「攻めのリスキリング」と「守りのリスキリング」
後藤宗明氏:リスキリングの先進事例のパターン分類についてお話しします。私は2018年から先進企業へのインタビューや、関係各社とのミーティングを重ね、私なりにこのように分類してみました。
リスキリングの先進事例は大きく2つに分かれます。企業主導のタイプと、自治体や政府・行政主導のタイプの2つです。企業主導のパターンは、デジタルトランスフォーメーションを遂行する人材を作っていくということで、私は「攻めのリスキリング」と呼んでいます。
一方、中高年の方の再戦力化や、自動化によって仕事がなくなってしまう方の雇用を守るためのリスキリングを、「守りのリスキリング」と呼んでいます。
企業主導の場合も国家主導の場合も、この攻めと守りの両方のリスキリングがあります。
まず自社のDX推進を目的とするリスキリングについてお話しします。本格的に取り組んだ大企業として、一番有名なのがAT&Tという通信会社です。AT&Tは、2007年にiPhoneが登場し、通信業界の主役が交代するのではないかという危機に見舞われました。
2008年の社内調査で、従業員25万人のうち10万人が10年後に消失するハードウェア関連の事業に就いている事実を社内外で発表しました。スマホの浸透によって、ハードウェアの革新だけではなく、ソフトウェア事業に関わらなくてはいけないということで、2013年から10億ドルを投資して、従業員10万人をリスキリングする「WORKFORCE2020」というプロジェクトを開始しました。
巨大企業AT&Tのリスキリング
リスキリングに真剣に取り組む企業の特徴として、自社の事業が革新的イノベーションで危機に見舞われることが非常に多くあります。
今、日本では企業が福利厚生の一環としてオンラインの学習講座を契約して、従業員に好きな時間に学んでくださいと。これがリスキリングの支援として報道されたりしています。
(スライドのように)リスキリングはやらなくてはいけないことがいろいろあります。
AT&Tの場合は、最初に部署ごとに重複しているジョブも含めて、ジョブの統廃合を行って必要なヘッドカウントを決めました。
次に現在従業員がどんなスキルを持っているのかを可視化しました。そして、部署ごとに将来どんなスキルが必要になるのか、例えば法務部で将来必要になるスキルと、人事部で必要になるスキルは別のものになるわけですよね。この将来必要となるスキル(Future Skills)を策定しました。
また、リスキリングをしたにも関わらず、例えば昇級も昇格もなく、プラスアルファの業務が増えていくということがあります。リスキリングをした社員に対しての「昇給と昇格の仕組み」は必ず必要です。
アメリカでは、大学と企業が連携して講座の開発をやることがあります。そうしたかたちでオンライン学習講座を提供したり、リスキリングをした従業員に学んだことを仕事で活かせる環境を用意する。
これが(スライドの)5の社内インターンシップ制度です。従業員の方が暫定のインターンシップ制度で新しい仕事にチャレンジする。そこで適正を見極めることが非常に重要になります。
6のキャリア開発支援ツールは、いわゆるLXPとかLMSみたいなプラットフォームを導入して、学習とキャリア支援を継続的に行うことです。
12年後も雇用をほぼ維持し、営業成績も向上
リスキリングを行った結果、AT&Tのテクノロジー&オペレーション部門では、45パーセントの従業員が配置転換に成功しました。またリスキリングをした方々がちゃんと昇級・昇進に結びついたり、リスキリングによって社内に残れるので離職率も下がっていく。またリスキリングをした従業員は社内評価も高いという結果が出ています。
AT&Tは今も通信事業がメインですが、ソフトウェアベースの動画配信事業でも大きく成功しています。
2007年がiPhoneが登場した年。2008年が「このままだと10万人の仕事がなくなる」という発表があった年ですね。2013年にリスキリングのプロジェクトを開始して、合併等いろいろありまして少し上下していますが、2020年時点で23万人が働くなど雇用も維持できています。
アメリカではVerizonという会社がずっと売上1位でしたが、2020年はAT&Tがトップに立っています。リスキリングを行うと、企業の営業成績も伸びていき、雇用もちゃんと維持ができるとデータで出ています。
日本におけるリスキリングの成功事例
日本におけるリスキリングの成功事例としてはSMBCグループがあります。SMBCグループは、全社員5万人にDX研修を実施することを掲げています。1つ興味深いのが、SMBCバリュークリエーションという戦略子会社を作って、RPA(手間がかかる手作業の定型業務をコストを抑えて自動化するソフトウェアのロボット)専門の営業部隊を作りました。
その際にSMBCの従業員の方々を異動させて、RPAを展開するコンサルタントとして育成し、現在はこの方たちが主力になっています。また自社のデジタル化・リスキリングの経験を、他社さんに研修というかたちで販売もしています。リスキリングをした結果、収益部門に貢献した事例になります。
中小企業では、名古屋の西川コミュニケーションズさんという会社の事例です。この会社は1906年創業の会社で、当時は電話帳の印刷をやっていた老舗企業になります。今電話帳はあまり使わなくなっています。そこでこの会社は、早いタイミングから自社の事業モデルをピボットするためのリスキリングに取り組んできたそうです。
リストラクチャリング(事業構造の再構築)をせずに、デジタルマーケティングや3DCG(三次元空間で描かれるコンピューターグラフィック)事業、そしてAIの導入支援などを行う企業に変貌しました。興味深いのは、従業員422人の企業で累計資格取得社数が492人と、デジタル分野の資格取得をしている方が大変多いということです。
G検定というAIの検定試験がありますが、社長自らが受講して合格し、従業員の方も80名の方がG検定を取得してらっしゃるそうです。
この会社では、業務時間の20パーセントをリスキリングに充ててよいということで、社長が「学びをやめると収入が下がるぞ」を合言葉にしていらっしゃるそうです。現在はWebマーケティング、ブランディング、動画制作、コーディングの4つのコースからリスキリングの分野を選択できるようになっているそうです。
組織におけるリスキリングの7つのアクション
続いて、リスキリングにおける経営、人事の役割についてお話しします。先ほどお伝えしたように、リスキリングは単にオンライン講座を契約するだけではなく、(スライドのように)組織における7つのアクションが必要になります。
まず、リスキリングは全社プロジェクトになりますので、きちんと経営がコミットしたかたちで、例えば採用や育成もそうですし、労務・給与を触る方々も含めて、人事部内でちゃんと連携して運用していく必要があります。
また人事部と各部門との連携も非常に重要です。大企業の場合はHRBP(部門人事)の方が人事部の方と足並みを揃えながら、各部署ごとにどんなスキルが将来必要になるかを策定していくことが重要になります。
その上で研修制度の運用ですね。例えばコーポレートユニバーシティ(企業内大学)を作るとか、オンラインの学習講座を充実させていくなどがあります。
また最初のステップとして、従業員が現在どんなスキルを持っているのか棚卸する「スキルの可視化」が非常に重要です。そして従業員の方がスキルを身につけたら、これを社内外で証明する仕組みも必要です。
英語では「micro credential」や「open badge」と言ったりしますが、こういった身につけたスキルをちゃんと証明することが非常に重要です。スキルがちゃんと可視化されていることで、従業員を新しい部署に抜擢することができるようになります。
今、日本の企業でも問題になっていますが、リスキリングを始めて新しいことを学んだものの、現在の職場や新しい部署で働く機会がない。そうするとせっかく学んだことを忘れてしまいます。
ですので、リスキリングをしたらちゃんと配置転換をする。ポジションを用意するか、もしくは新しい部署に挑戦できる、いわゆるポストチャレンジ制度で、学んだことを活かせる場所・部署を作ることが非常に重要です。
最後に従業員の方々がリスキリングをしたら、昇給と昇格に結びつける制度が必要になります。特に報酬制度ですね。英語で「Skill-based Payment」と言いますが、スキルのレベルと職務給をひもづけることが非常に重要になります。
特にデジタル分野の高いスキルを身につけた方は、市場評価も高くなりますので、外国の会社さんとかテクノロジーの企業なんかに1.5倍や2倍の給与でヘッドハンティングされることも起きます。ちゃんと社内の給与を、市場価格をちゃんと見た上で変えていくことが重要です。