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機能とUIの進化はなぜ比例しない? UI研究者に聞く、使いやすさの本質とUIのこれから(全2記事)

「機嫌よく、ラクできるようにUIを考える」 UI研究者・増井俊之氏が描く発想と未来

誰もが気軽に電子機器を持つようになった今、私たちの生活はデジタルの恩恵で確実に便利になっています。しかし、UIは“よりよさ”を求めた結果、期待した評価とは正反対の声が集まること少なくありません。 そこで今回は、慶應義塾大学環境情報学部の教授で、予測型テキスト入力システム「POBox」やiPhoneのフリック日本語入力システムの開発者であるUI研究者の増井俊之氏に、UIの本質についてお話をうかがいました。ここからはUIの進歩と増井氏が描く未来について。前回の記事はこちらから。

機能の進歩とUIの進歩が比例しない理由

――PCやスマートフォンは機能が増えたりスペックも高くなったりと、年々進化を続けていますが、UIに大きな変化はありません。機能の進歩とUIの進歩が比例しないのはどうしてでしょうか?

増井俊之氏(以下、増井):誰もが今のシステムに慣れてしまって、同じ思考状態になってしまっているんです。スマホのなかのアイコンやメニューは、50年くらい前からあるGUI(Graphical User Interface)とほぼ変わらないですよね。新しいインタフェースの提案はたくさんありましたが、受け入れられずに消えてしまいました。

どうして受け入れられなかったかというと、新しいものを見たとき、誰もが「なんだこりゃ?」「こんなの使えない!」と思って捨ててしまったからです。いろいろな興味深い研究があったのに、ユーザに受け入れられなくて捨てられてしまったんですよ。

古いものより格段によければいいけれど、きっとそれほどよくもなかったんでしょうね。だから、今あるものの考えから脱却できない。ちょっといいくらいだったら、「前の方がいいや」となってしまうんでしょう。

――となると、慣れを超えるいいものを作らない限り、UIは進歩しないのでしょうか?

増井:そうですね。少なくとも従来のものより3倍はよくないとダメでしょう。1.5倍くらいだと違いがわからない。でも、そういう画期的なものはなかなか出てこないんですよね。それは我々も含め、研究者やエンジニアの頭が悪いからできないんです。でも、現状のものがベストなわけがないですから、新しくてよいものを誰かが思いつけば、すぐに普及する可能性はあると思っています。

――ユーザーとの関係という意味でいうと、UIの制作者は「使いやすいだろう」「よいものになるだろう」と思って導入しているはずなのに、ユーザーは使いにくく感じてしまうこともあります。この齟齬はどうして起きてしまうのでしょうか?

増井:もちろん慣れの影響が大きいですが、実際に本当のユーザーに試していないからではないですか? 「これでいっちゃえ!」とか言っているんじゃないですかね(笑)。

少し前に、Macにタッチバーというものが導入されました。その他にもいろいろ新しいものを出していましたが、結局誰にも受け入れられずに消えてしまいました。これは本当のユーザーに、充分試してもらっていなかったからでしょう。

―― 出したりすぐに取りやめたりと、コロコロ状況を変えるのはユーザーからはあまりいい見え方はしないような気がしますが……。

増井:でもうまくいくこともあったわけですよ。2007年にスティーブ・ジョブズが「これがiPhoneです」とか言って板みたいなのを出してきて、「お前らキーボードなんか打ってんじゃねぇよ」「ペンなんか使わないで指を使えばいいだろ」と言って、聴衆を煙に巻いていましたよね。

あれはスティーブ・ジョブズにみんな騙されたんです。たいしてよくもないのに、そっちのほうがかっこいいんだと集団で信じてしまって。その頃は「こんなのダメじゃない?」と言っている人もたくさんいましたが、結果的にジョブズが勝っちゃったんですね。

――かっこよさに惹かれてしまうのは理解できます。特に最近は、UIでも使いやすさより、おしゃれだったりかっこよかったりするものが好まれる傾向にあるような気がします。

増井:おしゃれのレベルは計測できないからみんな苦労するわけで。計測できないから、20年前の流行りが戻ってくるようなこともある。今は板みたいなスマホを指でいろいろやることがおしゃれだと思われていますが、10年経ったらどう言われているかわかりません。

実際、メモとかを書くには、ペンとキーボードで入力するPDA(携帯情報端末)のほうが便利なんですよ。なのに「そんなのはバカのすることだ」とジョブズが言ったから、みんなそれを信じちゃったんですよね。あれはひどいなと思いました。

――ありがとうございます。ちなみに、増井先生が今のスマホに代替するものを開発するとしたら、どのようなものを作られますか?

増井:もしそれを思いつくことができたら大儲けだと思うんですけど、誰も思いついていないわけですよね。とはいえ、私が時々言っているもので言えば、杖みたいなものがいいんじゃないかと。

――杖ですか!

増井:杖なんて今の若い人は誰も持っていないけれど、でもあると便利なんですよ。杖だったら、中にパソコンを組み込むことくらいはできますよね。杖にディスプレイを巻きつけておけば、ピーっと広げて操作できるじゃないですか。そういうディスプレイは、もうすぐできるかもしれないレベルであるわけですし。ふだん杖や棒を持ち歩いていればいろいろ便利なんじゃないかと思うわけです。

大きなスマホは置き場所にけっこう困るでしょう? 胸のポケットにはなんとか入るけれど、フィットするわけではなくて、ベストな形態とも思えないわけですよね。スマホみたいなものが未来永劫使われる気はあまりしません。杖でなくてもいいけれど、なにか別の形があってもいいとは思っています。

“使いやすさ”や“使いにくさ”に気づくための方法

――おもしろいです。今は職種としてUIのデザイナーの方もたくさんいらっしゃいますが、今あるものに縛られず、自由な発想で考えられるようになるためには、どのようなことを意識すればよいでしょうか?

増井:今やろうとしていることを近視眼的に見てはいけなくて、「そもそも何がやりたかったんだっけ」を考えるべきです。でもそれはなかなか難しいわけですね。例えば、メーカーのデザイナーは「テレビのリモコンをデザインしろ」とか言われるでしょうが、「そもそもテレビって何なのか考えろ」とは言われないわけです。

だから、本当はちょっと関係ない人が考えるほうがいいんじゃないかと思います。私なんかは別にテレビを売りたいわけでもなんでもないから、考える暇があるのですが。

――書籍を拝見していても、お話をうかがっていても、増井先生のご意見には「言われてみれば確かに!」と思うことがとても多いです。使いやすさも使いにくさも、言われないとなかなか気づけません。

増井:それはそんなものですね。ただ、それに気づくためにわざとがんばるやり方もありますよ。例えば手を怪我したら、片手で困ることありますよね? 目が見えない状況になるとか、いろいろな状況があると思いますが、そういう制約はアイデアを出すためのきっかけになるはずです。

パソコンなんてのはそもそも机に座って使うもので、机があるという前提で操作方法が考えられていました。でも、今は机がない場所で誰もがスマホを使っています。制約が加わったから、新しいインタフェースのアイデアが出たわけです。

例えば、今は普通の家に住んでいてパソコンを使っているけれど、これがもっと制約がキツい環境だったらどうするんだろうとか。「江戸の長屋みたいなところでどうやって過ごすんだろう」みたいなことを考えると面白いです。

長屋といったらなにもないわけですね。本当になにもない。電気もない。暖房もトイレもなにもかもないわけですよ。でも、そこで1週間暮らせと言われたらどうするか考えるわけです。そういうふうに、無理矢理制約を加えることによる発想法はあるみたいです。

――ありがとうございます。制約を加える以外に有効な方法はなにかありますか?

増井:昔から様々な発想法が提案されています。たとえば、様々な条件を足すことによって発想のヒントを得るTRIZという発想法がありますが、それ以外にもたくさんの発想法が提案されています。本屋では本当にたくさんの発想法の本が売られていて驚きます。

私の場合、思いついたものを作ったり使ったりすることで、発想のネタを広げようとしています。自分が使えないと話になりませんが、とりあえず自分が使えて、かつみんなが使えそうなものはスジがいい可能性があります。

予測型のテキスト入力システムの場合、もともと自分にとって便利だと思って作ったものでしたが、携帯端末マニアにウケが良かったですし、多少手が不自由でも使えるので、ユニバーサルなインタフェースだということに気づいたりしました。ユニバーサルだということで説得力が強くなったと思います。

ボタン2個だけで大量コンテンツをブラウジングできるシステムというものも作っています。ふだんはリモコン使ってもパソコンで検索してもいいんだけれど、横着して寝ながら検索するためにはスイッチが小さいほうがいいなと考えて作ったわけですが、ボタン2個で検索ができたら、それは指の動かない人でも使えることになるので、それはユニバーサルなインタフェースだということになりますね。

――ボタンが少ないのはやはり大切なのですね。

増井:ボタンは少ないほうが良いに決まっていますが、注意していないと増えてしまいがちなんです。昔、ボタンが少ないシンプルなデザインを考えて実装したことがあるのですが、そこで満足して休暇を取ったところ、戻ってきたら同僚がボタンを増やしてたので驚きました。なんだこれは! 増やすなよ! と思いました(笑)。

人は何か機能が足りないと思ったらボタンを増やしがちです。だからテレビのリモコンも、いっぱいボタンがあるわけで。でもよく考えると、実はボタンはいらないわけです。だってFire TVだってボタン10個くらいでいけているじゃないですか。

減らすってすごく難しいんですよ。しかも、減らしてもあまり驚かれないんですよね。増やして納得されることはありますが、減らして評価されることはありません。でも、ソフトウェアでもなんでも小さいのが一番です。なにも無いところから、「本当に要るものは何か」を考えるほうがいいのかもしれないですね。

本質的なことに向き合ってUIを考える

ーーなるほど。いまのUIなどの状況を見て、ほかに「これはおかしいのではないか」「もっとこうしたほうがいいのではないか」と思うことはありますか?

増井:見栄えを気にする人が多くて、本質的なことについてあまり気にしない人が多いのではないかと思っています。本質的というのは、例えば「どうやったら検索が早くなるか」とか、そういう話が本質的だと思うんですけれど。

例えば、スマホで画面をスクロールすると、端でバウンスするデザインがありますよね。勢いよくスクロールした時、端までいってビョンビョンとバウンスする。あれを「すごい」と言う人がいるんです。

でもバウンスしたからといって、検索が早くなるわけでもなんでもないじゃないですか。端までいったことくらい見ればわかるので、ただかっこいいだけのことなんですよ。でもあれがすばらしいUIだと言う人がいるわけです。

そういうデザインを実装するためには苦労が必要です。アニメーションをかっこよく出すために複雑なプログラミングが必要ですし、CPUもパワーも必要です。でも、そこが本当に大事なのかと思ってしまいます。それよりも「そもそもスクロールしたほうがいいんですか」といったことを考えてほしい。

スマホですごく長いページを閲覧するとき、下端までスクロールするのが大変なことがあります。何度も何度もスクロールしないと下までいかないでしょ? そんな時にバウンスするかしないとか、どうでもいいじゃないですか。スクロールしないと端までいかないことのほうが問題だと思います。

かっこ悪いよりかっこいいほうがいいに決まっているんだけれど、それが第一ではないだろうと思うわけです。そもそも何がしたいかということよりも、変な見栄えとかかっこよさのほうが重視されてしまっていることが、最近は多いと思います。

――ありがとうございます。最後に、増井先生は開発や研究をとおして、どのような未来を作っていきたいと考えていますか?

増井:それはもう「できるだけ楽をしたい」ということです。人間がやりたいことなんて、そんなにたくさんないと思っています。機嫌よく、楽して楽しいことができればいい。そのためにおいしいものを食べたり、おもしろいテレビを見たりとかしているだけであって、機嫌よく暮らせれば、それでいいのだと思うんです。そういう要求は何千年も前から変わってませんし、今後も変わらないでしょう。

時々おもしろい話を聞いたり、コミュニケーションしたりとか、今Webで流行っているものは、そういうものばかりですよね。SNSは機嫌よくコミュニケーションするためのものだし、検索システムはなにかおもしろいものを探すために使っているわけであって。それさえできればいいわけです。

買い物するのは機嫌よくなりたいからであって、機嫌がよければなんでもいいんですね。それをするためのサービスなり、UIなりがあればいいんじゃないかと思っていて。細かく「こんなUIがあればいい」とか、そういったものは特にないです。

機嫌よくなにかやるためのことを簡単にできればそれでいいと思っています。人間のプリミティブな要求に答えるアプリやサービスを作っていくことが大事だと思っています。

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