2024.10.21
お互い疑心暗鬼になりがちな、経営企画と事業部の壁 組織に「分断」が生まれる要因と打開策
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坪谷邦生氏(以下、坪谷):最近気がついたことがあるんです。ドラッカーはもともと、ヒトラー・ナチスに追われるようにアメリカへ渡り、活躍しました。そして前の本(『図解 組織開発入門』)を書いた時に、組織開発を作ったと言われるクルト・レヴィンについて調べていたんですが、彼もヒトラーに追われてアメリカに逃げているんです。
ドラッカーもクルト・レヴィンも、ヒトラーという脅威があり、自由の国アメリカに受け入れられて助けられ、新しい思想が花開いていくという構造が同じだったのです。業績が悪くならないと次を考えないという話に似た、ゆらぎの中での大きな流れを感じました。
五十嵐英憲氏(以下、五十嵐):そうですね。でも、一般的には業績が悪くなった時にはもう守りに入って、なかなか新しい発想は出てこない。悪くなる兆しが見えたぐらいで、社内でガッと動けると良いのですが、実際難しくて。
僕は長いこと、デパ地下で総菜を売る会社の仕事をお手伝いしているんです。デパ地下の惣菜売り場の主力商品は、常温かチルド(冷蔵庫保存)の出来立て感の漂う総菜で、それをメインに今まで売上を順調に伸ばしてきた業界です。
だけど、日本の人口は減少の真っ最中にあるわけですから、必然的にデパ地下マーケットもシュリンクします。特に今の20代~40代の若いファミリー層は、休日にデパートなんか行かないわけですね。高齢化した百貨店の顧客が毎日のように亡くなっていく中で、現業が順調なうちに、次の柱をちゃんと育てなければ……。
そういう問題意識にもとづいて、経営者は新規事業を立ち上げようとします。例えばある会社では、「冷凍技術を使った新たな事業の柱づくりを!」と、中期経営計画などでバーンとぶち上げるわけですね。
ところが受け止め側の社員たちは、そもそも、美味しそうな冷凍総菜のイメージが湧かない。どんなお客様がどんなマーケットで買ってくれるのかもうまく想像できない。臨場感が持てないから経営陣の想いの吸い取りも必然的に弱くなる。
また、切迫感も同様に希薄になる。だって売上が順調で、利益もそこそこ取れていて、世間の注目度が高いのに、「なんで無理して、新しいことをやらなきゃいけないの」というのが率直な本音じゃないかと思うんですね。
だから余計に、会社側は「新たな事業の柱づくり」をきちんと会社の目標に設定して、上から下までの「目標達成のストーリー展開と具体化展開」という連鎖体系を創り出さなけば、うまくいかないように感じています。
坪谷:これは「両面作戦」というか、Objectives(目標)を落としていくと共に、やっぱりMZ(まじめな雑談)の必要性を感じます。経営層の危機感が伝わってないと、現場にどんなに目標が連鎖して降りてきてもやらないと思うんですよ(笑)。「いや、現場はそんなことないけど」と面食らうだけですよね。
でも、日々やり取りしてる中で、じわじわと「このままじゃ本当にダメなんだ」という危機感が伝わっていくと、「社長や上司がずっと言ってるし、確かにこのままじゃダメなんだな」というふうに染み込んで初めて、やる気が湧いてくるというか。
五十嵐:そのとおりです。その会社は今、そのことに気づき、目標の連鎖の前に「会社が作った中期経営計画を本気になって吸い取ろう!」という勉強会を立ち上げました。まさに、今、坪谷さんがおっしゃった通りの動きですね。
坪谷:『黒字化せよ!』でも感じたんですけど、やっぱりただの数字で見ている黒字とか赤字は、働いてる人からするとあんまり実感がないんですよね。でも、社長という生身の人が危機感を感じて必死に動いたり、やり切ろうという姿勢を見せることで、人を通じて人が動いていく。
五十嵐:そうなんですよ。『黒字化せよ!』には、会社の目標を社員に落とし込むプロセスが描かれています。役員会では2つの全社目標を意思決定しました。1つは「労災事故ゼロ」で、もう1つが「業績の黒字化」。
そして、2つの目標に優先順位をつけたんです。「みなさん、わが社の今期目標は”労災事故ゼロが1番目の目標”で、”黒字は2番目の目標”なんですよ」「順番を間違えないでくださいね!」と、社長が朝礼でみんなに訴えかけるんです。「みなさんの腕の1本や2本なくなっても会社が黒字になればいい」というような気持ちで経営はしていません、という経営陣の気持ちが社員の心に響いた瞬間ですね。
坪谷:やっぱり最後は、マネージャーのあり方がメンバーの意欲を引き出すことになると思うんです。そのあり方が何かというと、私は「人を生かして事をなす」つまり人事だ、と。人が先です。事を先にして「事のために人を生かせ」という順番では、人は動かないと思っているんですよ。まさに人は、「事故ゼロのうえで黒字化だ」と人を先にした姿勢の人にしかついてこないと強く思います。
五十嵐:そのとおり、そのとおり。
坪谷:「人を生かして事をなす」は言うは易しだけど、どうしたらいいんだろうとずっと悩んでいた中で、先生の4象限と出会い、こうして両方を実現するという考え方がバチッとはまると思ったんです。
五十嵐:なるほどね(笑)。4象限についてお話すると、まず住友金属鉱山や東芝、十條製紙、日本電信電話公社(NTT)などが、1970年以前にドラッカーの問題提起へのチャレンジを始めたんですね。そのときの基本スタンスが象限Ⅰ(葛藤克服型MBO)の世界なんです。
象限Ⅰは要するに、業績向上と働く人たちのハッピーの統合には、当然のごとく「葛藤」が付きまとうものであり、その葛藤を「目標を上手に使って限りなく薄めよう」というものです。そうすると、目標の質や設定プロセスにおける関係者の参画姿勢などが重要な押さえどころになってきますね。「とにかく、目標を数値化しろ」という短絡的な世界とは違う景色です。
ところが、1970年頃になると、かなり多くの会社が「目標管理制度」を導入しました。その時に圧倒的多数を占めたのが、象限Ⅲの「ノルマ管理」なんですね。会社がノルマを社員に課して、ムチとアメでコントロールしようとする。
いいですか、「アメとムチ」じゃないんですよ。「ムチとアメ」でコントロールしようと(笑)。
松井賚夫先生は、ムチで叩かれてやる気になることを「回避型モチベーション」と命名しています。「ムチで叩かれるのは痛いから、叩かれないようにやる気を出しましょう」というのも、モチベーションの一種である。でも、怖さを回避するための後ろ向きなモチベーションだと。
当時は、「ノルマ管理」とドラッカーの「目標管理」がイコールだと、勘違いしている会社がいっぱいあったと思うんですね。
坪谷:MBOの誤解ですね。次の図は私が人事コンサルタントとしていろんな会社の人事の責任者の方々の悩みを聞いて「こういうふうに誤解されているからうまくいかないんだな」と思った特徴を4つ抜き出したものです。
ドラッカーは、1954年に出した『現代の経営』で、「主役はマネージャーだ」と言い切ってるんですね。結局、経営者1人がやるんじゃなくてマネージャーがやる、マネージャーこそ経営者だというのがドラッカーの発見だった。
そのあと、1990年の『明日を支配するもの』の中で、今度は「これからは、とくに秀でた才能もない普通の人たちが、自らをマネジメントしなければならない」とドラッカーは書いています。肉体労働ではなく知識労働になった時点で、「すべての働く人が自らをマネジメントせよ」と。
五十嵐:なるほど。ドラッカーの中でも変化しているわけですね。
坪谷:はい。主役は「マネージャー」と「働く人」なのですが、私が見てきた中では、社長と人事が仕組みを作っていく、というふうにMBOを捉えている人がすごく多いのです。
ドラッカーが言ってることは一人ひとりの「貢献」なんですよね。貢献を成果につなげることこそが組織である意味なので、「自ら果たすべき貢献を明らかにして、それを目標とせよ」と。
図の右側でいくと、上から降ってきたノルマが目標だと思っている人は、今でもだいぶ多いと思いますね。1964年に日本にMBOが導入されたとすれば、もう58年間も誤解し続けている(笑)。
五十嵐:かなり多いと思いますよ(笑)。
坪谷:そうですよね。貢献を目標にすると思って欲しいのですが。
五十嵐:だから僕は「あなたの仕事の貢献対象は何ですか」とよく質問するんですよ。「貢献対象を具体的に話してください」と言うと、そんな言葉は初めて聞きました、というふうにきょとんとする人もいます。
坪谷:ある会社のマネージャーさんに「貢献を通じないと成果にならない」と説明したら、その方が「私は貢献なんかしたいと微塵も思いません」と言い切ったんですね。じゃあなんで組織にいるんですか、とびっくりしました(笑)。「言われたことはやります」とおっしゃっていたので、自らの貢献を定義するという感覚がわからなかったのでしょうね。
五十嵐:なるほど。貢献対象を意識することは、これからの課題ですね。
坪谷:はい。ここを意識するとすごく楽になると思うんですよね。何が成果かがクリアになると、がんばりがいがあるし、仕事ってこんなスムーズに成果が出せるんだとわかる。ドラッカーは、成果を上げるのは貢献にフォーカスするという「習慣」であると言ってます。
そうできれば、自由に働けるようになるので、今書いている目標管理の本で私が一番言いたいのは「自ら貢献を定義して自由になってください」ということなんです。
五十嵐:ぜひお願いします。それはもう多くの会社で実証済みで、僕も実務的なエビデンスがありますから。貢献対象を自分で考え、なおかつ周りの人とMZ(まじめな雑談スタイルの対話)ですり合わせると、非常に芯のある目標に近づくと思います。
僕が作る経験学習のサイクルでは、真ん中にMZが入るんですね。経験を内省する時も、持論化する時もMZなんです。MZでつなぐことによって内省の質も持論化の質も、ひいては経験の質も高まるだろうと考えています。
坪谷:確かに。先日『最高の結果を出すKPIマネジメント』の著者の中尾隆一郎さんと対談させていただいた時に、KPIマネジメントをやるのに一番大事なのは「グループコーチング」だとおっしゃったんですよ。先生のMZと通じるところがあると思いました。
五十嵐:グループコーチングとMZはたぶん同義語ですね。
坪谷:先ほどの図表の下から2つ目、目標管理と評価をどう紐づけるかでいくと、ドラッカーは『現代の経営』で、共通の基準によって自分で測定して評価すると言っていますね。
五十嵐:これは意外と盲点かもしれない。どこの会社も自己評価欄は作っているけど、依然として評価場面における主役は上司であり、部下による自己評価は付録のようになっているようですね。でも、それじゃいけない。
坪谷:私も評価はどっちが主役なのかで悩んできました。かつて人事コンサルをしてきた時には、「一次評価者が責任を持つ」という論でずっとやってきましたが、今は、働く人を優位に置いたほうがいいのではないかと考えています。
上司は完全に支援する側、アシスタントだと、ドラッカーも1954年に言い切ってるんですよね。働く人が主人公で、自分で測定して自分で評価せよと目標を置いたほうが、より活性化した自律組織になるのではと。
五十嵐:やはり、「自己評価を基軸に評価する」というのがキーワードかもしれないですね。
坪谷:ティール組織が流行した背景も、これじゃないかと思うんです。上司が管理するという概念への限界を多くの人が感じている。ティール組織の事例でよく聞く「自分で自分の給与を決める」という方法は、自己評価の話をしてるんじゃないかなと思っています。
五十嵐:なるほど。評価という切り口に、ティール組織の概念なども入れていく。これはこれで、すごく重要なワンテーマだと思いますね。
坪谷:私が先生の『目標管理の教科書』を読ませていただいて、唸ってしまったのは「報酬と切り離せ」という部分なんですよ。先生のおっしゃることは原理原則として痛いほどわかるものの、人事コンサルタントだった自分としては、報酬設計に迷いが出ます。
MBOと報酬を切り離した時に、一体何を軸に報酬を決定すればよいのかという葛藤は、多くの企業で未だに解決されていないのではないでしょうか。
五十嵐:そのあたりはちょっと持論があります。ごくごく、さわり的に申し上げれば、「成果と評価の緩やかな結合、成果の定義の仕方、加点上積み方式の評価、報酬格差(刻み)の大括り化」などの実施ですが、また別の機会にお話ししましょうね。
坪谷:ありがとうございます、ぜひお願いします。では最後に図表の一番下、定量化の話題にいきたいです。測れるものは既存の構造であって、新しいイノベーションは起きない。真に重要なものは数字になっていない定性的なものであると。
ドラッカーは「真に重要なことは数字にならない」と言っていますが、多くの企業では「必ず目標を数字にしなさい」という誤解が起きています。
何が根本的に違うのかと言うと、ドラッカーは考え方やあり方の話をしているんですね。でも、よくある誤解は手法の話しかしていない。そもそもの哲学がわからない中で、手法論だけを考えるから変なことが起きてるのではないかというのが私の見立てです。
五十嵐:同感です。「何を、どのように、どれくらいやれば、成果に到達するのか」が過去の経験則から明確な「アチーブメント型の目標」は数値化が可能ですが、それでも数値で表現できない部分が残ります。
例えば、まっとうな会社が掲げる「売上目標」は、正確に表現すれば「お客様に喜んでもらった対価としての〇〇万円」となりますね。断じて、強引な押し売りや騙しのテクニックを駆使しての〇〇万円ではないわけです。しかし、この売上目標の定性的な部分は一般的に端折られますので、下手をすると、顧客の無言の離脱に繋がりかねない「売り手の一方善し営業」に走る人が出る恐れもありますね。
ましてや、未知を追いかける「クリエイティブ型の目標」は、「試行錯誤を繰り返すこと」が主目標であり、そのほとんどは定性的なものにせざるを得ない目標です。それなのに、アチーブメントもクリエイティブもごちゃまぜにして、「何でもかんでも数値化しろ!とは……。
そのあたりをぜひ、(人事やマネジメントに詳しくない)普通の人たちが「そうだね」と言えるように、次の本の中で言語化してほしいなと思います。
坪谷:ありがとうございます。
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