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国語辞典はGoogleに勝てるのか? ~NHKカルチャーラジオ文学の世界 飯間浩明『国語辞典のゆくえ』(NHK出版)刊行記念~(全6記事)

「辞書を引く習慣がない子どもが増えている」 国語辞典編集者が最初の動機づけを指南

ネット検索で言葉の意味を調べられるようになった今、国語辞典が売れにくくなってきています。そんな中、国語辞典編集者として日々言葉の観察を続ける飯間浩明氏によるトークイベント「国語辞典はGoogleに勝てるのか? ~NHKカルチャーラジオ文学の世界 飯間浩明『国語辞典のゆくえ』(NHK出版)刊行記念~」が開催されました。国語辞典が売れなくなってきた本当の理由とは? また、情報過多な時代の中で“価値ある言葉”を見つけるにはどうすればいいのか。飯間氏が「言葉の相談相手」の意義について語りました。

辞書を引く習慣がない子どもが増えている

飯間浩明氏(以下、飯間):まだ少し時間が残っていますね? あと10分ぐらいですね。ご質問をいただいておりますので、お答えしていきます。なにしろ相談相手になると言ったばかりですから。

(会場笑)

私に相談相手が務まるかわかりませんが(笑)。ご質問にわかる範囲でお答えいたします。

最初のご質問です。「私が仕事で関わっている子ども(小学生から高校生)は、わからない言葉があっても、辞書はもちろんのこと、PCやスマホさえ検索しない子が多くいます。言葉の楽しさをどうやって伝えていったらいいでしょうか?」。

子どもが辞書を引かないということですね。

小学校では「辞書引き学習」といって、辞書を引いたらそこに付箋をつけてみようというかたちで動機づけを与える。そういう教育方法があります。高校生になりますと、さすがに辞書引き学習というのはやらないので引かなくなるわけですね。

関連するご質問をあわせてご紹介します。「辞書を引かなくなった子どもたちの語学力や、将来への影響はあるのでしょうか? 辞書を読んだり引いたりが苦手で、うまくできないという人はいるのでしょうか?」。

実は、子どもが辞書を引く習慣がないことには私たちも悩んでいます。その子どもが大きくなれば、やっぱり大人としても辞書を引きません。だから、辞書を引く習慣がない人が増えていくわけです。

ただ、「辞書を紙で引いてください」というのは、これからは難しいかもしれないですね。小学生ならば授業で紙の辞書を引きますけれども、高校になる、大学になる、社会に出ると、紙の辞書を引く義務はなくなります。それでどうするかというと、ネットで検索をするようになる。

でも、ご質問の方によれば「ネットですら検索しない、意味を調べない」ということになるわけですね。そういう人にとっては、まず初めの動機付けが必要ですね。初めは教えてやって、慣れたら自分でできるようにするんです。

子どもに「これ、どういう意味?」と親が聞かれたとき、すぐにパッと答えられればいいんですが、「お父さんもわかんない」「お母さんもわかんない」という場合もあります。そこで、実際に辞書を一緒に引いてみてください。

「ここにこういうふうに書いてある。こんな意味もあるね」と大人がリードしてやると、今まで辞書を使う習慣のなかった人でもだんだん辞書に慣れてきます。

保護者なり教育者なりが一緒に辞書を引く習慣

私のことを言いますと、今娘が小学校5年生なんですが、彼女がまったく辞書を引かないんです。

(会場笑)

だから、一番この問題で悩んでいるのは私なんですけれども(笑)。今申し上げたことは、私自身が実践しているんです。

「パパ、これどういう意味?」と質問を受けることはたびたびあります。彼女(娘)は漫画が大好きで、すごく漫画を読んでいます。その漫画の中には難しい言葉が続々出てきますので、私はわかる範囲で答える。

ところが、私もわからないってことがあります。漫画の言葉にすら答えられない、ということがあるんです。

そこで、『三省堂国語辞典』を見せるわけですね。なんで『三省堂国語辞典』がいいかというと、難しく書いてないからです。さっきの「花」の例でわかる通り、極力やさしい言葉で説明しようとしてますから、小学校高学年なら十分理解できる。

このようなことで、お答えになっていますかね? 「自分で辞書を引きなさいよ」と言ってもなかなか引かないので、「この言葉はどういう意味だろうね」と、保護者なり教育者なりが一緒に辞書を引いて調べてみる。一緒に体験するということですね。

そういうことを繰り返していれば、わからない言葉がある時はどうすればいいかということが、本人にもわかるようになっていくでしょう。

私の娘の場合はまだそこまでいっていないんですけど、ただ、この間、私の部屋に並んでいる辞書を見ていまして「パパ、これだけ辞書があるんだから、1つちょうだい」と言って持っていきました。

今まで辞書に触ろうともしなかった彼女ですから、これはいい兆候だと思っています。ちなみに、それは『三省堂現代新国語辞典』という高校生向けの辞書でしたけれども、小学生なら十分使えると思います。

外国人向けの辞書はあるのか?

次のご質問です。

「日本語学習中の外国人や外国にルーツを持つ子どもたちに使い勝手のいい辞書はないでしょうか? あるいは、作る予定はないのでしょうか? わからない言葉が出た時に、学校で先生から『辞書を引け』と言われて、泣いてる子どもたちが多いのです。学習語彙と生活語彙は異なるので、ひらがなや漢字が少しぐらいできても、学習についていけない子どもたちをどうにかしたいのです」。

このことは、大人もそうですね。外国から来た大人の労働者も、新聞が読めなくて苦労している。そういう日本語学習者向けの辞書はあるか、ということですね。

これは申しわけないことですが、今の国語辞典は日本語を勉強する人が使ってかゆいところに手が届くようになっているかというと、『三省堂国語辞典』も含めて、そうはなっていないんです。

これはなぜかというと、私たちの目が、まず母語話者(日本人利用者)に向いているからです。生活用の国語辞典と学習国語辞典というのはやはり違っていまして、私たちはまず「日常生活でどういう言葉を引いてもらうか」を考えてます。だから、日本語学習者の存在はどうもおろそかになってしまう。

でも、ちょっと反省もあります。現在、編集委員の中には日本語教育に造詣の深い方もいます。その方が「もっと日本語学習者に役立つようにしなければならない」と、身の周りの言葉をちゃんと系統立てて説明するよう提案されまして、少しは見直しも進めています。

『三省堂国語辞典』は、もともとやさしい言葉で説明しようとしています。もしかしたら、日本語学習者の子どもたち、大人たちが使える辞書に何ミリかは近づけるかもしれない、ということですね。

ちょっと歯切れの悪いお答えで申しわけありませんが、日本語学習者に対してまったく無関心ということではないんです。

感覚や痛みをどう表現し、説明する?

(時間が)もうあと1、2分ですかね。じゃあ、(質問は)あと1つだけですね。

「感覚についての説明、痛みの種類や味などはどのように考えられるのでしょうか? 実際に経験することのできないものの意味を考える時の手段や、それ以上細かくは言えないことを表すのは難しく、ご苦労がおありだろうと想像します」。これは悩むところですね。

「果物がどんな味がするか」といったことは、ぜひ記述したいんです。というのも、果物は味が命だからです。例えば、リンゴは最近、黄色い種類が増えているそうですが、外見が赤か黄色かもさることながら「リンゴを食べるとどんな味がするか」が非常に大切ですね。

ところが、味を表現する語彙というのは大変貧しくて、「酸っぱい」「甘い」ぐらいしか書くことがない。イチゴの味はどうですか? 酸っぱいです。ミカンはどうですか? これまた酸っぱいです。

(会場笑)

「全部同じ味かよ」っていうことになるわけですね。これをなんとか表現し分けたいと思っています。

自分で味わって味の表現を工夫する

イチゴ、リンゴではないんですが、『三省堂国語辞典』の場合、果物の味についてどう説明しているか、ちょっと例をお話しします。

グアバという果物があります。グアバジュースといって、カフェなんかでもメニューにあります。グアバジュースを頼んでみると、ピンク色をしてまして、甘いんですね。「あ、グアバってこういう強いにおいがあって、甘い果物なのかな」と思ってしまいます。モモのような味がして、モモよりもっと甘いんですね。

ところが、『三省堂国語辞典』にはこう書いてあります。「グアバ 熱帯アメリカ原産の、小ぶりの丸い くだもの。皮はうす緑色で、果肉はピンク色。強くあまい かおりがあるが、味はうすい」。

なんで味が薄いのがわかるのかっていうと、私が食べたからなんです(笑)。

(会場笑)

「グアバ」の項目を書こうとして、「どんな味だろう」と思ったときに、最初は「非常に甘い」と書きたかったんですね、グアバジュースは甘いですからね。

でも、「本当だろうか」と疑問に思い、銀座にある沖縄の物産館に行きまして、グアバを買ってきたんです。そして、パッと切って食べますとね、味は薄いんです。

「もしかして、まだ熟してないやつを買ってきたか?」と思ったんですが、どうもネットで見ても、みんな「味が薄い」って書いてあるわけです。

グアバは味が薄いんです。カフェで出してるグアバジュースっていうのは、甘みを足していたんですね。それがわかったんで、説明を書けました。このように、自分で味わって味の表現を工夫するということが1つ。

イチゴは「ミルクと合わせると非常においしい」

それから、イチゴはどうでしょう。「酸っぱい」としか書きようがないんですけれど、私には1つアイデアがあります。イチゴは、牛乳と混ぜたり、コンデンスミルクをかけたりして食べますね。あれはどうしてでしょう? ハチミツじゃダメなんですかね? なぜ、いつも牛乳なんですか?

これは、我々の舌がイチゴと牛乳の味に相性のよさを感じるからですね。じゃあ、それを辞書に書いたらどうでしょう。「イチゴ 赤い、小形のくだもの。ミルクの味と非常に合う味がする」(笑)。

(会場笑)

これだけじゃ、ちょっとわかんないですね。「すっぱくて、ミルクと合わせると非常においしい」とかですね、そういう方面から攻められないかなと思うんです。

少なくとも、ミカンはそれは無理でしょう。ミカンと牛乳を合わせると、ドロドロしたものになっちゃいますよね。リンゴも無理ですね。イチゴならいいんです。

というわけで、イチゴとミカンやリンゴを区別するものは、ミルクの存在ではないかと考えています。科学的にどうなのか、ちょっとわかりませんが、ともかく、そうやって私たちの味覚をなんとか限られた言葉で表現したいな、と思っています。

なんだか夢中でしゃべってるうちに、もう9時を回ってしまいました。このほかの質問については、別の機会のために参考にさせていただきます。

(会場笑)

まだ消化不良の部分もあるかもしれませんけれども、時間になってしまいましたので、私の話はこれで終わりにしたいと思います。どうも長時間ありがとうございました。

(会場拍手)

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