ギネスブックに登録された「もっとも危険な樹」

マイケル・アランダ氏:もしみなさんが、休暇でフロリダ州エバーグレイズ国立公園のフラミンゴ地区(注;地名)を訪れたなら、リンゴにご注意ください。

カリブ海沿岸とガラパゴス諸島を含む、南アメリカ大陸北部からフロリダにかけての地域で、水辺の高い樹になっている黄緑色の小さなリンゴ似の果実を見たら、絶対に近寄ってはいけません。

この果実は、おいしそうな見た目とは裏腹に、食べたら死んでしまうかもしれないのです。というのもその樹は、ギネスブックにもっとも危険な樹として登録されている、マンチニールかもしれません。

マンチニールは、すべての部位が有毒です。樹液と葉に触れれば、失明したり皮膚に浮腫が生じます。果実を食べると、口腔内と喉はただれ、内臓にダメージを与え、命を失う可能性があります。スペイン人が“manzanilla de la muerte”、「死の小林檎」と名付けたのも無理もありません。

マンチニールの樹下では決して雨宿りをしてはいけない

この樹は複数の毒を持ちますが、もっとも毒性が高いのはホルボールでしょう。もしくは、複数形でホルボールズ、と紹介するべきかもしれませんね。ホルボールは、2種のテレピン類(注;テルペノイド)を含有する、植物由来の有機化合物の一群を指します。これは人体内のある成分に似ており、それゆえに害を生じます。

ホルボールは、人体内でさまざまな働きをする脂肪酸の結合分子である、ジアシルグリセロールに良く似た働きをします。ジアシルグリセロールは、プロテインキナーゼC、略称PKCという酵素を活性化させます。PKCは、細胞の成長や代謝活動などの正常化を司る大切な役割を担っています。

ホルボールは、PKCを過剰に活性化させるため、炎症を起こしたり細胞を死滅させる遺伝子の発現が急増します。そのため、浮腫や潰瘍など、一連の恐ろしい症状が発生するのです。

マンチニールは、すべての部位にホルボールを含んでいるため、どこに触れてもいけません。さらにありがたくないことに、ホルボールは非常に水に溶けやすいため、雨が降ってきた時に、マンチニールの樹の下で雨宿りするのは、良い考えとはいえません。エバーグレイズ国立公園では、雨が良く降ります。それこそ、とんでもなく降りますので、ご注意を。

猛毒の樹が生まれた理由はいまだ謎

マンチニールがなぜ、過剰なほどの毒性を得たのか、はっきりとしたことはわかっていません。マンチニールの生育地には、他にも毒性のある植物がたくさん生育しているため、競争力を保つために過剰な防衛メカニズムを発達させたのかもしれません。

また、動物に種子を拡散してもらう必要がないため、果実が有毒であってもマンチニールには不都合は生じません。生育地が沿岸部であり、波に運ばれて新天地を求めることができるからです。

とはいえマンチニールは、意外にも小動物にエサとして好まれます。一部の爬虫類は、害を被ることなく果実を食べますし、ツナギトゲオイグアナは、なんと幹に住み着きます。世の中には、不思議なことがありますよね。

飾りダンスの材料や海岸線を守る防風林として活用

どうやら人間も、常にマンチニールを避けているわけではなさそうです。マンチニールが生育しているフロリダなどの地域にはたびたび強風が吹き、ハリケーンが高頻度で襲来するため、非常に固い材質に発達しました。そのため、飾りダンスの職人は好んでマンチニール材を使用します。とはいえ、切り出しには細心の注意を払いますし、材木は何日もかけ乾燥させ、ホルボールを含んだ樹液を蒸発させる必要があるのです。

マンチニールの特性は、ただ固いだけではありません。深く張った根や厚く茂った枝葉は、侵食する波風から海岸線を守る働きをするのです。

つまり、触れることをはばかられるほど猛毒ではありますが、マンチニールは人間や沿岸部の生態系を、嵐から守ってくれるのです。もしみなさんが、ビーチを散策中にマンチニールを見かけたなら、ぜひ微笑みかけて、近隣に生息する動植物や人間に貢献していることに、十分な距離を取った上で感謝してあげてくださいね。