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「目の前の利益を優先する」心理とは:ビジネスに活かせる意思決定の科学(全3記事)

目先の利益を我慢できた子は、大人になって成功する? 子どもの“待つ力”を育てるには

組織課題を丹念に読み解く調査&コンサルティング会社「ビジネスリサーチラボ」が開催するセミナー。今回は「ビジネスに活かせる意思決定の科学」をテーマとしたセッションの模様をお届けします。意思決定を決める2つのカギや、子どものセルフ・コントロールを高める方法などが語られました。

人間の衝動性とセルフ・コントロール

井上真理子氏:本日は「セルフ・コントロールと関連要因」というテーマで発表させていただきます。井上と申します。よろしくお願いします。

まず、簡単に自己紹介をさせていただきます。私は富山大学の博士課程を昨年、2024年に修了しました。主な研究テーマは、青年期の「我慢する力」です。人間には衝動性があり、セルフ・コントロールという能力があると思います。それを測定する方法の1つとして「遅延価値割引課題」があります。この課題を通じて、人の実行機能やさまざまな行動との関連について実験調査を行っています。

最近は、スクールカウンセラーとして教育現場で活動するほか、得られたデータの論文化も進めています。本日はどうぞよろしくお願いします。

本日は、3つのパートに分けて説明します。1つ目が「セルフ・コントロールと遅延価値割引」。2つ目が「2つの要因のコントロール」。ここでは、主に特性と環境に着目して説明します。最後に「高いセルフ・コントロールの落とし穴」についてお話しします。

目先の利益を我慢できた子の将来に現れる変化

では、まず「セルフ・コントロールと遅延価値割引」についてです。みなさんはこんな葛藤を経験したことはありませんか?

例えば、深夜までスマートフォンを触りたいけれど、「明日仕事があるし、早く寝たほうがいいかな」と思う葛藤。また、目の前に欲しいものがあると「すぐに買いたい」と思うけれど、「ボーナスまで我慢したほうがいいかな」と迷うこと。こうした経験は、日常的によくあるのではないでしょうか。

私は、このような身近なセルフ・コントロールについて研究をしています。その測定方法の1つが「遅延価値割引課題」です。これは、報酬の金額や受け取るまでの時間が異なる2つの選択肢を提示し、どちらかを選んでもらいます。

具体的には、1つ目の選択肢は「目先の小さな報酬」。2つ目の選択肢は「将来の大きな報酬」です。

例えば、「今すぐ8,000円もらうか? それとも1年後に1万円をもらうか?」といった課題を使って、成人を対象に研究を行います。

子どもの場合は、「今すぐもらえるマシュマロ1つ、それとも15分後にもらえるマシュマロ2個、どちらがいいですか?」というような選択をしてもらいます。このようなかたちで、人の衝動性やセルフ・コントロールを測定することができます。

この遅延価値割引課題を用いた研究では、2個目のマシュマロを手にすることができた子どもの将来についても調査されています。

具体的には、15分我慢できた子どもは、大学入学時の成績が高いことや、成人期の社会経済地位が高いことが示されています。また、成人期の適正体重、つまりBMIの維持や肥満リスクの減少とも関連があると報告されています。

意思決定を決める2つのカギ

次に、「2つの要因のコントロール」について、特性と環境に着目して説明します。人の意思決定には、内的要因と外的要因の2つが関係しています。内的要因には、遺伝やパーソナリティといった特性が含まれます。一方、外的要因には、文化、感情、報酬形態などがあります。

この内的要因については、大きく「ホット・システム」と「クール・システム」の2つに分けて説明されています。セルフ・コントロールは、幼少期から青年期にかけて発達すると言われていますが、その背景には、この2つのシステムが関わっています。それぞれ役割や発達の過程が異なると考えられています。

ホット・システムは、誘惑に弱く、衝動的で感情に基づく行動を引き起こすとされています。

機能としては、即時的な欲求や快楽を優先する傾向があります。このシステムは、本能的で感情的なものなので、生まれた時から備わっていると考えられています。

具体的に言うと、おいしそうなケーキを目の前にした時、「すぐに食べたい!」と思うような感情や反応が、このホット・システムによるものです。

もう1つのクール・システムの特徴は、論理的で計画的、そして理性的な判断を促すことです。長期的な利益や目標を考慮し、衝動を抑える機能があります。

クール・システムの発達については、主に思春期から成人期にかけて急激に発達すると言われています。

例えば、健康のために「ケーキを食べたい」という気持ちを抑えて、ヘルシーな食事を選ぶといった場面でクール・システムが働きます。

また、ホット・システムとクール・システムでは、脳の活動部位も異なります。ホット・システムは、感情処理を担う扁桃体などが活性化するとされており、一方のクール・システムは、冷静な判断を行う前頭前野が関係する領域として知られています。

子どものセルフ・コントロールを高める方法

では、このホット・システムとクール・システムが職場ではどのように影響するのかについて、お話しします。ホット・システムが働く場面の例としては、上司から批判を受けた時に感情的に反論してしまう、または、仕事の合間についスマートフォンでSNSをチェックしてしまうといった行動が挙げられます。

一方で、クール・システムが働く場面では、ネガティブなフィードバックを受けても冷静に受け止め、自己改善の機会と捉えることができます。また、昇進やスキル向上を目指して、日々の学習や努力を継続する行動も、クール・システムによるものと考えられます。

続いて、クール・システムの重要性についてお話しします。特に、幼少期の「遅延満足の訓練」が、この能力の発達に重要な役割を果たすと言われています。

具体的な訓練の例として、子どもに「おやつを今すぐ食べますか? それとも15分待てば2倍の量をもらえますが、どうしますか?」と問いかけ、子ども自身に意思決定をさせる方法があります。この時、「15分待てば2倍もらえる」ということを意識的に考えさせることで、セルフ・コントロールを高め、報酬を遅らせる能力を育てることができます。

また、もう1つの例として「宿題を終わらせたら遊ぶ」といったルールを設け、達成した際にご褒美を与える方法もあります。こうした報酬を活用することで、セルフ・コントロールを発揮することの肯定的な結果を学び、それを継続的な努力へとつなげることが大切です。

感情刺激が意思決定に与える影響

次に、外的要因による意思決定についてお話しします。人の意思決定は、先ほど説明した特性やパーソナリティといった内的要因だけでなく、文化や一時的な感情、報酬の種類といった外的要因の影響も受けることが研究で報告されています。

ここで、代表的な研究を2つ紹介します。まず1つ目は「感情操作を用いた研究」です。この研究の目的は、感情刺激が遅延価値割引課題における意思決定にどのような影響を与えるかを調べることでした。

実験では、感情刺激を3つのタイプに分類しました。1つ目が「ポジティブな刺激」。喜びや幸福感を誘発するような内容です。2つ目が「ネガティブな刺激」。不安やストレスを喚起する画像などを提示します。3つ目が「ニュートラルな刺激」。感情的な影響をほとんど与えない中立的な内容です。この刺激は、「国際感情画像システム」というデータベースを基に選定されました。

感情刺激を提示した後、遅延価値割引課題を実施します。例えば、「今すぐ50ドルをもらうか、2週間後に100ドルをもらうか」といった選択肢を提示し、どのような影響が出るかを調べました。

この実験の結果ですが、ポジティブまたはネガティブな感情刺激を受けた後は、衝動的な選択が増える傾向が見られました。具体的には、目先の小さな報酬、つまり「今すぐ50ドルをもらう」選択をする割合が高まりました。

また、この実験ではfMRI(脳機能画像)を用いた計測も行われています。その結果、認知制御に関連する脳領域の活動が低下していることが確認されました。

一方、ニュートラルな刺激、つまり感情の変化を伴わない状態で課題に取り組んだ場合は、より計画的な選択が増加しました。具体的には、「2週間後に100ドルをもらう」選択をする割合が高まる傾向が見られました。このように、意思決定においては、その時の感情状態が影響を与えることが示唆されています。

では、これを職場の意思決定に当てはめて考えてみましょう。例えば、プロジェクトの納期が迫り、クライアントからのプレッシャーが高まっている状況を想像してみてください。このようなストレス下では、品質を下げることは避けられないまでも、スピードアップを優先したり、追加コストを払って納期厳守を最優先にする判断を取ることがあります。

こうした状況では、どうしても「長期的な利益」よりも「目の前の問題解決」を優先しやすくなります。もちろん、納期を守ることや迅速な対応は重要ですが、感情的なプレッシャーが意思決定に影響を与えている可能性も考えられます。

意思決定に影響を与える文化的な要因

次に、2つ目の研究について紹介します。この研究では、「文化的な要因がセルフ・コントロール行動にどのような影響を与えるか」を調べています。

研究の参加者は、日本とアメリカの3〜5歳の子どもたちです。実験では、報酬の種類として2つの条件を用意しました。1つ目が「食品条件」で、マシュマロをお皿に載せて子どもの前に置きます。2つ目が「贈り物条件」で、箱におもちゃを入れ、包装した状態で子どもの前に置きます。ただし、中身はわかりません。

まず、食品条件について説明します。幼児には、「おやつの時間だよ! 今すぐこのマシュマロを食べてもいいよ。でも、私が戻るまで食べなかったら、2つのマシュマロをあげるよ」
と伝えます。

実験者は一度部屋を出て、15分間、子どもを1人にします。15分後に戻ってきて、マシュマロを食べずに待てた子どもには、2つのマシュマロを渡します。贈り物条件も同じ方法で実施しました。

その結果、日本の子どもたちは食品条件ではマシュマロを我慢し、2つの報酬を得る傾向が強く見られました。しかし、贈り物条件では、箱を開けてしまう子どもが多いという結果になりました。

この背景には、日本の文化的な習慣が関係していると考えられます。日本では、家庭や学校で「いただきます」とそろって食事をする習慣があり、食べ物を待つことに慣れているため、我慢しやすいのではないかと推測されています。

一方、アメリカの子どもたちは、日本の子どもとは逆の傾向を示しました。贈り物条件では箱を開けずに待てる子どもが多かったものの、食品条件ではマシュマロをすぐに食べてしまう傾向がありました。

この背景には、アメリカの文化的な影響があると考えられます。アメリカでは、誕生日やクリスマス、感謝祭、イースターなど、プレゼントをもらう機会が多く、それに慣れているため、贈り物を待つことが比較的容易だったのではないかと推測されています。

これらの結果を踏まえ、会社の文化に応じた対策について少し考えてみます。

例えば、社内の文化として「仲間意識が強い」という特徴がある場合、タスクの引き継ぎをチーム間の連携を重視して行うことで、遅延価値を意識させる施策につながるのではないかと考えられます。こうした組織文化に合わせた工夫が、意思決定の傾向に影響を与える可能性があります。

過剰なセルフ・コントロールがもたらすリスク

最後に、「高いセルフ・コントロールの落とし穴」についてお話しします。セルフ・コントロールが高いことは一般的に良いこととされていますが、すべての状況で有効とは限りません。過剰なセルフ・コントロールには注意が必要です。

過去の研究によると、社会経済的に恵まれない環境で身につけたセルフ・コントロールや、極端に高いセルフ・コントロールは、強いストレス下では十分に発揮できないことがあります。また、健康リスクとして、精神疾患の罹患率の上昇や老化の進行が速まるといった結果も報告されています。

この研究では、貧困家庭で育った子どもが身につけるセルフ・コントロールと、社会的成功および健康の関連について調査しています。具体的な調査項目としては、学業成績、職業的成功、社会的評価、そして生物学的老化、つまり遺伝子レベルでの老化マーカーの測定が行われました。

その結果、高いセルフ・コントロールを持つことは、学業や仕事、社会的評価の向上といったポジティブな影響をもたらす一方で、貧困環境においてセルフ・コントロールを発揮してきた人は、細胞レベルの老化が早まる傾向があることも示されました。

また、仕事においてセルフ・コントロールを過剰に使い続けると、家庭に仕事を持ち込んでしまう、あるいは帰宅時にスピード違反をしてしまうなど、一部のネガティブな影響があるとも言われています。

対策として、セルフ・コントロールが高い人に対しては、仕事の割り当てに工夫をすることが重要かもしれません。例えば、その人のタスク量や、業務の変動の有無などに配慮することが必要になる可能性があります。私からの発表は以上です。ありがとうございました。

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