2024.11.26
セキュリティ担当者への「現状把握」と「積極的諦め」のススメ “サイバーリスク=経営リスク”の時代の処方箋
『新世界秩序と日本の未来』(集英社新書)刊行記念 内田樹 × 姜尚中 オンライントークイベント 東京オリンピック後の世界を展望する(全1記事)
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姜尚中氏(以下、姜):自民党総裁選を経て、これから総選挙があるわけですが、なんだかすごい政局になっていますね。『新世界秩序と日本の未来』でも、コロナ禍で疲弊した日本の社会がこれからどうなるのかということは重要なテーマでしたが、内田さんは今の状況をどのようにご覧になっていますか。
内田樹氏(以下、内田):僕は、日本の戦後民主主義の壊死が始まっていると思っています。日本という国は市民革命を経験していません。我々の民主主義はいわば下賜されたもので、1970年ぐらいまでは、それを何とか日本固有のものとして根付かせ、開花させようという努力があったと思います。
でも、それから後は、人々はそのことへの関心を失ってしまい、時間が経てばそれなりに民主主義も土着して日本に受肉するだろうという楽観的な空気もありました。21世紀に入って改めてしみじみ思うのは、戦後民主主義は日本の思想的・感性的風土から養分を引き上げることができず、結局土着しなかった、ということです。
姜:日本の民主主義が機能不全に陥っているというのは、その通りだと思います。その原因のひとつには、政治家が語る言葉が非常に空疎になっているということがあるのではないでしょうか。
たとえば、菅義偉首相(当時)が9月初めに総裁選出馬を断念した時、「選挙とコロナ対策は両立できない」と弁明していましたね。でも、そんなことは最初からわかっていたはずです。
実際にはありとあらゆることを通じて政権を維持しようとしていたにもかかわらず、最後までそのような嘘をついて辞めていく。結局、官邸や永田町で流布されている「政治の言葉」がまったく肉声を持っていないということが、改めて浮き彫りになったと思います。
以前であれば、首相の立場にある政治家の言葉にはもっと「人間」が感じられました。なぜ今、こんなにも政治家の言葉が届かないものになってしまったのかと、暗たんたる気持ちになります。
内田:安倍・菅政権のこの約9年間で、言葉が本当に空疎になってしまいました。
内田:彼らの常套句は「個別の質問にはお答えできない」「仮定の質問にはお答えできない」でしたけれども、結局のところ、政治家の言葉が軽くなったのではなく、政治家の側にそもそも自分たちが発する言葉を届かせようという気がないんですよね。
言葉を届けるためには、自分の話にそっぽを向いている人をこっちに向かせたいというインセンティブが絶対に必要で、そういう人たちとも何とかチャンネルをつくっていくというのがコミュニケーション能力であり、言葉の力だと思います。でも、今の政治家は自分の反対者・敵対者に向かって「ちょっと俺の言うことを聞いてくれ」と袖をつかんで訴えるようなことをしません。
なぜなら、わざわざそんなことをしなくても当選できるからです。いまや投票率が50パーセントを切っているわけですが、現在の選挙制度だと、有権者の25パーセント程度の支持があれば選挙では圧勝し続けられます。
それなら、全国民に支持を広げようと努力する必要はないし、ましてや自分に反対する人はオーディエンスとしてカウントしなくてもいい。25パーセントのコアの支持層だけに受ける話をしていれば勝てるんですから、内輪で通じる言葉ばかりしゃべるようになってしまう。
菅さんと政治部記者たちのやり取りはまさにそうでした。記者たちは一応は国民を代表して質問しているわけですけれども、菅さんからすると、不都合な質問をする記者は「不支持者」を代表して質問しているように見える。それなら、別に説得したり、同意を求めたりする必要はない。木で鼻をくくったような答えをして、そういう記者たちが「まったく相手にされていない」という印象を与えればそれでいいんです。
あの答弁は、国民に対して「自分を支持しない人間は何も与えられない」ということを告知している符丁(仲間内だけで通じる合言葉)なんですから、コミュニケーションが成立しないのは当然です。
姜:今、符丁とおっしゃったけれども、あの無味乾燥な言葉は結局、官庁用語だと思います。8月6日の広島平和記念式典で菅さんが読み飛ばしたスピーチなどが典型的ですが、ああいう形骸化した言葉を使いながら、政治家の側はその製造元である官僚を威圧し、人事を操るという構図がありました。
内田:菅さんも安倍さんも、権謀術数が渦巻く世界を生き抜いて位人臣を極めた(臣下として最高の地位についた)人たちですから、実際にはもっとちゃんとした言葉、人を動かせる言葉を持っているはずなんです。たぶんプライベートで会って話をすれば、それなりに説得力のある言葉を語ると思います。
姜:そう思います。僕は官房長官時代の菅さんにインタビューをしたことがありますが、一般に流布されている、取り付く島もないような印象とはまったく違いました。人間臭い部分もあるし、けっこう言葉を知っている人でしたよ。
内田:でも、そういう私的な言葉と公的な場でしゃべる言葉の間につながりを作れないということが問題なんだと思います。今の政治家たちは内心の思いを、論理的で説得力のある言葉に変換する能力が非常に低い。だから、プライベートでは「話のわかる人」なのに、公的場面では定型句しか口にできないということが起きる。
姜:今の話で言うと、たとえばかつて小渕恵三内閣が「富国有徳(ふこくゆうとく)論」というスローガンを掲げた時などは、ドロドロの現実である「密教」的な言説をなんらかの理念、つまり「顕教(けんきょう)」に翻訳し、それを政治的言説として発信していました。
ところが、安倍首相の打ち出した「美しい国」というビジョンはほとんど中身がないもので、結局、ありとあらゆるものが憲法改正に収れんしていけばいいという、いわば「密教」的な自分の執念だけが濃密だったと思います。
姜:政治家の言葉が届かないということで言えば、野党も同じです。野党が語る言葉は戦後民主主義の憲法に代表されるような顕教的言説に寄りかかりすぎて、清濁併せ呑む「密教」の部分が見えてこないので、有権者には伝わらないところがあるんじゃないでしょうか。
内田:豊かな政治的コミュニケーションというものは、ただ「生臭い」だけでもダメだし、ただ「きれいごと」だけでもダメで、その二つを架橋できる、厚みと奥行きのある言葉を持たないといけないと思うんです。でも、与野党共に今の政治家たちにはそれだけの言語能力がありません。
自民党は「ドロドロ」の現実になじむばかりで、倫理的指南力を持つ公的な言葉を持っていない。野党は逆に理想は語るけれど、大衆の「政治的に正しくない」妄想や欲望やイデオロギーには目を向けない。
野党の理想主義的な言葉づかいに対しては、「そういう『政治的正しさ』は、どうせ外来のものなんだろうから、どうしても信用できない」という不信感が大衆心理にはあるわけですよね。
その警戒心をどうやって解除していって、政治的な理想主義を生活の現実に着地させるか、それが課題だと思うんですけれど、野党の場合には、自民党とは逆に、「顕教」から「密教」に翻訳することが苦手です。どうしても「きれいごと」に終始してしまって、人間の「ドロドロ」のところに踏み込まない。
姜:なぜ野党がここまで後退したかというと、いわゆる護憲派の言葉がきわめて保守的に聞こえるというところもあると思います。
本来、日本国憲法や戦後民主主義は「未完のプロジェクト」であるはずなのに、彼らの意識では「自分たちはもうすでに近代民主主義のプレタポルテ(注:フランス語で、すぐに着られる高級既成服のこと)を持っているのに、これを与党が毀損している」ということになっている。
だから、戦後の歴史を知らない若い人たちにしてみれば、現状維持を崩そうとしている保守派の方がむしろ「革新」に見えてしまうんじゃないかと思うんですよね。
内田:おっしゃるとおりです。僕は生まれついての護憲派ですが、護憲派の集会で「我々主権者は~」などと話されているのを聞くと、「みなさん、それは間違ってるよ!」と思います。憲法は「日本国民はこれを制定す」としているけれども、少なくとも日本国憲法が公布された1946年11月2日まではみんな「大日本帝国」の臣民であって、「日本国民」は存在しませんでした。つまり、これは一種のフィクションなんです。
たとえば人権宣言は、「現実には人権が守られているわけではないけれども、未来にはあの方向に行くんだ!」という宣言なわけです。日本国憲法も同じで、前文や条文に書かれていることの根拠となるような現実はないんです。
逆に言えば、憲法が「日本国民がこれを制定した」と言っているのは、「こういう憲法を自力で起草・制定できるような『日本国民』というものに自己形成していきましょう」という宣言として読むべきなんです。
今の我々はぜんぜん主権者なんかじゃないし、日本は民主的な国家になんてなっていない。野党はまずそこを認めて、どうやってこの民主主義を血肉化していくのか、ゼロベースで話をしていくべきだと思います。
姜:まったく同感ですね。
姜:6月に通常国会が閉会してから、野党が繰り返し臨時国会招集を要求しているにもかかわらず、国会は閉じられたままという状態が続きました。これは憲法53条違反だと言われていますが、あまり大きな問題になっていません(注:日本国憲法第53条条文:内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない)。
内田:立法府の機能が非常に低下していますよね。一方で、行政府に権限が集中するようになった。これは民主主義にとって本当に危機的な状況だと思います。国会という言論の府がおろそかにされるというのは、議論なんてしなくていいから、採決のボタンが押せるロボットが議員になればいい、ということですから。
姜:デモクラシーは議論の応酬によってできあがっていくものなのに、怖い事態になっていますよね。「万機公論に決すべし」ではないですが、明治日本が近代化を成し遂げることができた理由のひとつは、みんなが議論して知恵を出し合ったというところにもあったはずで、これは同時代の清朝や李氏朝鮮ではできなかったことでした。
内田:ある時期から、過半数を取ったものが正しいんだというロジックがまかり通って、反対する側とは一切対話しない、ということになってしまいました。たとえ51対49で過半数を取ったとしても、49の方にも民意はあるわけですから、本来ならそこで妥協したり対決したりしながら、合意形成をしていくということが国会議員の能力だったはずなんです。
姜:国会で丁々発止議論すること自体が非効率だ、行政の執行権力だけあれば早く問題が解決できる、ということになっていったのは、小泉政権で竹中平蔵氏が主導した「聖域なき構造改革」の頃からだったと思います。
効率性やコストといったマーケット用語が政治を侵食した結果と言えますが、政治の合意形成にはマーケットの価値とは違うものがあるはずだということを、政治学者はもっと口を酸っぱくして言わなければいけませんでした。
内田:今、マーケット用語とおっしゃったけれども、政治だけではなく日本社会の基幹的形態が農業から株式会社、つまり営利企業に変化したわけです。昔であれば、みんなで意見を言いながら落とし所を見つけていくという農村共同体の合意形成をしていたけれども、今はみんなサラリーマンですから、CEOがトップダウンで決めていくし、反対するヤツは左遷するというやり方に馴染んでいる。
確かに、株式会社ならそれでいいんです。CEOの経営判断の適否は、マーケットがすぐに判断しますから。でも、国政の場合、マーケットは何かといえば、国際社会におけるプレゼンス、つまり国力です。政治的発言力、外交力、文化的発信力、そうしたものがどれだけ高められたかというと、日本の国力はこの30年間で低下している。
これは国政の失敗、すなわち日本国のCEOである首相に下された評価です。つまり、いくら国政選挙で勝っていても、それは社内の人気投票でCEOの適否を決めているようなものであって、僕は「なに人気投票で決めてんだよ、世界の中の日本を見ろよ!」と叫びたくなってしまうんですよ。
姜:内田さんの雄叫びが響きわたりました(笑)。でも、おっしゃる通りです。中途半端なマーケットのアナロジーがしたことが今の状況を招いてしまいました。
姜:以前から内田さんは、今回のオリ・パラは日本社会が大きく方向転換するきっかけになるとおっしゃっていましたよね。オリ・パラが終わった今、状況をどう見ていらっしゃいますか。
内田:オリ・パラとコロナ対策の失敗で、「振り子」はほぼ振り切れたと思っています。自民党に十分な政権担当能力がなくなったことはもう明らかになった。だから、これから「振り子」が逆に振れるバックラッシュが始まると思います。
自民党総裁選をめぐって「メディアジャック」ということがよく指摘されます。「こういう疑似政権交代で世間の耳目を集めて自民党は延命してきたんだ」という話が、いわば一般常識として語られていますね。僕はこれはメディアリテラシーがそれなりに成熟してきたことのあらわれだと思います。
テレビ用語では「見切れている」と言いますが、カメラ位置が下がると、書き割りの仕掛けが見えて、スタッフの出入りが見えて、照明やカメラが見えてしまう。別にカメラ位置が下がっただけで、特に高度な批評性を発揮したというわけでもないんですけれど、それでも、そこで演じられているものがどういうふうに「仕込まれているか」の裏が見える。
自民党総裁選の仕掛けが「見切れた」のは、日本人のメディアリテラシーが劇的に上がったということではなく、本来なら画面に映らないものが映り込んでいるのが見えるようになったからです。だから、国民はこれまでほど簡単にはだまされなくなったんじゃないでしょうか。
姜:僕の周りでも、今まで「安倍さん、よくやっているんじゃないの」と言っていた人たちが、そういうメタ言説的なものの見方をポロッと話してくれるということが増えてきた気がします。「見切る」ことは、今後の世論にそれなりの影響を与えることになるかもしれません。
姜:この約10年の間、与党が圧倒的なまでに強大化し、野党は与党にとって箸にも棒にもかからない存在であり続けてきました。ただ、次の総選挙ではちょっと違う状況になるかもしれません。僕は、政権交代の良し悪しは別として、そういう可能性があることが与党の内部に緊張感を生み、それが絶えざるイノベーションを生み出すことにつながると思っています。
内田:可能性はともかく、僕はとにかく政権交代してほしいです。メディアを蘇生させるためです。報道の自由ランキングで日本はいま世界71位ですが、政権交代したらたぶん一気に10位以内に入るんじゃないでしょうか。安倍・菅政権の下でこれまで抑圧されてきたメディアも、政権交代したら息を吹き返します。野党連合政権なんか、ぜんぜん怖くないから、容赦なく政権批判をする。失政を暴く。それでいいと思うんです。
報道の自由が回復すれば、官房機密費や森友・加計・桜、東北新社といった、この間隠ぺいされてきた情報だって明るみに出る。メディアが遠慮なく報道すると思ったら、官僚たちも積極的に内部告発をする。それだけでも政権交代する甲斐はあると思います(笑)。
姜:ある意味、究極の予測が出てきましたね(笑)。でも、本来、政治改革の意義はそこにあったわけです。
内田:とにかく今はもう膿が溜まりに溜まっているわけです。この膿を溜めたままでは日本は再生できません。膿を出すには外科手術が要るけれども、それには痛みを伴う。おそらく野党連合政権は迷走するし、失政も多いでしょうけれど、それは「膿を出し切るための外科手術の痛み」として我々は甘受すべきだと思うんです。
姜:戦後民主主義を否定すべき部分はあるとしても、やはりまるごと否定するのは違うと思います。内田さんと僕は同い年ですが、今のような民主主義の形のままでは目を閉じられないですよね。
最近、誰かが「政治を変えて幸せになろう」と言っていましたが、やはり政治を変えることで幸せに近づいていくことができるのだと思います。今はなかなか酒を飲みながらということはできないですけれども、幸せになるために、こうやってみんなでどんどん日本の政治を語り合っていくということも必要です。
内田:これからも、姜さんと言いたいことを言っていきたいと思います(笑)。特に、僕らの世代は、今の日本の民主主義が機能不全に陥るに至った大きな責任を負っています。僕も姜さんも残りの人生はもう少なくなっていますが、なんとかして日本の民主主義の機能が回復するようにしていきたいですね。
(構成:加藤裕子)
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