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GRITもレジリエンスも不要!負けすら楽しめる哲学を実装せよ【絶対悲観主義 - 楠木 建】(全1記事)

イーロン・マスクでさえ、みんなにテスラ車を買わせるのはムリ 楠木建氏が語る、人が仕事でへこむ理由

「セミナーに参加したかったけど、時間が合わなくて行けなかった……」。株式会社イノベーションの調査によると、ビジネスパーソンの2.5人に1人はそんな経験をしているそうです。同社が運営する動画サービス「bizplay」は、オンライン配信を通して、いつでもどこでもセミナーに参加できる環境を提供しています。そんなbizplayのオンライン動画に、一橋ビジネススクール教授で『絶対悲観主義』の著者・楠木建氏が登場。ビジネスのおもしろさと難しさや、「絶対悲観主義」上級者の楽しみなどを語りました。 ■動画コンテンツはこちら(※動画の閲覧には会員登録が必要です)

ビジネスのおもしろさと難しさ

楠木建氏:楠木建と申します。わりと最近『絶対悲観主義』っていう本を書きました。多くの方はそうかもしれませんが、世の中に出て仕事を始めてみると、ちっともうまくいかないですね。

ナポレオンは「余の辞書に不可能の文字はない」って言ったそうですけれども、仕事駆け出しの頃の僕は逆ナポレオンで、余の辞書に可能の文字はないんじゃないかと。この調子だと何もできないんじゃないかなと思っていたんですよ。

ある時に思いました。「仕事って何だろう」って。仕事には必ずお客さまがいるんですね。大きな会社の中で直接お客さまと接してない人でも、自分の仕事を必要としてくれている上司とか部下とか横の人はお客さまなんですよ。彼らの役に立って初めて仕事になる。

ところが顧客っていうのは、直接コントロールできないですよね。僕はそこが経済的な取引のおもしろいところというか、大きな特徴だと思うんです。国税庁の人が税収をあげてるんですけど、あれは命令をしてるんですよ。「いくら払いなさい」って。コントロールできるんですね。だからあれは商売じゃないですよね。

ところがどんなに力を持っていても、イーロン・マスクでも、消費者に無理矢理テスラの車を買わせることはできないんですよ。直接コントロールできないお客さまの役に立って仕事であると。しかも自分だけがそれやってるんだったらいいんですけど、競争がある中で直接コントロールできない人の役に立つ。「これ、うまくいかないの当たり前だな」って思ったんですよ。

自分の思いどおりにいくほうが変だと。仕事である以上、それぞれが利害を抱えて動いてるわけですから。そんな中で思いどおりにいく、これはすごく変なことじゃないか。ただの1つも、仕事である以上自分の思いどおりにはならないっていうふうに思っておく、これが「絶対悲観主義」なんです。

なぜ人は仕事でへこむのか?

第一に、打たれ強くなりますよね。みんな「GRIT」とか「レジリエンス」……ちょっと聞きなれない言葉ですけど。「回復する力」とか「やり抜く力」とか、そういうのが大切だって言う。そりゃそうなんでしょうけど。

僕はなんでみんながそういう話が好きなのかなって。けっこう心が折れたり挫折したり、自分は逆境にあると思ってる人が多いんじゃないかなと。だから「回復する力」「やり抜く力」が欲しくなるっていうなりゆきなんじゃないかなと思うんですよね。

なんでへこんだり折れたりするのか。初めに「うまくいく」と思っているからなんですよ。「自分は成功しなきゃいけない」とか「うまくやらなきゃいけない」と思ってるからで、そんなわけないでしょ、っていうのが僕の考えなんですね。

初めからうまくいかないと思ってれば、うまくいかないことは失敗でも挫折でもなんでもなく、平常状態ですから。心安らかに受け止められますよね。まったくGRITもレジリエンスも無用で不要と。これ、非常に穏やかに仕事できんじゃないかなっていう(笑)。

事前の期待と事後の結果を、分けて考えると。事後の期待は申し上げた意味で、仕事である以上思いどおりにはならないと思うんですよ。

事前の期待が「思いどおりになる、うまくいくと思ってて、やってみたらうまくいった」。これはね、普通にいいことですけど、そんなの滅多にないと思うんですよ。「自分がうまくいくと事前に思ってて、やってみたらうまくいかなかった」。これがよくある、挫折・逆境・心が折れる・失敗っていうパターンですよね。これが一番つらいわけです。なんでって言うと、事前にうまくいくと思ってたからです。

「事前にうまくいかないと思ってて、やってみてやっぱりうまくいかなかった」。僕もすごく多いんですけど、それが普通ですよね。たまにですよ、「事前にうまくいかないと思ってたのに、やってみたらわりとうまくいった」っていうことが、仕事でもたまーにあるんですよ。その時にすげぇうれしいっていうのが「絶対悲観主義」の良いところですね。喜び3倍増っていう。

「絶対悲観主義」上級者の楽しみ

初めからうまくいかないと思っていれば、うまくいかなかった時にへこたれたり、へこんだりするどころか、負けを楽しめるようになるんですね。僕はもう絶対悲観主義で年季入ってますからね。うまくいかなかった時けっこううれしいんですよ。これが僕、人生の味わい深い、コクのあるところじゃないかなと思っていて。

例えばどっかに仕事で話し合いに行く。僕はよく車で移動するので、近所のコインパーキングに入れて、相手のオフィスに行って、まぁうまくいかないですよね。それで車のところに帰ってきて、缶コーヒーを飲みながら「そうは問屋が卸さねぇな……」っていうのが大好き。その時にちょっと眉間にしわ寄せて「やっぱうまくいかねぇな」。これかなりシビレるんですよ、僕。

場合によっては「今日の仕事、うまくいかないほうがいいな」って思ったりして(笑)。なんでかって言うと、駐車場に帰ってきた時にタバコ吸いながら「やっぱうまくいかねぇな」って言えるじゃん、っていう。それぐらい僕は味わいがあるものだと思うんですね。思いどおりにいかないのが世の中だなと、ビバ人間、ビバ社会っていうね。これは「絶対悲観主義~上級者編~」です。ここまでいくには最低15年かかりますけど。

僕は絶対悲観主義って一石五、六鳥になると思ってるんですけど。最高にいいのは、すごく簡単にできるってことなんです。事後の結果じゃないですから。事前の期待、その心のツマミを思いっきり悲観方向に振っとくだけですからね。以上で実装完了。もうスマホアプリもいらないですから。指を動かす必要すらないですよ。脳内で0.1秒で実装可能なので、こんないい話ないんじゃないかなって。絶対悲観主義は夢のような話だなって僕、思ってるんですよ(笑)。

編集者の方から「どういう本にしますか? 何か仕事論で書きましょう」っていう話があって、僕は「じゃあ絶対悲観主義で書かせてください」と。タイトルも『絶対悲観主義』、これでお願いしますって言ったら「それは……」みたいなね(笑)。

だからね、みんなうまくいこうと思ってるんですよ。本が売れてほしいと。まぁ売れてほしいとは思いますけどね。「売れなきゃダメだ」「ぜひ売りたい」と、やっぱり迎合的になるでしょう。自分の中にある内発的な動機が弱まりますよね。

僕は絶対悲観主義者なんで、本を出す時とか絶対に売れないと思ってますから。誰がお金を払ってまでこっちが好きで書いてるものを、時間も使って読んでくれるのか。「そんな人いんのかな……?」って思いながら本を出すんです。こういうふうに心安らかに仕事ができるのが、絶対悲観主義のいいところ。かつコスト0ですから。

「いい構え」が必要な理由

端から見ると、僕は打たれ強いと思われているんですよ。一橋大学という職場ですけど。ノンプロフィットっていうか非営利の教育事業、大学なんで。実際にビジネスやってる方と比べると、はるかに利害は薄い仕事ですけどね。

それでも時々ね、揉めごととかしくじりがあって。組織を代表して誰か謝りに行かなきゃいけないっていう局面が発生するわけですよ。誰が行くんだっていうと、みんな僕のほうを見るんですよ。けっこう「詫び入れ」、嫌いじゃないんですよね、僕。

ある時にお詫びに行った時、突発的に「大変申し訳ございません、このたびは頭を丸めてまいりました」っていうフレーズが出たら、「おまえ前から丸まってんじゃねぇか」って言われて。「いえ、今日は強めに丸めてまいりました」「……しょうがねぇな」みたいなね(笑)。けっこうそういう局面って、自分で楽しめるほうなんですよ。

あと僕のけっこう好きな仕事の1つに、飛び込み営業。「うまくいかねぇな」っていうのがたっぷり味わえる仕事なんで。嫌がる人多いじゃないですか。みんな「うまく売らなきゃいけない」と思ってるんですね。だけど、「そんなことってあるでしょうか?」って僕は聞きたいんですよ(笑)。

ただこれは構えに過ぎませんので、楽になってるだけだと何もできないんで、ちゃんと仕事しないとしょうがないんですけどね(笑)。やっぱりいい構えがないとなかなかうまくいかないんで、僕にとって一番自然な構えが絶対悲観主義だっていうことですね。

「やったるぞ!」っていう人いますよね。僕はそういう気性じゃないんで。根性・気合い・闘争心・野心・志、そういうのはない人なんで。世の中の半分ぐらいは僕みたいな人じゃないかなって想像するんですけど、僕のような気性な人だともしかしたら気に入っていただけるかもしれませんが、気性・体質が異なる人だとまったく同意できない話だと思いますね。

僕が長年気に入っている仕事の哲学、これを書いた本がこの『絶対悲観主義』であります。みなさん、心配する必要はございません。どうせうまくいきませんので。心穏やかに仕事をする1つの考え方として、お読みいただければ幸いです。ありがとうございました。

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