起業のために最初に支援してほしかったこと

湯川カナ氏(以下、湯川):さっき日本的な問題のお話もありました。私自身どうして神戸に来たかという話をすると、私は長崎出身で、東京で学生時代を過ごして、スペインで10年生活したので、日本に帰って来る時はどこでもよかったんです。神戸に来たのは2つ理由があって、表向きに元パートナーが阪神ファンだったから。野球の阪神タイガースって知っていますか?

アンナ・クレシェンコ氏(以下、アンナ):知っています。

湯川:サンテレビという放送局が神戸にありまして、(阪神の試合を)全試合ノーカットで放送するんですよ。サンテレビを見たかったというのが1つ、神戸に来た理由なんです(笑)。

もう1つは、神戸がスタートアップ起業支援をしていて、そのプログラムが充実していたから。初めて起業しようと思って、インキュベーション施設に初めて話を聞きに行ったんですね。そしたら教えてもらったのが、「開業届の書き方」とかなんですよ。

アンナ:(笑)。

湯川:当時、特にやり方とか法律的なところが日本は本当にややこしかったというのもあるんですけど、それも大事だけれども、アンナさんおっしゃるように、どうやってスモールスタートをしてアジャイルして、情報を取っていきながらマーケットの中でやっていくのかというようなことを支援してくれるほうが、むしろよっぽどよかったな。

最初の資金はすべて自費

湯川:日本はスタートアップしようとすると、お金はすぐ貸してくれるんです。

アンナ:(首を横に振る)

湯川:......あれ、そうでもなかった? ここを聞こう。アンナさん、今「ううん」という顔しましたが、女性起業家とか政策金融公庫とかわりと最近ブームなので聞きますね。

学生の若者起業、女性起業、シニア起業は融資が非常に入りやすいので、その真ん中の中年男性だけが取り残されてる感じなんですけども。アンナさん、外国人の方向けの資金獲得ってどうやってやったの? 最初はクラウドファンディングだったけど……。

アンナ:結局全部自費でした。シードラウンド(創業前または創業後間もない企業が行う資金調達の段階)まで。

湯川:アンナさんは超お金持ち?

アンナ:そんなことないです。奨学金はいただいているんですけど、ぜんぜん(笑)。

湯川:だよね。

アンナ:今のITの時代、ツールさえあれば労働時間削減とかいろんなことができるので、シードまでプロトタイプを自分で作って、自分でいわゆるMVP(Minimum Viable Product:必要最小限でつくられた製品)を作って、そこで資金調達をしました。

最初に覚えるのは、プレゼンの「様式美」

湯川:なるほどね。外国人だからその制度とか受けられなかったとか査定がなかったとか、「自分が日本人だったらこれできたのに」ということあったりします? 

アンナ:そうですね。当時はそもそも受けられないと思いますね。申請の仕方とか、その制度の存在さえも知らなかった。あとは書類もかなり煩雑だから、たぶん自分だったらすぐ諦めると思います(笑)。

湯川:日本人でもすごく大変なので、煩雑さからすぐ諦める人がすごく多い。それからクラウドファンディングもそうだけど、何か有名な、表彰するようなピッチのようなものがあると、そのために半年掛けて準備するんですが、非効率的なんですよね。

アンナ:そうですね。もったいないですね。逆に事業に力を入れる時間を使えばいいんじゃないですか。

湯川:まったく同じことを思います。例えばオフィスをオープンして、最初のプロトタイピングを作るのに300万円必要だと。そしたら「このビジネスプランコンテストで優勝したら300万円貰える」って、半年掛けてメンターにも教えてもらうんですよ。

みんなから評価されるようなものを作って、プレゼンテーションでは「みなさん、この数字なんだかわかりますか?」みたいな言葉から入る(笑)。様式美を覚えるんです。そんなことやっている半年だっやら、私もカレー屋で死ぬほどバイトしたり、事業やっちゃえよとすごく思うんですよね。

アンナ:そうですね。私もバイトしました。

湯川:そうだよね。シードマネーの手前で。

アンナ:共同創業者もいるので、2人でプロトタイプをファンディングしました。

最初はきれいな事業計画書じゃなくていい

湯川:そうなんだよね。ちなみに一番最初のビジネスプランと実際今やっているビジネスって何パーセントくらいリンクしています?

アンナ:0ですね。

湯川:だよね(笑)。

アンナ:5パーセントくらいかもしれません。それがよくないと思います。それでも別にいいという、「スタートアップはこういうもんだ」という主張をしたくなくて、自分の計画の失敗だと思っているんですね。

湯川:偉い。

アンナ:ちゃんとリサーチすれば絶対数字が見えますし、今は日本だけでなくて海外のツールとか、いろんなスタートアップの事例があるので、それさえ見たらすごくシミュレーションができると思います。

湯川:私も「事業計画書を書かなくていいよ」というところでしたけど、アンナさんがちゃんと止めてくれました(笑)。

アンナ:きれいな事業計画書じゃなくていいですよね。でも事業規模はどうなんだとか、広告を掛けたらせめてどのような予算を持たないと回らないとか、どの時点で収入を出せるのかとか。別に最初の頃は事業計画をきれいな言葉で表せなくていいと思いますが、せめてファイナンスとかそういうビジネス的な、ユニットエコノミーの理解がなければ失敗だと思います。

湯川:特に日本だと思うことで、ビジネスプランを立てるところまでを一生懸命やるんです。少ない情報の中で一生懸命やるから、たぶん仮説が間違っていることが多いんですけど、そこまで一生懸命やる必要があるのかというのと。

日本は英語がびっくりするほど通じない

湯川:あとアンナさん、日本は英語がびっくりするほど通じなくないですか?(笑)。

アンナ:おっしゃるとおりです(笑)。

湯川:ちょっと聞いたんですけど、小さいときからわりといろんな国に行かれていると思うんですが、ウクライナはわりと英語をみなさん話します?

アンナ:都市だとたぶん全員が話せると思います。

湯川:学校で学ぶ?

アンナ:学校で学びます。

湯川:ちなみに何歳くらい、何年生くらいから。

アンナ:小学校からです。

湯川:ウクライナからヨーロッパのいろんな国行ったり、アメリカも行ったりとか。だいたい英語でコミュニケーション取ってたんでしょう?

アンナ:そうです。

湯川:日本はどうでした?(笑)。

アンナ:そんなに期待はしていなかったんですけど(笑)。ぜんぜん違いますね。

湯川:私の兄嫁がアメリカ人で、長崎弁だけど日本語が上手なんですよ。彼女がしゃべろうとしたら、モーゼが海を渡ろうとした時みたいにバーって周りに誰もいなくなっちゃうらしい(笑)。「私、モーゼになった気分です」と言ってるんですけど(笑)。見た目、外国の人だし。

アンナ:そうですね。

湯川:日本人も小学校から中学校、高校で、英語をみんな勉強しているの。

アンナ:勉強の仕方かもしれないですね。

問題は頭だけで理解して、結局行動にならないこと

湯川:それとすごく似ているなと思うのが、このビジネスプランまで一生懸命やって、きれいだけど、実際のマーケットで使えるビジネスプランじゃないことと、英語の文法とかすごく一生懸命勉強して「将来のため準備を」ってするんだけど、いざ外国の人が来た時に話せないと言うことが、すごく似ている気がしたんですよね。

アンナ:なるほど、そうですね。もしかして頭だけで理解して、結局行動にならないのが問題だと思います。

湯川:「失敗するのが怖い」というのが日本的なのかなとも、今この話を聞いてて思います。英語だと「発音が変だと恥ずかしい」とか、ビジネスでも何も知らないのは当然危ないんだけど、「この状態でビジネス始めると恥ずかしい」という感じで、頭が先に行っちゃって行動が遅れちゃう。失敗するのを怖がっている。

アンナ:そうですね。おっしゃるとおりだと思いますし、かなり社会的なプレッシャーもあるんじゃないですか。本人も思うかもしれないんですけど、1回失敗すればもう別の国に移住しなきゃいけないみたいな認識ですね。

湯川:追放みたいな(笑)。

アンナ:はい(笑)。

日本で感じる「周りの人に迷惑を掛ける恐怖」

湯川:そうね。やっぱり社会的プレッシャーは日本的な問題であるかもしれない。

アンナ:ちょっと私はあまりわからないですね。そのプレッシャーを感じていないのでなんとも言えないです。別にあっても、それは私個人の問題ですね。この国の生まれ育ちではないので、プレッシャーを感じていないのでわからないんですが、やっぱりいろんな人の話を聞くと、周りの人に迷惑を掛ける恐怖とか、自分の社会的地位を失うという恐怖があったりします。

湯川:「迷惑を掛ける」というマインドに対して、外国で起業しているアンナさんとしてはどう考えますか? ちなみに「迷惑を掛ける」という概念は、ウクライナにはあります?

アンナ:周りの人に不利益にならないような概念ですね。ニュアンス的にはたぶん「迷惑」に近いんですけど、日本も一生懸命がんばれば、失敗しても大丈夫じゃないかなと。

湯川:別にみんな責めない。

アンナ:そうですね。もちろん1億円借金してそれで失敗するのは、別の話かもしれませんが(笑)。

湯川:そうですね(笑)。

アンナ:家族がいるので。でも基本的に自由性はあると言えるかもしれないですね。

湯川:あと「周りの人に不利益になる」というのは、具体的に力を貸している人に対してだよね。社会に対して迷惑を掛けてはいけない、という考え方はあるのかな。

アンナ:それはちょっと思ったことはないですね。

湯川:(笑)。さっきも聞いた、日本だと「社会的立場が」「社会が」みたいなところで、けっこう出足が遅れちゃうのかなと。社会性のところでもう1つ、日本的なもので、フェムテックの話を今度は教えていただきたいと思います。

フェムテック事業を始めたきっかけ

湯川:ちょうど今日の会場も武庫川女子大学という、日本で一番大きな女子大学の経営学部の場所なんですけれども。フェムテックはフェムなんとかとテックだと思うんですけど、……フェムなんだっけ?

アンナ:Female(女性)とTechnology(テクノロジー)ですね。

湯川:FemaleとTechnology。

アンナ:女性特有の健康課題。健康課題だけじゃないんですけど、それをテクノロジーを用いて解決するようなスタートアップとか、スタートアップの市場ついてフェムテックと言います。

湯川:従妹の方のお話(産後うつ)を具体的に聞いたのが今日初めてだったので、そんなに大変だったのかと思ったんですけど、でも特に日本でアンナさんは最初に「社会課題解決」というのがいいねと思って、その次に課題として「日本での女性の権利平等」というところを大きくやってらっしゃる。

そのプロセスとしてフェムテックに至ったんだと思うんですけど、そこに注目した、一番課題だと思ったきっかけがあったんですか? あるいはどんな課題意識を持っていたりしたんでしょう。

アンナ:その原体験が一番大きなきっかけだったんですね。まだ私は物理的には日本に住んでいますので、何かをやるのであれば日本でやることにはなるんです。そんなに意識的に選択したわけではなかったかもしれません。

フェムテックという市場を調べれば、海外の事例もいっぱい見られます。すごく伸びている会社があるんだなと思って、経済的なポテンシャルも考えて日本で事業を始めました。

女性の活躍の遅れをテクノロジーで解決するために

湯川:ちなみに他に参考にされたどんな事例があったんでしょうか。

アンナ:妊活の領域とか、ご存知のとおり世界中の出産率も下がってますし、妊娠できない方々が増えているので、注目されている市場なのと、ハードウェアとかデリケートゾーンケアとか、そういうスタートアップが世界中の注目を集めています。

湯川:その中で最初は妊婦さん向けのアプリを失敗したという話がありましたけど、今は日本のどこに一番課題感を感じていらっしゃいますか?

アンナ:課題感ですか。

湯川:自分がやらなきゃいけない、取り組まなきゃいけない課題として。

アンナ:私の大きなビジョンとしては、本当に思春期から更年期の女性をサポートするエコシステムを作りたいと思っているんですけど、現在は月経と妊活に集中して働く女性をサポートするようなサービスを展開しております。

結局生理痛とかの女性的課題を理由に職員のパフォーマンスが下がってしまう労働損失が生じてしまって、女性の活躍が遅れているという現状があります。実はそこをテクノロジーの力で解決できるのではないかと個人的には思っていて、現在取り組んでいます。

「女性活躍」は、保守的な人が嫌がることが多い

湯川:社会全体も、昨年4月に改正女性活躍推進法ができて、中小企業でも女性活躍推進をやっていかなきゃいけないとか、クォータ制度とかもどんどん入っていって、ようやく日本も女性の社会進出がすごく法的に整備されてきました。

アンナ:法的なところからやるのが日本っぽいですね(笑)。

湯川:日本っぽいというのは?

アンナ:ボトムアップじゃなくてトップダウンですね。「これやれ」という(笑)。

湯川:(笑)。

アンナ:強制ですね。

湯川:確かに。ボトムアップじゃなくてトップダウンで、クォータ制度もまさにそうですからね。

アンナ:一長一短はあると思いますが。

湯川:クレシェンコさんがやろうとしていることでおもしろいなと思うのが、今、女性活躍というと保守的な人が嫌がることが多いんです。「だって女の人は夜勤務できないでしょ」とか、「マネジメントの管理職に上げると言っても、女の人が嫌がるんだよ」とか。

それは当然(社内で)そこまでそういう育て方をしていないという理由もあるんですけど、企業さんが肌感覚として「嫌がっているよね」と思っていることが多いんですね。できればいいけど。

実は女性の働く人のパフォーマンスが上がると結果的には会社の利益になる。それは単なるサステナビリティだけじゃなくてね。そういう理解が進むとすごくいいかなと思っています。

理解すべきは、経済的な機会の損失

アンナ:例えば、女性向けに商品を作ってる会社の場合、商品企画において従業員が全員男性でしたら、もしかして気づいてないデザインの欠陥、欠如があるかもしれないじゃないですか。

湯川:けっこうそういうことはあるんですか?

アンナ:かなり私の意識としてあります。特にテック系ですね。

湯川:女性向けのサービスだけど、女性が開発にいない。

アンナ:あんまりいないですね。開発に関わらないんですね。別にサステナビリティの観点とか維持からの観点だけじゃなくて、最終的に理想的な商品が提供できないという結果につながりますよね。経済的な機会の損失にもなる場合がかなりあるので、それを理解した方がいい。

弊社の場合はそういう損失を可視化して、管理職でも男性でも理解していただくようにしたいんですね。ですので、単に「女性だからやってください」ではなくて、そうやらないのであればオポチュニティが失われる可能性があるんです。

湯川:それはすごく良い話ですね。