ヘビの毒を飲んでも「たぶん大丈夫」

ステファン・チン氏:「ヘビ毒(snake venom)を“飲む”のは安全か」と問われれば、みなさんはきっと「ノー」と即答しますよね。だって「ヘビは死に至る毒を持つから」だと。しかし、科学オタクの人であれば「ヘビが使うのは“ベノムvenom(毒)”であり、“ポイズンpoison(毒)”ではないから」という理由で「イエス」と答えるかもしれません。

実は、どちらの答えも「誤り」です。そして、一番正解に近い答えは「たぶん大丈夫」かもしれません。

即答の「ノー」から話を進めましょう。科学オタクが指摘するとおり、ベノムとポイズンは異なる物です。相違点は、その「投与経路」にあります。まず、どちらも広義でいうところの“トキシンtoxin(毒)”であり、少量で害をもたらします。

ベノムは、ヘビの噛傷などの傷口から侵入するのに対して、ポイズンは、吸引、経口、皮膚からの吸収などにより侵入します。実は、こうした侵入経路の相違によって、毒性が異なってきます。

ベノムは直接血流に入るため、胃を経由することで効力を失う心配がありません。そのため、ベノムの成分は大型で壊れやすく、胃液によって容易に効力を失ったり、破壊されたりします。しかし、だからといってヘビ毒で1杯やるのは、ちょっと待ってください。その前に、「イエス」の答えの裏にある誤解を解きましょう。

ベノムには、飲み込まれた後にも効力を維持できるように進化する必要はありませんでしたが、絶対に効力を失うわけでもありません。では「経口毒性」、つまりベノムが口から摂取された場合の毒性はどれくらいなのでしょうか。

「注入」するよりも「飲む」ほうが毒性が低くなる

ベノムが経口摂取された場合、注入された場合よりも毒性は低くなります。これは、前述の胃液が影響するからです。腸壁という物理的な障壁もあるため、一部の毒は吸収されることなくただ通過します。

「ヒョウモンダコ」が持つベノム、「テトロドトキシン」は強烈な麻痺を起こしますが、飲んだ場合は注入された場合に比べて約40倍も威力が落ちます。だからといって、ベノムは「飲んでも安全」だとは言い切れません。

とはいえ、テトロドトキシンは、極めて致死率の高い毒です。ゴルフボール程度の大きさしかないタコとはいえ、ヒョウモンダコのベノムをショットグラス1杯ほど手に入れても、断じて飲みたいとは思わないはずです。

ヒョウモンダコの経口毒性はテストされたわけではないので、飲んだら死ぬという確証はありません。ベノムは飲んでテストされたことはなく、そもそもテストする理由もないからです。そのため、「飲んでも安全とは言い切れない」というのが真相です。

ベノムの毒性を生かした、農薬としての使い道

しかし、「飲んでも安全ではない」証拠もあります。例えば、2015年に発表された論文によりますと、コブラのベノムを経口摂取したラットは、肝臓に損傷を受け、それによって実際にコブラに噛まれた場合のダメージが推量されました。

また、毒ヘビをまるごとアルコールに漬け込んだ「ヘビワイン」を飲んで、男性が死にかけた例も1件あります。この男性の場合は、月並みなアルコール中毒などではなく、正常な血栓ができなくなって病院に入院させられたのです。これは、ヘビ毒でよくみられる症状で、この患者は、抗毒素を注入することにより回復しました。

実は、オーストラリアの研究者たちが、ベノムの毒性を経口で活用しようと目論んでいます。とはいえ、対象となるのは害虫です。なぜ害虫が対象かというと、ベノムが農薬として非常に使い易いからです。クモのベノムの経口毒性テストをショウジョウバエで試みたところ、70パーセントが死滅しました。どうやら農薬としては、きわめて効能が高いようです。

これは、人間がベノムを飲むのは危険だ、という証明ではありません。しかし、この実験はベノムが経口摂取でも有害であることを立証したのです。

さて、冒頭の疑問に戻ります。ヘビ毒は飲めるのか?という問いですが、「たぶん大丈夫」という答えに留めます。ヘビの種類にもよって違うかもしれませんし、実際に飲み下す実験をしたわけでもないからです。また、ベノムとポイズンの相違点から、飲んでも安全かという仮説を立てるのは、無謀なのです。