珍しい「完全な茶色の猫」が生まれる条件

マイケル・アランダ氏:「茶色い猫」は、あまり見ることがありません。猫の毛の色を決める遺伝子の仕組みが少々複雑だからです。

とはいえ、茶色の猫は存在しますし、条件が揃えば、猫の毛はなんと色が変わるのです。

茶色がかったトラネコはよく見かけますが、「完全な茶色の猫」は、かなりまれですね。人間と同様に、猫の毛や肌の色を決定するのが「メラニン色素」です。メラニン色素には、さまざまな種類があります。

そのうちの1つ「ユーメラニン」は、暗褐色や黒色の色素を作ります。黒猫の黒い色は、主にユーメラニンによるものです。

この黒い色素ユーメラニンの生産は、特定の遺伝子がつかさどっています。TYRP1(チロシナーゼ関連タンパク質1)と呼ばれる酵素の発現が、この遺伝子によって調節されます。

TYRP1は、アミノ酸チロシンをユーメラニンに変換する役割を担っています。

アミノ酸はタンパク質の基本的な構成要素であり、細胞内のさまざまな成分の構成に使われています。タンパク質が消化されアミノ酸に分解されると、その中のチロシンが色素に変換されます。

猫の毛が黒くなるには、両親のいずれかからTYRP1の関連遺伝子の正常なコピーを1つ受け継ぐだけでこと足ります。つまり黒い毛を発現する対立遺伝子は「顕性(対立形質のうち、同一でない対立遺伝子を持つ状態で一方の形質が発現される現象)」です。

毛の色をつかさどる対立遺伝子には「潜性(一組の対立形質のうち同一の対立遺伝子を持つ場合にのみ発現する形質)」のものもあり、受け継いだ遺伝子の組み合わせの違いにより、黒以外の色が発現します。ある対立遺伝子の組み合わせでは、TYRP1の生成に異変をきたし、ユーメラニンの色が薄く見えます。すると、猫の毛は茶色になります。

生成能力が低下し十分なユーメラニンを生成できなくなる遺伝子型を持つ猫もいます。この形質は「潜性」形質で、このような遺伝子型を持つ猫は、黒や茶色ではなく、赤い色素が発現して赤みがかった「シナモン色」の毛になります。

猫の毛の色は、与える餌で変えられる

不思議なことに、黒い毛を発現する「顕性」の対立遺伝子を持つ猫であっても、なんと餌によって毛の色を変えることができます。でも、くれぐれも独断で試さないでください。愛猫の栄養管理は、必ず獣医師の勧告に従ってください。

ある実験では、黒猫にさまざまな食事を与えて影響をテストしました。獣医学研究者は、成猫や子猫にさまざまな量のチロシンや別のアミノ酸であるフェニルアラニンを与えました。

すると、餌のアミノ酸の量を制御することによって、黒い毛で生まれた子猫が、わずか3ヶ月で赤褐色に変わりました。成猫の場合も、同様に毛が茶色に変色しました。

また、妊娠した成猫を茶から黒に変色させたところ、生まれたのは茶色の毛の子猫でした。この場合、成猫に与えられたチロシンが不十分であり、お腹の子猫に行き渡らなかったためと考えられます。

これらの実験は、食事におけるチロシンの重要性を実証するのに役立ちました。TYRP1がユーメラニンを生成するにはチロシンが必要であるため、チロシンを十分に与えられなかった猫の毛は次第に黒から赤褐色に変わってしまうのです。

また、毛の色の発現にはフェニルアラニンも一役買っていることがわかりました。フェニルアラニンが不足した場合においても黒色の色素が十分に発現しませんでした。これは、フェニルアラニンも細胞内でチロシンに変換され、ユーメラニンに変換されるアミノ酸として扱われるからだと考えられています。

成猫や子猫の毛の色が食物によって誘発されたものである場合、ちゃんとした栄養成分の食事を与えられれば黒い毛として回復することが可能です。ただし、すべての毛の生え替えを要するので少し時間がかかります。

茶色の猫が道を横切ったら、そのユニークな毛色はこれまでお話しした「潜性」遺伝子のおかげです。でももしかしたら、その猫はもともと黒猫なのかもしれません。