事業の成果は「行動の量×行動の質」で決まる

田所雅之氏:あらためて結論を言うと、事業の成果は「行動の量 x 行動の質」と考えています。めちゃめちゃ簡単な因数分解をすると、「行動の量のオーナー」とは起業家ですよね。

僕はこれを(スライドの)「4ループ学習システム」と考えています。行動の量の中には「解くべき課題はそもそも何なのか」という課題の質がある。その上で戦略のレイヤーがある。短期的なところはどちらかと言うと作戦の戦術なんです。

CFOの場合「来週ショートレビューがあるので、それに対して書類をそろえてください」というのは、上場する戦略を決めた上でどうやって勝つのかという戦術です。

「上場する気でリソースを集めていくのか」といった戦略を立てるのは、抽象レベルが上ですよね。一方で、「なんでこの事業を着想してやるのか」は、コンセプトになります。

ここの縦軸(コンセプト・リソース・戦略)の質が上がらないと、言ってみたら沈みゆくタイタニック号の中で、テーブルを拭くのがうまい人がひたすらテーブルを拭いている感じがするんですよ。これはギャグじゃなくて、本当にこうなると思うんですね。

そもそもどういったコンセプト、どういう課題を解くべきなのかが非常に大事です。それがわかって、どこで戦うべきかという話になります。

この3つの区分け(コンセプト・リソース・戦略)ができていないと、メンタリングをする際に、今何の話をしているかがわからない。今はコンセプトをブラッシュアップするところなのか。そこが揺らいでいると、戦略をやっても意味がないと思うんですよ。

戦術からではなく「コンセプト」起点で考える

この例えはあまり好きじゃないんですけど、例えば、ウクライナ侵攻が行われ戦争が続いています。プーチンさんの頭の中には「ウクライナはロシアの一部だ」というコンセプトがあると思うんです。でも、多くの人はこのコンセプトは間違っていると考えていますよね。

プーチンさんはウクライナ侵攻を戦略的にやったわけなんですが、それは(プーチンさんの中では)正しいかもしれないですけど、そもそもコンセプトが間違っているんだったら、戦略が正しいもくそもないと思うんですよ。

どこから攻めるか、戦車をちょっとずつ動かすかという戦術があった時に、そもそもコンセプトが間違っていたら、いい方向に進めないという話だと思うんです。我々はメンターとして、コンセプトを壁にすることは非常に大事なのかなと思っています。

結論を言うと、大事なことは上(行動)から下(コンセプト)に行かないことです。(下から三番目の)戦術は「How」の話ですよね。(一番下の)コンセプトは「そもそもなぜやるのか」「なぜこの課題を解くのか」という「Why」です。その課題を解いて、どこの部分で戦うかという戦略・リソース配分部分は(上から三番目の)「What」ですよね。

PM(プロジェクトマネージャー)に寄ってしまうと、言ってみたら、ロシアにあたる傭兵という感じですね。「自分たちは戦争がうまいので」「金が欲しいので」戦争しましたという話じゃないですか。

本当にそれで世界が良くなるのか。僕は「スタートアップと新規事業が世界を良くする」という信念のもとでやっていますが、それがないと、やはり方法論に行っちゃうと思うんですね。上から下に行かないことは非常に大事です。

小手先の戦術だけで抑えてしまうと、タイタニック号でテーブルを片付けている人に指示を送る感じになってしまう。戦術や行動ではなく、あるべき姿やコンセプトを、下から上でやっていくことが大事だと思います。

ビジネスパーソンの役割4タイプ

僕は先ほど「Why」「What」「How」「Who」と言いましたが、ビジネスパーソンの役割は大きく4つあると思っています。まず「Why」。孫(正義)さんやスティーブ・ジョブズ的な人はまさにWhy思考で、(スライドの思考タイプの)ビジョナリー(思想タイプ)だと思うんです。

一方、参謀は(実現タイプの)「What」です。僕は「ボケに対するツッコミ」と言っていますが、ここは非常に希少価値が高いと思っています。「どういうふうに実現するんですか?」「戦略はどうするんですか?」というレイヤーです。

ここは、事業会社だったらいわゆる参謀や戦略コンサル的な立ち位置だったりすると思うんですけど、新規事業ではあまり確立されていません。その課題意識から、僕はそこを育成するために『起業参謀』という本を書いていますし、スタートアップアドバイザーアカデミーもやっています。

PMは「How」、戦術です。攻めるところが決まったら、ガントチャートやWBSを引いてやっていく。それに対してフォローするのがWho。ここはけっこうトレーナブル(トレーニングなどで能力開発が可能)だと思います。

起業参謀は実現タイプに近いと思いますが、実現タイプは特にPSF(プロブレム・ソリューション・フィット=顧客の課題を解決するプロダクト・サービスを提供している状態)が大事で、顧客を検証するタイミングが非常に大事になると思います。

僕もこれまで何千社も見てきましたが、スライドのここ(PSF)でいきなり難易度が上がるんですね。PMFした後は、基本的にいかにして歩留まりを良くするのか、いかにして標準化して、型化してスケールするのか。HowとWhoが非常に大事です。

スタートアップにおいて重要な視点

なぜ日本でスタートアップがそんなに増えないかと言うと、HowとWho型(実行とフォロー)人材が非常に多いからです。

僕は「失われた何十年」みたいな言葉は好きじゃないですが、その理由は基本的にはコスト削減、オペレーショナル・エクセレンス(業務効率化)でやってきたから。WhyからWhatにする人材層が非常に薄いと思うんです。

国もおそらく、そのあたりに課題を持って、Why型の人材を育成する感じで始まっていると思います。CFOもCXOだと思いますが、ここのレイヤーが非常に弱いと思っています。

そもそもメンタリングとは何か。僕はメンタリングとは(スライドの)「深めること、浅めること、広げること、狭めること、背中を押すこと、迷子をなくすこと」で、(スライドの)5つの役割があると考えています。

5つの役割とは「鳥の眼・虫の眼・人の眼・魚の眼・医者の眼」で、メンター・起業参謀とはこの5つの眼を提供していくことだと思っています。

のちほど事例でも解説しますが、いろんなフレームワークがあると思います。コンサルだったら、鳥の眼や虫の眼。(鳥の眼は)いわゆる大局観を持って、どのあたりの森を攻めていくのかというのがあると思います。虫の眼は、極小的に見た顧客心理、個別施策ですよね。

ただ僕は、特にスタートアップにおいて大事なのは、医者の眼と魚の眼だと思っています。GAFAMは、まさに魚の眼をやっているんですよ。仕組みで勝つのは悪じゃないってことです。

いかにしてオセロの四隅を取りながら戦わずに勝つか、みたいな仕組みでやっているんです。いろいろなモート(Moat)ですよね。日本語で言うと「城壁・要塞」です。城壁を築かれたら、後から参入しても勝てないですよ。

Amazonが打ち出した「レビュー」の功績

例えばAmazonは1994年に立ち上がって1995年にAmazonレビューを出しました。Amazonレビューを出した瞬間、みんなはバカにしていたんです。「誰がレビューを書くねん」って話だったんですよ。しかも、全米出版社協会からしたら、レビューするなって話です。ぜんぜんだめな本でも5つ星の本が売れたほうがいいからです。

ただ、ジェフ・ベゾスのコンセプトは、別に本を売ることではなくて、お客さまの買い物のUXを良くすることだったんですよね。それが、まさにプロダクトマーケットフィットしたんですよ。

お客さまにとって一番嫌な体験は、「5つ星がついた本を買ったら1つ星の本だった」ということです。つまりレビューが非常に大事だったんです。

今、Amazon内にはたぶん1,000億個以上のレビューがあります。みなさん、ファイナンスのことはわかると思うんですが、レビューなんて、バランスシートに載らないじゃないですか。これは完全に無形資産ですよね。

Amazonの時価総額は、(2022年11月時点で)120兆円です。なぜそうなったかと言うと、野口悠紀雄先生が『データ資本主義』という本で書かれていて、非常におもしろい表現だったんですが、GAFAMは基本的に全部ファブレス(工場を持たない会社)なんです。彼らが持っているのは、全部無形資産なんですね。Amazonの場合はまさにネットワーク効果のデータです。

1995年ぐらいからジェフ・ベゾスは、オセロの四隅としてそこに注力していたということなんです。まさにこれ、魚の眼ですよね。

一見非合理なAmazonレビューの「合理性」

楠木建先生が『ストーリーとしての競争戦略』の中で言っているみたいに、事業を静止画ではなくて動画で捉えていくと。彼の表現だと「違いを作ってつなげる」ですが、いかにストーリーを作って勝つか。それが大事だということです。

この魚の眼は「オセロの四隅は何ですか」ということかなと思っています。ジェフ・ベゾスがナプキンの裏に描いた、有名なフライホイールの図があります。どうぐるぐる回すと、歯車的に勝ち続ける仕組みを作れるかということ。

AmazonがどうPMFしたかというと、別に本を売ることではないんですよ。顧客の買い物UXが向上することなんですね。どんどん(本が)買われるので、本の取扱量が増えるじゃないですか。それで利益が出る。そしたら顧客さんの選択肢が増えて、UXが向上する、いわゆるグロースエンジンができる。

結果として1冊あたりの出荷費用が最初は8ドルだったんですが、1冊あたりの固定費が下がっていくので、8ドルが4ドルになって、2ドルになって、Amazonプライムなんて、ほぼただですよね。低コスト構造になるとUXが向上することを発見したんです。

さらにAmazonレビューは、楠木建先生の本から言うと、一見すると非合理な戦略だけど、全体で見たら合理性があると。

AmazonがPL思考だったら、クソみたいな本でも、サクラレビューをつけても売れたほうがいいってことですよね。でも、そうなっちゃうとプラットフォームに対する信頼が下がる。

選択肢が増えすぎても、UXは壊れてしまう

ここでおもしろいのが、お客さんの選択肢が増えすぎると、実はUXを毀損しちゃうんですね。みなさんもそうだと思うんですけど、Netflixは番組が多すぎて見る気が失せるじゃないですか。

同じなんですよ。本が増えすぎると、何を買っていいかわからない問題が起きちゃうんですね。でも、レビューを増やすことで、買い物のUXを良くしたのかなと思っています。

(スライド)これなんかもう、ひたすらオセロの真ん中に(布石を)置くことは、5つ星のレビューを増やすことになりますよね。でも、魚の眼で考えたら勝ち抜けるかという話なんです。つまり動的に考えるということかなと思っています。

『起業大全』でも書いたんですが、(企業価値を決める要素は)BS・PL、固定資産や持っている内部留保じゃなくて、(スライド左の)ディフェンシビリティ・アセットですね。

例えば一般的に言うとIPやブランドなどがあると思うんです。GAFAMは、このへん(ネットワーク効果やリレーションシップアセット)で勝っているのかなと思います。

NFXというシリコンバレーのシード期のベンチャーキャピタルが、(スライドの)『The Network Effects Bible』というレポートを出しています。

「20パーセントのスタートアップや企業が、70パーセントの時価総額マーケットキャップを持っている」ということです。その20パーセントがどういう特徴かと言うと、ネットワーク効果を持っているかどうかなんですよ。まさに魚の眼が大事だということですね。