デザインという言葉の対極にある行政サービス

宮坂学氏:「行政も使いやすいデジタルサービスを作れることを証明したい」と、ちょっと大げさなタイトルですが、これで少し話をしたいと思います。

窓口の行列とか、書類にハンコをいっぱい押さないといけないとか、そもそもこの文書に書いてある日本語が専門用語過ぎてよくわからないとか、ひょっとすると、デザインという言葉から最も縁遠いところに位置しているのが、実は行政サービスなのではないのかなと思います。

これは、デジタルサービスに限らず、窓口のユーザー体験や紙によるユーザー体験も、ひょっとするとデザインから最も対極にあるのが私たちの行政サービスなんだろうなと思っています。

私は、東京都の副知事として、行政サービスのデジタルの部分を担当しています。たぶんこの中で、デザインやリサーチに関して一番初心者度が高いのが私たちではないのかなと思っています。ある意味でデザイン未開の地からやってきた異邦人みたいな状態だと思います。

それでも、私が民間から東京都に来て痛感しているのは、職員もやはり使いやすいデザインのサービスを作りたいと思っているということです。

あのような難しい、使いにくいものを狙って作っているわけではなく、一生懸命いいものを作りたいなと思って日夜努力しているのですが、できたものが結果的に都民やメディアのみなさんから、「何でこんなに使いにくいんだ」といつも言われ続けてしまう状態になっています。

なので、そういう悔しい思いをいつもしているのですが、やはり私たちも「使いやすいな」とか、「非常にいいユーザー体験だよな」と言われるものをいつか作れるようになりたいと思って、今日はここに来ました。

東京都の行政デジタルサービスにおける利用率と満足度は低い

まず、行政のデジタルサービスの品質の現状について少し話したいと思います。私は最近「測定なくして改善なし」というのを都庁の中で言い続けています。

なにか仕事をする時には、とにかく測ってくださいと。測れないものは改善ができないので、必ず測れるようにしてくださいと話をしています。測る時になんらかの数字になっちゃうわけですが、その数字は、単体ではあまり意味がありません。10とか15というのはあまり意味がなくて、なにかと比べて意味が出てきます。

予算などで使う対前年比は、過去と比べるわけです。次に、未来のあるべき姿と比べる、これは対目標比みたいなものになりますし、もう1つはライバルと比べる、対ライバル比やシェアという考え方があると思います。

私たち行政サービスの品質をユーザー評価する時に、どの切り口で見るのがいいのか。去年と比べてよくなったというのは、もともとが低いので当たり前で、やはり私たちのライバルというか、先を行っているほかの都市と比べてどうなんだという、対ライバル比がすごく大事ではないかなと思っています。

(スライドを示して)というわけで、海外の主要都市の、ニューヨーク、ロンドン、パリ、シンガポール、ソウルという、デジタルガバメントで有名な都市ばかりですが、そこと年に1回、500名ずつ6都市で総合調査をやってみようと最初に始めました。

これは、デジタル化された行政手続の利用率を見ているのですが、見てわかるとおり、学校教育、仕事、転出・転入、税金、すべてにおいて利用率で下回っている現状があります。

では使った満足度はどうなのかというと、こちらも残念ながら非常に低い結果になっています。海外の主要都市は63パーセントぐらいの方が、「満足している」のですが、東京都は25パーセントになっています。

「親ガチャ」とか「国ガチャ」という言葉があります。行政サービスのデジタル化だけを取って、「都市ガチャ」みたいな言われ方をすると、東京にいる方には本当にご不便をかけているなと思っています。

民間でWebサービスを作っていた時の学び

「なんでこんなに一生懸命やっているのに評価が低いのだろうか?」と、考えるわけです。私自身は、実はデザインのエキスパートでもなんでもないのですが、Webサービスを作っていた時期がけっこう長かったので、その時のことをちょっと振り返って最初に少し話したいと思います。

(スライドを示して)これは前職で20年ぐらい前に作った、今もまだ動いているサービスです。プロ野球の「ピッチャーがストレートを投げて外角高めでサードゴロでした」とか、そういったのを1球ずつ更新する速報サービスで、2000年ぐらいに作りました。

これは、世界で誰もやっていなかったサービスで、参考にするものがまったくなかったので、当時チームの人と「どうやってこれを見せればいいんだろう?」とか話していました。

その時に、やはり野球が好きな人に聞くのが一番いいのではないかという話になって、当時は表参道にオフィスがあったので、よく神宮球場に行って聞いていました。人をつかまえて画面見てもらって「どうですか?」と聞いたりして、ちょっとずつ自分たちなりに見せ方の方向性や、ユーザーのペルソナを自分の体に入れていくということをやった経験がありました。

(スライドを示して)もう1つは、2007年ぐらいに僕が担当していた「ヤフオク!」というサービスです。実は当時は非常に詐欺が多かったんです。今はすごくよくなっていると思うのですが、利用者からの問い合わせはほとんど、「詐欺をなんとかしろ」とか「イタズラをなんとかしてくれ」とか「模造品ばかり売っているぞ」とか、そういったお叱りが99パーセントという状況でした。

そのため、外でも「『ヤフオク!』をやっています」と言いづらい雰囲気もちょっとあったのですが、それでも改善したいので、やはりきちんとユーザーに会おうと、モニターの人を募集して、20人ぐらいに来てもらいました。

その時はけっこう緊張していて、確か僕も含めてチーム5人ぐらいで応対したのですが、来る人みんなから怒られるんだろうなと思って身構えていました。

18時ぐらいからやったのを憶えているのですが、やはり人はお腹が空くとイライラするので、直前になって、慌てて「ケーキ屋さんに行ってケーキを買ってこい」と。甘い物を食べれば文句も少しは言われないのではないかという姑息なことも考えてやった思い出があります。

その時は、確かに3割ぐらいからはすごく怒られました。「なんとかしろ」とか「いい加減にしろ」とかなり言われたのですが、7割ぐらいからはけっこう褒めてもらったというか、「いろいろあるけどいいんじゃないの」という言葉をもらったんですよね。

わざわざ来てまで一言言ってくれる人なので、考えてみれば当たり前ですが、サービスを本当によく使ってくれる人たちでした。なので私たちは、ひょっとすると妄想でお客さんのことをちょっと怖いとか恐ろしいとか考えていたのではないのかと、この時にすごく反省をしました。

民間では普通のことが行政ではできていなかった

(スライドを示して)これは、自分の歴代の上司からいろいろ教わったことを自分なりの言葉で整理してみたのですが、やはりお客さんのことを脳内の妄想で考えてはダメだなと思います。

自分で会わないといけないし、お客さんが使った結果はデータで出てくるのでデータを見ないといけません。なにより「自分の担当サービスを日本で一番使っているのは俺だ」と言えるぐらい使っていないとやはりダメと、当時よく言われていました。

こういったことは民間ではけっこう普通で、Webサービスを作る人ではもう当たり前になっていると思うのですが、行政はちょっとこういうところが弱かったのかなと思います。

脳内妄想でサービスを作ってしまったり、利用者を見ていなかったり、自分自身で本当の利用者に会ったことがないとか、データを見ていないとか、自分自身で自分の作ったサービスを使っていないとか、世界で似たようなサービスが絶対あるはずですが、そういったものを触り倒していないとか、こういったことは、民間ではけっこう普通だと思うのですが、行政ではひょっとしたらあまりやれていなかったのかなと今思っています。

若手職員からの問題提起「私たちは高札をデジタル化していないか?」

というわけで、今一生懸命やっているのが、そういった仕事の仕方を変えようという動きで、「シン・トセイ」という都政の構造改革で取り組んでいるところです。

(スライドを示して)行政にとってデジタルは、本当に可能性を秘めています。縦軸がクオリティ・オブ・サービスで、行政サービスの品質というざっくりしたイメージです。この黒がアナログでやっている対面型での行政サービスで、これ自体は、やはりちょっとずつ品質がよくなっていると思います。

ただ、インターネットが出てきたあたりから、デジタルのチャネルは非常に可能性があって、伸ばせるチャンスがものすごくあると思います。

デジタルチャネルは比率で言うと、たぶんこれからアナログチャネルと同じぐらい大きくなると思うので、やはりここの緑色の線を作るのがすごく大事だなと思っています。

2001年に「e-Japan」という、国の行政がデジタルガバメントをやろうとなってから、22年やってもなかなかよくならず、これはなんでかというと、いろいろな原因があるのですが、最近都庁の若手職員が見つけてきたおもしろい資料があります。

(スライドを示して)これは高札という、本当に超大昔にやっていた行政の情報発信です。これは、今でいうとホームページのようなものだと思うのですが、行政からの情報を行政の人が一方的に書いて橋の横に立てて、とにかくみんな見に来いとやるわけです。利用者視点があまりないスタイルです。

私たちのやっている行政のデジタル化や、デジタルによる情報発信もそうですが、「この高札をやっているようなスタイルを単にデジタルでやっているだけじゃないの?」というのが、若手職員からの問題提起で、なるほどなと。それはちょっと思い当たることがいっぱいあるなと思っているわけです。

(スライドを示して)行政のデジタル化をやるにあたって、この氷山モデルをよく都庁の中で使っています。氷山の上側は、みなさんから見えるデジタルサービスのイメージです。なのでここの体積をものすごく大きくしたいですし、品質を上げるという意味でいうと、くすんだ色じゃなくてピカピカな氷山にしたいです。

この上の部分を大きくしようと思うと、先ほどから言っているように仕事の仕方を変えたり、仕事を支える基盤を変えたりしなければいけません。そこを「シン・トセイ」という取り組みで今一生懸命やっています。

(次回へつづく)