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基調講演:慶應義塾大学教授 前野隆司氏「幸福のメカニズム」~仕事の結果にもつながる考え方を~(全3記事)

「もし無人島に1人だったら」で考える、趣味と仕事の違い 同じ「書くのが好き」でも、愛好者と職業人をわける一線とは

全国フリーランス共創コミュニティ「新しい働き方LAB」による研究結果の発表と表彰のイベントとして開催された「新しい働き方アワード」。同イベントの基調講演に、幸福学の第一人者で慶應義塾大学教授兼ウェルビーイングリサーチセンター長の前野隆司氏が登壇。国を問わず幸福度が低くなりやすい年代や、自分に最適な働き方を見つける方法などを語っています。

「趣味」の好きと「仕事」の好きの境界線

市川瑛子氏(以下、市川):いろんな質問が私の中でも浮かび上がってきてしまうのですが、いったん募集したものをお聞きしていきます(笑)。似ているかもしれないのですが、「幸せとは絶対的なものなのか? 相対的なものなのか?」という質問も来ています。「仮に世界に自分1人しかいないとしても幸せになれるんですか?」という質問です。

前野隆司氏(以下、前野):それはすごく良い質問です。「あなたがやっている仕事を、世界に1人だったとしてもやりますか?」という問いをある経営者がしています。それでもやることって、本当にやりたいことじゃないですか。

そうではなくて相対的に人から言われているからやるというのは、実はさっき説明した「地位財」というもので長続きしない幸せなんです。他人との比較によって得られている幸せは長続きしないからです。もちろんそっちも社会でやらざるを得ないというか、やることも重要です。ですが、「本当に無人島に1人だったとしてもやるのだろうか?」と問うてみるのはいいと思います。やっぱりそのバランスだと思うんです。

市川:問われて「それでもやります!」と言い切れる仕事って、どんな仕事なのだろうとすごく興味があります(笑)。

前野:やっぱり趣味のように本当に好きなことで、コツコツできることですね。

市川:そういうものがあるというのは、それはそれで羨ましいですよね。幸せだと思います。

前野:確かにね。例えば僕は本を書くのが好きだけど、本当に1人だったら書かないですよね(笑)。

市川:そうですよね。誰も読んでくれない(笑)。

前野:そういう意味では、無人島で1人で書くことはできます。でも読んでくれる人はいてほしいので、本当にピュアに自分だけのためにやっているわけではなく、やっぱり人のためというのはあるでしょうね。

市川:人のためというのがきっとどこかにはあるということですね。

自分にとって一番良い働き方を見つけるには?

市川:新しい働き方LABのコミュニティってフリーランスの方や会社員の方、専業主婦の方など、いろんな働き方の方がいらっしゃるんです。「いろんな雇用形態がある中で、長期的にどんな働き方が幸せですか?」という質問があります。

前野:これも難しい質問ですね。いろんな調査をしたことがあるんですけど、「会社員が幸せ」という結果が出たこともあるし、「フリーランスが一番幸せだった」という結果も出たんです。なので、時代や対象者が違うといろいろ違います。結局はどれが幸せというのではなくて、「あなたがどれをしたいか」だと思うんです。

フリーランスや経営者になるのはリスクもあるけど、チャレンジ精神があれば向いています。会社員は安定感があるけど、どちらかというとものすごいチャレンジはしにくいですよね。だから自分にとっての向き不向きもあると思います。

でも、自分にとって一番良い働き方は副業してみたり、プロボノしてみたり、新しい働き方LABに入ってみたりして、いろいろチャレンジする中からどれが一番良いのかを見つけることが大事だと思います。

市川:やっぱり見ていても向き不向きはすごくあるなと思うんです。なので、それこそやってみて何が合うのか? を見てみるとか、けっこうライフステージによって変わったりもするものなのかなとも感じます。

前野:それもありますね。やっぱり強みにもよるし仲間にもよりますね。一人ぼっちで起業したら失敗するけど、10年後に仲間がいたら簡単に成功するかもしれないですよね。

市川:そうですよね。あとはご家族ができて安定を求めるといった、いろんな事情も含めて自分が何をしたいのか、どれが一番良いのかを主体的に選んでいくところなのかなと思います。

前野:でも迷ったら早く行動してほしいですね。やっぱり子どもができたり、介護があったり、阻害要因っていくらでも出てくるんです。だからできる時にチャレンジして、いろいろ試してみると良いですね。

国を問わず、人の幸福度は40~50代が底

市川:今お聞きしたくなってしまったのですが、年齢によって幸福度が違ったりするんですか?

前野:違うんですよ。

市川:そうなんですね。

前野:おもしろいことに、グラフがU字状になることが知られているんです。

市川:へ~!

前野:40~50代が底なんです。だから、もっと若い人は残念ですがこれから下がります(笑)。

市川:おっと(笑)。

前野:僕はあとは上がるばっかりです。これから高齢者になっていくので(笑)。

市川:ははは(笑)。上がる部分があると思えればいいんですけどね。

前野:けっこう年を取っていくと、どんどん幸せになるんですよ。

市川:へ~! 40~50代が底なんですね。

前野:世界のどこで調べてもそういう傾向があります。

市川:40~50代ということは、別に引退や定年で変わるというわけではないんですね?

前野:そうですね。定年後は幸せの傾向がありますが、それとは別ですね。40代ぐらいが底なのは、やっぱり中間管理職で大変だったり、子どもがグレたり(笑)。そういうことがある年頃なのではないでしょうか。

市川:そういったいろんな結果があるわけですか。おもしろいですね。

前野:もちろん個人差はありますから、みんなが40代になったら不幸になるというものでもないので、そんなに恐れないでください(笑)。

市川:ははは(笑)。「絶対に不幸になるから覚悟しておけ」というわけではないですよね(笑)。

前野:そういうわけではないです(笑)。

市川:ありがとうございます。

自分にとって「ちょうどいいタスク」の目安

市川:ラストになるのかな。難しい質問だなと思うのですが、「頭では幸せだとわかっているけれども、心が幸せじゃない」とか、「自分の状況を他人と比べたり、比べなかったとしても幸せなの?」という悩みがある方ってすごく多いと思うんです。そのあたりはいかがですか?

前野:ありますね。今日は言わなかったんですけど、自己肯定感や自己受容というのが幸せに影響するんです。日本人は今、世界的に見ても自己肯定感が低いんです。つまり、本当は良いところがたくさんあるのに、「いやいや、私なんかだめです」と自信がなくなっている状態だと、チャレンジしてみても「虚しい」となってしまうんです。

じゃあどうすればいいかというと、やっぱり4つの因子を高めるしかないんです。チャレンジをして、仲間を増やして、苦しいことがあったら相談する。楽しいことがあったらシェアをする。

チャレンジもきついかもしれないけど、無理のない範囲でしてみる。がんばりすぎるのも良くないんです。さっきのバーンアウトじゃないけど、人のためや自分のためにがんばりすぎると疲れてしまうんです。なので、やっぱりちょうどいい範囲というか。

ミハイ・チクセントミハイ先生が「フローの条件」と言っていますけど、自分にとって難しすぎるタスクだとストレスになるんです。逆に簡単すぎるタスクだと退屈になる。ちょうどいいタスクは、自分にとってギリギリできるか、できないかぐらいなんです。

市川:「背伸びするぐらい」みたいな?

前野:そう。ちょっと背伸びするぐらいでうまく挑戦していると、幸せになれると思うんです。難しすぎると「すごくチャレンジしているのになんで幸せにならないんだろう」となるんです。

簡単すぎると「成功しているのになんだか虚しい」となります。なので、これもいろいろチャレンジしてみるしかないんです。ツボみたいなものなので、みなさんに自分の幸せポイントを見つけてほしいですね。

市川:一言で「幸せになろう」と言っても、なかなか難しいので……。

前野:僕から人生の先輩として言うと、いろいろやっていく中から自分の特長がわかってくるし、強みも出てきます。だから、恐れずにチャレンジすることです。100種類チャレンジすればけっこういろいろわかります。「自分はこの3種類ぐらいだ」と思う人がけっこう多いのですが、「アーティストになる」とか、ぜんぜん今と違う可能性にチャレンジしてみると幸せが見つかると思います。

市川:ありがとうございます。

ビジネスパーソンがアートに触れるメリット

市川:まさに最後にメインでお聞きしようかなと思っていたのが、「幸せに向けて具体的に今からできることって何ですか?」という質問です。「とにかくいろんなことにチャレンジしてみることに尽きる」ということですね。

前野:そうですね。僕は40代でダンスを始めて……。

市川:そうなんですね!

前野:50代で書道を始めて、今度お茶を始めるんです。たまたま習いごとみたいだけど(笑)。ビジネスもそうだし新しい研究分野もそうだし、僕は別に20代の時も30代の時もチャレンジしたから、50代でも、60代になってもチャレンジしようと思うんです。

だから年齢は関係ないと思います。「自分はもう歳だからしょうがないよ」と思い始めたらもうチャレンジしなくなるけど、そうではない人を僕はたくさん知っています。年齢を重ねるほどだんだんチャレンジする人は減っていくんです。でも、チャレンジする側にいてほしいですね。

市川:そうですね。チャレンジってどんなことでもいいんですか? 例えば一見ダンスって「別に幸せとか仕事に直結しないし……」と、避けてしまう人も多いと思うんです。でもあえてやってみることで、新しい発見があったりするんですか?

前野:もちろんあります。僕の場合は「ダンスをする人は幸せ」という研究結果を実感するためだったので、研究のためなんです(笑)。

市川:そうなんですね(笑)。私、実は前野先生のいる慶應義塾大学でダンスをずっとしていたんです。

前野:ああ! そうでしたね。そうだった、そうだった。

市川:そうなんですよ。今聞いてうれしくなったんですけど、ダンスは確かに幸せになるなと思います(笑)。

前野:美しいものを作ったり、アートをしている人は幸せなんです。ビジネスというロジカルな世界と、アートというまた別の世界の広がり感が出ると、また自分について発見があります。なので、自分のためにもお勧めだと思います。

趣味と仕事をわけるのではなく、つなげるという発想

市川:アートかぁ。なるほど。私自身はけっこう旅行が好きで……。

前野:旅行も良いですね。

市川:世界一周したりしたんですが、けっこう視野が広がって、いろんな出会いがあったりして幸せにつながるなと思います。

前野:つながります。僕も旅行は好きです。

市川:そうですよね。必ずしも「自分の強みにつながる何かをしなきゃ」と考えすぎる必要はなくて、気軽に始められるものや趣味や旅行でもいいということですね。

前野:そうですね。旅行に行く時に「ニューヨークであのすごい人に会ってみよう」とか。趣味と仕事を分けるのではなくて、うまく考えるとつながると思うんです。「ニューヨークに行ってダンスをしてくる」とか。うまいことよく考えるとチャンスはあると思うんです。それを見つけてほしいですね。

市川:私自身、新しい働き方LABの立ち上げなどを運営していますが、「仕事なのか? 趣味なのか?」と聞かれたらわからないです(笑)。

前野:そのぐらいの感じがいいです。

市川:「一緒なんじゃないか」ぐらいに思っています。なので、そういうチャレンジしたいことがあるととても良いなとは思いますよね。

前野:本当にそうですね。

市川:ありがとうございます。ということで、ポンポン質問だけさせていただいたんですけど、募集した質問をおうかがいしてすごく勉強になりました。きっと聞いてくださっているみなさんにとっても、今すぐにでも始められるヒントがあったのではないかなと思います。

前野:あったらいいですね。

市川:今お話にあったとおり、「何かに挑戦する」というのが大事だということなので、興味を持ってくださった方がいれば、新しい働き方に挑戦するという意味でこのコミュニティをご検討いただけたらすごくうれしいなと思いました。

前野:本当にお勧めだと思います。ここでヨイショするわけじゃないんですけど(笑)。働くって大事なことで、新しい働き方にチャレンジすると「やってみよう因子」「ありがとう因子」など全部が満たせるし、お勧めです。

市川:そうですよね。これから受講される方の幸せ度を測定するような取り組みを前野先生とご一緒させていただいたら、すごくおもしろいかもと思いました。

前野:そうしよう。「幸福度がこれだけ上がります」みたいなデータが取れたらいいですよね。

市川:そうですね。たぶんみなさんも働き方を変えた結果、幸福度も上がったとなったらすごくおもしろいというか、うれしいと思います。なので、ぜひぜひ。そんなこともできるかもしれないです(笑)。

ということで、今日は前野先生にお時間をいただいて、「幸福と働き方」についてお話をしていただきました。またご一緒する機会があったらすごくうれしいので、引き続きよろしくお願いします。

前野:どうもありがとうございました。

市川:今日はありがとうございました。

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