2024.10.21
お互い疑心暗鬼になりがちな、経営企画と事業部の壁 組織に「分断」が生まれる要因と打開策
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五十嵐英憲氏(以下、五十嵐):話は変わりますが、理想的なMBOの実践に際して、陥りがちな罠のようなものがあります。それが「MBOとMBOもどき図表」の象限Ⅱの領域、つまり人間性偏重型のMBOです。
繰り返しますが、理想的なMBOは「縦軸(会社のハッピー)と横軸(個人のハッピー)の統合」であり、統合には、詰まるところ「コミュニケーションが命だ」という論理の展開になります。そのロジックは、確かに「間違いのないもの」です。
そこで、コミュニケーションやコーチングの研修をやりましょうとなるわけです。ところが、研修の主催者側に「統合に向けた”葛藤克服”」という意識が希薄な場合、研修の中では縦軸(会社)の話よりは横軸(個人)の話、すなわち「個の尊重、思いやり」などの人間的優しさの発揮が中心になってしまいます。
このような研修を受講した上司は、本来リーダーが発揮すべき「部下に対する要望性」を弱めて、共感性を高めようとする傾向が見受けられます。
そうじゃないんですよね。要望性は今までのままで、共感性を増やすということなんですが、人間はそんなに器用じゃないので、普通の人間は共感性が増えた分、要望性が減る方向で妥協する。いわば、葛藤回避の状態です。
坪谷邦生氏(以下、坪谷):よくわかります。
五十嵐:そこで考えなくてはならないのが、業績向上と自分らしさや個人のハッピーの追求という、二律背反的要素も含む縦軸と横軸の統合に際しての「葛藤克服の実務」です。僕は現在「よい目標の設定・目標をやり切る努力」+「自力と他力の活用」というキーワードを使った、葛藤克服のマネジメントを提唱しています。
この葛藤克服の方法は、人財育成論ではなく組織論の話なんです。よい目標の設定もやり切る努力も、自力への過剰依存ではダメなんですね。普通の人間には、どうしても他力が必要になります。それはもう組織論の世界だというわけです。
ここでさっきの坪谷さんの定性目標という話が絡んできます。僕はOKRから非常に大きな影響を受けている人間です。よく、OKR導入企業の方には「KR(定量的な成果指標)の前に必要となる” O(定性目標)”をうまく作れますか」というボールを投げますが、きちんと答えられる人が少ないように思いますね。
坪谷:そう思います。これもやっぱり哲学が伝わらずに手法論だけが伝わってしまっているように思います。おっしゃるとおり、「Objectives&Key Result」なのに、Objectives(目標・目的)を置かずにKey Result(主要な結果)の話しかしてないんですよね。だから、結局ノルマ管理の時と変わらない。
MBOがうまくいかなかったから、GoogleがうまくやっているOKRをマネしてみよう、というレベルでしか捉えられていないように見えます。
五十嵐:そうなんです。素晴らしいコンセプトを持つOKRも、ちょっと表層的な浸透になっている懸念がありますので、そうじゃないよというメッセージは積極的に出していかなきゃいけないと思ってます。
坪谷:そうですよね、まったく同意です。
五十嵐:では、五十嵐の考える「葛藤克服のための“よい目標”」とは何か。3つの要件がありますので、順番に説明します。まず1番目は「何はともあれ「ギリギリ背伸び」の到達基準を持つチャレンジ目標。
ところが、これがけっこう難しい。チャレンジという言葉の響きは感じ取ったが、自分にとって何がチャレンジなのかの判断基準に迷います。そんな時、周りからの「あなたのギリギリってこれぐらいじゃないの?」というサジェスチョンがあって初めて、自分でも「ああ、そうか」とわかったりするものですね。
2番目のよい目標の要件は、「達成予感」が伴っていること。つまり、どうしたらチャレンジ目標(KPI)を達成できるのか、その手段がなければ、達成意欲も湧きようがないからです。チャレンジングな結果を欲するならば、必然的に「手段のチャレンジ」も必要になりますよね。
ところが、KPI水準の引き上げだけに注目して、手段のチャレンジに関しては部下支援に不足をきたすというマネジャーも散見されます。
手段のチャレンジとは、到達目標(KPI)を達成するための「新しい方法論の獲得」なんですね。そして、獲得のためには「手掛かり情報」が必要です。「誰でもすぐできる情報収集は、他者の成功事例のオマージュ(尊敬の念をもって拝借すること)だよ」と誘導してあげないと、未成熟な部下は高い目標(KPI)だけを抱えて行き詰まっちゃうわけです。
坪谷:そうですよね。住友金属鉱山の8,100人が5,000人になっても同じ成果を出すという話と同じですよね。生産性を上げろというだけだと行き詰まってしまいますが、そのための方法論を新たに見出すとなると、動き方が変わります。
五十嵐:そう、確実に変わると思います。その変化をさらに後押しするために、よい目標の要件の3番目が必要になります。それは「目標そのものに自ら魅力を付加する」こと。ここが一番の難題で、具体的にどうするのかを考え続け、試し続けなければならないテーマです。今日は詳しく説明する時間はないので、ざっくりと骨子だけ申し上げます。
目標そのものの魅力づくりの出し方の押さえどころは、2つあります。1つは「自分がやりたいこと・自分の問題意識を目標に盛り込むこと」です。もう1つは「上から降りてくるマスト目標の背景に自らが近づくこと」。それらにより、自分のチャレンジ目標に新たな意義が付加されたと受け止めている人たちが経験的にはたくさんいます。
坪谷:さっきの冷凍食品の話のように、背景を理解できて共感・共鳴すると、グッと進む。社長の危機感が伝わっているかどうかという話とつながりますね。
五十嵐:そうなんです。自分の問題意識の目標への盛り込み、背景の共感的理解は、かなりの程度、「葛藤の希釈」に役立っていると実感しています。
坪谷:それが自力と他力によって起こるというのはおもしろいですね。
五十嵐:そうそう。もう1つ、葛藤克服の重要なキーワードが残っていましたね。自力と他力の話です。このキーワードは、よい目標づくりに威力を発揮するだけでなく、「目標をやりきる努力」に際しても絶対的に必要な要素になります。やりきる努力は、目標設定を作る努力以上に他力の上手な活用が「命」になるのです。
これって、やはり「人間の弱さ」からきているのかなぁと思うんですね。坪谷さんも、僕なんか到底真似できない、すごい本を2冊(『図解 人材マネジメント入門』『図解 組織開発入門』)お書きになっていますが、執筆に際しては相当の他力活用をなさったのではありませんか?
坪谷:まさしくそうですね。
五十嵐:そうですよね。ご著書の裏表紙に出てくる、たくさんのスタッフさんたちの献身的な協力などは、他力活用のお手本のように思います。
坪谷:はい。仏教では「他力本願」と言いますが、もともと「他人に頼って大した努力をしない」という意味ではなく、「本当に本願を成し遂げるためには、他力というものにすがらなければ成し得ない」という意味だと聞いたことがあります。
五十嵐:その話、私も作家の五木寛之さんの本で読んだことがあり、けっこう共感していますね。
坪谷:今日あらためて、他力の重要性を感じました。私は、これまで自力にフォーカスして、物事を進めてきたように思います。でも先生とのMZ(真面目な雑談)でもそうですが、自分がやり切ってこれたのは他力があったからですよね。
五十嵐:個人によって、自力と他力の強弱がありますよね。自力8割・他力2割ぐらいの割合で葛藤克服ができる人もいけるだろうし。僕なんかは鍛え方が足りないから、どう贔屓目に見ても他力が5割ないと物事をやり切れないと思ってます(笑)。
本来の他力本願で、自分に合った「自力と他力のバランス」も考慮して、「よい目標をうまく創り出し、それをやり切る」という目標管理、すなわちMBO‐Sをもっともっと世の中に広めていきたい。それが現在の僕の願望ですね。
坪谷:共感です。自力と他力がスパイラルアップする状態を目指したいです。
五十嵐:そうですよね。
坪谷:目標管理の原点を知ることができたことは、すごくありがたかったです。先生のお話を通して、日本企業での目標管理の始まりから今起きている問題までたどり着きました。
ドラッカーのMBO、そして住友金属鉱山の猿谷さんをはじめとする日本企業で実践された目標管理、そしてそれらを引き継ぎ改善し続けてきた五十嵐先生のMBO-S、その先人たちの知恵を深く学ぶことで、今起きている問題の根本は解決するのではないか、と感じてます。必要なのものは新しい手法論ではなく、積み上げられた本質論だ、と。
『図解 目標管理-MBO・OKR・KPI-入門』(2023年3月刊行予定)を書くうえでのヒントをたくさんいただきました。ありがとうございました。
五十嵐:こちらこそ、ありがとうございました。楽しかったです(笑)。またテーマを決めて、「ああでもない、こうでもない」とMZさせてください。よろしくお願いします。
坪谷:本当にありがとうございます。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
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