一休社長・榊淳氏が影響を受けた3冊の本
工藤拓真氏(以下、工藤):榊さんは『DATA is BOSS』の文脈でいろんなメディアに出られています。まさにご著書であるデータドリブンのお話も聞きたいと思っています。
僕はこの本を読んで、データの話もそうなんだけど、その手前に人類やら愛やらといった話が出てくるんじゃないかと、勝手ながら思っていました(笑)。この番組では3冊ご紹介いただきたいと事前にお伝えさせていただいてるんですけど、今日も榊さんに、3冊持ってきていただきました。この3冊を教えていただいてもよろしいですか?
榊淳氏(以下、榊):はい、まず1冊目はこの『How Google Works 私たちの働き方とマネジメント』という、Googleの働き方のマネジメントの本。私が一休に入ってすぐぐらいに読んだ本で、働くスタイルの指針を与えてくれました。情報化時代、いろんな産業構造が変わる中で、どういう働き方が正しいのかを教えてもらった本ですかね。
工藤:「今から経営をするぞ」ってタイミングで触れられた1冊なんですね。2冊目は?
榊:『The Art of Happiness A Handbook for Living 』という、チベット僧侶のダライ・ラマが書いた本です。「人生の目標はHappinessを追求することだよね」というのを、今はウェルビーイングというような言い方をしてると思うんですけど、この本はニューヨークのトレーディング会社に勤めてた20代の頃に読んでいました。
工藤:そして3冊目に、ご著書の『DATA is BOSS 収益が上がり続けるデータドリブン経営入門』ですね。
Googleの社員とスタンフォード大の学生の共通点
工藤:まず、影響を与えた本で『How Google Works』。経営の本も当然読まれてらっしゃると思うんですけど、特にこの本を選ばれたのはなぜですか?
榊:この本に書いてあることは、当たり前なんですけど未だに難しいコンセプトを実践して、Googleはこうやって大きくなってると。たまたま留学先がGoogleの近くで、Googleの人たちの働くスタイルは見てたんですよね。
卒業生の半分ぐらいGoogleに行ってるので、彼らがGoogleで働いてる姿と、大学院時代に図書館とかコンピュータールームで宿題をしてる姿が、基本的に似てるわけですよ。
工藤:おもしろい。そうなんですね。
榊:夜中にお腹が空いたらコークとお菓子を食べながらもうひと踏ん張りするみたいな。で、役割が明確に決まってるというよりは「自分がこういうミッションを解きたい」とか。
ミッションを与えられてもアプローチはぜんぜん自由ですし、自由にクリエイティビティを 発揮するスタイルが大学院生にあるんですね。だからたぶんGoogleでもまったく同じかたちで働いてるというのが、やはり非常におもしろい。
工藤:なるほど。じゃあ読まれた時はもう一休の経営に入られてる時だと思うんですけど、読んでるうちに「ああ、あいつらのことね」と思って、それを「こっちでも実現するぞ」と。
榊:「実現するぞ」というよりも「こういう働き方が情報化産業にとっては大事なんじゃないか」ということですよね。
情報化時代におけるビジネスエリートとは
工藤:なるほど。難しさとかすごさとか、いろいろあるとは思うんですけど、1つ例に挙げるとどういうところですか?
榊:やはり一番大きな背景としては、昨今は産業においてデータが非常に大きなポジションを占めてますよね。あとコンピューティングリソースがクラウドになってるので、無限に使える環境になりつつあります。
ということは、会社のデータとコンピューティングリソースを、1人の人が無限に使えるわけですよ。それって1人の人がほかの人の1万倍とか、10万倍の成果を出す可能性がある。
農耕時代に「私は1ヘクタール耕します」「私は10万ヘクタール耕せます」っていう人はいないわけですよ。なので昔のほうが公平的なマーケットだったんですけど、今は10万倍仕事ができる人に10万倍の役割を与えるのが、向こうだと当たり前。
それで、そのミッションに対してどういうアプローチをするのかもその人が自由に決める。こういった働き方がすごく今の構造に合ってると思うんですよね。
工藤:おもしろいですね。この本でも「この時代に合ってる働き方は、今までと違うんだ」と、いろんな文脈で語られてますもんね。
榊:そうです。たぶんこの情報化時代におけるビジネスエリートの定義づけをしてる本で、昔の伝統的なビジネスエリートとはちょっと違うんだよと。この新しいビジネスエリートを、Googleの中では「スマートクリエイティブ」と定義しています。
スマートクリエイティブってどんな人かと言うと、「データサイエンスに明るい」と。データとコンピューティングリソースを最大限に活用するので、それはそうですよね。あと「ビジネス感覚に優れている」「自発的でエネルギッシュでコミュニケーション能力が高い」と。
工藤:最強人材ですね(笑)。
「自分で手を動かす」ことがリーダーのマスト要件
榊:そうなんですよ。あと一番マストな要件が何かというと「コンセプトを考えるだけでなく、自分で手を動かす」「自分で業務を遂行する」って姿勢なんですよ。
なので軍隊に例えて言うと、昔のリーダーは、軍隊の一番後ろから「行けーっ!」って言うんですが、今のスマートクリエティブの定義でいくと、「行くぞー!」って一番先頭に立つ人です(笑)。だから手を動かさないといけないんですね。
工藤:口だけじゃダメなわけですね。
榊:そうなんですよ。このあたりがたぶん根本的に違う働き方で、やはりシリコンバレーのエンジニアってそういう働き方をする。一番後ろに立って「行け」とか言う人はいないわけですよ。みんな最前線に「わーっ!」て行っちゃう感じなので(笑)。そこがやはり一番影響を受けたところです。
工藤:そういうお話って、「アメリカではそう言っていますが、日本では難しいんですわ」みたいになるじゃないですか。実際一休で経営されていた中で、そのギャップはあったんですか?
榊:ぜんぜんないですよ。要は先ほど申し上げたとおり、データとコンピューティングリソースが全員の共有資産で、酸素みたいなもんですよね。だからそれにアクセスできる人がすべてを決めるっていうのは、理にはかなってるわけです。
もちろん、僕がもし新しい会社に入ったとして、データやコンピューティングパワーにもアクセスできない状況だったら、たぶん仕事はできないと思うんですけど。今はもうどこの会社も、みんなデータにアクセスできるようになってますし、クラウドにアクセスできない人もいないでしょうから、ほぼその環境は整ってると思いますね。
人が幸せになるための条件
工藤:リーダーだけじゃなくてみんながそこを向けば、ちゃんと日本だってできるんですね。続きましてもう1冊の『The Art of Happiness A Handbook for Living 』。
榊:これは生き方に影響を与えた本なんですが、2つありまして。この『The Art of Happiness A Handbook for Living』と、あとは『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』。どっちにしようかなと思ったんですけど、『The Art of Happiness』のほうに強く影響を受けたので、それを挙げさせていただきました。
この本はHappyになるためにはどうすればいいかをダライ・ラマさんが書いてて、当たり前のことを言ってらっしゃるんですけど、それが奥深いんですよ。
本のおっしゃってるのが「Happinessになるためには、ポジティブな感情を最大化する」。そして「ネガティブな感情を最小化するんです」と。「ポジティブな感情ってどういう感情?」というのを一つひとつ説明するんです。
例えば愛情系。本当に愛だったり、愛らしく感じるとか、そういう愛情系の感情って明らかに人間の心にはポジティブで、Happiness側ですよね。あとは対人関係でいうところの親密さ。例えば「この人に対してすごく親密に感じる」とか「この人だったら自分の心をオープンにしたいな」とか、こういう人間関係における温かさ。
あとは「共感する」「感謝する」。例えば「近くの老人に優しくしたくなる」とかって、優しくしたいと思った時に、もうその人はポジティブな感情を持ってるので、これはHappinessですよ。
工藤:「そう思った時に、すでに自分がそうですよね」と。
榊:なので「人に優しくしたい」というよりも「そうすることで自分にポジティブな感情が生まれる」ことを大切にしましょうという本です。逆にネガティブな感情を最小化するのがすごく大事とも書いてあります。例えばフラストレーション、ちょっとイライラしちゃうとか、恐れ、怒り。
「暴力的になる」とか「攻撃的になる」とか、相手が痛めつけられている状態が心地いいと思う感情って明らかにネガティブなので、そういうのも良くないと。あともう1個ダライ・ラマさんが言ってるネガティブな感情が「強欲」です。
人によってはグリーディー(貪欲)な気持ちをポジティブにとらえる人もいるんですけど、「強欲」になるのはネガティブだと。
幸福度とお金や健康状態は関係ない?
榊:あとみんなが関係あると思ってるだろうけど関係ないのが、所有欲とか健康状態。おもしろいのが、要はこの感情は「自分の心の持ちようだけでコントロールできる」と言っているんです。
自分がどんなに不健康でも、ポジティブな状況に自分のマインドをコントロールできる。それが宗教家たるものだ、と。そういうマインド状態に持っていくような、心の平穏さを鍛えるために僧侶をやってるので、この本はマインドの話ですよ、と(言っています)。
そういう観点では、お金とか健康状態とか、モノを持ってるかどうかといった「これはニュートラル」ということがいっぱい書いてある。
工藤:これがどういうふうに染み渡っていて、今の榊さんにつながってるんですか?
榊:それが……できてはないんですよ(笑)。「こういうふうになれたらいいな」と、時々引き戻せるということだと思うんですよね。
だから例えば「おいしいワインを飲んだ時にいい気持ちになる」という時点で、ダライ・ラマさんの教えを守れてないわけです。本当はダライ・ラマさんのこの教えを、自分の生き方の指針にしたいなと思っているところですね。
工藤:へぇー、おもしろい。けど今少しご紹介いただいたような話でも、榊さんのご著書とつながるような部分を勝手に感じていました。つまり具体的に分解して「ここの部分は採用だし、ここの部分は不採用だよ」と、心の問題としてとらえましょうと言われてますよね。
榊:そうです。まあ、できてないですけどね(笑)。
工藤:(笑)。
榊:アドラーの本だって、なかなかできないですよね。
工藤:けどアドラーも含めて、「心こうあらんとすべき」みたいなのは、榊さんが経営される中で指針として持っておこうとしているんですか。
榊:たぶんそうですね。
自分はデータサイエンティストよりも経営者の色合いのほうが強い
工藤:データサイエンティストというと、一般的なイメージでは「心の乱れは一切ありません、データです。バシッ」みたいなイメージがある気がします。
榊:たぶん私はデータサイエンティストである前に、経営者の色合いのほうが強い。経営者をしていると、経営陣やマネージャーの方もそうですけど、思いどおりにならないことばっかりじゃないですか。
その時にうろたえずに「これは誰の問題なんだ」と考えた時に、会社で起きた問題に関しては「あいつのせいだ」と思うよりは「これは僕の問題である」ととらえたほうが、力強く動ける。アドラーの本でもそういうことを書いてますよね。
なので経営者として「すべて自分の問題である」「最後は気合いで乗り切るんだ」みたいなのがありますよね(笑)。
工藤:コントローラブルな部分を自分で握って戦って、ダメだったらもうしょうがない、みたいな感じのスタンスですね(笑)。
榊:はい。ビジネスって最後はそういうところがあるので。「どうしてもここで結果を出したいんだ」とか「どうしてもここでお客さんに気に入られたいんだ」とか、あるじゃないですか。そういった時に、もうあと少し踏ん張れるかどうかで、ビジネスに大きな差が出るシーンを何回も見てるので、そういうのを学びにしている気がします。
工藤:ありがとうございます。この2つも深掘りしたいところなんですけど、一度幕引きして、第2回としてご著書の話をさせていただければと思います。ということで、今回のゲストは榊淳さんにお越しいただきました。榊さん、ありがとうございました。
榊:ありがとうございます。