「傑作ができたぞ」という思いを込めた表紙デザイン

小禄卓也氏(以下、小禄):これ(スライド1枚目)が1話の扉のデザインなんですが、次(スライド2枚目)が単行本の表紙ですね。

こんなかたちで完成することになります。いろいろと資料を頂戴していますが、まずは表紙の顔のリテイクをめちゃくちゃされているものです。もともと山本さんが「このデザインにしたい」という方向のお話をしたんでしたっけ?

白川氏(以下、白川):おそらく、最初は山本さんから「引きの絵にしよう」というお話があったんです。

山本氏(以下、山本):そうですね。「引きにしようか、アップにしようか悩んでいるんですが」という話をしました。この作品に関しては、最初から3人で集まって打ち合わせをさせていただいたんです。

たらちねさんの絵って、すごく雰囲気があるイラストなんです。なので引きにして、うみ子さんだけではなく、海くんというキャラクターもいるので、2人を見せて海が背景にある感じがいいのかなと思っていたんです。

ただ、この作品をいろんな方に届けたいなとも強く思いまして。作品に対する信頼というか、すごくおもしろくて、言ってしまえば「傑作ができたぞ」と思っているんです。

それを多くの方に届ける時に、「うみ子さんという1人のキャラクター(人物)がカメラ(映画)を始めたよ!」と、読者さんが書店さんに行った時に手に取ってもらえるようにするにはどうすればいいかと考えた時に、アップの絵が良いのかなと思いました。

小禄:海くんという男の子の学生がいるんです。確かに2人が表紙に映っているほうが、男の子もいるし女性もいるし、バランスも良いと考えそうな気がするんですが、うみ子さんのインパクトと「ここを知ってもらいたい」というところを重視したんですね。その決断を山本さんがされて、イラストなどの方向に走っていったんですか?

白川:そうですね。

小禄:そのオーダーを受けて、白川さんのほうで組み立てていったんですね。

白川:そうですね。さっきの表情のものは一気にたくさん出していただいたんでしたっけ? 直していただいたのかな。

山本:一番初めは、たぶん(スライド)左上のちょっと苦しい表情で描かれたものをご提出いただいたんです。

小禄:Zoomで見ている方は見えづらいと思うのですが、ぜんぜん表情が違うんですよ。

山本:そうなんですよ。先生の中には「創作というのは苦しい部分もあるから」という思いがあって、もちろんそれは本当にそうなんです。ただ、やっぱり「一歩踏み出す」という1巻なので、「苦しさもあるけどちょっと楽しいかな? という明るい表情にしたい」とお伝えしたんです。

それで絵を出していただいたんですが、白川さんと「ちょっと違うかな」とお話しして(笑)。それで、白川さんがイラストを描いてくださっているところがあるんです。見えにくいと思うのですが(スライドの)真ん中の段のものかな?

白川:あ~! そうですね。「これだと笑いすぎているから、口をこのぐらいにしたほうがいいんじゃないか」というのを、こちらでお願いして直していただいたんです。

小禄:めちゃくちゃ細かい表情を……。

白川:そうですね(笑)。でも、見ていると印象が違うんです。こっちは苦しそうだし、これだと笑いすぎで、でも撮っている無邪気さが出るといいなと思っていたので、今の表紙はすごく良いイラストをいただいたなと思います。

リテイクを繰り返し、デザインが最終決定

小禄:このリテイク、たらちねさんはどうでしたか? たくさんありますが。

白川:いやぁ、本当に申し訳ない(笑)。

たらちねジョン氏(以下、たらちね):ちょっとおもしろかったですね(笑)。

(一同笑)

小禄:おもしろかったですか?(笑)。

たらちね:口だけ直したものを送ってくれるので、絵的におもしろいなと思いました(笑)。ですが、みなさん真剣にどういう表紙がいいのかを考えてくださっているので、嫌とかはぜんぜん思ったことはないですね。

小禄:このイラストを描くのは、けっこう苦労されました?

たらちね:特にしていないです。私はなんの苦労もなく描きました(笑)。

(一同笑)

小禄:たらちねさんは淡々とやっている感じがすごいですね。ということで、全体のカバーデザインはいくつかパターンがありますよね。

白川:そうですね。

小禄:このあたりは最終候補ですか?

白川:そうですね。これに至る前には、ちょっと修正したりもしています。冒頭でお話しした「つらい期間」と言ったらアレですが(笑)、こねこねしている時間が一番時間がかかるんです。

やっていく上で、顔に合わせて帯を傾けるとか、海くんの顔をフィルムに入れてみたらどうかなとか、山本さんにお送りする前にこっちでいろいろ作っては試しています。あとは連載時のロゴを使ったほうがいいのか、使わないほうがいいのかは、けっこう考えています。

小禄:(連載時のロゴが表示される)これですね。

白川:そうです、それを使った案がたぶんあると思います。その2案と、最終決定したものがスライドの最後のものです。

たらちね氏「現場で本を売ってくださる人々の意見を尊重したい」

白川:(この青いカバーも、ロゴを使っていなくてタイトルを読ませたいなという気持ちがありました。一応、連載の媒体は少女漫画になっているんですが、さっき山本さんもおっしゃっていましたが、絶対にいろんな人に刺さる漫画だなと私も思っていて。

なるべくいろんな方に読んでいただきたかったので、優しかったりきれいすぎるデザインにしないほうがいいのかなと思っていました。なので、青いバックのものと最終的に決まったものの2つで悩まれていた気がします。

小禄:山本さん、悩まれていたというお話をうかがいましたが。

山本:そうですね。全部よかったので、すごく幸せな悩みだったんですが(笑)。

小禄:ははは(笑)。そうですね。

山本:いただいたものの中で、青いカバーのものと最終的に決まったものがどちらもすてきで、本当に悩んだんです。よくやるんですが、会社でプリントアウトしたものを既存のコミックスに巻いてみて、その月に出る作品と並べたり、既存の作品と並べて遠くに置いて目立つかどうかやってみたり。

『海が走るエンドロール』に関しては、直に書店員さんと付き合いがある販売部内の者に意見を聞いたりしました。その人が書店員さんに意見を聞いてくれたりして、本当にいろんな人の助言があったんです。でも、だんだん混乱してきて(笑)。

小禄:聞けば聞くほど混乱していくパターン(笑)。

山本:そう、聞けば聞くほど(笑)。「これはもう、どっちもいいから好みだ」と最終的にはなって、たらちねさんとも「どっちもいいよね」みたいな感じになったんです。

たらちね:そうですね。

山本:なのでもう、好みで白背景にしました。

小禄:白い背景のほうになったんですね。今お話ししたように、けっこう候補も残ってきて、たらちねさんも「どれでもいいな」という感じでしたか?

たらちね:どれでもいいな(笑)。

(一同笑)

小禄:言い方が悪かったです(笑)。

たらちね:でも「自分はこれがいい」というよりかは、そういうことを考えて仕事をしている編集部や白川さんだったり、現場で本を売ってくださる人々の意見を尊重したいなと思っているので、編集部の最終決定でいいなと思っていました。

白背景の表紙デザインに決まった経緯

小禄:なるほど。ありがとうございます。白川さん的にはどれでもベストだと。

白川:そうですね。(山本さんが)すごく悩んでいて、驚いた気がします(笑)。「どれがいいかと言われると、どれもいいけど迷うなぁ」みたいなことを言っていて、すごく悩むなぁと思いました(笑)。

(一同笑)

白川:ありがたいなと思いました。そんなに? って(笑)。

小禄:そのまんまですけどね(笑)。

白川:そうですね。自分的には白背景のほうが希望を感じる。青い背景だとちょっと強いというか、感覚的に難しい話に見えたりするかなぁと考えていたんです。イラストも厚塗りで重厚感があるので、白背景でこのぐらいの抜け感があったほうがいいのかなと個人的には思っていました。

山本:確かにそうですね。青いほうだとちょっと重すぎるなという印象もあります。

小禄:そうですね。白いのは、軽やかな感じやイラストが映える印象があります。これが完成されているものなので、その印象が強いかもしれないんですが、今となってはこれ以外はあまり考えられないなと、読者的には思います。

代替案やほかの案はなかなか見る機会がないので、決定プロセスを聞けたのは非常に貴重な機会だなと思いました。ちなみに1巻のデザインがあって、2巻が出るじゃないですか。2巻や3巻なども考えながらデザインを依頼するんですか? とりあえず1巻というかたちでお願いするんですか?

山本:とりあえず1巻というかたちですが、シリーズにした時は「あまり尖り過ぎちゃっているとたぶん2巻目が苦しいぞ」というのがあると思うので、パターンはざっくりその時に話したような気がします。……(白川氏を見ながら)気がするだけですか?(笑)。

小禄:ははは(笑)。白川さん、どうですか?

白川:でも、この感じでキャラクターが変わっていくというか、「キャラクターが増えていくといいよね」くらいのお話はしたと思います。

小禄:なるほど。それぐらいのぼんやりとしたイメージは共有しつつ、まずは1巻を完成させようというかたちですね。

山本:この間、2巻目の打ち合わせをさせていただいたんですが、むしろ2巻目のほうが「このあとどうする?」という話が出ました(笑)。

(一同笑)

小禄:気になりますね。2巻は今年の2月16日に発売されます。

キャッチコピーは「65歳、“映画”はじめます」

小禄:お三方、このテーマで言い残したことはありますか?

山本:あっ、言い残したことがあります。コミックスの帯の時は、だいたい帯用のキャッチフレーズを作り直したりするんですが、扉の1話目の時に付けたアオリを白川さんがいいですねとおっしゃってくださって、そのまま使わせてもらおうと思ったんです。

白川:よかった。

小禄:いいですよね。

山本:はい。とにかくわかりやすくこれを推していこうと。

小禄:「65歳、“映画”はじめます」。めちゃくちゃわかりやすいし、「何それ?」と興味も引きやすいと思いますし、すごくシンプルでいいですね。

白川:よかったですね(笑)。

山本:よかったです(笑)。

小禄:帯は帯でデザインは別にするとか、合わせて考えるとかありますもんね。

白川:そうですね。

小禄:帯も白川さんが担当されているんですか?

白川:そうですね。

小禄:ということで、以上でトークセッションの本編は終わりとさせていただきます。今、450名が見てくださっています。みなさん、ありがとうございます。

白川:お~!

山本:ありがとうございます。

小禄:残り時間はわずかになってきておりますが、ここからは質疑応答の時間にまいりたいと思います。TwitterでもZoomウェビナーのチャット上でもかまいませんので、質問がある方はどしどしお聞きいただければと思います。

表紙デザイン制作時、一番大事にしていることは?

小禄:続々と質問が来ております。まずは白川さん宛てです。「同人・商業、どちらの表紙デザインをする上でも、一番気を使っている箇所や大事にしていることはありますでしょうか?」。

白川:これはさっきお話ししたところと重複するのですが、どうやって100にしていくかという話ですね。同人も商業も、例えば顔はすごく魅力的に描けるけど身体は描けない人は、別に身体を描かなくてもいいと思っているんです。

なのでさっき言っていた、苦手なところをどうやって補っていくかと、魅力的なところをどうやったらより魅力的に見せられるかですね。

小禄:今日の話だと、そこに尽きますね。こちらも事前の質問でまたお話が被るかもしれませんが、山本さん宛てです。「表紙デザインをお願いするデザイナーさんの選出方法についておうがいしたいのですが」と来ています。

山本:先ほどお話ししたものと同じになってしまうかもしれないんですが、作家さんの作品に合っているデザイナーさんにお願いするのが選出になります。今までお付き合いのあるデザイナーさんが何人かいらっしゃって、その方にお願いすることが基本的には多いです。

ですが、書店さんなどで「良い装丁だな」と手に取ったものが、だいたい「またこのデザイナーさんだ!」という感じで、すごくすてきだなと思う時は新しくお声がけすることももちろんあります。やっぱり作品に合っている方にお願いしないと、みんなが幸せではない結果になることが多いですね。

小禄:やっぱり、「ちょっと違うな」という違和感が出てきてしまうんですかね。

山本:そうですね。方向性がみんな合っているほうがいいので、いろんなタイプのデザイナーさんがいらっしゃるのだと思います。

小禄:そうですね。確かに、デザイナーさんの中でも得意・不得意がありますもんね。ありがとうございます。

表紙デザインは、漫画家だけで生みだされるものではない

小禄:では、お時間もそろそろ終わりが近づいてきたので、エンディングに差し掛かってまいります。ここまで「漫画家の知らない表紙デザインの世界」というかたちで、いろいろお話をさせていただきました。お三方、いかがでしたか? 白川さんから感想をいただけますか。

白川:こういうふうにしゃべる機会がなかなかないので、ドキドキしていたんですが、みなさんの参考になればいいなと思います。ありがとうございました。

小禄:ありがとうございます。では、たらちねさん。

たらちね:「なんで自分はここにいるのかな」というぐらい、しゃべってないんですが(笑)。

(一同笑)

たらちね:いろいろ聞くことができて、すごく楽しかったです。ありがとうございます。

小禄:ありがとうございました。では山本さん、お願いします。

山本:作家さんがいて、デザイナーさんがいて、コミックスができているので、今日はいろんな話をうかがえて本当に楽しかったです。ありがとうございます。

小禄:ありがとうございました。本当にそうですね。表紙デザインは漫画家さんが作っているものではないし、いろんな方の関わりで生まれているものだということを1人でも多くの方に知っていただければと思い、このセッションをお送りさせていただきました。

それでは、このへんでセッションを終わりたいと思います。みなさん、最後までご視聴ありがとうございました。

一同:ありがとうございました。