コロナ禍であらわになった、人と組織の二極化

ーーコロナ禍を経て、世の中の当たり前や価値観に表れた変化をお聞かせください。

松尾睦氏(以下、松尾):「阿吽(あうん)の呼吸」という言葉があるように、日本人は対面を得意としてきました。それがコロナで対面できなくなって「どうしよう、どうしよう」と戸惑っている。コロナが収まったら「対面、対面!」とすぐ職場に行って、ひどくなったらまたオンラインに戻って「寂しい、寂しい」と。

もちろん欧米でも、オンラインは大変だという情報は出ていますが、彼らには言葉で伝える文化があります。それに対して、日本はなんとなく言葉にしなくてもわかるところがあった。その点で日本人のほうがダメージが大きいと思いますね。でも、日本人が全員言葉を苦手としているわけではなく、今の若い人などはむしろちゃんと言葉にしないと伝わらないところがあって、二極化しているかなと思いますね。

「対面じゃないとだめ」という人たちと、「オフィスなんか行かなくてZoomでいいじゃん」「地方に移住してやろうよ」という人たち。もちろん業種業態によっても違うと思いますが、そういうふうに分かれているなとすごく感じます。

僕は「経験学習」の研究をしていますが、経験学習は「言語で振り返る」ことが大事なんですね。Zoomを使ってみると、目の前に相手がいるけど、画面越しではなかなか伝わりにくい。経験をして、良かったこと悪かったこと、次はどうするみたいなのを、人と人、上司部下、同僚同士で言語で振り返る。今までは暗黙知的に考えていたのを、しっかりと言語で振り返ります。

経験学習ではそれが重要になります。Zoomを使って、きちんと言語でコミュニケーションをしないといけない状況は、実はいいことだと思うんですね。自分の経験したことを「これは通用しない」「これを学べた」と、しっかりと言語で振り返ることを習慣化するチャンスだと僕は思っています。

ーー確かにオンラインでは、リアルな対面の時より非言語のメッセージを汲み取ることが難しくなります。適切な言葉を選ばないと伝わらないところがありますね。

松尾:そうなんです。より言語による正確な説明が求められます。そこに気づいて「Zoomっていいかも」と考えるのか、「やっぱりちゃんと会わなきゃだめだ」と相変わらず思うのか。先ほど申し上げたように、人や組織がそのように二極化しているのではないかと思います。

トップセールスが「昔のヒーロー」になってしまう理由

ーーこうした変化の中で、松尾先生がこれは手放したほうがいいと考えられる意識やマインドをお聞かせください。 

松尾:やはり働き方のアンラーニングですね。本にも書きましたが、働き方のアンラーニングには大きく3つのパターンがあります。自己完結的な働き方からネットワーク志向の働き方。保守的から顧客志向の働き方。定型的・受動的から革新的・能動的な働き方。この3つです。

1人でできることは限られるので、いろんな人と協力しながら進め合おう、お客さんの視点で考えよう、もう少し革新的に考えよう、という新たな価値を生み出す働き方ですね。これらは別に今始まったものではないですが、コロナを機にあらためて再点検したり、切り替えていくチャンスだと思います。

ーー松尾先生は著書『仕事のアンラーニング』の中で「捨てる」ことの重要性を指摘されています。先生がその大切さに気づいたきっかけは何だったのでしょうか。

松尾:僕自身が昔売れない営業担当だったんです。若い頃に2年だけですが、製薬会社で薬を売る営業をやっていました。売れないから辞めて大学院に行ったんですけどね。そこで「売れる人はなぜ売れるんだろう」と、自分がだめだったからこそ知りたいと考えて営業研究を始めました。

本の冒頭にも書きましたが、その営業研究の中である営業コンサルの人から「昔のヒーロー」という話を聞きました。昔はトップセールスだったけど、今は業績が振るわない営業担当者のことです。

その話を聞いて、僕にも思い出すことがありました。例えば僕は札幌支店でしたが、東京ですごく売っていた人が札幌支店に来て思ったより売れないということがありました。なんでだろうと思って先輩に聞いてみたら「東京と札幌は違うけど、東京の売り方をしているからだよ」と教えてくれて。

東京で売れたやり方を応用したけど、札幌には札幌のマーケットのカルチャーやお医者さんの考え方があるということだったんですね。あとは、ベテランの人が自分の時代の売り方を若手にやらせたら出入り禁止になったとか。そういうのを思い出したんです。人は過去の成功体験にしがみつきたくなるんだなって。

ビジネスパーソンも研究者も、知らずに陥る「ゆでガエル」現象

松尾:ビジネスパーソンだけじゃなく、研究者も研究を続けていると、手法が古くなるんですね。新しい手法が出てくるのでそれを取り入れて古い手法をやめればいいんですけど、古いやり方でも研究はできて、論文も書けちゃう。それが一番怖いところなんです。

ビジネスパーソンも同じで、まったく通用しなくなる手法ってあまりないと思うんです。例えば取材をする人も、古いやり方でもそれなりにいい記事が書けるしそれなりに読者もつくので、新しい手法があっても取り入れないとか。変えるのは時間がかかって面倒くさいし、変えなくてもそこそこできちゃうからですね。

そこそこできる人って、自分の型を持った、ある程度経験のある人なんですよ。だけど、ゆでガエルじゃないけど、ぬるま湯だったのが知らないうちに徐々に温まってぐつぐつ煮え出し、はっと気づいたらもう熱湯で死んでいたみたいな。それって怖いよなと。

従来の手法で結果が出ていたとしても、少しずつ生産性は下がっていると思うんですね。ただ、下がり方が微妙なのでわかりづらい。なかなか捨てられないけど、捨てるべきだと思うんです。

学生に覆された「二次会に行かなきゃ本音が聞けない論」

ーーまだ結果が出るのに、使い慣れたやり方を捨てて新しい手法を取り入れるというのは、確かに難しそうですね。

松尾:考え方とかもそうで、僕は飲み会は「二次会に行かなきゃ本音が聞けない論」という変な理論を持っていたんです。それが8年くらい前に学生から「先生、それっておかしくないですか」と言われて。

「そもそもなんで本音を言うのにお酒を飲まなきゃいけないんですか」「別にお菓子やジュースでも、本音を語れればいいじゃないですか」と。それまでは「それじゃあ日本人はうまくいかないんだよ」と言っていたんですけど、「待てよ。ちょっとやってみようかな」と思ったんです。

そこで、ジュースとお菓子の軽いコンパをやって、いろいろと話を引き出す工夫をしたら、あんまり飲み会と変わらず本音の話が聞けたんですよ。例えば自分が好きなミュージシャンをなぜ好きかを語ろうと持ちかける。「どこに惹かれるか」には自分の価値観が出るじゃないですか。「ここがいいんですよ」みたいな。

そしたら、「俺も好きなんだよ。あれいいよね」という感じで、話が進んだり。「これしかない」という変な固定観念は捨てて、仕掛けを工夫すればいいんです。見つけようと思ったら、転がっていると思うんですよね。

捨てても、結果に影響が出ないものはたくさんある

ーー先に捨てるのではなく、とりあえず試してみて、有効だったら古いやり方を捨てるということですね。

松尾:そう、試すことが大事なんです。先に捨てて、取り入れるものがなかったら困るので。本の中でも紹介したんですけど、「売上を上げるためには、宴席での接待が欠かせない」という考えの人がいましたが、東日本大震災後に接待ができない状態になったのに、業績が変わらなかったという話があります。そこで接待を一切やめて、別のアプローチにしたらもっと売れたと。

必要だと思って続けてきたけど、やめても結果に変化はなかった。「あれ、意味なかったんだ」みたいな。やらなくてもいいこと、やめてもぜんぜん影響がないことってたくさんあると思うんです。それをやめたら時間もできますしね。

ーーあらためて、仕事のアンラーニングでは何を捨てればいいのでしょうか。

松尾:仕事はこういうものだという仕事観とか、お客さんってこういうニーズを持っているとか、世の中ってこうやって動いているよねといった「仕事の考え方」と、手続きや流れといった「仕事の進め方」ですね。

例えば、自分でしっかり固めてから人に見せるという考え方をする人は、自分でいろいろ調べて、資料や形にして「はい、こんなことをやりました」という進め方をする。でもそのやり方だと、今の世界ではスピードが遅い。そんなやり方をしている時間がないんです。

世の中のスピードが速くなっているから、コンセプトやアイデアの段階で「こんなの考えましたけど、どうですか」と聞いてフィードバックをもらう。自分で完結するんじゃなくて、いろんな人の意見を取り込みながら形にしていく。そうなると、考え方も進め方も変わってきますよね。

このように仕事のアンラーニングとは、古い仕事の考え方や進め方を新しいものに入れ替えるということです。ここを意識することが大事です。

アンラーニングは、自分の身を守るための手段

ーーアンラーニングをすることのメリットは何でしょうか?

松尾:エンプロイアビリティ。雇われる力ですね。この厳しい世の中で泳ぎきっていかないといけないので、アンラーニングは自分の身を守るための1つの手段になると思います。

また研究によって、アンラーニングはウェルビーイング的にもいいことがわかっています。アンラーニングしている人って、壁にぶつかったり、そんなにうまくいってるわけではないと思うんです。でも成長意欲がある人にとっては、その試行錯誤が「やってる感」になって、内的な満足を得られるのだと思います。

そして、リフレクション(内省)。深く振り返ると、自分の無意識の考えに気づける。これが非常に重要です。ふだん自分の仕事の考え方や進め方をあまり意識しませんが、表面的な振り返りを毎日続けることで、たまに気づきを得られる深い振り返りができる時があります。そうした、2段ロケット型の振り返りをおすすめします。

ーー松尾先生は振り返りの方法として、日記やメモ、自己内省の他、同僚や上司との対話などを挙げられていますが、ふだん先生ご自身が振り返りをされる時は、どのようにされているのでしょうか。

松尾:僕は昔、振り返りが嫌いで、「そんな時間があったら前に進もうよ」と考えていたんですね。でも、リフレクションなどを研究するようになって、今のように僕の振り返りの仕方を質問されることが出てきて(笑)。10年ぐらい前に初めて聞かれた時はごまかしたんですけど、「これではダメだな」と思って。その時から、朝一番で前日あったことを振り返るようにしているんです。

何でもいいんです。良いことも悪いことも振り返ります。「昨日の学生へのひと言は、良くなかったな」と思って、メールで「ごめんなさい」と謝ったり。やり始めると、意外と習慣になっていきます。人によっては1日の終わりのほうがいいという方もいるでしょう。朝でも夜でも好きなほうでいいと思います。

失敗だけでなく、うまくいったことを振り返るメリット

松尾:「毎日やる必要はありますか?」とも聞かれますが、僕の場合は毎日じゃないと続かないからやっているだけで、週1回とか決めてやってもいいと思います。初めはあまり楽しくなかったんですよね。反省ばかりしていたからです。

失敗だけでなく、うまくいったこともちゃんと振り返ることが大事だという研究結果が出て、それをやるようになったら楽しくなりました。でも、うまくいったことってだんだん変わってくるんですね。そこにアンラーニングの種があったりします。「あれ、ちょっとやり方を変えたほうがうまくいったな」と思ったら、「昔のやり方じゃなくて、これでやってみるか」と変えてみる。

人によって振り返り方やタイミングは違うと思いますけど、手軽に楽しくできる方法でやり続けることが大事です。習慣がつくと、振り返り癖がついて、「これって本当かな?」と気づく瞬間があるんですね。自分の前提とか信念を「なんか違うかも」と感じたり。僕は「こうあるべき」がすごく多い人間なんですけど、「あれ?この“べき”、違うぞ」って。そういうのがたまに来るのが楽しみなんです。

アンラーニングを助ける、メンターやロールモデルの見つけ方

ーー先生のおすすめのアンラーニングの方法はありますか?

松尾:部署異動をした時や昇進した時など、環境が変わった時がアンラーニングのチャンスになりますが、具体的な方法としてはロールモデルを見つけるのが僕のおすすめです。自分の部署でも隣の部署でも仕事の得意先でもいいので、この人みたいになりたいという人を探します。

その時に、自分とぜんぜんタイプが違う人を選んではだめです。気質的には似ているけど、仕事の考え方や進め方が自分とちょっと違い、自分から見ていい仕事をしていて周りからも評価をされている人を見つけてください。その人と対話をしたり、仕事の仕方を観察したり、人に聞いたりする。例えば、ミーティングに臨む時はどれくらい前からどういう準備をしているかを観察したり、発言の意図を質問してみたりとか。

その中から「自分でもこれをやろう」というのを決めて、どんどん取り入れていく。一挙に全部変えるのは難しいので、パーツを入れ替えたり、考え方を少しずつ変えていくのがおすすめです。

あと、トゥイラ・サープさんというアメリカの振付師がハーバード・ビジネス・レビューの記事で「インビジブル・メンター」という言葉を使って、「メンターはそばにいなくてもいい」と言っているんですね。

この人はダンサーですが、評伝や自伝を読んで、亡くなっている人をメンターにしてもいいと。例えばその人が横で見ていて、自分の踊りに対してどういうアドバイスをするかをイメージすればいいと。インビジブルで見えないんだけど、メンターを意識すればだんだんその人のコーチングを受けているような感じになると言っています。

僕は若い時はドラッカーがそんなに好きじゃなかったんですけど、年を取ってきてからだんだん言葉が染みてくるんですよね。「うまくいってる時ほど、もっとうまくいく方法を考えなさい」とか、「弱みばっかり見ていないで強みを見なさい」とか、本質的なことを言っています。

ドラッカーはもう亡くなっていますけど、いつも身近にいて「それでいいのか」みたいな感じにさせてくれますね。経営者にドラッカーファンが多いのは、ドラッカーをインビジブル・メンターにして自分の経営を振り返っている人が多いのかもしれませんね。

成長やイノベーションは「健全な危機感」から生まれる

――先生は本の中で、学習の種類を「現状維持型」、新しい知識・スキルを獲得する「ため込み型」、既存の知識・スキルを捨てる「縮小型」、そして既存の知識・スキルを捨てながら、新しい知識・スキルを獲得する「アップデート型」の4つに分類しています。

イメージ的には日本の優秀な人は、「ため込み型」が多そうな気がしますが、先生は「ため込み型ではアンラーニングにならない」と言われています。なぜ、ため込み型ではだめなのでしょうか?

松尾:ため込み型は、たぶん自分の仕事の大きな枠組みは変えていないんですね。いろんなツールや情報、ノウハウをどんどん仕事箱に入れて、都度パコッと蓋を開けて、「今日はこれを使おうかな」と選んでいる。ツールをいっぱい持っているからそれなりの成果を維持できますが、「仕事の考え方」「仕事の流れ」といった大きなところは変えていません。

アンラーニングって、このままじゃ生き残れないかもしれないという危機感なんです。組織学習などもそうで、組織で学び続ける会社というのは、適度な危機感を持っています。トヨタさんみたいに強い危機感を持っていたら、すごいイノベーションが起きます。イノベーションも危機感なんですね。

だから、「この先どうなるんだろう」という健全な危機感を持つことが大事です。時代が進むと仕事の仕方も変わっていくのは世の常。ビジネスモデルが変わるなら、自分のアプローチも変えていかないといけない。これはもう必然だと思うんですね。

ーーアンラーニングもイノベーションも共に危機感という言葉が出てきたのが非常に興味深いです。ため込み型だと、「仕事の考え方」や「仕事の流れ」の大きな部分を変えずに、新しい知識・スキルを得ていくので改善程度に留まってしまう。大きな進化やイノベーションを実現するためには、知識やスキルの入れ替えをしないといけないということでしょうか?

松尾:経営学では今「両利きの経営」がすごく流行っています。型を変えずに改善を積み重ねていく深化型と、ビジネスモデルやアプローチといった大きな枠組みを変える探索型の2つをバランスよく行おうという経営理論ですね。

同じことを、シングルループ学習とダブルループ学習とも言います。ダブルループ学習が大きな枠組みや型、前提を変えていこうというものですね。ため込み型は、深化型やシングルループ学習でもあって、限界があります。50歳後半の人だったらため込み型で乗り切れるかもしれないけれど、若い人たちはちゃんとアンラーニングをしていかないといけません。

変化のスピードが速い時代に、個人が生き残るために必要なこと

ーーありがとうございました。最後にログミー読者に向けて、あらためてアンラーニングの重要性や、松尾先生のメッセージをお聞かせください。

松尾:最近の研究でわかってきたことは「強み」の大切さです。自分の持って生まれた強みって、神さまから与えられたギフトなんですね。それを活用していくことがすごく大事です。それから「自分らしさ」。持って生まれた自分ならではの強みを活かして、自分らしい仕事をしていくことが、結果的に「生き残り」につながると思います。

生き残るというシビアな問題と、自分らしさを発揮するという2つの軸があって。ここを起点に、アンラーニングをすることが僕は大事だと思っています。

強みといっても、とんがった強みじゃなくていいんです。「比較的、自分はこれができる」というcanですね。キャリアではwill、must、canがよく言われますが、「これだったらできるよ」というcanをしっかりと膨らませていく。それを伸ばしていくかたちでアンラーニングをすると楽しくなり、自分らしい仕事にもなっていくと思います。

ーーそれは幸福な人生にもつながりますね。ありがとうございました。

松尾:ありがとうございました。