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“言ってはいけないこと”とは何か: 幼児性・異国性・武士 (全3記事)

壁を乗り越えるのではなく、あえて「ニコニコしながら没落」する 成田悠輔氏が語る、成功体験を積み重ねるよりも大切なこと

さまざまな壁を乗り越えてきた各界のトップランナーによる、人生の特別講義を提供するイベント「Climbers(クライマーズ)2022 秋」。今回は、イェール大学助教授の成田悠輔氏による「“言ってはいけないこと”とは何か:幼児性・異国性・武士性」のセッションの模様をお届けします。なにかを乗り越えることよりも「ニコニコしながら没落すること」が大事だと語る、その理由とは。 Climbers 2022-秋-での成田悠輔氏による「"言ってはいけないこと"とは何か:幼児性・異国性・武士性」の講演を、ログミーBiz編集部の書き起こしでお届けします。

内側から社会に変化を起こすための「武士性」とは

成田悠輔氏(以下、成田):「内側から変化を起こす」というアプローチを象徴しているのが、最後のキーワードである「武士性」というものなんです。昔の侍の武士ですね。武士性を用いたアプローチを表すエピソードが、歴史上に少なくとも2つあるんです。

1個は明治維新で、もう1個は第2次大戦後の日本の復興です。明治維新というのは、ちょっと不思議な革命だと言えると思うんですね。もともとそれ以前に、日本社会で力を持っていた武士階級というものがあるわけです。明治維新は、武士階級の中の人たちが古い体制に反旗を翻すことによって、新しい社会を作った仕組みですよね。

でもおもしろいのは、もともと武士だった人たちが起こした革命によって武士階級そのものが消えてしまって、彼らがもともと持っていた特権がすべて打ち砕かれてしまったことだと思うんです。

ある研究者の言葉を借りれば、「明治維新は、武士階級という特権階級が社会的に“自殺”してしまった」という、非常にまれな革命の1つであると言われています。これが武士性の1つのアプローチだと思います。

つまり、やってはいけないというよりは、やると自分自身に返り血が来てしまう。自分自身が痛みを被ってしまうような変化を、自分の中から作り出していく。そういう1つの例だと思います。

同じようなことが、実は第2次大戦後の復興でも起きているようなんです。第2次大戦後、GHQに占領された日本を見てみると、それまで日本経済を牛耳っていた大企業の経営者が全員クビになって追放されたり、あるいは財閥が解体されたりしたことが有名ですよね。

ニコニコしながら没落する「ニコボツ」

成田:その中で1つ、あまり知られていないがとてもおもしろいエピソードがあるんですね。それは、解体された財閥の一角に渋沢財閥というのがあるんですが、例えば当時の渋沢財閥のトップが戦後の大蔵大臣になったという事情もあって、GHQから甘い蜜というか、人参をぶら下げられたらしいんですよ。

それは何かというと、「お前たちだけは財閥解体から免除してやってもいいぞ」という、特権をもらいかけたらしいんです。おもしろいのは、日本の資本主義の父である渋沢栄一という人の血を引く渋沢財閥は、その特権というか“人参”を拒否したらしいんですね。

つまり「自分自身を解体しなくてもいい」と言われたのにも関わらず、わざわざ自分で自分を解体することを選んだそうなんです。そのことを、当時の渋沢財閥のトップの人は「ニコボツ」というキーワードで表しています。ニコボツというのは「ニコニコしながら没落しよう」というキーワードです。

いわば彼らは、日本社会、あるいは日本経済を次のステージに持っていくために、あえて自分自身がニコニコと没落する。そして解体によって返り血を浴びて、自分自身の体がバラバラになってしまう解体をあえて引き受ける、ということをやったそうなんですね。

こう見てみると、真のクライマーズや登頂者、乗り越える人たちがいるとすると、それは「過去の成功を積み上げるような人たち」ではない気がしてきます。むしろ、どうやったらニコニコ没落できるのか。

ニコニコと没落して、機嫌よく暮らしていくために

成田:自分自身の特権、あるいは自分自身の成功体験をどう積み重ねていくかというよりは、「積み重ねてきたように見える自分たちの経験が何の意味もなかった」というよりは、「むしろ社会の害になっているんではないか」という認識を持つこと。

それによって、自分自身がニコニコと没落するような道を積極的に選びとれるような存在になること。そうなった時に、初めて何かを「乗り越えた」と言えるのではないかなという気がするんです。

これが、最初にお話ししたマルクス・アウレリウスの言葉に戻ってきます。つまり、「投げられた石にとって、登っていくことが善でもなければ、落ちていくことが悪でもない」。

Climbersが自分自身をニコボツさせられるような状態になれば、初めてマルクス・アウレリウスの言葉を社会として実装できる。それによって、日本の社会や経済を次のステージに持っていくことができるのではないかなと、そんなことを考えている次第です。

そのために自分自身も、「暴言ですべての仕事を失う人」を想像するようにしています。最近は酒癖が悪すぎて、飲み食いしてるうちに一文無しになりそうな勢いなんです。さらには酒で痛風の発作が出てきまして、痛すぎて出歩くこともできないということが時々起きるんですよね。

そうなってくると、もう何の仕事もなくなって、家にこもるしかないモードになってくるんです。そんな日に向かって、ニコニコと没落してご機嫌に暮らせるように、最近では手打ちそばを打つという自主トレを始めたりしました。

ですので、これを聞いてらっしゃるみなさんもダメさを発揮して、ニコボツされた際にはニコニコとしていられるように、ぜひおそばを食べに来ていただきたいなと思っている次第です。ちょっと時間を過ぎてしまいましたが、朝一からありがとうございました。

「言っちゃいけないこと」と「言っていいこと」の違い

司会者:成田さん、ありがとうございました。乗り越える(Climbers)も全5回やってまいりましたが、成田さんから新しい定義をいただいた気がしました。本当に、目が覚めるような講義でした。ありがとうございました。

それでは、視聴いただいてるみなさんからさまざまな質問が寄せられておりますので、少々お答えいただきたいと思います。

最初の質問はこちらです。「成田先生の授業、待っていました! 質問ですが『言っちゃいけないこと』と『言っていいこと』の違いはどこで生まれていると思いますか?」。

成田:人が傷つくかどうかじゃないですかね。世の中のいろんな真実やすべきことは、ざっくり2つに分けられると思うんですよ。それは「傷つく人がいるもの」と「傷つく人がいないもの」だと思うんです。

人が傷ついてしまう、あるいはそれを言ってしまうとギスギスして人間関係が壊れたり、硬直してしまうようなものが世の中にはあるじゃないですか。例えば、政治的な正しさとか多様性に関わるものって、全部がそうだと思うんですよね。

口にしてしまうと、世の中がうまく回らなくなってしまう。世の中を動かしている潤滑油が切れてしまうんではないか、という恐れが無意識にあるんだと思うんですよね。

だから社会全体としてそういうことは言わないで、「うまく社会が動いていくようにしよう」という無意識の力が働いてると思います。それは意味があることだと思うんですよね。

成田氏が考える、これからの日本教育のあるべき姿

成田:ただ同時に、それがずっと繰り返されていくと、いつの間にか「言ってはいけないとされていること」が、頭の中から消えてしまうことが起きると思うんですよ。

なので、言ってはいけないことを言わなくてもいいんですよね。だから、それを頭の中の片隅に置いておく状態をどうやって保つかが大事なんじゃないかなと、そんなことを考えています。

司会者:今の話はドキッとしますが、フィルターがかかって、知らず知らずに考えていることから消去されているわけですね。

成田:人間、最初のうちは自分自身で選んで「これはやらない」「これは言わない」「これは良くない」って決めれば、それは1つの選択じゃないですか。だから、それが何世代か何十年か経ったりすると、選択して横に置いておいたものが、あたかも世界の中に存在しないかのような幻想に陥っちゃうことはあるんじゃないかなぁ。

司会者:なるほど。自ら元に戻していかないとなくなっていってしまうということなので、非常に危機迫るものがありますね。ありがとうございました。

次の質問、よろしいでしょうか。「成田先生は、あらゆるメディアで教育の重要性を説かれていますが、成田先生が考える日本教育の目指すべき姿はどのような姿でしょうか?」ということです。

成田:やっぱり、教育という概念をすごく広げることが大事なんじゃないかなと思うんですよ。教育を担うものと言うと、学校とか塾、最近だとオンライン教育。これぐらいのものが、教育の担い手だという固定概念を持っちゃうじゃないですか。

だけど今の社会だと、人によってやりたいこともぜんぜん違うし、好きなものもぜんぜん違う。子どもの時から、生まれた時からそうなわけですよね。そうすると、学校みたいに1つの場所があって、みんなが同じところに集まって同じことを勉強するっていう昔ながらの教育は、あまりにも無理がある感じになってくると思うんです。

多種多様な「教育の担い手」をどう作るか

成田:実際、不登校とか学校に行かない子がすごく増えてる要因の1つもそれだと思うんです。そう考えると、教育の担い手をどう増やすか。それによって、これまで「教育」と呼ばれていたもの以外の教育をどうやって増やしていくか。そのためには、こういう場もあるんだと思います。

いろんな興味に基づいて集まるような、オンラインのコミュニティやサロンとかもあるじゃないですか。いろいろな教育の担い手を、大小さまざまなかたちでどう作れるかが一番大事なんじゃないかなと思いますね。

司会者:なるほど。日頃、成田さんがいろんなところで配信されている学びの講義は、私もよく拝見するんですが、「日本中の国民に教えてあげたい」という動機はおありなんですか? それとも違う動機でやられてらっしゃるのかがずっと気になってたんですが。

成田:「教えてあげたい」というよりは、「自分が学びたい」っていう感じです。

司会者:そうですか。その延長に、聞いてらっしゃる方に新しい気づきがあるということですよね。

成田:うん。なので、「人に伝えたい」という気持ちはまったくないんですよね。

司会者:そうなんですね。

成田:放っておいたら、家でゴロゴロしてる。

司会者:そうですか(笑)。「ニコボツ」という言葉もありましたね。

幸せを思い描いてしまうのは、今の状態が幸せじゃないから

司会者:じゃあ、次の質問にいきましょうか。「成田さんは、本質的な幸せは何だと考えますか?」。ずばりですね。「また、子どもたちにどのような未来を描くよう期待されていますか」。たぶん(質問者の方には)お子さんがいらっしゃるんでしょうかね。

成田:幸せとか、考えないことが一番じゃないですかね。だってすごく幸せな瞬間って、「今、幸せなのか」とか「幸福なのか」って考えないじゃないですか。だから、幸福とか幸せっていう言葉を思い描いちゃうのは、幸せじゃないからなんだと思うんです。

なので、そういう言葉が必要なくなる状態を自分でどう作るかが大事なんじゃないかなと思います。「幸せ」という言葉を考えなくてよくなったら、幸せなんじゃないかってことですよ。

司会者:逆に成田さんは、「幸せ」っていう概念を頭からなくしてしまっている。

成田:うん。あんまりないですね。というよりは、不幸なほうが学びが多い感じもするので、ストレスが好きな感じではありますね。

司会者:そうですか。

成田:引きこもって人と会わなかったりすると、「人間って孤独だ」とストレスを感じるじゃないですか。だから、「自分の心と体がストレス感じてる」と思って喜んだりしてるっていう、よくわからない人間です。

司会者:ご覧になっている方々も、「ストレスはないほうがいいな」と思ってらっしゃる方もいると思うんですが、どうやったら(ストレスを感じる中でも)楽しむコツがあるんでしょうかね。

成田:でも、人間や動物って基本ストレスに晒されるものじゃないですか。もともとずっと生存競争の中で生きてきて、ちょっと油断したら食べられちゃうとか、ちょっと油断してたら焚き火が自分に襲いかかってくるとか、そんな世界で生きてたわけじゃないですか。

だから、ストレスがある状態が自然なんだと思うんですよ。人間、すごく快適な状態に置かれて、「この何十年か、快適なリゾートで暮らしてください」って言われたら、ほとんどの人たちは地獄だと思うんですよね。

司会者:すごい。考え方が変わるようなお話で、本当にありがたいです。

「乗り越えるより、没落しろ」

司会者:じゃあ、もう1個お願いします。「決断を迫られた時の自分の行動基準はありますか?」。

成田:単純に飽きっぽいので、これまでにやったことがないことを選ぶ。やっぱり、発見がありそうかどうかが一番大事ですよね。だから、こんな意識が高そうなスタジオでお話しすることってないので、今日はちょっと冷や汗をかきながら。

司会者:いやぁ、本当ですか? 

成田:発見がありそうだなと思って、うかがったという感じです。

司会者:やってみていかがでした? なにか発見はおありでしたか。

成田:いや、やっぱり意識高いなぁと。

司会者:(笑)。

成田:ちょっと場違いな感じが……。でも学びになりました。

司会者:こちらこそありがとうございます。もっともっと質問を聞いていきたいところなんですが、お時間となりましたので、このあたりで質問は終了させていただきます。

では最後に成田さんから、ご覧いただいてる視聴者のみなさまに「乗り越える」「乗り越えろ」というテーマでメッセージを一言、カメラにお願いいたします。

成田:乗り越えるより、没落しろ。

司会者:では、今一度成田さんに大きな拍手をお送りください。成田悠輔さんでした。ありがとうございました。

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