エンタメ社会学者の中山淳雄氏が登壇
司会者:それでは本編を始める前に、本日の登壇者のご紹介をいたします。本日は、エンタメ社会学者の中山淳雄さんにご登壇をいただきます。
中山さんは、これまでリクルートスタッフィング、DeNA、デロイトトーマツコンサルティング、バンダイナムコスタジオを経て、2016年からブシロードインターナショナルの社長を務められました。そして2021年にエンタメの経済圏創出と再現性を追求する、株式会社Re entertainmentを設立されました。
また当社unlockの代表である津島(越朗)とは、DeNA時代のご同僚でいらっしゃいます。新規事業のtoCビジネス展開時に、ファンづくりは重要なトレンドであるといった認識から、今回のセミナーの開催に至りました。中山さん、本日はどうぞよろしくお願いいたします。
中山淳雄氏(以下、中山):どうぞよろしくお願いします。今日は「ファンダムづくり」のテーマで、だいたい1時間お時間をいただいております。35ページほどのパワポ(資料)なので、40分から50分ぐらいの講演になります。
あらためまして、中山淳雄と申します。ちょうど15年ほどのサラリーマンキャリアです。最初の5年間はリクルートで、その後DeNA、デロイト、バンダイナムコスタジオまではゲームの海外展開をやっておりました。
後半の5年間はブシロードにいました。この時はわりとゲームのみならず、フィジカルなカードゲームや音楽の『BanG Dream!(バンドリ!)』というライブ、新日本プロレスのようなスポーツ興行の海外展開もやっていました。
ちょうどその時、実は早稲田大学(ビジネススクール)や(シンガポール)南洋工科大学で教えていたんですね。授業で教えていた内容を2019年から出版し始めたんですけど。
ゲーム・アニメ・興行コンテンツからのファンづくりを、実践の場を持ち込みながら各領域で抽出したものを本にしていきました。読んでいただいている方もいらっしゃるかと思います。
「ファンづくり」は、単に視聴者を作ることではない
中山:本日はちょうど2024年2月に出たばかりの本『クリエイターワンダーランド 不思議の国のエンタメ革命とZ世代のダイナミックアイデンティティ』をベースにしながらのお話になります。直近の3年間は独立して、海外事業、新規事業でエンタメコンテンツをやってきた経験を基にしながらコンサルをしています。
会社さんの海外展開やIP作りのコンサルをしつつ、ちょっと産官学にも足をかけていて。今、慶應(大学)で教えたり経産省や内閣府でも知的財産戦略委員をしています。
あとはライセンシングインターナショナルジャパンという日本のライセンス協会の理事や、映像の海外化も行っているATP(一般財団法人 全日本テレビ番組製作社連盟)の理事もやっています。(今日は)いくつかのベンチャーや産官学の話も交えながら、実践的なお話もできるかなと思っております。
本日は3つのテーマに基づいてお話します。こちらの図(スライド)は2020年代のクリエイターエコノミー(クリエイターが自身のスキルを活かして収益化を図る経済圏)の図です。
(資料の)左がグローバルでのクリエイターエコノミーで、これだけだと「なんのことやら」という感じになりますが、だいたい世界では30兆円(の市場)です。右側は国内で2兆円ぐらいの市場となっています。
日本では映像やコンテンツ作りはだいたい13兆円の市場なので、(クリエイターエコノミーは)1割半ぐらいですかね。実際1.5割から2割ぐらいがCtoCです。つまりユーザーが作ってユーザー同士で交換し合う経済圏が今、伸びています。
実は「ファンづくり」はイコールで「単に視聴者を作ること」とは違うんですよね。視聴者自身が半分コンテンツに入り込む動きが加味されていて、この3年間で激烈に増えています。僕はゲームやアニメを中心にしながらやってきたのですが、実際エンタメコンテンツと関わらない会社さんにも、かなり通じるものがあるんじゃないかなと思っています。
最近一番ホットなVTuber市場
中山:先ほどのクリエイターエコノミーとは定義するとこんなかたち(資料)です。
これは三菱UFJさんの定義ですが、これを使われている方はいらっしゃいますかね? (クリエイターエコノミーの中には)「モノ」を提供する場としてCreemaさんのようなものがあります。主婦の方が手作りで作ったやつをメルカリのように売る、モノのトレーディングです。
僕はここは専門じゃなくて、どちらかというとコンテンツのトレーディングになります。イチナナ(17LIVE)やPococha(ポコチャ)などのライブ配信で「投げ銭をもらいながら配信しますよ」という市場や、noteに(記事を)書いてみて「サブスクしてください」という市場だったり。
音声にはSpotifyやVoicyがあります。ここはまだオーディオでの広告市場なので、50億円や100億円というそんなに大きい市場ではないんですけど。同じようにイラストではpixivもありますし。
ここ(ゲーム)は知っている方はあまりいないと思うんですが、Epic Games(ストア)の『フォートナイト』や、Robloxでユーザーがゲームを作ってユーザーが遊ぶという、いわゆるCtoCっぽい感じのコンテンツ市場があるんですね。
また僕もたまに使いますけど、スキルのコンサル代行で「1時間しゃべったらいくら」というかたちのスキルとしての交換市場もあります。ここにはBtoBや企業が介在せず、逆にそれを支援する企業が増えました。こういうクリエイターの場を広げたり、ファンコミュニティーを作ったり、クラファン(クラウドファンディング)をやってお金を集める市場が出てきたり。
その支援サービスとしてAdobe(アドビ)があったり。このようにいろいろと作りやすくなりました。
最近一番ホットなのは、UUUM(ウーム)やホロライブ(プロダクション)、にじさんじなどのVTuber市場です。今すでに1,000億円ぐらいになりましたかね。
今回はこの中の「形のないコンテンツを提供して、ユーザーさんにお金を払ってもらう」という市場の中から、2兆円のクリエイターエコノミーの動きについてお話をしたいと思っております。
【推しの子】爆発的ヒットの背景
中山:よく話しているので、もしかしたら聞いたことがある方は重複になっちゃいますけど。僕は『【推しの子】』の話に震えあがりまして。(資料には)いきなりいろいろなデータがあって恐縮なんですけど、「0.1」と書いてあるのは1日当たりに「推しの子」とつぶやいた人の平均の数です。
それを毎日見ていくと、2020年、2021年は約1,000人ぐらいが「推しの子」とつぶやいています。2023年の4~6月が1期、2024年7月から第2期が放送されています。
コミックでも人気なんですよね。2020年4月、ちょうどコロナの時に連載が始まり、僕もこの時代から読んでいるんですけど「まあ、おもしろいな」と。2021年でトップ10に入るぐらいの人気になりました。1巻当たり30万部が売れて「次にくるマンガ大賞」だとも言われていました。
それまでだいたい1,000人ぐらいがつぶやいていたのが、アニメ化が発表されると1回4,000人になって、また1,000人に戻ります。それが(実際に)アニメが始まると、やはりドカンと上がるんですね。1,000人どころか6万人から7万人が毎日つぶやいている状況です。
ここで見ていただきたいのは、YouTubeの再生数なんですね。これは100万回単位ですけど、2,800万回、3,000万回、6,000万回と増えていきます。アニメが放映されている3ヶ月間で、【推しの子】の主題歌『アイドル』というYOASOBIの曲は約1億回再生されました。
この後の伸びは本当に珍しくて、普通は最初が一番大きくて3,000万回、1,500万回、700万回と落ちていく世界線なんです。(みなさん)「(『アイドルが』世界で1位になりました」とよく見られたかと思いますが、Adoの『唱』が出るまでの半年ぐらいは、ずっと『アイドル』景気だったんですね。
2023年に日本の楽曲が世界を席巻した代表例が、この『アイドル』でした。1年経って、最近では『Bling-Bang-Bang-Born』というのが、すごくはやりましたけど。
これは本当にすごくて、3ヶ月で、しかも後からも伸びて、1億回も再生されたんです。でもこれはまだ前哨戦に過ぎないんですね。結局【推しの子】は1巻当たり30万部から、1巻当たり100万部売れるようになりました。
「アニメで3倍も売れるようになった」「コミックもうまくいって良かったね」というのがあるんですけど、ここで見えた世界がおもしろいんです。
非公式の「歌ってみた」「踊ってみた」を重視する理由
中山:これ(資料)は3ヶ月間で毎日ユーザーさんが「歌ってみた」「踊ってみた」をどのくらい投稿しているかという図です。だいたい2日、3日で(データが)消化されちゃうので、有名なVTuberさんのデータになりますが、毎日1,000万回や1,200万回とこうやってたどられています。
【推しの子】の『アイドル』の公式が1億回再生される間に、こっち(投稿データ)もぴったり1億回だったんですよ。有名な1,000人が作って一人ひとり(の投稿が)10万回くらい見られて、トータルで1億回です。
YOASOBIのプロデューサーの屋代(陽平)さんが言っていたのは「公式の1万回よりも非公式の1万回が非常に大事だった」と。なぜならこの1万回には有名なVTuberさんや歌い手、なんだったらクラスの人気者もいる。
実はこの1,000人が集めてきた中には、YOASOBIを知らない人もけっこういたらしいんですよね。それを「これはYOASOBIってやつが歌っているらしい」とYOASOBIに戻してくれた。
または【推しの子】をぜんぜん知らなくても、「『アイドル』って最近めちゃめちゃバズるよね」と見ているうちにYOASOBIに行く。YOASOBIを聴いているうちに、アニメに戻る。アニメを見た後に、「あれ? なんか原作があるらしいよ」と漫画に戻る。この連鎖があるので、シナプスがどんどん外側から内側に行くようなものだったと。
結果「歌ってみた」「踊ってみた」というようなユーザーのクリエーションを半分使う動きが、この1~2年ではものすごく上がっている。「どうしたらみんなが一緒にやってくれるんだろう?」というのが大きいんですね。これはコロナの後の現象です。
コロナ以降聴かれるようになったインディーズとK-POP
中山:これ(資料)はオリコンが出している「Z世代の音楽消費行動の変化」です。先ほどのデータとはちょっと違うんですが、ちょうどコロナが起こった2020年2月から3月に、SpotifyやAWAなどのストリーミングチャンネルでどういう音楽を聴いているかがわかります。
(資料の)黄緑はメジャーレーベルのソニーミュージックやユニバーサルミュージックです。赤がインディーズレーベルという小さいレーベルで、青がK-POPです。
10年前ぐらいからK-POPがはやっている感じはあったんですけど、実はぜんぜんそんなことはなくて、(当時)日本ではだいたい5パーセントぐらいだったんです。最近はCDも含めて20パーセントぐらいになっています。このK-POPが反旗を翻したというか、日本でがーんと浸透したのは、実はコロナ期なんですね。
この時インディーズとK-POPが3割を占めている。これはおもしろくて、過去の音楽の歴史上、メジャーが9割を切られたことはなかったんですね。ロックの時代以来50年間なかったことなんです。それが突然コロナの時に「あれ? なんでこんなマイナーな人たちが聴かれるの?」ということが起こった。
最初はLiSAがアニメの主題歌で上がっていき、YOASOBIのデビュー曲『夜に駆ける』が始まったのも2019年末です。みんながロックダウン後に聴き始めたことになります。瑛人の『香水』もジャイアントキリング(下克上)ですね。安倍(晋三)元首相が『香水』を歌いましたけど。
それから(YOASOBIの)『群青』が出てきて、BTSががーっとはやったのも2020年8月あたりで、9月からK-POPが上がるのがわかりますかね? こんなかたちで2023年の前3年間で、インディーズとK-POPが聴かれるようになりました。
松原みきさんの『真夜中のドア』は1984年の曲なんですけど、実はYouTubeでインドネシアの子が上げたものがバズって逆輸入され日本で聴かれるようになったんです。小さいレコード会社だったので、実はストリーミングに対応してなかったんですね。
そのまま聴かれ続けていたので、半年後の2021年に(ストリーミングで)上げたら、けっこうチャートでも上がってきて、この後グローバルランキングで10位ぐらいに入ってくるんです。「なんか油断していたら、すごいことが起こっているな」と、みんながドヤドヤし始めたのがこの1年で、ユーザー自体が持ち上げていく動きがありました。
古い曲を聴くZ世代
中山:これは10代~60代までがトップ200で歌っている曲を積み上げていくカラオケランキングですね。2012年から続いていて、普通はトップ200のうちの4曲、5曲ぐらいしか、10代、20代、30代、40代、50代の全世代で共通する曲はないんですね。
ゆずや『ハナミズキ』など「みんながだいたい歌うよね」というやつが、本当にストリーミングと軌を一に(世の中が、一つの方向に向かって統一されていること)している。みんなが「たどったら昔の曲が出てくるね」と昔の曲を聴き始めて、YouTubeでパスし合っているうちに、だんだんそれが好きになる。
「これは私の生まれる前じゃん」という曲も、2016年ぐらいからちょっとずつ、みんなが歌い始めるようになります。古い人が新しい曲を聴くのはあんまりないんですが、Z世代を中心に、若い子が古い曲を聴くようになります。
それがコロナになってから、古い人たちも新しい曲『香水』だったりを聴き始めるんです。ボカロが出始めたのが2020年ぐらいですかね。全世代を通して、全体の1割はみんなが同じ曲を歌っているというのは、カラオケ史上30年間で初めての事例です。共通項が増えたのは非常に新時代的です。
コンテンツがあって、アーカイブがあって、誰かがほじくってくれたものを「パスし合って持ち上げていくぞ」というのは、メジャーがどれだけがんばってプロモーションをしてもできなかった世界線なんですよね。