すぐに切れ味が悪くなる、カミソリの刃

ローズ・ベアドントウォーク氏:もし日常的にヒゲ剃りをする人であれば、ちょっと使っただけでカミソリの刃が切れなくなることにお気づきですね。エンドレスなイライラと、買い替えのコストは、よくご存じでしょう。あれはなんともやりきれないものですね。

鉄製のキッチン包丁であれば、玉ねぎを数十個も切れば切れなくなりますが、同じ鉄製であるはずのカミソリの刃ほどではありません。

どうやら毛は、カミソリにとって「クリプトナイト(注;スーパーマンの弱点)」のような物なのです。

鉄は「合金」です。合金とは、2種以上の金属を混合したものを指し、この場合は鉄と炭素です。カミソリの刃を作るには、薄くて柔らかな鉄の金属片を加工します。加熱と冷却を繰り返し、理想の構造にするのです。

加熱の際の微細な温度差や冷却のスピードなどにより、さまざまな組成の炭素鋼が結晶し、部分部分で強さが異なります。

カミソリの刃は、マルテンサイト結晶構造を持つ鉄でできています。鉄と炭素の原子でできた構造体で、固さと柔軟性の間の微妙なバランスを保っています。

このように、鉄の製造方法は極めて多様であり、鋭い刃も作れるはずなのです。

研究によって明らかになった、切れ味が落ちる原因

2020年に『サイエンス』誌上に発表された論文では、カミソリの刃の鋭さが維持されないのはなぜか? が検証されました。論文では研究者の一人が、少しずつ自分のあごヒゲを剃ってみました。研究チームは、1回剃るごとに、走査型電子顕微鏡でカミソリの刃の写真を撮影しました。これは、微細な撮影に使われる強力な顕微鏡です。

すると、未使用のカミソリの刃であっても、少しだけ刃こぼれを起こしているように見えたのです。そして使えば使うほど、カミソリの刃のダメージは大きくなりました。研究チームは、刃が切れなくなる前のずいぶん早い段階から、部分部分でひび割れや湾曲を確認し、最終的には欠けも確認しました。単に毛を剃るだけで、こうしたことが起こったのです。これは、どうやら鉄と毛の双方の特性が原因のようでした。

鉄製のカミソリ刃は全体的には固い物ですが、結晶を再編成させるために加熱と冷却を繰り返すと均一性がなくなり、弱い部分が生じます。

柔らかな部分と固い部分が隣り合っているのは、特にひび割れや欠けを起こしやすい場所です。境目が必ずしも直線ではないエッジ上であればなおさらです。毛や、毛の曲がりやすい特性も、ダメージに関わって来ます。

カミソリの刃が毛に当たると、刃と毛は相互に力が作用します。ニュートンの物理法則ですね。カミソリの刃が正面から毛束に切り込むと、毛の力はすべて刃にかかってきます。毛には勝ち目はありません。刃にダメージを与えることなく、毛は切られます。

しかし、毛の根元は皮膚に接触し固定されているため、曲がって寝ることにより抵抗します。すると、毛と刃の角度に変化が生じ、刃が薄くて弱い部分にかかる力が増加します。柔らかい部分と固い部分の接合部であれば、刃にはさらに負荷がかかります。

毛は、外側が一番固く、固い外層が柔らかな内部を覆っています。毛を端から切り込んで行く部分の刃は二重の衝撃を受け、弱い部分にとってはダメージを受けるリスクが高くなるのです。

みなさんがヒゲを剃っている間にも、研究者たちはカミソリの刃の研究を続けていたのですね。研究結果が、改良された刃の開発に生かされることを願います。