働き方が多様化する中で、「成長」の定義をアップデート

坪谷邦生氏(以下、坪谷):リクルートの人材マネジメントポリシーの移り変わりについて、少しお聞きしてもいいですか。

堀川拓郎氏(以下、堀川):そうですね。「価値の源泉は人である」というところは、これまでも今後も変わらないものとして、改めてど真ん中に置いています。会社は従業員に対して「成長し続けること」を求めていたし、従業員は会社が「成長機会を提供し続ける」ということを求めていました。

ただ、言い回しを含めて、そこのアップデートをしようということになったんですね。成長というのは本当に人それぞれ捉え方がさまざまです。

リクルートで働く17,000人の従業員の雇用形態も働き方もさまざまで、兼業や複業も大いにある中で、ワークライフバランスや介護もあったり、すべての人に激しい成長を求め続けるわけではなくなっています。リクルートはいろいろな働き方を許容しながら、一人ひとりが自律的に働いて、自己実現ができる場だという文脈を大事にしたいんです。

もちろん成長を否定しているわけではないので、めちゃくちゃ成長したい人には「ガンガン成長しよう」という要望をしていくんですけど。「成長」という言葉そのものを、17,000人に伝わるように「一人ひとりが自律し、チームで価値創出をし、個人もチームも進化をし続けるということを一人ひとりに求めていこう」と、言い直しています。

その時に「チーム」「自律」「進化」という概念があって。チームの力で組織パフォーマンスを最大化し、自律は個人の特徴や強みを認知して、その生かし方にも焦点を当てて、より強みにフォーカスしていく。

進化はアンラーニングとも一部かぶってきますけれども、自律的な挑戦・チャレンジをできるようにした結果、一人ひとりが自己変容していく。大沢さんも「自己理解・自己受容」と言っていますが、個人も組織も変容していくことを求めていこうよと。

延長的な成長よりは、異なる強みを持ち寄りながら、自分自身も組織も非連続な自己変容を遂げようということで、より難易度が高いことを要望している感じはありますね。

あるがままの個として生きていく「自己実現」が一番難しい

坪谷:おもしろいですね。もうまさに、リクルートのかつての社訓「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」じゃないですか(笑)。

堀川:(笑)。

坪谷:大沢さんは、あるがままの個として生きていく「自己実現」は最大の目的だが、一番難しいことだと言っています。河合隼雄さんとの対談でも、「個性化は実は恐ろしいことだ」と。

今のリクルートの方針は、その一番難しいことをチームと相互の関係性の中で実現しようとしているように見えます。大沢さんがやろうとしてきたことを現実問題としてやろうとしているのですね。

堀川:確かにそうですね。統合の際に掲げた、ありたい姿を象徴するコンセプトとして「CO-EN」というワードを掲げました。いろんな人が集まる「公園」と、いろんな人との出会いがあるという意味での「Co-Encounter」を掛け合わせた造語です。

※リクルートの人材マネジメントポリシー

リクルートはいろんなチャレンジをしたい人、おもしろい人、いろんな考えを持ってる人が集まる場でありたいと。それはリクルートの中だけの話ではなくて、社会とのコラボレーションも含めて「あそこに行ったらおもしろそう」みたいな(笑)。

みんなが生き生き働いていて、自分らしさを発揮している。それこそ「個をあるがままで生かす」ということを、一人ひとりが体現しながら生き生き働いている会社になっていたいというのがまず大上段にあります。

「強みで尊敬され、弱みで愛される」職場に

坪谷:「一人ひとりの成長ではなくてチームの成長」と置くのは、非常に現代的ですばらしいですね。

堀川:そうですね。数年前から、個人の強みをもっと生かしていこうと、あるツールを使うようになりました。

そのツールは、いくつかの因子でその人の個性を表現しているんですが、例えば僕は受容性を表す因子が強くて。受容性が高いというのは、人に対しての貢献意欲が高くて世話好きな部分がありますが、ストレス状況下では優柔不断に見えたり、完璧主義者的な感じで一人で抱えこんでしまう側面もあります。結局、人それぞれの強みと弱みは表裏一体ということなんですよね。

社長の北村も「強みで尊敬され、弱みで愛される」ことが大事だと。みんな凸凹があるから、それぞれがちゃんと強みで尊敬されて弱みで愛されるような職場でありたいよねと、社内報などの多くのシーンでメッセージを出しています。

経営チームも職場もいろんな人たちが集まった多様な集団でありたいから、こういったツールも活用して、17,000人で自己理解をし他者理解をし、強みを生かし合うチーム作りを目指しています。

坪谷:私のいたRMS(リクルートマネジメントソリューションズ)には、ユングの「タイプ論」を元にした内観的な自己申告型診断である「MBTI」のTシャツがあったそうです(笑)。

堀川:あるんですか(笑)。

坪谷:「INFP(仲介者型)」とか、タイプが胸に書いてあるんです(笑)。

堀川:(笑)。

坪谷:名刺にもMBTIの結果が書いてあって、全社員がお互いのタイプをちゃんと知って話し合うことを徹底していた、ということですね(笑)。

「多様な個」×「自己決定」で、働く人の幸福度は上げられる

坪谷:最後に、堀川さんのWillを聞きたいなと思っていてですね。

堀川:おっ(笑)。僕のWillは、やっぱり『心理学的経営』とドラッカーを基盤にしながら、人材開発をどうアップデートできるのかということを、ここ3~4年ぐらいずっと探索している感じです。

僕は、一人ひとりの個をあるがままで生かす「多様な個」と、『心理学的経営』にある「自己決定性」を大事にしたくて。それがやっぱりリクルートらしさだなと思っています。

社員のwellbeing(幸福度)を図る国際調査では、日本は幸福度が著しく低いとなっています。一方で、「自己決定性が高いと幸福度が高まる」という論文もあります。そこから、リクルートの自己決定性や心理学的経営のマネジメントそのものが社会に広がっていくことは、日本社会の働くことそのものを良くしていくんじゃないかなと思っています。

今は人材開発の立場で仕事をしてるんですけども、心理学的経営そのものをアップデートしていきたいんですね。大沢さんが「個」にフォーカスしていたところも、チームや人と人との間にある問題もアップデートしていく。そこにチャレンジすることが、僕の個人的なWillですね。

坪谷:ありがとうございます。どうしてそこにたどり着いたんですか?

「3年で独立したい」とリクルートに入社し、気づけば22年

堀川:僕は2001年にリクルートに入社したんですが、当時はけっこう就職氷河期で(笑)。僕の前年は、リクルートも新卒採用してなかったような時代でした。就職氷河期や厳しい社会情勢ということもあって、自分でビジネスをやりたいという独立意欲も高かったんですね。

自分の特性も踏まえて「3年で独立したい」と思って、たまたまご縁があってリクルートに入らせてもらったんですが、気づいたら同じ会社に22年ぐらいいるんですよ(笑)。

僕自身はこの22年で11回くらい異動していて、リクルートの中でも比較的、異動が多いほうなんです。営業や事業推進、事業開発、人事、海外勤務、総務と、本当にゼネラリスト的にいろんなことを経験させてもらったんですけど。

結局、自分が22年いる意味みたいなものを自分なりに振り返ってみると、どんな職種の時も、その都度自分なりに「自分が担当するクライアントや業界をこうしていきたい」「カスタマーに喜ばれるはずだから、これを世の中に生み出したい」というWillがあって。

11回の異動のうち、自分で手を挙げたのは2回だけで、残りの9回は会社都合の異動だったんですけど、それぞれのWillがありました。会社都合の異動を通じて、自分自身のキャリア観やWillが変遷していくように育んでいける、リクルート流の人材マネジメントには何かあるなと思ったんですよね(笑)。

そこから自分なりに勉強して『心理学的経営』に出会ったり、心理学的経営について書いている、坪谷さんのホームページやブログに出会いました。

自分が22年リクルートにいる意味を考えた時に……実は38歳ぐらいになってようやく、自分は人事の中でキャリアを積んでいきたいと思っているんですけど。そういうことに気づかせてくれたマネジメントをアップデートしていきたいという思いが、ベースにすごくありますね。

入社2年目の頃に影響を受けた、営業マネージャーの言葉

坪谷:私は本当に「個の主観からすべて始まる」と思っているんです。大沢武志さんもユング派の河合隼雄さんも、自分の話から始まるんですよ(笑)。

堀川:(笑)。めっちゃわかる気がするなぁ。

坪谷:堀川さんも、主観から始まって、この系譜につながっているんじゃないかなと思います。

堀川:自分の主観としてのWillも、もちろん1年目の時からあったとは思うんですけど。2年目ぐらいの時に、上司の営業マネージャーに「お前はお客さんとどんな未来を妄想してるんだ」と言われたんですよ。

「俺はお客さんとこんなことを考えてる」「こんなふうになったら、クライアントにも社会にもすごくいいと思わないか」という話になって。そこから「自分がこうしたい」だけではなくて、「顧客とどういうありたい姿を描くか」と、それが「リクルートの未来にどうつながっていくのか」。

個人と会社と社会という、3つの円を重ねたところに妄想を描くことを教えてくれたマネージャーがいたんですよね。その人の背中を見ながら、自分なりに妄想を育んでいった結果、3年目ぐらいの時に「これだ」と思えるようなものを1つ形作ることができたんです。それが自分の中の大きな成功体験でしたね。

上司との対話を通じて、自分の主観そのものが育まれていった感覚があって。「これをやれ」と言うのではなくて、対話しながらマネージャーが引き出してくれたのは、もう20年前くらいですけど、リクルートの根本は今も変わっていない気がします。

坪谷:おもしろいですね。好奇心から始まって妄想になっていく。

「偉大なリーダー」ではなく、「すべての従業員」を信じる組織

堀川:そうそう(笑)。最初は独りよがりの好奇心でもいいんですけどね。本当に自分1人で満たしたい好奇心だったら、1人でやればいい話だし。でも、リクルートという組織に所属しながら、社会性と統合していくことそのものが「Will-Can-Must」の本質なんじゃないかなと思いますね。

リクルートの場合は、「偉大なリーダーが」というよりは、どちらかというと「従業員すべてが」というところを信じてる会社ですね。

坪谷:すごくそう思います。全員が自律していることを前提において、『ビジョナリー・カンパニー2』でいう「誰をバスに乗せるのか」を徹底しているから、言える一言だなとも思いますね。当然かもしれないですが採用にこだわっていますし、スキル採用でも根底が違う人たちの集まりだと、到底言えないセリフだとは思うんですよ。

堀川:一方で、今は17,000人も従業員がいて、副業をしている人もいれば、時短で働く人、職務やエリアを限定して働く人もいたり、本当に多様な人がいます。

坪谷:創業当時のことを、総務課長をされていたのりおさんとかにうかがうと、誰もリクルートのことを知らなかった時代は、普通の会社が狙っていなかった女性や関西圏の優秀な層を採りにいったそうです。そういう意味での多様性はずっとありましたよね。

堀川:最近社内で語られる話の1つで、「リーダーシップの元」というのがあって。リーダーシップと言われると「偉大なリーダー」みたいなものを想起してしまいますが、その元はやっぱりオーナーシップなんじゃないかという話なんですね。

オーナーシップをリクルートっぽく言うと「圧倒的な当事者意識」なんですよね。自分が得意なものとか、やっていて苦じゃないことを一人ひとりが持ち寄っていく。その持ち寄ること自体がオーナーシップであり、リーダーシップの元なんだと。

自分らしくいられること、得意なことでチームを作って、そのチームで個人の限界を超えていけると、リクルートは良い会社になるよねと、最近よく社内で語られていますね。

“Willの種”は、役割期待からも育まれていくもの

坪谷:初めは好奇心だったWillが対話の中で育っていく話と同じですね。おそらく、期待される役割からWillが育っていくことも狙ってきたと思っています。

リーダーの役割期待を多面観察して、「できている・できていない」をそのままフィードバックするという仕立てこそ、ROD(リクルートの組織開発)でした。リーダーシップという像に照らした時に、自分の強みを知ったり、周囲に迷惑をかけている部分を知って、めちゃくちゃへこんだりするところから、Willの種が育っていくのかなと。

自分の得意なことから見つけていくだけではなく、役割によって人が育つという概念もリクルートにはある気がするんです。

堀川:今はそうですね。もしかするとチャレンジポイントかもしれないなと思っていて。ミッショングレード制は、まさに役割期待をきちんと伝えていく制度です。その役割そのものも日々変化していく可能性があります。

例えば、これまではマネージャーに求める役割期待が明確にありましたが、今後はそれが変わるかもしれない。例えば、ピープルマネジメントが得意なマネージャーと、プロジェクトマネジメントが得意なマネージャーがいた時に、これまでは両方をマネージャーには求めていたが、もしかすると得意なことにフォーカスしてもらうかもしれない。

役割期待そのものが常に変わり続けるし、それを模索し続けるダイナミズムがあると思いますね。

坪谷:おっしゃるとおりですね。Googleのプロジェクト・オキシジェン(優秀なマネージャーの条件を探る社員調査)は模索する中で、実際にうまくいってるチームのマネージャー像を浮かび上がらせたものですが、実はその調査結果を見ると、RODで使用している評価項目とほとんど一緒なんですよ。

時代ごとに表出するものはあると思うんですけど、私はやっぱり「不易流行(松尾芭蕉の俳句の極意、変わらないものと変わるものを織り込む)」だと思います。流行だけではなく原則も重要で、結局ドラッカーの頃から変わらないことを、今の世でも言ってるように見えます。

使えない部分はバージョンアップはしなきゃいけないと思うんですけど、根っこはそのまま使える部分がかなりあるんじゃないかなと感じています。

ドラッカーの考え方とは異なる、リクルート流のMBO

堀川:あるかもしれないですね。それから、リクルートには、ドラッカーの言うMBO(Management by Objectives and Self-control)と、かぶる部分とかぶらない部分があると思うんです。

MBOは「目標と自己統制による管理」という意味だと思いますが、リクルートの場合はセルフコントロールだけじゃなくて、「マネージャーや組織での対話」がすごく大きな要素の1つとして入っていると思いました。

もう1つはミッションについて。これはけっこうリクルートっぽい考え方だと思いますが、意味づけや意味を理解することを大事にしています。「Will-Can-MustってMust」もミッションとも捉えられるというか。

一人ひとりが自分のWillを実現していくために、今の目の前のMustをどう自分のミッションに置き換えるのか。組織開発の文脈の中でも、自分たちがどういう組織になっていきたいと思っているのかという、グループビジョンや部のビジョンをみんなで作るんですよね。

リクルートには1,300~1,400ぐらいの職場やグループがあるんですが、みんながそれぞれ自分たちのグループミッションを作っているんですよ(笑)。

自分たちの組織目的やミッション、ありたい姿に照らし合わせながら、目標そのものを自分と組織のミッションにしていく。リクルートのマネジメントの中では、そういう意味づけのプロセスがあるなと思いました。

ドラッカーが示したMBOだけでは足りないもの

坪谷:ドラッカー学会の佐藤共同代表理事が「ドラッカーだけでは足りないところがここにある」と拙著『図解 組織開発入門』に興味をもってくださって、私は「組織開発だけでは足りないところがある」と思ってドラッカーに向かったのですが、その両極の話を今していただいたように思います。

私は、Management by Objectives and Self-controlというのは、主観と客観という、私の図の横軸の話だと思ってるんです。Management by Objectivesは、客観によるマネジメント、そして主観がSelf-controlだと思うんです。

※坪谷邦生氏『図解 目標管理入門 マネジメントの原理原則を使いこなしたい人のための「理論と実践」100のツボ』より

佐藤先生との対談で、「客観による方向づけがない中で、ただ主観に任せる」というのは破綻するんだと教えていただきました。私はMBOは主観で始まり、組織としての方向づけには客観が必要だと捉えています。主観と客観を統合するのが、もともとのドラッカーのMBOなのですね。

そして、今の堀川さんのお話は、この4象限の縦軸の話に思えました。例えば、左下にある組織の主観は「使命」で、左上の個の主観は「夢」です。この使命と夢のやりとりに必要なのは、対話型組織開発だと私は考えています。堀川さんのおっしゃるフィードバックや対話が、まさにこの2つをつなぐ話だと考えています。

お互いの強みを生かして弱みを補い合うことを、個と組織の真ん中にチームを置くことで叶え、上司との対話の中で醸成されていく、という感じがしました。

「個の主観」と「組織の方向づけ」がつながる意味

堀川:なるほどね、個と組織をつなぐ部分ということですね。すごく勉強になりました。確かにObjectivesは目標だけじゃなくて、目的とかも入ってきますね。

坪谷:そうなんです。だから「CO-EN」という概念自体も、「チームを大事にするよ」という目的を示しているので、Objectivesですね。

組織は「組んで」「織りなす」と書くので、共通の目的に向けて協働して初めて組織になる。「こっちに行くよ」と指し示すものがないと組織になりません。そして、そこに好奇心から始まる「主観」がないと何も動かない。だから、やっぱり個の主観から始まるんだ、と言いたいですね(笑)。

ちょっと時間が過ぎちゃいましたね。今日は本当にありがとうございました。

堀川:本当だ。あっという間の1時間でした。

坪谷:おもしろかったです(笑)。

堀川:こちらこそおもしろかったです。ありがとうございました。