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TSIホールディングス 上田谷社長インタビュー(全2記事)

「定価で買う人がバカを見ていた」 人気ブランド代表が語る、コロナ苦境のアパレル業界が為すべき構造改革(前編)

各業界のリーディングカンパニー代表への取材を通じ「コロナウィルスによってもたらされた業界への影響、為すべき構造改革、そしてコロナの“その先”にある希望への道」を探る、本特集。こちらの記事では、ナノユニバースやステューシーなど、数多くのファッションブランドを持つTSIホールディングス上田谷社長に「コロナで顕在化した“アパレル業界がずっと抱えている問題”」について伺う。

業界の構造的な課題が、コロナによって顕在化した

――本日はよろしくお願いいたします。まず最初に今回のコロナウイルスの影響でアパレル業界が受けたダメージと、それを今後どのように改善していくべきかについて。現状と今後について、お話しいただけますでしょうか?

上田谷真一氏(以下、上田):まず業界全体ですと、会社やブランドによって違いは多少あるとは思いますが、コロナショックの影響で新しいことが起きたわけではなくて。長い目で見るともう20年くらい「問題だ!」と言われていることがあって、ここ1〜2年で目立ち始めてきた。そしてこの秋冬ぐらいに大きく顕在化して、さらにコロナで完全なダメ押しを食らったという感じで。

「想定外のことが起きた」とか「コロナショックで予定と違うことになった」ってことではないと思うんです。元々ずっと問題で、みんな分かっていて。分かっているんだけど直せないっていう業界の構造的な課題が、強烈な形でグサッと刺さってきたという感じですね。

――本来ならもっと準備をして、長いスパンで取り組もうと思っていたけれども、それがコロナによって「転換せざるを得なくなった」というような?

上田谷:良い言い方をするとそうなんですけど。本来なら「もっと早くやっとけよ!」っていう話を、なんとなくダラダラっと……。なんとなく時間をかけて穏便に逃げ切ろうとしていたのが「それじゃダメ!」って言われた感じですね。

リーマンショック・東日本大震災との違い

――「アパレル業界が抱えている問題は、20年くらい前から続いている」というお話でしたが、この20年の間にリーマンショックと東日本大震災の2つの経済危機がありました。なぜその時でなく、今のコロナショックで変わろうとしているのでしょうか?

上田谷:一番大きいのは消費者とか環境問題とか、そういったものがあのころとはぜんぜん違うレベルになっていると思うんですね。若い世代の方たちの消費に対する考え方とか環境意識っていうのが、2008年とか2011年のころとはぜんぜん違います。

またリーマンショックのときは、今回みたいに「お店が営業できない」とか「商品が生産できない」ということではなく「財布の紐がちょっと締まりましたね」って話だったんですよ。ある意味「景気が悪くなった」っていう程度の話だったのかな、と。

――今みたいに「作れない、売れない」みたいなことがダイレクトに起きたわけではない、と。

上田谷:あともう1つは、東日本大震災はやっぱり地域が限定されていた。とくに北日本、北関東、東北のところが止まったんですけれども、九州とか西日本はめちゃくちゃ元気で。「そっちに在庫を回して、そっちでちょっと支えてくれ」みたいな。だからエリアが限定的だったわけですよね。

今回はそういう意味では、ほぼ全産業にダイレクト……。「景気が悪くなった」じゃなくて「生産とか販売、物流が止まる」っていう。事業活動そのものの停滞が全産業に対してダイレクトにきたっていうことと、エリアが1つの国の地域限定どころじゃなくて世界中でほぼ全部きた、と。そういう意味ではやっぱり、レベルが違う感じですよね。

ただ一番でかいのは、もともと環境問題とか消費者意識とかそういうものが、もう変わったっていうところだと思います。

客のニーズとズレた店頭の品揃え

――冒頭に「業界には構造的な問題が昔から存在した」とのお話がありましたが、それは具体的にはどのような問題だったのでしょうか?

上田谷:1つには、季節感の問題です。例えば、暖冬だとダウンが売れない。単価が高いアウターが売れるか売れないかで、業績が大きく変わってしまうんです。とくにセールじゃなくてちゃんと正価で売る、オンシーズンできちんと売るっていうことが、インパクトがあるんですけど。

でも暖冬みたいな気候問題も、別に去年から急に始まったことではなく、この数年間ずっと起きていることで。それに対して「気候が変わってきているので、商品の投入量とか投入の仕方・打ち出し方を変えなきゃ」って話だったんですけど、大きく変えられなかったんですね。

従来の販売の仕方は、例えば真夏の場合だと、早ければもう6月とか7月に秋冬モノを出し始めて、今すぐ着れない秋冬モノを店頭に出して売ろうとする。結果、本当に寒くなった時期には、どこのお店もセールやっちゃってるっていう。

――「他店がやってるから止められない」という感じですか。

上田谷:そうです、チキンレースみたいなもので。「他店がもう秋冬モノ始めてるので、うちだけダラダラと夏モノ売ってるわけにいかない」とかそういうこと。要は一般のユーザーさんの感覚とはズレた商売を、ずっとやってたわけですね。

セールは消費者にとって”損”

上田谷:それからやっぱりセール。「セールで買えるのは、消費者にとって良いことじゃないか」って考え方もあるんですけど、実はそんなことなくて。

当然、我々メーカーはセールも含めて成り立つように粗利の設定をしているわけなので「100パーセント定価で売れる」とわかっていたら、もっと薄いマージンで、もっと値段を下げてでもお客様に提供できるわけですね。なんだけど、結局のところ大半がセールにかかってしまうことを前提に、大幅なマークアップをつけて売ってるわけなんです。

でも本当はセールなんか止めて「全部定価で売る代わりに、適正な価格・無駄なマークアップをつけないで売る」ほうが、本質的にはみんな得なんです。

――みんなにとっていいことなんだけど、なかなか変えられなかった。

上田谷:そういうことです。それと、量も作り過ぎなんです。お客様が店に行ったとき、欲しいサイズがないと帰ってしまうので「すべての店舗に、すべてのサイズや色柄を置く」みたいなことをやって。当然それは、全部その店で売り切れるわけではないので。

やっぱり作りすぎているから、結局セールに回したりせざるを得なくて。価格がおかしくなって、どんどん定価で売れなくなるっていう。季節・サイクルの問題と、量の問題。

過剰な店舗数が生み出す「無駄」

上田谷:一方で、環境問題の意識がこの数年でものすごく高まっていて。いろんな統計があるんですけど「資源エネルギー産業の次くらいに環境負荷が大きいのが、ファッション産業だ」という統計もあって。

これも別にコロナショックの前からずっと起きていたことで。コロナショックで「本当に必要なものを必要なだけ作って、必要なだけ動かしているのか?」ということが、突きつけられてしまっているので。

――量に関して言うと「店舗数が多すぎる」といった問題は、コロナ後に変わってきたりしますか?

上田谷:オーバーストアの問題も以前からあったんですけど、コロナでよりハッキリすると思うんですね。

「こんなにお店はいらないんじゃない?」とか。「ECと組み合わせれば、もっと少ない店舗数・在庫でもっと効率的に回せるんじゃない?」となってくると思うので。

要は「店舗数が多いことが問題だ」というよりは、もっと別の問題で。店舗数が多かったとしても、すべての店舗が100パーセントの需要予測で100パーセントきれいに売れるわけじゃないじゃないですか。

そうなると必ず、ある種の無駄が発生するわけですよね。「無駄に運んだり戻したり」みたいな。「出荷してまた返品」みたいな。この効率の問題があるので、利便性との適度なバランスで、少ない店舗で在庫を効率的に回したほうが環境負荷は少なくて済むはずなんです。

ECが可能にした古い仕組みの変化

上田谷:今後は店舗数もそうですし、店舗での在庫の持ち方は変わってくると思います。例えばうちでもコロナ前から始めていたことがあって。店舗にはひと通りの商品はおいておきます。でもサイズ違いは、色違いの商品でも試着すればフィット感はわかるわけですね。

たまたま自分の欲しい色柄のジャストサイズがなかったとしても、その場でECの在庫を取り寄せてお直しして、お客様の家にそのまま直送してしまうっていうことはできるわけです。

昔は在庫欠けがあった場合「取り寄せておきます!」「来週もう1回来てください!」みたいなことがあったんですけど。

それもお客さんの移動という意味でも、商品の移動という意味でも無駄なので。であれば、倉庫から直接お客様の自宅に配送したほうが、トータルの移動距離は少なくて済む。

ECと店舗の在庫を電子的に一元化するとか、決済を家でも店舗でもどこでもできるようにするとか。そういった「仕組みの変化とセット」が重要ですね。

――今まで店舗間で商品の移動をしてたのは「どの店の売上になるか」が問題だったからなんですか?

上田谷:それもありましたが「他店の在庫を販売する」っていうことが難しかったんですよね。お店のレジを通すときに「その店にないものを売る」ことになっちゃうので。在庫の一元化とかが今までの仕組み上、やりづらかったっていう感じですかね。

もちろんおっしゃるとおり、お店の売上や販売員の売上もそうです。お店の売り上げに関して言うと、百貨店とか駅ビルとかは、自分のお店をショールーム扱いされてECで売上が立っちゃったら困るわけですよね。

固定賃料のところもありますけど、多くは基本的に売上比例で「売上の何パーセント」といった賃料設定をしているところが多いので。他店とかECで買われてしまうと、百貨店は自社での売上にならないっていう。大家さんから見たらそういう問題があります。

店長とか販売員から見たら自分のお店、自分のセールスの記録にならないので。せっかくここまで接客しておすすめして気に入ってもらったのに、自分の売上にならないと。こういうのが問題になっていて、それを仕組みで解決できるようになってきたってことですね。

――それが可能になったのは、ECが発展してきたから?

上田谷:それもそうですし、我々みたいなメーカー側とショッピングビルの考え方の変化もそうです。例えばメーカーが百貨店への賃料の支払いを渋ろうとすれば、その場でiPadを使って自社ECで買ってもらうっていうことだってできなくはないわけですよね。

――なるほど。

上田谷:だけど結局それはフェアではないので。僕らは例えば「倉庫からの移動の送料みたいなものを、一部賃料から相殺してもらえませんか?」と。その代わり「ちゃんと正々堂々とお店のレジを通して売上計上します」みたいなお話をしたりして。

そうすると販売員とか店長の成績にもなるし、試着していただいた商業施設の売上にもちゃんとなるので、みんなにとっていいことじゃないかな? これを実現するために、システム上の問題が解決されてきてるし、みんなの考え方が柔軟になってきてもいるということです。

卸しから直売へ 変わるモールとブランドの関係性

――先ほど「なるべく定価で売る」というお話があったと思うんですけれども、それとECサイトの関係がけっこう難しいんじゃないでしょうか。

というのも、例えばZOZOTOWNさんって常にセールをやっているような印象です。セールをやってなくても「本日のクーポン」みたいなかたちで、基本的に2000円とか3000円引きになると。

「EC=いつ買っても安い」という印象が、消費者の中に根付いているような気がするのですが、そこの消費者の意見と定価販売の兼ね合いについてはどう思われますか?

上田谷:やっぱりセールが好きなお客様もいますし「同じものなら安く買いたい」っていうのは当たり前の心理なので。これは仕方がないんですけど。

でも結局、それによって「不当に高いものを買わされ、かつ環境負荷を無駄に高めてる」ってことなんです。「シーズンの頭に定価で買った人がバカを見る」っていう、端的に言うとそういうことなんですよ。

「シーズンの最初に気に入ってすぐ買ってくれる」っていうのが、一番いいお客様ですよね。商品そのものを気に入って、本当に欲しくて買ってくれるお客様が一番損をする。これはお客様に対する態度としては最悪なわけですよ。

――確かにセールで値引きされるなら、定価で買うのがバカらしく思えます。

上田谷:「とにかく価格で勝負する」っていうのは、戦略としてはありなので。そういうものがあってもいいと思います。

ところが、クーポンを出して、ポイントを付けて。「うちの会員としてうちのサイトで買うと得ですよ」っていうことで集客をして、囲い込もうとすることが、商売をしている我々にとってもすべていいことかって言うと、まあそうではない。新しいお客様を呼び込めるとか、値段を下げてでも捌いてしまいたいというときには非常にいいとは思うんですけど。ブランド商売をするうえで利害は完全に一致しないんですね。

そういう意味では、ファッションブランドがどんどん直営化を進めているという動きがリアルで起きていて。例えばラグジュアリーブランドがよく「ビリオンダラークラブ」とか言われていて。売上が日本円で1000億円くらいを超え始めると、極端に直営主義になるんですね。

――具体的にはどういったブランドなんですか?

上田谷:例えば、シャネルやルイヴィトン、グッチ、プラダ。その辺りのブランドは、昔はどっちかというと卸しをやっていたものが、今は直営店でしか売りませんと。どっかのセレクトショップに卸すということはほぼしないんですね。基本的には。

それはやっぱり、直営店だと価格も完全に自分で決めることができるし、売り方も全部決めることができますと。なので、ある程度の規模とブランド力が出てくると、直営店化していくということがハイブランドの世界で起きています。

我々みたいな中間価格帯のところも、昔は卸しのところが多かったんですけど、百貨店か駅ビルかを問わず、今は自社の店舗を中心に売っています。

最初のころはECも「自社では集客できない。ECの運営が難しい」ってことがあって。それで、楽天であれAmazonであれZOZOであれ、ああいう大きなモールで集客してもらったりシステムの維持をしてもらったりしながらやっていくのが中心だったんですけど。

今は嗜好性で勝負しようと思っているブランドに関しては、その多くが自社ECシフトを進めています。うちも然りです。

コロナが後押しする「どこで買っても損をしない」売り方

上田谷:ホテルを例に挙げると、エクスペディアとか楽天トラベルとか一休とかいろんな予約サイトがあって。昔はそういうところだと「タイムセールで安く買えます!」みたいなのがあったのが、今はホテルが自社サイトで「最低価格保証」をやってますよね。

「自分のところで直接予約していただいて、絶対損しませんよ!」と。まさにあれと同じで「どこで買うかによってお客様が得をしたり損をしたりする」ってよくない。

――消費者が「どこが一番安いか」を必死に探す手間も省ける、ということですね。

上田谷:もちろん、バーゲンで掘り出し物を探すのが好きなお客様もいらっしゃいますけど。普通に服が好きで服を買いたいお客様にとっては「いつ・どこで買っても損をしません」というのが、おそらく1つのフェアなスタイルではあると思うんですね。

そうすると「あるところである瞬間、たまたま見たら安く買えました」っていうよりは「いつ買っても、お店で買おうがECで買おうが損しません」と。もしなにかベネフィットがあるんだったら、どこで買ってもベネフィットがあるし。どこで買っても価格は変わらないというほうが、フェアではあると思うんです。

そういう意味では、自社サイトは店舗とまったく同じ条件でものを売ることができるので。今は自社サイトでの在庫一元化を始めている。そうすると「どこで買ってもいつ買っても同じですよ」っていうスタイルには、やっぱり自社ECのほうが使い勝手がいいですよね。

「ECで値引きが横行している」というのは、あくまでもモール型のECの話であって。コロナ危機で在庫を抱えちゃったところが「自社サイトでも値引きしてでも売らなきゃ」っていう今の状況は、ちょっと特殊かなと思いますよ。本質的には、自社ECでなるべく定価販売をするっていうのが、真ん中以上のブランドがみんな今考えているところじゃないですかね。

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