを勝手に持っていました。「寝かしてからやります」っていうように。寝かしてからやる……この、なんていうのかな?
栗原:かったるさ?(笑)。
西田:さらっと「寝かしつけてからやります」ってふだん言ってくれるんですけど、ものすごいなと思っていました。いろんな関わりの中でワーキングマザーの方がいらっしゃって、「いつまでにできますか?」と聞くと「今日の夜やれるから大丈夫です」と言うんですけど、「大丈夫ではないよな」というのはすごく感じました。
それでも納期もあるのでやらなきゃいけない時もあるかもしれないですが、それはきっと、本当に「大丈夫」ではないんだと気づきました。
私たちは夜しか育児体験をやってないですけど、お母さん方は朝もあるわけで、夜忙しかった日に「朝早く行ってがんばればいいや」というのも、基本的にはできないじゃないですか。そのあたりをよりリアルにイメージできるようになって、ちょっと接し方が変わるのかなということがありました。
栗原:いいことだと思う。
ワークスタイル変革に必要な評価制度
──今回のプログラムを受けて、チーム内で変えていけること、もしくはマネージャー職として、会社に対して何か発信していけることはありますか。
西田:今、生産性を高めることを目的に、「働き方変革」というのを全社で進めていて。時間に対しての成果を上げて、余った時間は仕事に使ってもいいし、育児に使ってもいいし、外に出てもいいし、何をしてもいいよという状態なんです。
ただ、会社の評価は、基本的には成果の評価なので、生産性の評価制度は現状まだありません。
そうすると「時間をかけないで工夫してる人」と「時間をかけて工夫もしてる人」だったら、時間をかけたほうが成果が出ちゃったりすることもあるじゃないですか。
なので、生産性を高めるというのを、どのように評価に落としていくのかというのは一度考えなきゃいけないなと思っています。そこがないと、なかなか働き方変革は進まないし、多様な働き方を認めるということもなかなかできないなと。
そんな話を社長としてみたり、メンバーとも話してみたりしながら、うちのグループで何かできることがあるんだったらやってみたいと思います。
栗原:生産性の話に直結するかわからないけど、私が仕事をするうえで大切なことで、子どもが生まれる前と後で変わったことは、個人としての成果だけを追求していてはダメだというのをすごく痛感しました。
仕事って、基本的にチームでやるものなので、組織のマネージャーになれば、マネージャー個人としていかに高くパフォーマンスが出せるかではなくて、チーム全体をうまく動かせているかということ。
例えば、生産性がものすごく高いんだけれども、時間の絶対量が少ない人。生産性は低いんだけれども、時間の絶対量は長く働ける人というのを、どの仕事を割り振って、そのグループの最大パフォーマンスをどう引き出せばいいかということを考えられているかどうかというのが、マネージャーの評価に値するべきであって。
それは、自分の頭にあることや経営陣の頭にあることを現場にいかにうまく共有して納得感を高められるか、自発的に動かす仕組みができてるかということで変わってくると思います。
コミュニケーションの仕方だったり、情報の渡し方だったり、マネージャーがみんなそれをちゃんとできて、グループ全体を健全に回せると生産性もずっと上がるはずだと。生産性の上げ方としては、私はそこなんじゃないかなと思っています。
自分と世間の“ズレ”を理解すること
──最後に、「育ボスブートキャンプ」の意義はどんなところにあると思いますか。
西田:やっぱり自分たちのビジネス領域は、ライフイベントという領域になっていて、僕らはいち消費者でもある。僕が結婚したら「ゼクシィ」で式場を探すかもしれないし、中古車を買おうと思ったら、「カーセンサー」を見るかもしれない。
やっぱりそういう消費者目線を持てると、既存のサービスが磨かれたり、新しいサービスが生まれたりすると思うんです。
そういうなかで、僕も含めリクルートで働く独身の男の人というのは、世の中からはちょっとズレたところにいたりすると今回痛感しました。
その世の中とのズレをちゃんとわかっていないと、変なサービスを作ったり、事業を変な方向に持っていったりしてしまって、すごいエゴイズムの会社みたいになっちゃうだろうなと感じました。リクルートの価値観の押し付けみたいな会社になっちゃったらダメだなと。
なので、こういう経験はいろんなズレをリアルに体験できるチャンスだと思うんですよね。自分としては、ワーキングマザーの働き方と自分のズレをすごく意識できたと思っています。
そういうことに気づいて日々過ごしていたら、素敵な発想を持った社員がたくさんいる会社になるかなと思っていて、そのステップとして、「育ボスブートキャンプ」はすごく意義のあるプログラムだと思います。
リクルートに20年いても飽きない理由
栗原:私はリクルートで20年近く働いてるんですけど、本当に飽きない会社なんですよね。それはなぜかというと、やっぱり社会の変化にものすごく敏感に反応して、それを一番先頭で、一番スピーディーに捕まえにいこうとしていて。
それを捕まえるためには、自分たちがそれまでやってきた過去の経験値や価値観みたいなものをいとも簡単に変えるんですよ。
私は昔の情報誌の時代にリクルートに入ってますけど、入社2年目くらいに「どうやらインターネットがすごいことになったらしい」「HTMLってなんなんだ?」みたいなことがワ〜っとあって。その時に、10年ぐらいかけて本からネットの会社に体質を変えたんですよね。
「自分たちの本質ってなんなんだ?」「情報を世の中に発信することが本質だから、紙のメディアに載せるかインターネットに載せるかの手段なんてどっちだっていいや」という考え方なんですよ。
今回のことで言うと、リクルートって、長く働いて、若いうちから人の何倍もの経験を積める体育会系の会社みたいな。それがある意味会社の文化だったし、いいところでもあったんですけど、もうそれは簡単に捨てたと思っていて(笑)。
今度はそうじゃなくて、多様性を受け入れて、会社としていろんな労働力を受け入れていかないと、これからは成り立っていかないということが世の中の風潮としてやってきたら、簡単にそれまでの不夜城だったことも捨てて、短い時間でどれだけの生産性が上がるのかということを会社の一番の価値として謳い出して。「どの口が言うんだ?」って感じなんですけど(笑)。
西田:真夜中まで働いていたのが(笑)。
栗原:そう。でも、そんなことはぜんぜん振り返らずに、「今度はそれ」って言ったら、まったく違う文化に簡単に乗り換えていく。こんなに大きな組織をスピーディーに変えていけることが、うちの会社のすごくいいところだと思います。
今回の研修の先にあるのは、リクルートという会社がダイバーシティをどうやって受け入れていくかということだと思うんですけど
そうやって先陣を切ることで、ほかの会社にも伝播していって、インフルエンサーになって「あ、またなにかやろうとしてる」というところが意義なんだなと思います。
本当に景気が悪くなって、売上がもう対前年マイナス何十パーセントみたいな時代がきたとしてもうちの会社って、また耐えて変化していける気がするんですよね(笑)。なんかおもしろいなって思いますけどね。
──貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。