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『心理的安全性のつくりかた』の著者が語る『恐れのない組織』の魅力(全1記事)

日本の管理職が抱える「間違いを認めたらダメ」という思い込み 組織の心理的安全性をつくる「失敗」の捉え方

読者が選ぶビジネス書大賞2021で、マネジメント部門賞を受賞した『心理的安全性のつくりかた』。著者の石井遼介氏は、受賞スピーチで同じく英治出版から出されている『恐れのない組織』をお勧め本として挙げています。2021年のビジネスバズワードとも言われている「心理的安全性」をテーマにした2冊。心理的安全性の日本の第一人者である石井氏に、この2冊の特徴を聞きました。 ※このログは英治出版オンラインの記事を転載したものに、ログミー編集部でタイトルなどを追加して作成しています。

心理的安全性に関心を持ったきっかけ

――まず、心理的安全性に関心を持ったきっかけについて教えてください。

石井:もともと、一人ひとりが情熱や才能を輝かせるにはどうすればよいか、ということに興味がありました。この問いに対して、認知行動療法などをベースにまとめたのが前著『悩みにふりまわされてしんどいあなたへ』です。

悩みにふりまわされてしんどいあなたへ 幸せになるためのいちばんやさしいメンタルトレーニング

精神科医の友人と一緒に書いたこの本にも収録した、計算ドリルのように自分一人で問いに回答していくワークを通じて、その場でメンタルによい変化を起こすことはできました。しかし、チームが変わったりパワハラ上司の元に戻ると、その変化も結局は続かない、という現実を目の当たりにしました。

もちろん心の持ちようを変えていくことも、それはそれで役に立つとは思うのですが、働く環境そのもの、つまり組織やチームが大事なんだと感じるようになりました。

そういう問題意識を持っていたときに、Googleのプロジェクトアリストテレスについて報じたニューヨーク・タイムズの2016年の記事を読み、心理的安全性という考え方を知りました。それをきっかけに、エドモンドソン教授の論文や『チームが機能するとはどういうことか』を読み、学術的研究の蓄積を日本の土壌でどのように活かすかを模索し始めたんです。

学術的研究で明らかにされていることを現場でどのように実践するのか、それこそが重要だと考え、本の執筆の前に、心理的安全性を高めるための企業向け研修プログラムや、リーダー・管理職向けの「心理的安全性認定マネジメント講座」を開発し、お客様とともに実践を繰り返しました。本を出版する時点でも、100人以上の管理職の方々と並走しながら、どのようにして心理的安全性を高めるかを試行錯誤し、ノウハウを蓄積していたんです。

「行動分析」に基づき考えると、個人を責め立てることがなくなる

石井:そのような実践の中で学んだことを、イベントなどでお話ししていたところ、編集者の方から「本を書きませんか」とメールをいただいたのが、執筆の直接のきっかけです。

――心理的安全性の概要を伝えること以上に、日本の文脈での実践に最初からフォーカスしていたんですね。

石井:そうです。本を出版したいと思っていたわけでなく、心理的安全性をつくりたいというのが先で。ただ、本を通じていろんな人に心理的安全性の考え方を知ってもらい、実践のきっかけをつくることには価値があると思い、本を書くことにしました。

心理的安全性のつくりかた 「心理的柔軟性」が困難を乗り越えるチームに変える

この本には、読んで「勉強になりました」で終わるのではなく、実際に動き出して欲しいという願いを込めました。読んで納得し、理論や体系を理解した上で、自分のチームについて考えてみる。そして、トライ&エラーを繰り返しながら、もう一度この本を読むと、新たな発見がある。そういう「本当の意味での実用書」を書きたいという思いが強くありました。

――『心理的安全性のつくりかた』は、徹底的に「行動」にフォーカスしている点が印象的でした。

石井:それは、私が心理学の中でも、「行動分析」という考え方を専門にしているのが大きいと思います。行動分析では、性格や心の良し悪しをあまり論点にしないんですね。どう考えるかというと、人は環境、つまり、「きっかけ」と「みかえり」によって駆動されると捉えます。この捉え方を用いると、個人を責めて追い込むということにつながりにくいんです。

その行動が役立つかどうかは、状況・文脈による

――なるほど。あと、この本で特徴的だなと感じたのは、ある行動の良し悪しは、状況依存的であるという主張です。つまり、上司の行動ひとつとっても、部下のパーソナリティや置かれた状況によって、適切な行動はその都度変わってくると。そういう意味では、リーダーの「状況を捉える力」が非常に重要ですよね。

石井:『心理的安全性のつくりかた』にも出てくる「機能的文脈主義」ですね。行動分析をベースとした、ACT(Acceptance and Commitment Therapy / Training)と呼ばれる第3世代の認知行動療法では、その土台となる科学哲学として「機能的文脈主義」、つまり、それが役に立つ(機能する)かどうかの判断は、状況・文脈による、という考え方を採用します。

元々は悩んでいる方をケアする文脈で使われてきた科学哲学ですが、機能的文脈主義はビジネスにおけるマネジメントや経営に応用できると考えています。実際、営業のエース・プレイヤーが、マネージャーに昇格しても同じことをやっていたら、昇格後という文脈では機能的ではない(役に立たない)わけですよね。

一方、工学部出身ということもあり、再現可能性にも興味があります。再現可能といってももちろん、一人ひとりの人間は違うので、例えば、「こういう言い方をすれば、誰にでも絶対伝わる。」とか「このフレーズで、どんな人でも絶対動かせる」みたいなことは無いと思っています。

状況依存的だからこそ、リーダーは「自分自身を問題の中に入れる」

石井:しかし、行動分析の原理原則は再現可能性が高く、例えば「自分が取った行動の後に良い反応が起これば、その行動を繰り返してみよう」と思い、一方で「自分が取った行動の後に嫌な反応を経験すると、その行動を避ける」ようになります。

具体的には、ミスを上司に報告した際「すぐに報告してくれてありがとう」と感謝されたら、次もミスが発覚した時、また報告するという行動をとるようになり、逆に「報告しに行くと?責された」という経験があると、ミスそのものではなく「上司にミスを報告する」行動が減ってしまう。

また、リーダーの「状況を捉える力」という点では、「他人事にならない」ことが重要だと思います。研修の場で「リアルな課題を共有してください」と投げかけるのですが、「(自分ではなく)彼らができていない」「(自分のせいではなく)若手の発言が少ない」という構図でお話になることがよくあります。自分自身もチームの一員、しかも時に、管理職やリーダーであるにもかかわらず、です。

こういう構図では、チームをよくしていく試みはなかなかうまくいきません。人々の行動は状況依存的であるからこそ、「自分自身を問題の中に入れる」、つまり、自分がその課題にどう影響を与えているのかを深く理解し、それをもとに行動を変えていくことが重要だと思います。例えば若手の発言が少ない時は「わたしは、若手が発言しやすいような、適切なきっかけやみかえりを与えることができただろうか?」が本当の問いとなるでしょう。

心理的安全性を高めるためには、まず「大事だ」という認識から

――篠田真貴子さんにインタビューした際に、『恐れのない組織』というタイトル(原題はThe Fearless Organization)の印象をうかがったのですが、石井さんはこのタイトル、どう思われましたか。

恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす

石井:率直に、いいタイトルだと思いました。『恐れのない組織』の中でも言及されていますが、「心理的安全性」が様々な誤解を受けてきたということを踏まえて、「余計な対人関係の恐れのない」という本質をしっかりと伝える――そういう意図だと受け取りました。Fearlessは「大胆な」とも訳出できますが『恐れのない組織』の方が、原題にエドモンドソン教授が込めた意図が伝わりやすいのではないでしょうか。

また、このタイトルを見たとき、「罰なき社会(The Non -Punitive Society)」を思い出しました。私が勉強してきた行動分析学の創始者、バラス・スキナーというハーバード大学の先生の目指していた社会とすごく対応しているようなイメージを持ちました。きちんと調べたわけではない思いつきですが、エドモンドソン教授もハーバードなので、何かしらつながりがあるのかもしれませんね。

――『恐れのない組織』の中身についてもお聞きしたいのですが、本書の特徴は、どのあたりだと思いますか。

石井:まずは「事例」ですね。心理的安全性を高める実践をしていくには、「心理的安全性、確かに大事だ」と認識することがスタートだと思います。この本のなかには、福島原発からピクサーまで、日本も含めて世界中の様々な業界の事例が出てきますよね。

これらの事例を読むと、「確かに心理的安全性は必要だな」と多くの方に、納得感を持って感じていただけるのではないでしょうか。こうした事例を一冊にまとめて提示していることに価値があると思います。

リーダーほど認識できていない、チームの心理的安全性

石井:次に、篠田さんが「心理的安全性って、そういうことだったのか!」と帯文に書かれている通り、学術的背景が整理され、「What」がしっかりと説明されていますよね。そこもこの本の強みだと思います。一方で、『心理的安全性のつくりかた』はリーダーがどう心理的安全性を高めていくのかというHowの部分にフォーカスした本という違いがあると思います。

最後は、「リーダーシップ」です。心理的安全性づくりには、リーダーの影響力が大きいと本書でははっきりと書いてありますが、日本企業を見ていると、リーダーが自分のチームの心理的安全性の状態を認識してない場合がやはり多いんです。

なぜかというと、立場上リーダーであれば発言がしやすく、自分のチームの心理的安全性は高いと認識してしまうからです。「これくらい、みんな言えばいいのに」と思ってしまう。しかし、他のメンバーからはチームの心理的安全性が高いとは思われていない。こういうことは、言われてみないと意外と気づけなかったりもするので、とても重要なメッセージだと思います。

昇進していくと生まれがちな、「間違わせてはいけない」という固定概念

――やはりリーダーの自己認識とチームメンバーの認識は乖離しているのが実態でしょうか。

石井:そうですね。心理的安全性を測る調査もしていますが、役員や本部長などの役職がついていたり、ベテランだったりすると、自身のチームへの心理的安全性が高いと感じる傾向があります。同じチーム内でも、リーダーや管理職は「何でも言えて心理的安全性が高い」と感じている一方で、「いやいや、本部長とは目も合わせられない」という意見があったりします。

「メンバーには、何でも言ってこいと言っているんですけどね」というリーダーに対して、メンバーは「でも実際に言うと怒りますよね」と感じている。このような認識のズレがあったままだと、チームを良くしようという試みはなかなかうまくいきません。

本書のなかで、リーダーが間違いを認めることについても書かれていますが、日本という文脈でも、特に重要な点だと思います。

私たちが見てきた組織では、課長や部長に昇進していくと、なぜか「間違いを認めたら駄目だ」といった固定観念が生まれがちです。メンバーの方も、上の人を「間違わせてはいけない」と思い込んだりしています。

率直に発言し、フラットにディスカッションすれば2分で解決するような話なのに、膨大な人員と時間と予算をかけて、上司を「間違わせないように」しようとする謎の努力、いわば忖度やいびつな工夫をしている企業などを目にしてきました。それはあまり健全じゃないですよね。

失敗をしたくてしている人などいない

――その他に注目すべき箇所はありますか?

石井:村瀬先生の解説はぜひ読んでいただきたいですね。これは素晴らしい解説ですし、実際、仕事をする人はすごく勇気づけられると思います。例えば、「早めに小さく失敗したチームのほうが、結局イノベーティブだった」という話を、論文を引きながら紹介されているのが面白いと思いました。

『心理的安全性のつくりかた』でも「失敗を責めてはいけない」という話は書きましたが、「方針転換できるうちに早く小さく失敗しろ」というメッセージはとても具体的ですし、感銘を受けました。

――『恐れのない組織』の中でも「失敗」はキーワードですよね。失敗をネガティブに捉えるのではなく、リフレーミングする必要性をエドモンドソン教授は主張していますし、村瀬さんの解説でもその点が改めて強調されています。一方、早めに失敗するほうがよいというメッセージに対して、「そうだよな」と頭では理解しても、実際問題として、失敗するのは嫌だな、カッコ悪いなと思ってしまう気もします。そのあたりについて石井さんはどのように考えますか?

石井:失敗に関しては、3つくらい論点があると思います。

まず、マネジメントや管理職の人たちには、「失敗したときは厳しく接して、次の成功確率を高めないといけない」という考えがあるように感じます。

しかし、そもそも失敗したくてする人はほとんどいないと思いますし、基本的には失敗した時点で嫌な思いは十分しているわけです。なので、その状態の人に対して、追加の攻撃になってしまうようなことは必要ないのではないでしょうか。

結果ではなく、前例のないことに取り組んだこと自体を褒めるべき

――失敗した時点で、すでに大きくダメージを受けているんだから、傷口に塩を塗るようなことは必要ないと。

石井:そうですね。さらに「失敗はただの結果にすぎない」という認識も必要だと思います。結果がどうかということよりも、前例のないことに取り組んだこと自体が尊いわけで、まだ成功か失敗か結果が出ていないタイミングで「まずは新しいことにトライしてみてくれてありがとう」と承認したり、褒めたりということが大切なのではないでしょうか。

もちろん、やるべきことをさぼって失敗したのであれば、その点を指摘することは必要かと思います。しかし、念入りに準備をしたとしても、すべての結果をコントロールできるわけではないと認識することが重要だと思います。 最後は、「現実をどのぐらい現実として認められるか」でしょうか。例えば、データはうまくいっていないことを示していても、その現実を認められず、ずるずる進めてしまうことってありますよね。

会社によっては上司が「なぜうまくいかないんだ」と怒り始めることもあり、もう少し進めるにせよ、方針転換したり撤退したりするにせよ、「いまのところは成果が出ていないね」ということをフラットに受け入れた上で、「じゃあ、どうしようか?」と、アイデアを出していくことが必要だと思いますし、そのような組織こそが、心理的に安全な組織なんだと思います。

リモートワーク下では「返信」と「反応」をわける

――『心理的安全性のつくりかた』の出版以後、読者の方からの反応などを通して考えていることなどはありますか?

石井:やはりリモートワークですね。心理的安全性の観点からは、チャットコミュニケーションなどで「返信と反応を分けること」が重要なのではないかと考えています。

――返信と反応を分ける?

石井:リモートで仕事をしていると相手の状況が分かりづらいじゃないですか。そういうときに、例えば、あるメンバーが頑張って作成した企画書を上司に送ったとしましょう。上司も忙しいので、「よし、しっかり見てコメントしよう」と考えて3日後とかに返信をするわけです。

そうすると、3日間スルーされた状態のメンバーは、「上司は何か怒っているのかな」とか「クオリティーが低かったのかな」とか、余計なことをいろいろ考え始めるわけです。単に、上司は忙しくて、まだ中身を確認できていないだけなのに。

このように、リモートで自分の忙しさを相手が認識しにくい状況下では、しっかり見てから「返信」しようとするのではなく、まずは「反応」するに限ります。「送ってくれてありがとう。ちょっと忙しいから週末見るね」という反応が一言あるだけで、メンバーの週末はハッピーなものになりますよね。

15秒もあればできるちょっとした「反応」があるかどうかによって、チームメンバーの気分は変わりうるので、そういうチームのための行動が大切だなと感じています。

――返信と反応を分ける……これは今日から、自分ひとりでも始められそうですね。最後に、石井さんの今後の展望を教えてください。

石井:心理的安全性を日本の社会に広めて、心理的に安全な職場を増やしていきたいと思います。実際、いくつかのチーム・組織では、徐々に芽が出て、花が咲き始めているかなとは思うのですが、もっと増やしていきたいです。それから、『心理的安全性のつくりかた』で「心理的柔軟なリーダーシップ」という考え方を提案しましたが、リーダーシップ開発を並走できるコーチング的なプログラムを提供していきたいと考えています。

――ありがとうございました。『心理的安全性のつくりかた』と『恐れのない組織』が相乗効果をもって、心理的安全性という考え方がより広まると嬉しいですね。

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