中途半端な「アットホームな職場」の問題点

野水克也氏(以下、野水):もう1つ気になったのが、コミュニケーションに対する考え方です。我々はコミュニケーションに対して、できるだけコストをかける方向なんですが、パプアニューギニア海産さんの場合はコミュニケーションにコストをかけない方向に行っています。

中途半端にコミュニケーションにコストをかけるとどうなるかと言うと、飲み会が発生するわけです。一見仲良く見えても、嫌な顔をしている人は必ずいるんですよね。

これをAIで描くのはめっちゃ苦労したんですが(笑)、「和気あいあいとした職場の飲み会の中で、1人嫌な顔をしている若手」です。こういう図が日本中のいろんなところで起きていますが、こういうことがあると、1人辞め、2人辞め……となっていきます。

次は「生産性について」。これ、気になりますよね。いくら従業員が幸せになったって、生産性が上がらなかったら意味がないよねということです。

サイボウズは2005年ぐらいから働き方改革を始めて、2023年までに離職率はがーんと下がって、売上がばーんと上がってきました。たぶん儲かっているみたいです。

ただ、「働き方改革をしたから、こんなに売上が上がりました」と言うほど、さすがに僕らも傲慢な考えを持っているわけではなくて。「コロナ中に家でリモートワークをして、あなたは生産性が上がりましたか?」と、僕個人が聞かれた場合には、「微妙」というのがすごく正直なところだったりはします。

(生産性が)上がるか・上がらないで言えば、家のほうが進む仕事もあるし、みんなで机を並べているほうが進む仕事もあるし、どっちもだと思うんですよね。だから正直、効率に関してはどっこいです。ただ、創造性は上がるんですよ。

「働き方改革」と「売上」は同時に追わない

野水:例えば、僕らは地方創生の仕事をしていますから、会社の机で仕事をしているより、地方に行って仕事をしたほうが、絶対に発想的には(アイデアが広がって)いくわけですね。

キャンピングカーを自作して、その土地に行って1週間泊まりながら仕事をすると、企画書のレベルは上がったものになるし、いろんな協業のプランも増えてくるわけですよ。

そういう面で言えば、我々のIT業界という業種で、しかも企画職という職種に限れば、これはちゃんと効果が出ているんじゃないかなと我々は思っています。パプアニューギニア海産さんはいかがでしょうか?

武藤北斗氏(以下、武藤):うちもちょっと被るんですが、売上に関しては関係ないと思っています。「働き方改革と売上をくっつけて考えるからいけないんだ」とすら思っていますので。

野水:それは言えますね(笑)。

武藤:それが本質なのに、メディアはそこ(働き方改革と売上)ばかり追いかけるからダメだなと思うんです。でも、プラスになっていることはいっぱいあって、一番大きいのは離職率の低下。なんと言ってもこれが大きいです。

特に僕らのような工場は、離職率が低いと劇的に効率と品質が上がっていきます。みんながスキルアップをしていって、どんどんうまくなっていくので当然ですよね。

野水:そんなに教えなくていいですものね。

武藤:そうです。

10年間、求人費用0円で全国から応募が殺到

武藤:人が入れ替わる会社は「力を持っている人」が教える係になるから、その人すら力を発揮できない。これは別に工場だけじゃなくて、どこの会社でも言えると思います。うちで言うと、2019年から3年間ぐらいは離職率がゼロでした。

野水:すごいですね。3年間、工場で1人も人が辞めなかったってびっくりですよね。

武藤:本当に、10年前のうちだったら考えられないですね。

野水:(笑)。

武藤:毎月人が辞めていたので。

野水:10年前、監視カメラを付けていた頃はそうだったんですか?

武藤:そうです。監視カメラの「ジーッ」という音で、みんなに圧力をかけていました。

野水:怖え(笑)。

武藤:真剣に「これがいい」と思っていたんです。だから、人間はこんなに変わるんですよ。僕がよく言うのは「僕が変われたからみんな変われる」。

今の状態が悪いんじゃなくて、今までの社会の流れだと、今までの働き方になっちゃう。だけど、僕も変えたら会社としてむちゃくちゃプラスが出てきました。SNSにアップすればどんどん応募が来ますので、求人費用も10年間0円です。

野水:全国から来るらしいですよね。

武藤:東京や東北からも。しかもパートさんの応募にですよ。

野水:だってパートさんですよ。時給のパートさんの応募が、なぜ仙台から大阪の会社に行くんだっていう。

遠方から引っ越してまで「働きたい」と思われる職場

武藤:ちょっと深刻な話をすると、日本にはいろんな理由で働けない人が何万人といるんですが、その人たちは怠けているわけじゃないんです。障害を持っていたり、引きこもっていたり、働きたいけど働けない。

それに対しては社会も、会社も少し対応できるんじゃないかと。そこを見放していてはダメだということでやっていたら、全国から「働きたい」と。今、実際にうちでも(遠方から)引っ越してきて働いている人が何人かいます。

野水:そうなんですね。逆に、他のところでは働けなかった人でも、「引っ越してでも働きたい」と思っているということですよね。

武藤:はい。それが大きいと思います。1年働いて「あ、自分はできる」となって、ひらめきすぎて海外に行っちゃった人もいますが。

野水:(笑)。

武藤:自分の中で自信がついたりすると、次のステップに行きやすいと思うんですよね。うちでずっと働くのもいいし、ステップアップでどこかに行くのもいいし、それもその人が決める。自分で決められる気持ち良さが、(個人のキャリアを)後押しできているのかなと思っています。

野水:ありがとうございます。そんなわけで、お互いに業績は上がっていると。ただ、直接的に上がっているのとはちょっと違うんですよね。離職率が下がることによって、そこに対するいざこざがなくなると、自然的に効率的に上がる。

結果としては、創造性やみなさんのやる気が発揮されるから、業績が上がる。まさに、働き方の王道通りの順番になるということですよね。

武藤:「働き方を応援する」という意味で(商品を)買ってくれる人も多いです。オンラインショップは、圧倒的に「応援するから買います」という(人が多いです)。「おいしいかは知らないけど」って書いている人もいますし。

野水:(笑)。

武藤:「応援している」ということをアピールしたくて書いてくれると思うんですが、それでまたリピートしてくれれば。応援してくれる人がいなければ続けることはできないので、リアルに感謝しています。

野水:応援してくださる方、kintoneもぜひ買ってください(笑)。よろしくお願いします。

本当の意味で「自由な働き方」とは何か

野水:3つ目が「自由」。さっきから「自由な働き方」についてずっと議論しているんですが、じゃあ本当に手放しの自由がいいのか? というところがありまして。ここを最後に掘り下げたいと思っています。

「本当に自由でよかったら、マネジャーは要らないじゃん」という話になるわけですよね。だって、みんな好き勝手にやっていれば、勝手に働いてくれるんだから。でも、なかなかそうはいかない。

たまたま僕が「この本のこのフレーズがいいな」と思って出したら、武藤さんが同じ本を持っていたという、びっくり仰天の事実があったんです。

『自由からの逃走』という本で、ぜんぜん流行りでもなんでもないです。なんとアドルフ・ヒトラーがナチスでがんばっていた頃のドイツで書かれた本ですので、どっちかと言うとクラシックに入ります。

「消極的自由は個人を孤独にさせ、人々は不安や絶望から逃れるために服従しようとする」。要するに、自由にしたくないのに無理やり「手放しの自由」を与えられると、拠り所がなくなって誰かにすがりたくなる。

宗教とかは(拠り所がなくなった人を)うまく救ってしまうんですが、この状態になってしまうと、逆に人の思考が落ちてしまって歯車化しちゃうんですよね。だから、あくまで自由な働き方というのは、社員が「自由にしたい」と思っていることに限りましょうという範囲の話があって。

サイボウズを受けに来てくれる方とパプアニューギニア海産さんを受けにきてくださる方って、そもそも属性によって違いがあるから、マネジメントも違ってくるんだろうなと思うわけですね。

会社のルール上、嫌いな仕事は「してはいけない」

野水:例えば、ベルトコンベアとセル生産工場の場合、ベルトコンベアは流れている部品を加工していくわけですから「無理やり」じゃないですか。否応なしに定時で部品が来て、ねじを付けたら次はこっちから部品が来て……みたいなかたちになるので、これは単調です。

ところが、セル生産方式というのは最近流行りなんですが、1人が全部のトレイをかき集めて、1個の機械を組み上げる。コピー機やエンジンなどで、この方式が採用されている工場がけっこう増えてきました。

「横の人を嫉妬気味に見る男性」という感じでAIに描いてもらいました(笑)。最近のはうまい絵を描きますよね。同じものを作っているのがいいのかというと、嫉妬が出るんですよ。さっきの話じゃないけど、「人は争う生き物」という部分が出てきて、競争が始まると嫉妬に走っちゃう。

これは、工場だけじゃなくて営業組織も同じですからね。ベルトコンベアみたいに「テレアポ部隊」「なんたら部隊」「ほんたら部隊」と分けたら分けたでストレスだし、「1人に全部任せるよ」と言われたら、これはこれでブラック企業だし。

マネジメントって、この間を縫っていくのが非常に難しいんじゃないかなと思いますよね。武藤さんはどうですか?

武藤:そうですね。うちのフリースケジュールの話をすると、「すごく自由で何でもやっていい会社」と思われがちなんですが、実際はルールでガチガチですね。あいさつの仕方とか。

野水:そうだ。(嫌いな作業は)「してはいけない」ですものね。

武藤:あいさつも選べるようにしているんですよ。「嫌い表」の中に、「工場でのあいさつ」があって、するかしないかも選べるし、「するのであれば、こっちを向いてここからしましょう」とか、全部決まっているんですね。

野水:なるほど。そうなんですね。

武藤:それはある意味で怖い組織ですよね。「気持ち悪い」って言われる時もあるんです。ただ、(あいさつが)こっちからしたりあっちからしたり、声が大きかったりちっちゃかったりすると、争いが生まれるんですよ。

休む日に会社に連絡するのはルール上NG

武藤:さっきのに戻るんですが、「あいさつで争いが生まれるんだったら、じゃあどうすればいい?」と考えた時に、うちは選べるようにしようと。

「ここからする」と決めれば、争いは生まれないねということで、ルールとして「この位置からあいさつをするか、もしくはしないかを決める」と、自由なところと自由じゃないところがものすごく分かれていて。

ただ重要なのは、「この位置からこうしようね」というのを僕が全部決めるのではなく、みんなで決めるんです。みんなからの意見をもらって、その意見を最終的に僕が「じゃあこうしよう」と決める。

野水:ルールは厳格に運用するということなんですね。

武藤:ルールは絶対ですね。

野水:絶対。

武藤:はい。それこそ、フリースケジュールなのに「休みます」って連絡してきたら、めちゃくちゃ怒られる。

野水:(笑)。

武藤:連絡を絶対にするなと。

野水:「休みます」と電話して怒られる会社って、世界広しといえどもなかなかないですよね。しかも休むのに怒られるんじゃなくて、連絡をしたことに怒られるわけですから不思議ですよね。

武藤:連絡されると不思議にイライラするんですよ。

野水:(笑)。

武藤:ルールを破っていることプラス、理由を聞くことでイライラしちゃうんですよね。余計な情報がないほうがいい時もあると思います。

野水:ありがとうございます。Facebookとかでも「今回は行けませーん」とかが続くと、なんか僕もムカってくることがありますね。メッセージでくれよと(笑)。

私生活中心、出世志向……働き方は人それぞれ

野水:いろんな人がいるわけですが、「成長志向」と「安定志向」は、それぞれに対してそれぞれの自由がありますよね。例えば、独立志向の人が欲しい「自由」と、ステップアップ志向の人の「自由」と、出世志向の人の「自由」って、みんなそれぞれ欲しい自由が違ってくるわけです。

一方で「自分に都合の悪いところは制限をかけてほしい」と思っているところがあって。これをどこまで満たすかが大事だと思うんですよ。

パプアニューギニア海産さんを受けに来る人たちが、サイボウズに入ってうまくいくかといったら、うまくいく未来があまり見えないですね。逆もまた然りです。最初に「自分の組織はこうですから」「自分の会社はこうですから」と言って、選んで入ってきてもらうことが大事なんじゃないかなと思います。

というところから見れば、うちの会社にはどっちからと言うと成長志向の人が来てほしい。例えば「独立したい」という人も、我々の会社にいる時に力を発揮してもらえればぜんぜんいいんですよ。私生活中心の人よりは、そういう人のほうが我々の会社に合っていると言えますし。

パプアニューギニア海産さんの場合は、「仕事100パーセント、仕事が生きがい」という人よりは、どっちかと言うと私生活中心の人のほうが働きやすいと言えますよね。

武藤:そうですね。傾向としてはあると思います。

たとえ効率が落ちても、まずは働きやすさを追求

武藤:パートさんだったとしても「自分はめちゃくちゃ(仕事を)やりたいんだ」という人は、最終的にはフリースケジュールだけど毎日来る人もいるので。

野水:いらっしゃいますよね。「僕は毎日来ています」と言っていたので、「なんでここで働いているんですか?」と聞いたら、「社長さんの考え方に感動したからです」と。これはいい経営だわと思って。

武藤:そうですね。サービスで言ってくれたのかもしれないですが。

野水:(笑)。

武藤:でも、理由は何でもよくて。(会社に)いっぱい来るのか、ちょっと来るのかをみんなが自分で選んでくれた(ことが大事です)。でも大事なのは、みんなが選んだ時に、どこかで「この人とこの人がわかり合えない時」があるんですよ。

その時は僕が間に入って話をするんじゃなくて、「この2人が揉めないためにはどうすればいいんだろう?」と、ルールを作るんです。

野水:争わないためにどうすればいいかと。

武藤:そうです。だから効率(重視)とかではなく、効率が落ちたとしても、この2人がうまくいくルールを作っていくという感じですね。

野水:なるほど。

“成長”が止まる中高年の課題

野水:最後はマネジメントじゃなくて、みなさん自身が働く立場としてというところで(お話をしたいと思います)。僕もそろそろ57歳で、中年も後半に差し掛かってきているんですが、「なぜ人は折れるのか」を分析してみたんですね。

横軸が、武藤さんからいただいた「苦しまない軸」です。右が「苦しまない」、左が「しんどい」です。(縦軸が)「成長したい」と「現状維持でいいや」です。

若い人は、だいたい右上の「万能感」にいらっしゃるんですね。入社3年目の人とか、手をつけられないですよね。めっちゃやる気に満ちあふれていて、しかも苦労がぜんぜん苦しくない人たちですね。

ところがおじさんになってくると、だんだん右下の「平穏」に行くんですよね。逆に言うと、成長が止まってきたからあえて苦しむ道を行くと(左上の)「成長痛」に行くんですが、成長痛って長くは持たないんですよ。

受験勉強みたいなもので、10年受験勉強をしていたら、だいたいの人は折れるわけです。そうなってくると(左下の)「折れる」になる。若いうちは、ちょっとやっても成長できるのですごく(進んで)行けるんですが、成長がサチる状態になってくると、なかなか苦しいところがあって。

逆に「平穏」は、ある意味会社からしたら「うーん」というところはあるんですが。働いている上で「万能感」「平穏」と行って、じゃあ次のステップへということで「成長痛」をちょっと感じて、また「万能感」に行く。このサイクルをどうやって維持するか。

働いている人の自由をもらった時に、自分のポジションとして、このサイクルを確立させていかなきゃいけないところがあるんですね。

定年後の30年をどう生きるか

野水:なぜ変わり続けていかなきゃいけないのかというと、「余生」です。僕は1965年生まれなんですが、この間気づいて、当時の日本人の平均寿命は67.7歳しかなかったんですよ。びっくりしますよね。55歳や60歳で引退すると、平均寿命まであと10年なので、10年だったら「余生」になるわけですよ。

この頃は工場の働き方で、みんな「させられるままに働く」でオッケーだったわけですよね。それで燃え尽きて、あと10年はゆっくり暮らしましょうというので良かったんですが、今を見てくださいよ。

55歳から85歳まで、働いている間と同じぐらい間が空いているんですよ。この間に燃え尽きて残り30年となったら、「ちょっとつらくて長いよね」ということになってくるんですよね。

どうしても会社にいると、「会社から要求されることだけが自分のすべてだ」「人生のすべては仕事だ」と思いがちになるんですが、言ってみたら肩書き競争をしているので、所詮30歳から50歳の20年間だけです。子育てだって、人生のうち20年間しかやらないわけですよね。

マネジメントとしても大事なことがありますが、働いているみなさんにとっても、いろいろと学んでいただきたい……と言ったらあれですが、「(会社の)言うがままじゃないよね」というところがあるかと思います。

今の日本には「選べない大人」が多い

野水:この間、武藤さんに聞いた話でびっくりしたのが「選べない大人が多い」。

武藤:選ぶのって、実は難しいんですよ。自由にされて「どっちでも選んでいいよ」と言われると、慣れてないとどうしていいかわからなくなっちゃう。今の日本って、それがいろんなところで起きている気がするんです。選べないから、選ぶのにみんな慣れてないんですよ。

だからせめて僕らの会社では、自分たちの仕事は何をやるのか、いつ(会社に)来るのかを選ぶことで、人生がちょっとでも豊かになったらいいなと思っております。

野水:サラリーマンをしていると、だんだん選ぶ機能が衰えてくるんですよね。まず自分の選択肢や「自分が選べるか」ということを考えてみて、じゃあ部下は何を選ばれたがっているのかを考えると、なんとなく答えが見えてくるかなと。

どっちの働き方がいいかという問題ではなくて、自分なりの組織の働き方を見つけていただけたらと思います。ということで、時間がまいりましたので、セッションはこのへんにしたいと思います。武藤さん、どうもありがとうございました。

武藤:ありがとうございました。

(会場拍手)