他社も驚くほど大型展開された駄菓子

長田敏希氏(以下、長田):他社のスーパーマーケットのバイヤーさんがヤオコーに来ると「なんでこんなに駄菓子がエンドに展開されているんだ」と大騒ぎになっていました。問屋さんは山星屋さんに入っていただいたんですが、山星屋さんの社内でも「この駄菓子ですごいことになった」「事件」というぐらい、この年は盛り上がったかなと思います。

「巻き込み力」が本のテーマにもなっているんですが、実際に問屋さんがけっこう協力してくれました。

近野潤氏(以下、近野):そうですね。(それまで)問屋さんが売り場で自分の商品を売ったことはなかったんですよ。でも、この駄菓子で1,500袋を売った時は、4人の問屋さんが「手伝わせてほしい。一緒に売らせてほしい」と言ってくれて。

私は「いや、別にお金とか払えないですよ」と言ったんですが、結局4人の若手の人が手伝ってくれました。最終的にちゃんとお金はお支払いしましたけど。

その時は、どこの売り場に行ってもこの駄菓子がある状態でしたね(笑)。入口から最後の出口まで全部この商品を持っている社員がいたぐらい、積極的に展開できたかなと思います。

長田:問屋さんも重要なポジションにいらっしゃいますが、お店の店長さんもすごく重要なポジションです。

近野:私も2013年に(ヤオコーに)入って、最初にこの駄菓子が出たのが2018年だと思います。その時は、ある程度店長さんの味方がいたんです。でも当たり前ですが、転職すると誰も味方じゃないので、店長さんを一人ひとりに口説いていく必要があるんですよね。

毎週お店を巡回して「今度こういう商品が出ます」と一人ひとりの店長さんや主任さんにお話しして。もちろん社内の店長会議や主任会議で情報発信もしますけど、がんばっても1分ぐらいしか情報は伝えられないわけです。

だから先ほど長田社長が言われたように、お客さんと一番触れる売り場でストーリー展開してもらえるかどうかにすべてがかかっている。だから一つひとつ「お願いします」とお話しする。そうしたら本当にびっくりするんですけど、どのお店に行ってもエンド展開がこの駄菓子だったんですよ。これはほかの小売業ではなかなかできない。

ヤオコーだからこそできた売り場作り

近野:トップダウンの会社ならできるかもしれませんが、ヤオコーの場合は1店舗、1店舗、個店主義で、商品部の言うとおりに絶対やらなきゃいけないことはないんです。それぞれの店舗の意思がしっかり反映されるようになっています。

その中で、全店の店長さんがやってくれたことは本当に良い思い出です。あとにも先にも、そんなにある話じゃなかったかなと思います。

長田:そうですよね。近野さんからお話を聞いた時に、良い売り場のお店の写真を撮って、ほかの店長さんに「このお店はこんなにがんばっていますよ」と伝えて広げていくと。

近野:そうですね。全店100何十店回るのは実質的に不可能なので、先ほどのような売り場を作っていただいている店長さんの写真をメールでお伝えして、「ほかの店舗でここまでやっていただいています」と。

でも、やはり受け止め方によっては「いや、うちの店はできないよ」と思われる店長さんも正直いるかもしれません。でもヤオコーは「おぉ、そうか。(他店は)そんなにやっているのか。じゃあうちも明日から即やらなきゃな」という店舗が多いと僕は思います。34期、日本で一番長く増収増益を続けている上場企業だからこそなんじゃないかと。

長田:ありがとうございます。

近野:あっという間に1時間経ったんですが、最後に私がみなさんにお伝えしたいことがあります。まさか今日、出版する側でこの場所に立って……立っていないで座っていますけど(笑)。こういう機会をもらえるとは、本当に夢にも思っていなかったです。15年前は、間違いなく思っていませんでした。

忙しい時ほど目の前の仕事をしてしまう人が多い

近野:これは、私が人生でやりたいこと100項なんですが、97番目に「発売した本が5,000部売れる(2023年)」と書いてあります。

どうでしょう? 今1,000部ぐらい売れたのかはわかりませんが、5,000部売れることが目的ではなくて、この本を通じて1人でも多くの人たちに「商品開発はこんなことをやっているんだ」「ブランディングはこういう視点でやっているんだ」ということを知ってもらう機会になったらいいなと思っています。

長いようで短い人生だと思うので、みなさんもまずは自分がやりたいことを言語化する。私も含めて、どうしても仕事が忙しくなると木の視点ばっかりで、目の前のことで仕事をしてしまう人が多いと思います。

でも、森の視点で「自分の人生で何をしたかったんだっけ?」と振り返られるように、常にこれを自分の手元に置いて毎日見て、「このために今日も仕事をやっているんだ」「講演をやるんだ」とやらせていただいています。

まさかTSUTAYAさんの主力である代官山店さんで長田さんと講演できるとは、3年前には想像していなかったことです。「叶わない。難しいかな?」と思っていることでも、一度口に出したり、絵にしたり、写真にしたりしてイメージを膨らませてみると、意外に実現していくものだと思います。

商品開発もブランディングも1つの手段です。これを機会にみなさんの強みを活かして、人生がよりワクワクするようにと願っています。そして日本がよりワクワクする人であふれるようにしていきたいと思います。今後ともよろしくお願いします。以上です、ありがとうございました。

(会場拍手)

長田:ありがとうございます。

経験を積んだからこそできる周囲の巻き込み方

長田:そうしたらお時間があるので、質疑応答に移りたいなと思います。

(手を挙げた人を見て)

近野:早いですね(笑)。景品として、この駄菓子を1個(笑)。

質問者1:ありがとうございます。今日のテーマの「想い」が、ブランディングにも商品開発にも共通するんだなと思いました。最後まで聞くことができてよかったです。

その中でお二方に聞きたいところがありまして、若い時は経験がなかったから、なかなかその思いが伝わらなかったと。「今だったらこういうかたちで巻き込める」というノウハウを教えていただければと思います。

長田:すごい質問がきましたね。僕はもともと10年ほど広告会社にいました。お客さんからオリエンテーションで答えていったり、業界的にも競合コンペでいろいろな企業が提案した中から選んでもらったりというスタイルでやっていたんです。

でもそのやり方では、企業さんの本質的な課題になかなか答えきれないところがありまして。例えば「1週間、2週間ぐらいでこういう課題を解決するアイデアをください」という時に、1週間、2週間だとその方の本当の課題が見えないことがあるんですね。

お客さまも、そうやってアウトプットされたものから選んでもなかなか本質に届かないという課題がありました。なので、なるべくいろいろな方を巻き込んで、みんなで課題を見つけていく。人のつながりだったり、一人ひとりの思いだったり、それを知ることに時間をかけていく。

やはり、お客さんを理解をした上でコミュニケーションしていくことが重要だと思います。昔より人のつながりが増え、課題についていろいろと話し合う時間が取れるスタイルになってきたので、できることは増えてきたかなと思っております。

近野:ありがとうございます。

巻き込み力の原点は、学生時代の孤立した経験

近野:私は今、巻き込めているかどうかはちょっとわからないですが、大学時代を振り返ると、一番の原体験は大学3年生で学園祭の実行委員長になった時でした。まったく人を巻き込めないで、1人で孤立した経験があるんですね。委員長なのに63人のメンバーがぜんぜんついてこないという経験が、今につながっているかなと思っています。

自分の性格上、突っ走ってしまう傾向がある。それが大学時代だったと思うんですが、長田社長が言われたように、みんなの力は一人ひとり違うじゃないですか。ここに来ていただいているメンバーの方も、一人ひとり強みが違うと思うんですよね。

長田さんが言うように、一人ひとりの強みを知って、それを積み上げていったほうが絶対にうまくいく。そのことを学園祭の最後の1ヶ月で知ることができたんですよ。

実は最後の1ヶ月、私は学校にずっと泊まったんです。それまで委員長としてまったく仕事をしていなかったので、最後の1ヶ月ぐらいは63人とちゃんと話してみようと思ったんですね。そして一人ひとりと話すと「いや、私はこれができますよ」「あれができますよ」と。

「この子たちはできない」「後輩たちはこういうのができない」と自分で全部壁を作っていた。自分が勝手に「委員長だから俺はこうだ」と思って人を巻き込めていなかったんだなと知りました。

先ほどの事業の中で、商品開発と人材育成、コミュニティ経営があるんですけど、コミュニティ経営はおかげさまで3年ぐらい経ち、163人のメンバーで構成されています。今、そちらにいらっしゃる枝澤さんは、最初に入っていただいた第1番目のコミュニティメンバーなんですよ。

このコミュニティも、今まで3回潰して4回目でやっと163人になってきたので、失敗してきた経緯をエダサワさんは全部ご存知です。

巻き込み力を生むポイントは、相手との「対話」

近野:巻き込み力とは、いろいろな人の強みを活かしていくこと、対話がとても大事だと思います。僕は163人の一人ひとりと毎日対話はできないので、3Goodフィードバックという「今日良かった3つを投稿してね」というものをやっています。

そうすると「この人は今日、こういうことに気づいて強みができたんだ」「こういうことに気づいて変化しているんだ」というのが見えるようになってきます。すると「この人に今度こういうことを任せてみよう」ということもできるようになる。

今は、10何社のクライアントさんにも3Goodフィードバックをお願いしていて、今日参加していただいている企業さんも、基本的には全員にやっていただいています。間違いなく変化が見えやすくなるんですね。今日のように心理的安全性の高い中、温かい感じで講座ができるんですよ。これが1つの巻き込み力なのかなと思います。よろしいでしょうか?

質問者1:はい、ありがとうございます。お二方から今気づきを得たんですけど、思いを伝える裏側には、まず相手を知ることが1つなんだなと気づきました。ありがとうございました。

近野:ありがとうございました。なんて……。

長田:すごいですね(笑)。質問ありがとうございます。

ブランディングにおける「エンド」の意味とは?

近野:ほかには……はい、ありがとうございます。

質問者2:もしかしたら「エンド」(の意味)がわからない人がいたらまずいなと思って、ちょっとご説明をお願いします。

近野:ありがとうございます。ちょっと専門用語になっちゃいましたね。エンドとは、みなさんがいつも行くセブンイレブンだと、入口から入って一番最初の棚です。レジ側に向かってこっちを向いている、と言うんですかね。

通路に面している棚をエンド棚と言いまして、通路を歩くお客さんが必ず見る場所。スーパーだと、だいたい5本ぐらいエンド展開されていると思うんですが、そこに陳列するのはこれから売り込みたい商品になります。

本屋さんでは、TSUTAYAさんの入口から入って一番最初の平台にいっぱい陳列してある商品が、今一番TSUTAYAさんとして売り込みたい商品だと思います。

スーパーやコンビニでは、入口から入って一番最初の棚ですね。お店の今日一番売りたい商品なので、そういう視点でコンビニを見ていただくと、「あぁ、今はこういうことをやっているんだ」「こういう商品が流行っているんだ」「こういうことが旬なのか」がわかるんじゃないかなと思います。ありがとうございます。

質問者2:ありがとうございました。

駄菓子屋ならではの良さをスーパーでどう再現したのか

質問者3:貴重なお話をありがとうございました。まだ本を読めていないので(本に)書いてあったら申し訳ないんですが、駄菓子の話、とてもおもしろかったです。ヤオコーさんは駄菓子屋さんなので……。

近野:駄菓子屋さんではないですね(笑)。

質問者3:ではないですかね、すみません。スーパーですね。駄菓子を作る時に「おばあちゃんにお話をうかがった」ということでしたが、先ほどのご説明はプロダクト寄りの話だったかなと思います。

例えば、お子さんが計算しながら買ったり、友だちとの社交場であったり、そういう駄菓子屋にしかないコミュニケーションの機能があったと思うんですよ。今の話の中では、時間の都合上割愛したのか、やる中で削ったのか、あるいは別の機能で補填したのか、考える必要がなかったのかなど、そのへんをうかがいたいなと思います。

近野:ありがとうございます。先ほど少しお伝えしたとおり、生産性が低い売り場は単価が低いので棚効率が悪くなります。だからスーパー側としては、数字だけ見たらやりたくないですよね。

でも、地域文化の貢献、基本理念から下りてくると、ヤオコーの場合は「『豊かで楽しい食生活提案型スーパーマーケット』として日本で一番になるぞ」「お客さまの役に立つぞ」「地域貢献をしていくのはそこだぞ」ということで、あの売り場が維持できていると思うんです。

(実際に)全部が受け止められているかはわからないし、おばあちゃんがいるわけではないので、「計算して100円で収まるかな」まではできていないかもしれないんです。でも、お子さんが来た時に「これで10何円」「これで何十円」と買える値段で売り場が構成されている点は、なんとか維持できているんじゃないかなと考えます。

質問者3:わかりました。ありがとうございます。

次世代型の駄菓子の楽しみ方

長田:ちょっと僕からも。今のは小売側の視点なんですが、駄菓子屋さんの視点では、この駄菓子屋さん自体はあまりアイテム数がありません。でも当時お話されていたことは「無添加でカラダに良い駄菓子を作っていきたい」ということ。

「駄菓子は世の中にたくさんあるけれど、将来、無添加でカラダに良い駄菓子だけの専門店を作りたい」という夢を語られていました。

たぶん新しいかたちの駄菓子ショップになって、新しいコミュニケーションが生まれてくる可能性もあるかなと思うし、むしろ駄菓子ブランドが小売にそのまま入るスキームにもなるかもしれないなと思っています。今はまず第1ステップなんですが、その目標に向かってだんだん開発も見えてくるのかなとは思っております。

近野:ありがとうございます。ちなみに「駄菓子巡り」は、長田さんが作ってくれた名前なんです。ヤオコーの売り場に行くと、今は無添加でつながっている商品がだいたい10アイテムぐらいあります。

この売り場にはご紹介した駄菓子商品以外も並んでいるので、よかったらヤオコーに行って駄菓子巡りのほかの商品も見ていただけると、このコンセプトがわかっていただけるかなと思います。ありがとうございます。

長田:ありがとうございます。