ロボットアニメーションに憧れて

岩井綾子氏:本日は、産業用ロボットから新事業分野へ、特に農業におけるロボットの活用を説明いたします。

私は大学時代、機械工学を専攻しており、ロボット制御、生産システム工学を勉強していました。

小さいころにロボットアニメーションなどを観て、未知への憧れをロボットに対して抱いていたことと、もともとものづくりに非常に興味をもっていたので専攻しました。

正直、クルマに興味があるかというと少し微妙ですが(笑)、モノづくりをしたいという想いで、私は02年にデンソーに入社し、生産技術として、私たちの工場内の製造現場の生産ラインを設計する仕事をしていました。

2013年までそちらで仕事をしていましたが、もともとロボットを担当していたこともあり、2014年からは、技術企画部で農業支援のロボット開発に取り組んでいます。本日は、こちらの説明を主にいたします。

2018年からは、アグリテック事業推進部という農業分野の事業推進部に異動して、現在同じ組織ではありますが、名称がフードバリューチェーン事業推進部となり、引き続き仕事をしています。

デンソーの産業用ロボットの歴史

デンソーは、自動車部品などを製造している企業です。今回は産業用ロボットについて説明しますが、こちらは株式会社デンソーウェーブが手掛けており、自動車部品などを製造するための自動認識装置や、産業用ロボットの開発・製造を行なっています。

産業用ロボットの歴史について、まず1967年に、デンソーはロボット開発に着手しました。それから社内で自動車部品などの製造に使われるロボットの開発を行い、2001年にデンソーウェーブという会社を設立しました。

そして販売用に、垂直多関節ロボットや水平多関節、各産業用ロボットの開発に加えて、ロボットコントローラ、ORiNというプラットフォーム、そして分野を広げて医療用のロボットのほか、人協働ロボットなどの開発も行い、販売しています。

産業用ロボットは、標準仕様に加え、いろいろな分野で活躍できるような防塵・防滴、そしてクリーン仕様があります。

産業用ロボットの領域だけでは市場の広がりも限られているので、テレビなどでも紹介している将棋ロボットや、AI搭載の代筆ロボットなど、エンターテインメント分野を活用した技術革新を行い、私たちがもともともっている既存市場から、新しい市場、いわゆる消費者に近い食品や医薬品などの新市場、新しい分野で新たな価値創出ができないかと開発を進めています。

人工知能によるピッキングロボット

ここで2つ事例を紹介します。1つは食品製造向けのアプリケーションです。こちらは、私たちの産業用ロボットに他企業さまの商品をコラボレーションし、構築したものです。

人工知能搭載ロボットによるお弁当の盛りつけ工程では、まず盛りつけするために人工知能ビジョンピッキングを行います。バラバラに置いてある対象物を認識して、掴める場所を探すというものです。

(スライドや動画で紹介している)唐揚げのような不定形で柔らかいものを優しく掴むハンド。そして、産業用ロボットが食品の製造現場に入れるようにするため、このようなジャケットを着させて作業することで、食品製造の分野でロボットが活躍できるようになっています。

こちらは、2017年のロボット展でデモンストレーションした際の動画です。このように並べられて、まとめて積まれている唐揚げを上からの画像によって認識し、掴み、流れていくお弁当の上に載せる。同じハンドで梅干しなどの小さいものだったり、醤油の容器みたいなものも掴めるというデモンストレーションです。

このようなシステムを導入することで、今お弁当を詰める人が不足している食品業界では、人手不足解消につながります。

人協働ロボット「COBOTTA(コボッタ)」

人協働ロボットのCOBOTTAは、どこでも、今すぐに、簡単にみんなと一緒に働くロボットとして開発しています。A4サイズくらいの作業領域をもつ、本当に小型な産業用ロボットです。

COBOTTAのコンセプトとしては、形も動きも安全にということで、近くで作業をしていても、手を挟まないような安全な設計になっています。小型であるがゆえに、簡単に設置できる。人手の足りない場所に今すぐ設置できます。

また、ダイレクトティーチングという機能を備えており、ハンドの先端を人が持った状態で、ここにものがあるよ、ここで掴みなさいということをダイレクトに教えることができます。

ただ簡単に制御できるだけではなく、逆に複雑なこともできるようになっています。オープンプラットフォームになっており、いろいろな方々に可能性を引き出してもらえるような環境を備えています。

このロボットの使い方として、ロボットシェアリングを提案しています。例えば1台のCOBOTTAに、組みつけ工程、検査工程など、いろいろな作業をシェアします。

また、人が職場内に置いてあるCOBOTTAをシェアする。どのロボットを持っていってもいいんですが、例えば実験のためにCOBOTTA1号、ほかの検査工程にCOBOTTA2号、3号、4号というように職場内でCOBOTTAをシェアすることでいろいろな活用の幅が広がる、と考えています。

新規事業の分野になぜ農業を選んだか

新事業分野でのロボット技術活用ということで、特に私たちはこれから農業支援の分野とインフラ点検の分野へどのように絞っていったかを説明いたします。

少し古い話にはなりますが、社内で「2025年の未来社会像活動」というものがありました。デンソーが進むべき未来はどこなのかということについて、Forecastを用いて、既存製品の市場拡大の未来を考えると、将来として先が読めるのはせいぜい7、8年です。なので、本当にどうあるべきかというところがわからない状態です。

よって、Backcastingという手法、ありたい未来を描いて実現のために試作を考えるという未来社会像活動を行いました。これにより、ここのギャップを埋められる最先端のR&Dを考えることができるので、全世界の拠点に協力してもらい、その活動を行いました。

やり方としては、デンソーの各拠点からさまざまな意見を収集しました。ありたい未来や、実際どういう未来であるべきか、そのためにはどういう課題があり、どんな課題解決方法が必要なのかといった未来社会像を作成してもらっています。

その中から出てきた課題として、やはり高齢化社会、エネルギー不足、交通事故の増加などがありました。これらの課題を解決する手法として、3本柱が挙げられました。

1つは作業・行動支援、もう1つは安心社会作り、そしてエネルギーシフトサポートです。この中で、私たちがやろうとしていたロボティクス技術は、どこで活用できるかと考え、作業・支援分野、安心社会作りをターゲットに、検討を開始しました。

ではその中で、さらに何をやるべきかですが、環境変化だったり、高齢化が進む中で、日本の課題をなんらかのロボット技術で解決できないかと考えました。ロボット市場の今後の動向であるとか、その当時やっていた新規事業の分野などの親和性も考え、最も市場の大きな農業支援とインフラ点検を選択しました。

農業支援でのロボティクス活用

農業支援でのロボティクス活用を考えるにあたり、まずは日本の農業における課題についてみていきます。農業就農人口の変化ということで、高齢の就農者が非常に多い状況であり、年々大量離農が考えられます。

このような状況を回避するため、若者の新規就農が必要になってきます。また経営者の声を聞いたところ、月別で作業者の作業負荷を見ると、非常に変動するので、安定雇用がしづらい。またパートの採用が難しい。

例えば近くに賃金の高いスーパーなどができると、そちらにパートを全部取られてしまうような問題もあり、なかなか集まらない。このパートで補うところを、なにか新しい価値を創造することで解決できないかと考えていました。

また農業という作業は、やはり重労働であり、高所作業などの危険な作業もあるため、そのような作業から解放できるような手段はないかと思いました。

社会全体の課題として世界人口を見ると、どんどん増加しているのが現状で、それに伴い食糧不足が生じます。つまり農業は、常に永続していかなければならないという課題、ミッションをもっているので、そこを支えるような技術開発ができないかと考えました。

今回農業に取り組むにあたって、どの範囲で私たちが貢献できるかを考えたところ、クルマの冷暖房制御技術を活用した農業支援に行きつきました。こちらに示してあります施設園芸での環境制御、Profarm Controllerをすでに開発発売していたため、その対象となる施設園芸分野で、さらなるロボット技術を活用して、魅力ある農業を作り上げられないかと考えました。

どのように農業支援ロボットを開発したか

施設ハウス栽培での自動化を考えたときに、農業の方々がどのような自動化、ロボット化を望むかを伺う中で、私たちの製造現場をお見せすると、「デンソーの製造現場のように、自動化された新しい農業を入れたい!」という要望をいただきます。しかし、私たちの製造現場も、簡単にできたわけではなく、いろいろな紆余曲折を経てこのようなものができあがっています。

例えば自動化するにあたっても、製品自体を作りやすい形状に作り替える。つまり組みやすくすることも必要ですし、現場の作業者がどこを直してよくしていくか、という改善と提案を繰り返すことで、よりよいものにしていきます。

また自動化は、ロボットを何台も入れればいいというわけではなく、やはり最適な投資対効果があるので、どれくらいのレベルの自動化が必要かも検証する必要があります。

このように、いろいろ検討を積み重ねることで、私たちの工場は年月をかけて築き上げられたと思っています。ですので、私たちが習得した技術というものは惜しみなく農業分野に活用しつつ、農業者にも自動化で取り組むべきことを理解してもらい、自動化を進めなければならないと考えました。

農業の自動化

それでは、どのように自動化を進めてきたか。

まずFA、Factory Automationの技術の活用ですが、農業という現場は、やはり工場の中と違って、エネルギーが限られた状態です。ですので、なるべくエネルギーを少なく、効率よく動かせるような「からくり」を活用し、動力の無駄を排除することを考えました。

こちらに一例を載せましたが、1モータ+からくりで、箱を入れ替えできるような機構を社内のからくり物流事例を用いて実現しました。

またお客さまへの提案で、やはりロボット技術だけで収穫自動化のすべてを行うのはかなり難しく、まずは私たちが最初に手掛けたこのミニトマトが収穫しやすい状態になってもらうことが重要かなと考え、三重県で大規模なトマト栽培をされている浅井農園さまとともに、トマトの状態を整える、栽培管理方法を考える活動を行いました。

例えば収穫の高さを揃えることで、ロボットひいては人も収穫しやすい状態にしたり。トマトはいろいろな向きに生えていますが、植物の特性をきちんと理解し、同じ向きに揃えたり。

収穫物と収穫物の間隔を揃えることで、収穫しやすくするといったことを農業者と一緒に試すことで、ロボットだけではなく、栽培側からも歩み寄った自動化を目指していきました。

収穫ロボットの状況

次に、今までの収穫ロボットの試作と実証、そして現在の状況です。2014年から開発を始め、最初のうちは大学との共同研究開発というところで、双腕ロボットを用いて両手で収穫するようなこともトライしました。

ロボットの関節が多くて制御が難しくなるので、なるべくシンプルに作ろうということで、素人軍団が集まり、試作を繰り返して収穫できないかと試しました。

また人協働ロボットを搭載して、浅井農園さまとともに、実証を繰り返し行いました。

このような取り組みをしたおかげで、いろいろなご縁をいただき、著名な方にもロボットをお披露目する機会があり、現在の収穫ロボットFAROが誕生しました。

収穫ロボット「FARO」

2018年に三重県で設立されたアグリッドという会社があります。そこが19年6月から生産開始した4.2ヘクタールのハウスで、FAROを使った実証実験を行っていますので、こちらの動画をご覧ください。

このように、アグリッドの現場では、作業の自動化、運搬ロボットや収穫ロボットのFAROの実証を行い、実績を積んだ上で今後販売していこうと考えています。

また作業だけではなく、農場全体の生産を効率よく行うために、管理の自動化も必要だと考えています。現在カメラを用いた作物の状態把握を行なっており、それにより、収穫量がどれくらいかという予測や、病害虫がどこで発生するかという診断にもトライしています。

また、人に対しての生産管理であったり、生産指示を行えるようにすることで、初心者でも農業に携われるのではと検証を進めています。

最終的な次世代施設園芸の目指すところは、人とロボットの協働もありますが、ハウス全体でロボティクス技術を活用することで、農業を魅力ある産業にし、若者の新規参入を促進できたらと思っています。

以上で、私からの説明を終わります。