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『100案思考』刊行記念 橋口幸生×田中泰延トークイベント 「仕事も人生も”下手な鉄砲も数撃てば当たる”でいい。」(全6記事)

うまくいく人とそうでない人の違いは、「アイデアの数」と「努力の桁」 トップクリエーターたちの「そこまでやるか」な仕事のやり方

代官山蔦屋書店にて、電通コピーライター・橋口幸生氏の著書『100案思考 「書けない」「思いつかない」「通らない」がなくなる』の刊行記念イベントが行われました。本セッションでは、橋口氏と同じく電通コピーライター職を経て、現在は文筆家として活躍する田中泰延氏との対談の模様をお届けします。橋口氏いわく、いいアイデアを考えてくる人の共通点は「とにかくたくさん数を出すこと」。本記事では、伝説級のクリエーターが実践していたアイデアの出し方や、広告賞を獲った人の努力の量などが語られました。

伝説的なクリエーターも考えていた、アイデアの「数」

田中泰延氏(以下、田中):こういうクリエーティブな世界で華々しく活躍している先輩って、やはり数をやっているなというのを、僕も見てきた経験があります。僕は電通関西支社で中治信博さんという方の仕事をずっと見ながら、部下としてもやってきたんですけれども。

大きな紙に、もう本当に紙面が真っ暗になるぐらいアイデアとかコピーが書いてあるんですよね。A3ぐらいの大きな1枚の紙に100個どころじゃなく書いてあるんです。そのうちのいくつかに最終的に丸が付けてあって。その時に、これはやはり、それだけの数の中から自分で選ばなきゃ、かたちにはならないぞというのを学びましたね。

橋口幸生氏(以下、橋口):中治さんは、象印とかキンチョーのCMをたくさん作られている、僕らの広告の世界では伝説的なクリエーターで。みなさんも中治さんのCMって絶対見られたことあると思うんですけれども、「あの中治さんでも数を考えているの!?」というのはありますよね。

田中:そうですね。中治さんがあまりにも数を考えていて、しかもそのジャンル分けをしていたんですよ。「それは明るいか?」とか、「それは機能を言えているか?」とか、「それは○○か?」みたいなことで、何十個かずつアイデアを分類していたら、最後に中治さんの先輩の石井達矢さんが来て、「お前はアホか?」と書いていましたけど。

橋口:(笑)。

田中:そうなんですよ。でもやはりその石井さんですら数を考えていて、打ち合わせに来たら、大きい紙にアイデアとイラスト1枚を書いて、「これで行こう思うてるんや」みたいな感じでやっていました。そこに行くまでは、自分でたくさんやっていたと思いますね。

橋口:見せていないだけでしょうね。

田中:腕組みして、その1案だけ思いついて「これでOK」という人は、まずいないでしょうね。

実は、下の人間にダメ出しし続けられることもすごいこと

橋口:そうですね。僕も、とある厳しいCD(クリエーティブ・ディレクター)の下で、本当にコピーを毎回300本、400本とか書いていたことがありました。

田中:なるほど。

橋口:クライアントがOKを出しても、CDのOKが出ないんですよ。

田中:クライアントはもう「これでいいですよ」と言っているのに。

橋口:そうです。実際に新聞に掲載されたあとも、入稿がまだの新聞があるから、もっといいものに差し替えられるんじゃないかみたいな感じで、OKが出ないんですよ。

田中:もう輪転印刷機を止めそうな勢いですね。

橋口:そうなんですよ。でも今思うとすごいのが、「もっといいのがあるんじゃないの?」と言うだけで、これといったディレクションはないんですよ。

田中:はい。

橋口:自分がCDとしての仕事が多くなってきた今になって、下の人間にダメ出しし続けられるのも実はすごいなと思って。僕だったら自分でやっちゃうんですよね。100案とか書かせていいのが出てこなかったら、それこそプレゼン日も迫っているし、入稿も迫っているし、自分でやっちゃうんですけれども。

田中:業界用語でいうところの「どけ、俺がやる」方式ですね。

橋口:そうです。そういうタイプの人のほうが多い印象があるんですけれども、クリエーティブ・ディレクターに特化して才能がある人って、待つのが得意ですよね。

クリエーティブ・ディレクターに向いているのは「地球始皇帝」タイプの人

田中:ああ、そうですね。佐々木宏さんが、「クリエーティブ・ディレクターの性質は、砂漠でみんな水がどっちにあるかわからない時に、『あっちだからお前ら探しに行け』と言って指し示して、自分はドカッとそこで待ってたら、『水がありました』と。それを待つ仕事だ」と言っていましたね。

橋口:はい。はい。はい。

田中:でも喉が渇いたら、自分だって探しに行っちゃいません?

橋口:僕はそこまで心の余裕がないというか、自分でやっちゃうほうですね。やはりある程度天然というか、それにあまり罪悪感を感じない人ができるんだと思っています。

田中:地球始皇帝タイプですね(笑)。

橋口:地球始皇帝タイプです。例えば、僕の知っているクリエーティブ・ディレクターの中で、部下には何百回もダメ出しするタイプなのに、自分が遅刻しても一切お詫びしない人とか多いんですよ。

田中:(笑)。

橋口:僕が実際経験したのだと、クリエイターとしてはすごく優秀な人なんですけれども、打ち合わせに3時間遅れてきて、「どうしたんですか?」と言ったら、「代官山で服を見ていたら遅くなったんだよね」って。

田中:理由になっていない(笑)。

橋口:前の打ち合わせが伸びたとか嘘をつけばいいのに、「いやぁ、欲しい物って、見つからない時は見つからないね〜」みたいなこと、サラッと言って。

田中:いますね、そういう人(笑)。

指揮官に必要なのは、「部下に嫌われないこと」ではない

橋口:良く解釈すれば部下を信頼しているということだし、悪く解釈すると罪悪感を感じる心の部分があまりないのかなと思いますね(笑)。

田中:(笑)。戦争に例えちゃいけないけれども、部隊の指揮官なんかは、「みんな弾が当たったら痛かろう」と思っていたら指揮できないですからね。

橋口:そうですね。

田中:どこか頭のネジが飛んでて指揮できるところはちょっとあると思いますね。

橋口:本当はそれが正しいんですけどね。やはり部下に嫌われないことより、いいコピーを書くという仕事を優先すべきなので、それは必須要素でもあるんですけれどもね。

田中:そう。部下に好かれようと思っている上司がいる部署は、部署全体で悲惨なことになることがありますからね。

TCC賞を獲るために、他の人から自分のコピーに点数を付けてもらった

橋口:僕がコピーをたくさん書いた経験として思い出すのは、僕も泰延さんも会員なんですけど、TCC(東京コピーライターズクラブ)の新人賞を獲るのが、新人コピーライターにとって1つの登竜門なんですよね。

僕は正直、新人賞を獲ったのがそんなに早くなくて、確か7年目とか8年目の時とかだったかな。同期で獲っている人間がいっぱいいて、最高新人賞とかもいたので、すごく焦って、どうやって獲ろうかなと思って。ある時、「今年1年で絶対獲る」と決めて獲ったんですけれども。

その時にやったことが、あらゆる仕事で、「バンッとキャッチフレーズがくる原稿にしましょう」という、TCC賞を獲れそうなフォーマットの原稿で提案を返していたんですよね。

田中:狙ったんですね。

橋口:それで確か実際に、80とか90とか100本近いキャッチコピーを1年で掲出したんですよ。たまたま運がよくて、たくさんポスターを貼るスペースのある展示会とかの仕事を担当していたので、この仕事でとにかくたくさんのキャッチコピーを世に出そうと思って。

予算的に、写真やイラストを使えなかったこともあり、コピーの原稿をひたすら提案して。80個、90個、応募できるコピーができたので、それを自分の身の回りの先輩たちに見せて、これが好きと点数を付けてもらって、Excelで集計して、一番点数がよかったものからほぼ順番に応募して、やっと獲れたんですよね。

田中:社内で点数を付けてもらったんですね。

橋口:身の回りのコピーの上手な人のところを回って、「どのコピーがいいと思いますか?」って点数を付けてもらっていました。

田中:なるほど。そうやって数字にしてもらうのも、ちょっと勇気がいることですけれどもね。

橋口:そうですね。でも、このあとの話にも出てきますけど、自分のコピーのどれがいいってわからないじゃないですか。自分が出したのに、どれがいいのかって今でもわからない。当時の僕なんてまったくわかんなかったので、人に見てもらって評価が高かったものを応募したんですよね。

「そこまでやるか」と驚いた、グランプリを獲る人のやり方

田中:本当にそうで、たくさんコピー案を出して、「これはあまりおもしろくないんですけど」と言った時に、クリエーティブ・ディレクターが「ちょっと待って。それがおもしろいんだよ」ということはありますよね。

橋口:TCC賞って僕にとって本当に小さな成功体験ですけれども、なにか大きいことを成し遂げている人って、だいたいこういうことをやっているんじゃないかと思っていて。

僕が聞いて一番ビックリした話の1つでは、朝日広告賞という広告賞があるじゃないですか。朝日新聞がやっている、読者の人が新聞広告を作って応募して、優秀なものが選ばれるというもの。これも学生とか新人クリエーターの登竜門みたいになっているんですけれども、それで僕の先輩がグランプリを獲ったことがあったんですね。

課題はガストで。ガストのお店に東大合格者何名、早稲田大学合格者何名みたいな、合格の張り紙が出されていて、キャッチフレーズが「はかどります」なんですよ。

田中:ほう。

橋口:要は、ガストは食べに行くだけじゃなくて、勉強するのに向いていますよということなんです。それを作った人に「どうやって獲ったんですか?」と聞いたら、「毎年30~40個作って応募していた」と言っていたんですよ。

田中:はあ〜〜〜!

橋口:コピーじゃなくて、写真とかも載っているデザインされた原稿ですよ。

田中:アイデアの切れ端じゃなくて、もう原稿面でかたちにしちゃって。

橋口:実際にかたちにして、毎年30個とか応募していて、「今までまったく箸にも棒にもかかっていなかったけど、今年グランプリを獲れた」と言っていて。そこまでやっているものなのかと、僕、ビックリしたんですよね。

僕もその時、朝日広告賞は獲れていなくて、ふてくされていたんです。毎年3~4個、ヒーヒー言いながら作って応募して獲れない。審査員は見る目ないみたいに落ち込んでいたので、グランプリを獲った人の仕事のやり方を見て、「ぜんぜん俺ダメじゃん」と思ったんですよね。

うまくいった人ほど、努力の桁が違う

田中:なるほど。やはりそうですね。この『100案思考』ですごく大事だと思ったのは、極端な話、「私はめちゃくちゃ才能があるから、ちょっと書いたりすればどんどん通るんだ」という人は必要ないんですよ。

100案思考 「書けない」「思いつかない」「通らない」がなくなる

橋口:そうですね。

田中:でも、僕も含めてほとんどの人は、そのやり方でうまくいく可能性がめちゃくちゃ低い。だから30個出すとか。うまいこといった人の話を聞くと、数の桁が違うことがほとんどですよね。

橋口:数の桁も違うし、努力の桁が違いますよね。僕は正直、毎年30~40個作って朝日広告賞のグランプリ獲ったと聞いて、「朝日広告賞グランプリ」という結果の元が取れていないくらい努力しているなと思ったんですよね。

泰延さんの元同期で、最近『AGANAI-地下鉄サリン事件と私』という映画を撮った、さかはらあつし監督がいらっしゃいますよね。さかはら監督の本も何冊か読んだんですけれども、京都大学に入ったところで元は取れないぐらいの勉強量をしているなと思ったり。

田中:そうなんですよ。彼は滋賀大学に1回行って、それからやはりこっちで勉強したいと京都大学に入るまでに、普通の人の倍かかってますからね。 橋口:さかはら監督は、今、アカデミー賞を獲るって言っているじゃないですか。

田中:はい。はい。

橋口:さかはら監督は、アカデミー賞を獲ると思うんですけれども。アカデミー賞を獲ったところで割に合わないようなことをやった結果、獲るだろうなと。

田中:なるほど(笑)。

コアアイデアがつまらないと、どんなにがんばってもおもしろくならない

橋口:ちなみに、僕がTCC新人賞を獲った時に言われたことで今でもよく覚えているのが、当時一緒に仕事をしていた営業部長が、「おめでとう。橋口」と声をかけてくれて、「ところでどうやって根回しして獲ったの?」と言われたんですよ。

田中:(笑)。政治じゃないんだぞと。

橋口:そう。もう根回しとか、そういうずるいことしか頭にないんですね(笑)。 

田中:あれは本当に正面からやっていますよね。今は僕も橋口さんも東京コピーライターズクラブの一次審査員をやっていますが、たくさんある中から選ぶというのは、けっこう心にチクチクくる仕事ではありますよね。「おもしろくない」と思ったら秒で落としていかないと選べないくらいの量を審査しないといけないので。

橋口:あと審査で怖いなと思うのが、シリーズ物の広告ってあるじゃないですか。

田中:そう。シリーズ物の1個目がおもしろくなかった時に、それが24個くらい続く時の僕たちの苦痛といったらないんですけど。

橋口:1個目がつまらなかったら、だいたい残りも全部つまらなくないですか。

田中:全部つまらないんですよ。

橋口:その中で1個だけおもしろい、というのはないんですよね。1個おもしろかったら、だいたいそのあともおもしろいじゃないですか。

田中:あれは怖いですよね。今日の「数を出せばいいのがある」ということと逆になっちゃいますけど、コアアイデアがダメだと、どんなにがんばってもいいものが生まれないんだなという。

田中:一応クライアントに通って世に出ているわけだけれども。1個のアイデアをシリーズとしていっぱいこねくり回して、コンセプトは同じでコピー違い、ビジュアル違いでやっていっても、最初からおもしろくないと、いくらその上に重ねていってもおもしろくないんですよね。

橋口:そうなんですよね。本当怖いなと思います。

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