インクルーシブな職場ではなくなる「男らしさを競う文化」

星加良司氏(以下、星加)今、組織文化の話をしたんですけれども、実は私たちは、東京大学のチームといくつかの企業のみなさんとの共同研究によって、このインクルーシブなリーダーシップを可能にしていく組織文化とはどういうものなのか、研究をしてきています。

中でも、三井物産の関連会社の、三井物産人材開発様と我々との共同研究の中で、1つおもしろい結果が見えてきました。「男らしさを競う文化」です。

これはアメリカで開発された指標で、MCC、Masculinity Contest Cultureという英語ですけども、それを訳しているのが「男らしさを競う文化」です。これが実は、組織文化のあり方としてかなり大きな影響を与えていることがわかってきました。

これはもともとアメリカの研究の中でも言われていたんですけれども、それを少し、日本の文脈に適したかたちにアップデートして、リバイズした上で、この「男らしさを競う文化」の働きについて研究してみたんです。そうすると、これがやはり日本においても大きな影響を及ぼしていることがわかってきました。

どういう影響かというと、この「職場MCC」、Masculinity Contest Culture、「男らしさを競う文化」が、まずは職場のインクルージョンに対して負の相関、負の影響を与えている。つまり「男らしさを競う文化」が高まると、インクルージョン、インクルーシブな職場ではなくなっていくという関係が確認されました。

「有害なリーダーシップ」が生まれやすくなる職場

星加:それからもう1つ、「男らしさを競う文化」、MCCと「有害なリーダーシップ」との間には相関がある。つまり「男らしさを競う文化」が高くなると「有害なリーダーシップ」が生まれやすくなってくるという関係があるということですね。

この「男らしさを競う文化」は、男性性の要素として強調されるような、弱肉強食とか、あるいは弱さを見せないとか、仕事第一主義とか、そういうものによって構成されている考え方です。

これは一見「ビジネス組織で競争に勝つには必要じゃないか」と考えられがちですし、実際従来はそう考えられてきたんだと思います。実はそれが、リーダーシップを好ましくないものに変えていく、あるいは職場をインクルーシブでない状態にしていくことが確認されています。

だとすれば、今日お話しをしてきたようなインクルーシブ・リーダーシップを実現していくためには、この「男らしさを競う文化」に代表される、ある種の組織文化を変革していくことも必要になる。

ということで、今のみなさんの会社の組織文化がどうなっているのか、まずはそれを知らないといけない。

知った上でこの「男らしさを競う文化」等、ネガティブな要素として働く組織文化が存在しているのであれば、それをどう変革をしていくのか、具体的なアプローチを考えていかないといけない。そこがまさに今日、ダイバーシティあるいはダイバーシティ&インクルージョンの組織マネジメントを考えていく上での肝になるとと思います。

今日このあとご紹介があると思うんですけれども、ヒップスターゲート様とも、そういう観点から色々なご相談をしながら研究を進めています。少し時間をオーバーしてしましたけれども、私からの話は以上とさせていただきます。ありがとうございました。

「上に合わせているだけのやり取り」はコミュニケーションではない

司会者:星加先生、ありがとうございました。それではここから、質疑応答に入っていきたいと思います。下のQ&Aから、みなさまご質問をお願いできればと思います。さっそく1つ来ていますので、星加先生におうかがいしていきたいと思います。

「インクルーシブであるためのマジョリティvsマイノリティ、このぶつかり合いとは具体的にどのような行動・活動をイメージするとよいでしょうか? 対話・コミュニケーションに尽きるのでしょうか? また、ポジティブにぶつかり合うために、あらかじめ組織側が準備できる支援方法はありますでしょうか?」という質問でございます。

星加:はい、ありがとうございます。そうですね、今日はぶつかり合いを強調しましたけど、当然ぶつかり合いだけではなくて、さまざまなコミュニケーションが生じると思います。ポイントは、ぶつかり合いを避けないコミュニケーションとか対話が重要だということです。日本には忖度とかいろんな言葉があって、どうしても力を持っていないマイノリティの側は、違和感があっても自分の思っていることを表明しづらい。

長いものには巻かれて、「上の言うことに従っておいたほうが無難だよね」みたいな気持ちが働きやすいので、コミュニケーションが真のコミュニケーションになっていない。つまり、結局それは上に合わせているだけのやり取りになってしまっていることは往々にして起こりがちです。

そうならないためには、まずマジョリティ側は、自分たちが何も考えずにコミュニケーションを行っていくと、表面的にはうまくいっているように見えるけれども、実はマイノリティの側の意見を抑圧するかたちになってしまうかもしれない。

そこに気づきを持って、マイノリティ側の視点に寄り添ったり、引き出したりするようなコミュニケーションの仕方を考えていく必要がある。

だから、実はこれはマイノリティの側も変わらないといけないわけです。忖度してやっていったほうがうまくいくというリアリティを持っていると組織全体は変わっていかないので。実は自分たちが異論とか違和感とかを表明することが、組織全体にとっての変革の種を提供しているという感覚を、マイノリティ側も含めて、組織全体で共有していく。

そこに価値を認めていくことが非常に重要。それから不満とか不平とか、一見すごく悪いことのように見えるものが、実は変革の種になってポジティブな要素を含んでいるという価値観の転換みたいなものが、組織全体として高まっていくことが重要かなと思っています。

大組織で成功している女性は、男性よりも「男性性」が高い場合も

司会者:ありがとうございます。まさにマジョリティ側にも変えるべきところもありますし、マイノリティ側もそういった意識を持つことが重要、お互い重要ということかなと私は理解をいたしました。

もう1つの質問です。「MCCの変革のためには男性の意識改革が必要と思いますが、それは体に染みついたものだと思います。どうすれば効果的にその染みついた意識を変容できますでしょうか」

星加:はい、ありがとうございます。1つは、実はMCCは男性だけにあるものではなくて女性にもあります。というか、今のように、ジェンダーギャップが大きい組織の中で成功している女性は、実は男性以上に男性性が高かったりもします。なので、これは実はジェンダーを超えて、共通の課題として考えていくべきテーマかなというのがまず1つあるんですが、その上でこの男性性をどう削ぎ落としていくのか、ですよね。

これは非常に重要で、近年アンラーニングという言葉が注目されています。新しいものを学習するためには、前に自分が身につけているものを脱ぎさって捨て去らないといけない。これをアンラーニングと言うわけですが、これが一番の肝です。それさえできれば新しいものはけっこう簡単に学習できる。まずは現状を可視化することが重要かなと思います。

自分の中にどういうかたちで男性性があるのか、あるいはそれが過剰になっているのか。男性性をゼロにしないといけないという話ではないので、男性性があってもいいんですが、それが強過ぎたり、人にも求めてしまう状態はまずい。自分の中にそういう特性があるのか確認することが重要です。

ただこれは確認する手段をみなさんお持ちではないと思うので、そういうものを可視化するためのツールもやはり必要かなと思っています。そういうことも、少しヒップスターゲートさんともご相談しながら、作っていたりします。

ある程度それが可視化されて、そのチーム全体、組織全体の中で、「うちの組織はどうもMCCが強すぎる状態になっているかもしれない」と共有されていけば、それを是正するために何をすればいいのか……そうは言っても仕事もしないといけないので、それとのバランスの中で、現状どこまでその男性性を下げていくことができるのかをチーム全体でゴールを決めて、コミュニケーションしていくことが非常に重要かなと思っています。

なかなか明確な答えは出しづらいんですけれど、そうしたコミュニケーションを通じて、まさにお互いに男性性、MCCが持っている弊害についても認識を共有していける局面が生まれてくると思うので。そういう認識をどれだけチームや組織で広げていくことができるのかがポイントなのかなと思っています。ありがとうございます。

「今のまま」も将来のリスクがある

司会者:ありがとうございます。もうお時間ですけれども、最後に2つの質問について、まとめておうかがいしたいとと思います。

1つ目が、「(ダイバーシティについて)マイナスの部分は計算はできるけれども、プラスの部分はやはり計算できないところがあるというお話しだったんですけども、やはり経済的にも余裕がある組織でないと、そういったダイバーシティ&インクルージョンの推進は難しいと思いますがいかがでしょうか」という質問が1つ。

あともう1つが、「職場MCCとインクルージョン。有害なリーダーシップの、負や正への相関はかなり明確に出ているのでしょうか? またそれをどのように職場のインクルージョンに活用していけますか」という質問、こちらをまとめてお答えいただけますでしょうか? こちらで最後とさせていただければと思います。

星加:はい、ありがとうございます。まず計算可能性の問題ですけれども、おっしゃるように、一定の余裕がある、少なくとも数年のスパンで、ポジティブな要素が生まれてくる可能性にかけられる、時間的な余裕があるところのほうがやりやすいことは事実です。

けれども、逆に言うと、今のままのモデルで進めることも、それはそれで、実は将来リスクがあるんですよね。これはコロナ禍で私たちはある意味まざまざと経験させられましたが、そういう想定外の不確実性も含めて、今のやり方がそのまま通用するかどうか、実は保証があるわけではない。

実はそっちもリスクです。そういうリスクがあることを踏まえた時に、想定外のリスクに対して柔軟に対応可能な組織を作っていくための準備としてD&Iを進める観点も同時にありうるかと思います。そういう意味では、ポジティブな側面にベネフィットが想定できないことがあると同時に、実はネガティブ、下振れの部分も想定外の部分は当然あるので、両方バランスよく考えていくことが必要かなと思います。

それから相関についてはかなり明確に出ています。これは先ほど言いましたけれども、アメリカの研究でも、日本で我々が行っている研究にでもかなり明確です。関係はもちろん統計上の相関とか因果関係は全体傾向を表しているので、一つひとつの組織の中で必ず同じ傾向が生まれていると断定することはできませんが、マクロな傾向としてあるということを押さえておいていいかなと思います。

それらを踏まえると、やはり「男らしさを競う文化」とか「有害なリーダーシップ」を是正していくことによってインクルージョンが高まっていく。その結果イノベーティブなものが生まれてくる可能性が高まったり、その土壌ができてくるので。

今日は「男らしさを競う文化」や、「有害なリーダーシップ」の個別の要素について詳しくお話しをする時間がありませんでしたけれども、それぞれの要素について、「この部分を改善するためにはこういうアプローチが必要だ」みたいなことが、ある程度パッケージ化して考えられるかなと思っています。そういうものを活用していただいて、少しずつでもそれを是正していけるようなアプローチの具体的なご提案もできればいいのかなと思っているところです。ありがとうございます。

司会者:少し時間をオーバーしてしまいましたが、こちらで質疑応答は以上とさせていただきます。本日はありがとうございました。