「体験資産」の運用モデル

沢渡あまね氏(以下、沢渡):これは、この後のディスカッションでのキーの図になっていきます。体験資産経営って基本的には、さまざまな個の体験を、この円の世界でデータベース化して引き出し可能にしていく、蓄積可能にしていく。あるいはイノベーションが起きた時に逆引き可能にしていく仕組みを作りたいんですが、これは1社だけでできる話ではないんです。

私たち3人だけでできる話ではないと思っていて、さまざまなプレイヤーを巻き込んで、これを社会実装していきたいというのが、この絵ですね。まずは共通のデータベース、クラウドサービスなんかを作っていきたいと思いますし、既存のタレントマネジメントシステムとの連動もしていきつつ、箱を整えていくと。

さらに、なんと言っても個々人の体験の可視化ですね。今日この場に来られるような方は、たぶんデータベースの構造だけ見せれば、あるいは、「この多様な体験は過去に得たよね」と言語できると思うんですけども。そうでない方が多いと思うので、それこそメンター、キャリアコンサルタントのみなさんが、個のメンタリングをしながら言語化をしていく。

あるいは、個が出向して帰ってきた時、何か越境体験をした時に、組織としてワークショップみたいなものを設け、ワークショップファシリテーターを立てて、「どんな体験が増えたか登録してみましょう」とやっていく。

このようなデータベースは、「登録しろ」って言っても、なかなか登録しないですよね。それこそふだん日報を書く習慣がある会社なんかは、日報を書いているとAIが、「あなたの体験はこれが増えたと思うので登録しておきますね」とサジェストして登録してくれたり、引き出してくれるとか。今、日報管理システムの会社とAIを活用しながら共同研究も始めています。

右側が、組織として貯まった体験をきちんと統合報告書にレポートしていくとか、株主とか投資家とコミュニケーションをしていくだとか。あるいは新しいジョブを興した時に、(この体験を)持っている人を探していくとか。

右側はこういうオーガニックな取り組みをしていくというところで、まさに1人じゃできないので、さまざまなプレイヤーと一緒にやっていきたいと思います。あるいは体験資産経営をやってみたいという人事のみなさん、ぜひ手を挙げていただいて、私たちと一緒にやっていただきたいと思います。

人的資本経営やイノベーションマネジメントと接続していく

沢渡:多少は、人とお金を出してもらいながらここを作っていく企業も出てくるとは思うんですけども、一緒にこれを社会実装していくと、さまざまな私たちの体験が、正しく意味付けされる。堂々と寄り道ができる社会になっていく。ネガティブ・ケイパビリティが育っていく社会にしていきたいなと思っています。

現在、プロティアン・キャリア協会のみなさんと一緒に、分科会をしながら成果を出していって、仲間を募りながら形にしていきたいと思います。主に大手企業、人的資本経営をやられているところと組みながら、どう意味付けしていくかもやっていきたいなと思います。

大きく2つ接続させたいテーマがあります。1つが人的資本経営ですね。「人材版伊藤レポート」の3P5Fモデル(「3つの視点」と「5つの共通要素」から成る人材戦略の要求項目)を満たすかたちで、この体験資産経営を盛り上げていくと。

もう1つが、イノベーションマネジメント。ISO56002(イノベーション・マネジメントシステム/IMS)という国際標準規格がありますので、そういうのを取り入れている企業と一緒に、これをこうやってイノベーションマネジメントの進捗を可視化していくか、投資を促していくかというところ。

まさにイノベーション体質だとか人的資本経営、それからいわゆる体験のダイバーシティ、コグニティブダイバーシティ(深層的ダイバーシティ)とか、もちろんスタートアップ支援、組織開発、地域開発、ネガティブ・ケイパビリティなどなど、さまざまな課題解決に寄与するテーマだと思いますので。今日もみなさんと一緒にディスカッションしながら、社会実装を一緒にしていきたいと思います。

寄り道を楽しむ大人な社会、文化を作っていきましょうということで、私の話は終わりにしたいと思います。

中田誠氏(以下、中田):ありがとうございます。どうですか、みなさん。この体験資産経営というお話は、おそらく初めて聞いた方がほとんどかと思いますけれども。先ほどお話しされたユースケースとかをご覧になって、やはり「あぁ、そうだな」とか「あるあるだな」とか「まさにそうだな」って思われた方もいらっしゃるかと思います。

ここからはもう少し深くお話をしていきたいと思いますので、ディスカッション形式で、岩本さんと私からご質問をしながら進めていきます。みなさまからもし質問があれば、どんどんチャットに書き込んでいただきましたら、できるだけ拾ってお答えしたいと思います。

“経験したことの価値”に本人が気づいていないケースも

中田:それではまず岩本さんから、先ほどのお話で、あまねさんにご質問したいことがございましたら、ぜひお願いいたします。

岩本里視氏(以下、岩本):はい、ありがとうございます。私はふだんキャリアコンサルティングとか、キャリアデザイン研修の講師をさせていただいていて、企業で働かれている方と会話する場面も多くあるんですけども、自分自身の能力もそうですし、自分自身で体験してきたことに本人が気づいていないというケースが本当に多くて。

あまねさんからこの話をおうかがいした時に、個人の成長も、組織開発の面でも、欠けていたところだなと思いました。そこであまねさんに質問です。どうしてこの個の体験にフォーカスを当てるという観点に気づいたんでしょうか? まずきっかけを教えていただきたいなと思います。

沢渡:ありがとうございます。これが降ってきたのは、実は私自身が顧問先の1社であるヤマハ発動機クリエイティブ本部ほかのみなさんと、静岡県焼津市でグリーンスローモビリティの試乗体験を一緒にしたんですね。

一緒に企業の人たちとワーケーションして、グリーンスローモビリティという、ゆっくり街走りするモビリティを(体験しました)。その部長と一緒に、流れゆく景色をゆっくり眺めながら、「いやぁ、こういう体験がイノベーションを生むんですよね。こういう体験をもっと世の中に増やさなきゃ駄目ですよね。

体験って資産ですよね」という雑談をしたんですよ。そこからこの絵が降ってきました(笑)。なので、これ自体が寄り道の賜物です。

自分にとっては「悪い経験」も他人の役に立つ

岩本:なるほど、ありがとうございます。当然ながら体験には良い体験も悪い体験もあると思うんですけども、悪い体験も体験として扱っていいんでしょうか?

沢渡:良い、悪いって誰が決めるかって話なんですよ。これはブランドマネジメントの講義でもよくお話ししているんですけども、何があなたの価値かは相手が決めるものなんです。だから自分で勝手に決めつけないほうがいいんですよ。

例えば失敗体験でも、「その失敗からの学びを得たい」っていう人がいるかもしれない。こういう人に出会えないかもしれないし、出会えるかもしれない。価値は相手が決めるものなので、なるべく良し悪しの判断をせずに評価していくのがいいかと、私は思います。

岩本:すべてを出し切って自分自身をしっかりと理解するところも含めて、そこから出てきた体験はほかの人の役に立つかもしれないということですね。ありがとうございます。

沢渡:私は昨日、東京出張から夜に静岡の浜松に帰ってきたんですけれども、昨日は(台風で)すごかったんですよ。東海道新幹線、東海道線、鉄道全滅。さらには東名高速、小田原厚木道路、中央道、圏央道、一般道も全部通行止め。

私はどうしたかというと、東京から関越道で1回埼玉に上がって、そこから秩父、国道140号線雁坂トンネルを抜けて、中部横断道で甲府を抜けて、安全安心に帰ってこられました。私はダムが好きって言いましたが、10年前に秩父と山梨のダム巡りを3回していて、そのルートを知っていたんですよ(笑)。

本当に、何が役に立つかわからないんですよね、プライベートも含めてという話ですが、まさにめちゃめちゃ寄り道ですよ(笑)。なんで東京から浜松へ行くのに秩父、甲府にいるのかなみたいな。楽しみながら行きましたけども。

岩本:そういう過去の体験が活きたわけですね。中田さんからもどうでしょうか?

「共創」と掲げながら、自分たちの正義を押し付ける企業

中田:はい、私からの質問ですが、今ちょうどここのページに映っている真ん中あたりの体験資産データベースという円ですね。ここの中に、「多様な何とか」っていうのが、今10個示されております。言葉でイメージができるものがたくさんあるかと思うのですが……。

特にちょっとイメージがつきづらいもので、2つお答えいただきたいんですけど、多様な対話と、多様な考え方。これらの多様なものというのは、どういったイメージをお持ちでしょうか?

沢渡:ありがとうございます。「多様な」というのは、言い換えればカラフル。さまざまな人とか環境とか、さまざまな場だと思うんですけれども。

まず中田さんに指摘いただいた多様な対話で言うと、多様な人たちと対話をするとか、あるいは例えば、対面だけではなくてテキストチャットで対話をした経験とかも、多様な対話になると思うんですね。

対話って非常に大事で、みなさんに申し上げるのは釈迦に説法かもしれないですけれども、価値判断せずに聞き合う行為ですよね。それこそ先ほどの話と一緒で、価値判断、いい、悪いだとか、「べき論」を取っ払って、「そういう考え方があるんだ」とか、「私とあなたは違う」ということを、フラットな関係で理解していく。

これがないと、いわゆる共創、コラボレーションって起こり得ないんですね。私もけっこう日々モヤモヤするのが、共創と掲げている企業なんだけども、自分たちの正義を押し付けるだけで、他人にまったく無関心です、リスペクトしませんというモーレツカンパニー。こういうのもけっこうあって、イライラすることもあるんですけれども。

まず、フラットに聞き合って自分ごと化していくプロセスが、さまざまな解決につながると思っています。

生まれつき耳が聞こえない人との対話で気づいたこと

沢渡:実例の話をすると、私はこの夏、生まれつき音のない世界にいる方とお会いしたんです。

一緒に浜松に来ていただいて、組織開発のすごく深い話をしたんですけれども。生まれつき音のない世界に、私が自らわざわざ行くことはしないかもしれない。しかしながら、フラットにチャットとかを通じて対話するとわかったのが……不自由のない方は「チャットだったらぜんぜん余裕でしょ」って、おっしゃるんですけれども。

「実は私たち、生まれつき音のない世界で生きている者にとって、チャットってみなさんで言う英語でコミュニケーションをしているようなものなんです。やはり手話が母国語なので、違う言語でやり取りをしているようなものなんです」という話を聞いた時に、自分はその立場になれないけれども、「そういう生きにくさがあるんだな」と、よくわかったんですね。

これってまさに、多様な対話によって自分ごと化して、他者理解をして課題解決につなげていくことだと思っています。中田さん、答えになっていますか?

中田:ばっちりです。ありがとうございます。先ほど例にも挙げていただきました、いろんな方との対話。この「多様な」っていうのは、自分自身の多様さみたいな話が多いかなと思うんですけども、相手の多様性を尊重するのには、この対話が一番重要性が高いかなと感じました。

沢渡:そうですね。対話が大事と言われているので、そこに本質的な対話の方向を、きちんと世に訴えていきたいというのが1つと。先ほどの繰り返しになりますけれども、体験するハードルを下げたくて、「フラットな対話も大事な体験だよ」ということを言っていきたいなと思いました。

中田:ありがとうございます。まさに疑似体験ですよね。

<続きは近日公開>