事業開発に最適な組織づくりを探求してきた山口高弘氏

岡田佳奈美氏(以下、岡田):みなさん、こんばんは。今日は「ティール組織が生み出す新規事業の特徴とは」ということで、トークライブを始めていきたいと思います。GOB Incubation Partnersの山口さんにお越しいただいています。

トークライブに入る前に、「手放すTalk Liveとは?」についてご説明したいと思います。「常識や固定観念を手放す」をテーマにゲストを招いてお送りするトークイベントで、毎月いろんなゲストの方にお越しいただいて、ティール組織などいろんな組織のあり方を絡めながらお話をいただいています。

主催の「手放す経営ラボラトリー」は、進化型組織と言われるティール組織や自律分散型組織、DAOといった新しい組織のあり方や経営スタイルを研究するラボです。リサーチの数は、おそらく日本一ではないかと思います。今はだいたい170人ぐらいのコミュニティカンパニーですが、コミュニティと会社の事業体の境界線を曖昧にしながら運営する取り組みを、試行錯誤しながらやっています。

実際の活動については、例えば「DXO」という経営を進化させるプログラムのテキストを無料公開したり、今日のスピーカーでもある武井さん、たけちゃんがやっていらっしゃる経営塾「経営塾らしくない経営塾」や「質問に答えるかわからない経営問答」の配信などをしています。

あとはオンラインコミュニティですね。最近は1,800名ほどのオンラインコミュニティにご参加いただいています。また組織を変えるだけではなく、経営者一人ひとりの変革をサポートすることで「経営者の内面をひもとくセッション」を、由佐美加子さんと一緒にやらせていただいています。

こういったラボですが、今日はGOB Incubation Partners代表取締役の山口さんと社会システムデザイナーの武井さんをスピーカーにお招きして、進化型組織と新規事業を絡めてお話ししていけたらと思っています。

今日はいつもの坂東(孝浩)さんに変わり、私、岡田佳奈美がナビゲーターとして入らせていただいています。なんで私がナビゲーターをやっているかですが、もともとGOBの創業メンバーでもあり、2021年まで取締役をしていた背景があります。今もお仕事を一緒にやらせていただいていて、手放す経営ラボラトリーの研究員としても活動しているので、両方をつなぐ存在として、今日はナビゲーターとして参加させていただいています。

途中で目的が変わりがちな「新規事業」

岡田:簡単にGOBのご紹介もしますと、正式名称はGOB Incubation Partnersで、起業家や大企業さまの新規事業をご支援しています。

起業家や事業家が新しく組織を立ち上げる際に参考にできる組織作りを目指して、GOB自体も自律分散型の組織になっています。この自律分散型組織にする際に、武井さんに組織革新アドバイザーとしてGOBに関わっていただいていますね。

具体的には、メンバーの評価はすべて自己評価にして、評価のための仕組みではなくて、あくまで一人ひとりが成長していくための仕組みとして運用したり、山口さんも含めて全員の給与を公開したりとかもしています。

事業開発のプロセスと組織作りへの探究を深めるために、最近ではDXOの導入もしていただいています。今ちょうどプロフィットファースト(利益第一)に取り組んでいる途中ですので、一通り完了したらみなさまにもGOBのDXOの取り組みというかたちでご紹介できたらと思っています。

そんなGOBと、今日はこの「ティール組織が生み出す新規事業の特徴」についてお話しできたらと思っていますので、よろしくお願いします。

さっそく、最近の新規事業の動向などを山口さんにおうかがいできたらと思います。最近の起業家は「こういう事業が多いよ」とか、大企業さんの新規事業開発を支援する中で「こういう新規事業が増えてきた」といった傾向はあるのでしょうか。

山口高弘氏(以下、山口):若い会社は新規事業とか既存事業とかはなく、「全部が新規事業です」みたいな感じで、ある程度社歴が積み重なってくると、既存事業がお金や雇用を生み出すことになる。

そこで企業がはたと立ち返るのは、「あれ、この成長っていつまで続くんだっけ?」という問いです。創業の頃は元気だった経営者に「何のために経営しているんですか」と問うと、「そんなこと聞くな」みたいになるんです(笑)。「みんなを食わすためにやっているんだ」みたいになってしまう。

新規事業は「創業期に戻る」といった、創業の追体験を目的に始まるケースがすごく多い。「もう1回ゼロに戻って、あの頃の活気を取り戻そう」という話があるんですね。けど、そういう目的でやっていくと、「はて、既存事業との比較規模が足りない」とか「利益が足りない」という話になってくる。

「創業期に戻る」「創業マインドを一人ひとりが持つ」という目的で始めたはずが、規模が問われ収益が問われていく。こういうアントレプレナーシップ(起業家精神)を取り戻すやり方はすごく効率が悪いよね、そもそも千三つ(生き残れる確率が低いこと)だったよね、みたいな。

「もうちょっと効率的に事業を生んでいかないとね」「創業期に戻るぐらいなら、今活性化しているもの(事業・会社)を買ったほうがよくない? キャッシュあるし」と、結局両輪みたいな感じになる。

こっちの車輪を漕いだら、「創業期に戻る」「アントレプレナーシップだ」がくる。からの「買ったほうがよくない?」がくる。この繰り返しです。今のトレンドとしては「買ったほうがよくない?」ウェーブがきている感じですかね。

これが1つと、あとは社会的な課題を解くことが目的とされる事業が大半というか、ほとんどそっち系の事業になっている感じはしますね。

工業高校卒の元プロボクサーだから見える景色

武井浩三氏(以下、武井):ありがとうございます。俺は個人的に、高弘さんのおもしろいところって、洞察力が半端ではないと、常日頃から感じています。

山口:いやいや。武井さんが我々の先生ですからね(笑)。

武井:いやいや(笑)。俺はそこに高弘さんのキャリアが関係していると思うんです。特にこれを見ている方々に、その一風変わったキャリアをお話しいただきたいと思います。順番が前後しますが、自己紹介を兼ねて、ご自身のことをお話しいただけますか。

山口:ありがとうございます。もともと工業高校を出ていまして、たぶん今日聞いてらっしゃる方の中に工業卒ってなかなかいないと思います。工業って実業高校なんです。今は座学が増えてきたかもしれないですけど、当時は夜学みたいな感じで昼間働いていたり。でも夜学ではないので、基本欠席して働くみたいな感じで、働く環境がすごく整っていた。

私も父親が不動産会社をやっているので、ずっと働いていました。15才ぐらいから、いわゆる「働く」が普通みたいな感じ。あとは、ボクシングの選手をやっていたんですけど、ボクシングジムって環境が特殊で、半分ぐらいちょっとやんちゃな子がいて、彼らと一緒に練習する環境だと、普通では起こり得ないことがいっぱい起きるんですね。

いきなり、トークライブなのに大丈夫かなという感じですけど(笑)。中学校を卒業して高校に入学したその日に退学するとか、普通なんです。「なんで退学したの、せっかく入ったのに」みたいな話をしたら「校長先生の話があんまり良くなかったんで」とか、ちょっと手が出てしまったりとかも含めて、そういう環境だったんですね。

で、武井さんに「ものの見方がちょっと違う」みたいな話をいただいていたんですけど。語弊を恐れず言えば、社会には断面があるじゃないですか。いろんなことが起きている断面に対して、どれだけ人が触れていない断面にタッチできるかがすごく大事かなと思っています。

本とかには書かれていない、新聞にも書かれていない世界って多いんですよ。なぜかというと、本や新聞は、書く人の目線で書いてしまうじゃないですか。その方々ってだいたい大学卒です。なので語弊を恐れず言うと、大学に行っていない人が世の中の半分だとすると、新聞では半分の世界しか見えないじゃないですか。

私はどちらかというと、勉強する世界ではない側にいたので。虐待が起きている家庭の音を間近で聞くみたいな世界にいたんですけど、その起きていることをテープで録って聞いてもらうと、ものすごく驚かれるんですよ。

「こんなことが世の中で起きているのか」と、大半の人たちは知らないわけじゃないですか。そんな断面に触れ続けてきたのが、ものの見方が違う1つの理由としてあるかなと思います。

「神の見えざる手」は見えている人には見えている

山口:今日の新規事業というテーマにちょっとだけひもづけていきます。社会の人が触れないはずの断面に触れていることが、何を起こすかですけど。これは武井さんの意見も聞きたいんですけど、経済や経営は「神の見えざる手」をいかに見える化するかだと思うんです。

例えば「俺のフレンチ」だったら「なんで『フレンチを安く早く食べ終わりたい人がいる』と気づけなかったんだ」と思うじゃないですか。この、見えていなかったことに気づいて見える化することが、世の中のためになって金を生むという話です。

でも、最初から見えている人もいますよね。「フレンチなんてさっさと食べて帰りたいんだけど」「回転率速くしてほしいんだけど」と言っている人がいるじゃないですか。でもそれってお金をたくさん払える人たちの中にいなかっただけで、神の見えざる手は見えている人には見えているというか、日常になっている。

最初に起業した時のテーマは「家族が同居する」シェアハウスでした。複数の家族が同居する住宅を作る意味がわからない人たちがいる一方で、僕はその断面に触れていたので当たり前なんです。世帯数って増えるしかないじゃん、と思っていたんですよ。世の中的には「減る」と言われているけど、中長期では増える。

100年後には当たり前になるけど、いつそれが当たり前になるかがわからないことって、いっぱいあるじゃないですか。今はダウントレンドかもしれないけど、どこかで逆転するとわかっていて事業をやるのは、断面に触れていればもう見えるわけですよね。

インサイトは探すものではなくてファクトなので。そういう環境でいかに生きることができるか。いかにその断面に触れ続けることができるかが大事かなと思います。なので普通の人が触れない断面に、なぜか触れる立場にいたのが(ものの見方が違う)理由としてはあるかなと思っていますね。

岡田:山口さんが最初に起業されたのは19歳の時ですよね。プロボクサーをやっていたけど、練習生たちの家庭の状況を見ると、今みたいな話に触れる機会がたくさん出てきたんですよね。

山口:そうですね。「価値を探す」とよく言われますけど、事業の種は価値というかファクトです。ほぼ、事実イコール価値なので。

だとするとそのファクトを見さえすれば事業になるし、そういうことはゴロゴロ転がっているじゃないですか。いかにしてその断面を増やしていくかという感じがしますね。

いかにしてリアルに直接触れるか

岡田:普通の人が当たり前に受け取ってしまうことを、山口さんは一歩突き詰めたりする。その観点はどこから生まれくるんだろうと、いつもご一緒させていただく中でも思いますね。

山口:「オーナーシップなんて開発するものじゃない」と、よく武井さんに教えてもらっています。「そんなものは情報さえ持っていれば誰でも持てるんだ」と、武井さんはよくおっしゃっています。

例えば目の前でちっちゃな子どもが車に轢かれそうになっていたら、絶対助けるじゃないですか。これはオーナーシップですよね。車に轢かれるかもしれない瞬間に、今自分がやっていることをすべて投げうって目の前のことにフォーカスしようとする。

なぜそうするかというと「目の前で轢かれようとしてる」事実を突きつけられているからじゃないですか。つまり誰もが目の前にリアルを突きつけられたら、オーナーシップなんて勝手に持てるんだから、オーナーシップ開発やモチベーション開発なんて必要ないじゃないですか。

いかにしてリアルに直接触れるかがすべてかなと思っています。虐待も、虐待から生き残ったというか、サバイバーの方のインタビューは二次情報です。間接的だし、時間軸がずれてしまっている。そういう情報だと響かなくて、オーナーシップを持ちにくいので、できるだけ一次情報・ファクトベースに触れられるかがすごく大事。

でも今は、情報が隠されてしまっている。あまりにもリアルを見せると厳しすぎるので、フィルターをかけられることがあるわけですよね。そういう社会において、断面に直接触れてリアルを感じて、目の前で子どもが轢かれようとしているぐらいのモードで行動ができるかというと、けっこう難しいと思います。

単に情報があるだけではなく、リアルがそこにないと人は動かないかなと思います。

「バカだ」と言ったら、バカにしか見えなくなる

武井:確かに言われてみるとそうですけど、普通なかなかそう考えないんですよ。そこの思考の深さというか、だいぶ丸く言ってしまうと哲学的思考というか。山口高弘という人格がどうやって形成されたのかがすごく気になるんですよね(笑)。

山口:いやいや、そんなそんな(笑)。

岡田:山口さん、もうこれは小学生の頃の話をするしかないんじゃないですか(笑)。

山口:今、武井さんにおっしゃっていただいたような、どうやって一歩踏み込んで考えるかとか、関連しないものをどうやってつなぐかという話をすると、人は自分の中で枠を決めてしまうと思うんですね。

言葉自体が枠だと思うんですけど、言った瞬間にレッテルが貼られてしまったりとか。例えば、誰かを「バカだ」と言ったらもう、バカにしか見えなくなったりするわけですよね。なので言葉で自分の境界をどんどん決めていると思うんです。境界を越えないとつながらないことはいっぱいあると思うんですけど、自分の中で何枚もフィルターをかけてしまって、閉じ込めてしまっている感じがするんです。

小学校の時に……本当にしょうもない話ですけど(笑)、「前へならえ」ってあるじゃないですか。なんでならわなきゃいけないのかがよくわからなくて。前へならっている空間にいて、ずっと整列しているのって、なんだか気持ちが悪いじゃないですか。これはちょっといかんなと思って、前にならわなかったんですよ。

そうしたら、昔は厳しかったからだと思うんですけど、三者面談が臨時で開かれて、「この子は言うことを聞かない」「協調性がない」みたいなことを先生が言ったんです。その時間帯に動けるのが父親だけだったので、面談に父親が来てくれたんですけど、彼が放った言葉が「なんで前とかならわしてるの?」だったんですよ。

前へならえで親が呼ばれて「ごめんなさい」という展開かなと思っていたら、「なんで前へならわせちゃったりしてるの? 時代遅れも甚だしくない? どこの軍隊か」みたいな感じで親父が言ったんです。そういうのを聞いて、自分の違和感は出してもいいんだ、と学習しました。

境界を作らないことの重要性

山口:諸悪の根源は、はっきり言って言葉だと思うんですよね。言葉がすべての元凶だと思っています。私も含めて、言語って辞書的なものだとみんなが思っているじゃないですか。犬といったら「犬」という言葉が辞書で定義されている。

でも、犬に対して「犬」というワードが与えられたわけではなくて。猫が先に見つかったとすると、すでに周りにあった「リンゴではない」ということで「猫」と名前がついた。次に「猫ではない」という意味で「犬」と名前がついただけです。

「ではない」でついた言葉が、「である」に変わってしまうんですよね。「これではないものですよ」という、「つながっているんだけどこっちではない寄りだよ」ぐらい緩やかに作られた言語が、どんどん辞書的になっている。「バカだ」と言ったらバカグループに入ってしまって「もう話もしたくない」みたいに、境界線を作ってしまうことがすごく起きてしまっている。

なので、新規事業もそうですけど、境界を持たないこと。何かを考える時にとにかく定義しない、境界を作らない、ボーダーを設けないのは超重要だと思うんですよね。「手放す」とかもたぶんつながってくると思うんですけど、基本ボーダーが諸悪の根源だし、その背景は言語だと思っています。逆に、言語を操れないといけないですよね。

武井:なるほどね、だからGOBなんですね。

山口:そうですね、「Get Out of the Box」ですね。