日本一厳しいデベロッパーのもとで働いた経験

大坪拓摩氏:自分は「デザインは最上級にコスパのいい投資」なんじゃないかなと思っています。みなさんがお勤めの職場でも活かせます。

自分のキャリアは、最初はデザイナーじゃなかったっていう話をしましたよね。一番初めは現場監督のお仕事をやっていたんですよ。現場監督ってみなさん、仕事内容はわかります? 自分の場合は東京ミッドタウンっていう商業施設の工事現場だったんですけど、その中で壁紙を貼る職人さんとか、内装のチェックをものすごくしてました。

日本一厳しいデベロッパーさんのところで日本一厳しい仕打ちを受けて働いていたので(笑)、建物とかをぱっと見ると......蔦屋さんに失礼になっちゃうんでしないんですけど、人の家とか行っても内装がずれてたりとか、ちょっと欠けていたりすると全部気づいちゃうんですよ。

東京ミッドタウンを作った時のデベロッパーさんは、そういうちっちゃなミスとかちっちゃな色ムラとかちっちゃな欠けとかがあると恐ろしいんですよ。壁紙とかにちょっとだけ穴が空いてたりするじゃないですか。みなさんは家にそういうのがあったら「ちょっと埋めたらいいか」とは、最悪見て見ぬふりでもいいじゃないですか。

(ただそのデベロッパーさんの場合は)壁にちょっとでも傷があったら、壁紙を一面貼り替えろってなるんですよ。たった1個の傷のために一面張り替えたら、「隣の壁と色が違うね」って言ってまた全面貼り替えとかになるんですよ。もう恐怖ですよね。

壁の傷や色には厳しいのに、セロテープで貼ってある紙はそのまま

そういう仕事をやらせていただいていたんですけど、1個腹立つことがあって。何かと言うと、みなさん商業施設へ行った時に、建物はおしゃれなのにトイレとかの貼り紙が普通にWordで作った紙だったりするのを見ませんか? しかもセロテープとかで貼ってあるじゃないですか。壁の傷とか色とかには厳しいのに、こっちは「何だそれ」とか思うわけですよ(笑)。

ふつう素人は気づかないであろう色の違い1つで、壁紙を全部貼り替える。壁紙一面を貼り替えるのに、いくらかかるか。みなさんはコストを知らないと思うんですけど、だいたい壁紙一面を貼り替えるのに、職人さんを3日間働かせなきゃいけない。

壁紙一面だけですよ。職人は一面貼り替えで1日はかからないんですけど、下地が乾くのを待ったりとかのりが乾くのを待ったりするので、3日必要になるんですよ。壁紙1枚貼り替えるのに10万円ぐらいかかるんですよ。

その一面を貼り替えて「チェックをお願いします」って言ったら「隣の壁と違うね」って言われて、また呼ばなきゃいけなくなっちゃって。たった1個の欠けを、段取りをミスるだけで何十万円ってかかるっていう仕事をやっていたんです。

そうすると、会社員なので自分の評価が下がるんです。「お前の段取りが悪いんだ」って所長にボロカスに怒られる。「ひどいな」と思いながら、片やちょっとトイレへ行くと、Wordの……。さっき一番初めに見せたような、ただのWordで文字を打ったようなのが貼ってあるわけですよ。

「なんでこんなダサいの貼るの? これにはなんで怒らなくて、俺はこんなに怒られるの?」って思うじゃないですか。

キレイにレイアウトして、勝手に案内を貼り替える

「もう腹立つわ」と思ったんですけど、それに腹が立ったのと同時に、ちゃんとプライド持って働いてたので、「一生懸命ちゃんときれいにしたのに、こんなの貼られると腹立つな」って今度は思うようになったんですね。

自分への仕打ちに腹が立っていたのが、「がんばったのに変なことしないでもらえる?」っていう腹立ちに変わってくるわけですよ。

途中から自分は何をしたかって言うとですね、貼り紙をまったく同じ内容で、一番初めに見せたビフォー・アフターみたいな感じで、ちゃんときれいにレイアウトして勝手に案内を貼り替えていったんですよ。わかりますか? 頼まれてもないですし、これはうちの仕事じゃないですからね。

深夜にあの汚い貼り紙を見るだけでイライラするって思っていたから、深夜に残って勝手に写メを撮って......。当時は銀色の安いデジカメで撮ったやつでした。まったく同じ内容をきれいにして作って印刷して、夜な夜な、みんな帰っている時間ですよ? 警備員も寝ているぐらいの時間帯に、貼り替えていったんです。

そうすると何が起きるかわかりますか? 翌日気づいた人から「誰だ、誰だ」ってなるんですよ。きれいになっているから俺は怒られる心配もないと思っているし、わざわざその人のためにやったわけじゃなくて、俺が腹立つから貼り替えていっただけなんですよね(笑)。

簡単なデザインを学ぶだけでも、ビジネスでの印象は変わる

というので、向こうの会社内とか親会社とかでなんか噂になるんです(笑)。結局誰がやったかわからないっていうので、「うわ、面倒くさいな」と思って名乗り出たら、ものすごく感謝されるようになったんですよ。……ちょっとこのエピソードしゃべりすぎですけど(笑)。

そんな感じで当時、きれいに貼り替えたら結局喜ばれたんです。その仕事ってお金は当然もらえないんですけれど、向こうからしたらWordで許されていたことなので、きれいにしたのに金をくれとか払ってもらう気はないんですけど、ものすごく感謝されて、それ以外の仕事がものすごくやりやすくなったんですよ。

「勝手にそんないいことをしてくれる人だから、この人が悪いことをするわけない」っていうお客さんとの関係値が出来上がるんですよね。というので、現職でものすごくいろいろ活きることがあったんです。

みなさんもたぶん自分が関わる部分とかで、この本に書いてあるぐらいの簡単な内容でいいのでやってみてください。この本に書いてあるのは基本的にIllustrator、Photoshopとか関係なく、Word、Excel、PowerPointとかでやるようなレベルの内容しか書いてないので、それだけでも印象がだいぶ変わるんですね。

『見るだけでデザインセンスが身につく本』

それをやってもらうと、今のお仕事の中でも「誰々さんが作ってくれた資料は印象がいいよね」とか「かっこいいよね」とか「クライアントさんから評判がいいんだよね」って言われるんですね。なのでそんな感じで活かしていただけるんじゃないかなと思います。

デザイナーが「業者」に見られる現状を変えたい

本当に誰にでも、デザインを覚えるだけで人生が良くなる。当時の自分もデザイナーじゃなかったですけど、デザインを良くしただけで仕事がものすごくやりやすくなったのを覚えています。

あとはデザインを覚えれば、もちろんデザイナーに転職できます。デザインも今のお仕事をやりながら副業でやることもできますし。あとはデザイナーとして起業する、フリーランスになるとか、自分みたいにデザインの会社を作るとかやっていただけます。

自分はデザイナーで起業した後なんですけれど、大学時代の話をした時のくだりで、デザイナーってやっぱり「業者」って見られるんですよ。なんとなくわかります? 業者とか下請けさんみたいな感じで見られるんですよね。

そうするとクライアントさんはすこぶる態度が悪いんですよね。こう言うと何ですけど、お仕事をくださっているんですけど、態度が悪いから「金をもらっていてもこれは嫌だな」と思ってくるんですよね。

この現状をどうにかして変えたいなと思って、自分はどうしたかって言うと......クライアントさんがどんなに性格が悪くても「先生」って呼ぶ人たちがいるんですよ。士業とかで「税理士先生」「弁護士先生」「社労士先生」って言うじゃないですか。当時は今ほどチャレンジ精神がなかったので、さすがに士業の資格はこのタイミングから取れないなと。

デザインほどコスパのいい投資はない

でも、無資格の人を「先生」って呼んでいるケースはあるなっていうことに気づいて。コンサルタントにみんな「先生」って言っているんですよ。コンサルタントは資格がないんですよね。ちゃんと資格があるコンサルもありますけど、先生って呼ばれているコンサルのほとんどは無資格の方たちなので。

「これ、コンサルタントの仕事を覚えたら先生って呼ばれる」と思って、マーケティングをちょっと勉強しました。その上デザインもできるので、マーケティングを覚えたら本当にクライアントさんから「大坪先生」って呼んでいただくようになったんですよ。

マーケティングでデザインをやっているから、マーケティングの指導とついでに「ホームページはもっとここの色を変えたり、写真を変えたり文字サイズを変えたら売上が上がりますよ」って言うじゃないですか。「本当ですか。ありがとうございます。さすがですね、先生」って言われるんですけど、「うちでやりましょうか?」って言うと「え? 先生がやってくれるんですか?」ってなるんですよ。

すごくないですか? このビフォーとアフターの違い。ビフォーは「替えが利く業者の1個」だと思われているんですけど、アフターは「先生、やってくださるんですか?」ですからね。しかも発注単価は2倍ぐらいになる(笑)。「なんだこれ、すごいな」と思って。

デザインって単体で稼ぐこともできますけれど、マーケティングとかコピーライティングとか動画とか、あとはそもそも自分でカフェを起業している人だったら、メニューとか発注しないで自分でも作れますから、どんな仕事とでも相性がいいんですよ。

自分は仕事柄この話をしているわけじゃなくて、いろんなものを冷静にフラットに見ているんですけれど、デザインほどコスパのいい投資はないんじゃないかなって基本的に思っています。

デザインが印象を変える事例

デザイナーになりたいと思ってくれている人とか、うちのスクールを受けてくださっている方も来てくれていますけど、そういう方はその道を究めたらいいと思います。

みなさんは別にデザイナーになりたいっていうほどじゃない。でもこの本に書いてある内容ぐらいで、けっこう仕事のレベル感は変わるので、簡単なデザインはみんな本当に覚えたらいいんじゃないかなと思っています。

という感じでせっかくなので、デザインがどういうふうに印象を変えるか、ぜひみなさんにシェアできればなと思っています。

あと、星1のレビューで「具体例が足りなかった」ってたくさん書かれていて、確かに具体例はこの本に載っていないんですけど(笑)、別に具体例がないわけじゃないので、ぜひみなさんには今日それをシェアできたらなと思っています。

デザインの良し悪しがどう違うのかっていうのは、ビフォー・アフターを見てもらうのが一番わかりやすいと思うんですよ。これはうちのスタッフに、うちのスクールの生徒さんの作品を無作為で選んでもらったビフォー・アフターです。

ビフォー。悪くないですよね、別に。こんなバナーを見たことはありますよね。でもちょっとした差で印象はだいぶ変わるんですよ。左と右で並べられると、右のほうがいいってなりますよね。でも載っている情報は全部一緒なのがわかります? 後ろの写真なんて全部変わってないじゃないですか。

じゃあ何が変わったか。みなさん今、左と右を見比べて何が変わったかって、ご自身の中で整理できます? 順番に見ていくとすごくシンプルなんですよ。

「いろんな色を使っちゃう」とダサくなる

まず左で言えば「秘湯宿泊プラン」。こういう広告の画像を「バナー」と言います。

このバナー、当然メインの言葉は「秘湯宿泊プラン」じゃないですか。でも「秘湯」と「宿泊」と「プラン」の中で、特に目立たせなきゃいけない大事なことって、何かわかりますよね。「秘湯」じゃないですか。

右はザ・秘湯ってなっているわけです。だからこのバナーが何を伝えたいかっていうのが一発でわかるようになっているんですね。

あとは左の場合、グラデーションになっています。この本に書いていることにもありますけれど、「色数を減らす」ってすごく重要なんですよ。デザインに慣れてなかったりデザインセンスがないとかダサいって言われる人の特徴の中に、「いろんな色を使っちゃう」っていう癖があるんですよね。

左ので言ったら「お得」を目立たせようって思って黄色を出したわけですよ。「秘湯宿泊」を目立たせようと思って、赤からオレンジっていうグラデーションを使ったんですよ。「5,980円」を目立たせようと思って、緑を使ったんですよ。下の「詳細はこちら」も目立たせたいなと思って、今度はまたオレンジから黄色のグラデーションを使ったんですよ。目立たせたいものが多すぎるんですよね。

でも右はシンプルですね。黄色しかなくなりました。黄色のみ。でも左よりも、それぞれが読みやすくなったのがわかります? これが本当に簡単な話なんですけれど、色を減らしたほうが実は目立つっていうことなんですよ。

ちょっと知っているか知らないかだけです。だから、みなさんも今日この話を聞いたら、「色数が少ないほうがちゃんと伝わりやすいんじゃない?」っていう話ができるわけですよね。本当にこんなちょっとの差です。

みんなが魅力に感じるところを目立たせる

左は「フルーツ狩りツアー」。これも別に悪くはないですよね。広告でありそうじゃないですか。

アフターはまたぜんぜん違うわけですよ。フルーツ狩りツアー、左は対象があんまり定まってないのと。あと上に「取り放題・食べ放題」「60分」って書いてあるんですよ。

「取り放題・食べ放題」「フルーツ狩りツアー」だったら、みんな何に魅力を感じるかって言ったら「フルーツツアー」ではなく「取り放題・食べ放題」ですよね。

なんか「取り放題・食べ放題」ってよくツアーを組まれるじゃないですか。「フルーツ狩りツアー」だけ書かれているよりも、やっぱり「60分食べ放題」とかにみんな魅力を感じるわけですよ。だからスイーツパラダイスがチェーン店になっているわけじゃないですか。

じゃあそれを目立たせなきゃダメだよねっていうことで、シンプルにレイアウトが変わって「取り放題・食べ放題」が目立つようになっているんです。

楽しそうなのを伝えたければ、楽しそうな写真を入れる

あと、楽しそうなイメージを伝える時には、露骨に楽しそうな人の写真を入れちゃったほうがいいわけですよね。右だと何をやっているか、シンプルじゃないですか。子どもが楽しそうに果物を食べている。それだけ。だから、「楽しいよ」とか文字を入れる必要はないんですよ。楽しそうな写真を入れたら「楽しいよ」が伝わるんですよね。左と右の違いはそういうところですね。

あと「60分」っていうところに地味に砂時計を入れたりとか、そういうちょっとした工夫はしてますけれど、大きいところで言ったらやっぱり「いかに楽しそうな演出をするか」っていうのと。

あとはこなれてきて「ツ」のところがさくらんぼになったりとかしていますけど(笑)、これはみなさんにとって難しいことだとしても、違いとしてはこれくらいですね。

目立たせたい文字をきっちり目立たせましょう。あと、楽しそうなのを伝えたければ楽しそうな写真を入れちゃえばそれで終わりだよっていう話ですね。

広告のクリック率を左右する、少しの「読めるか読めないか」の差

左は「夏休みバスツアー」。これも別に悪くはないですよね。ちょっとした違いなんですね。

これは仕掛けバナーを3例紹介したうちの最後になるんですけれど、これは人によっては「左のほうがいいじゃん」って思う人も出てくると思うんです。でも広告で使った時は、確実に右のほうが成果が出るんですよ。なんでかわかります?

これ、バナーって広告に使うわけですよね。お客さんがより来てくれたほうがうれしいじゃないですか。だったら左の盛り盛りで伝えたいことが盛りだくさんのものよりも、右のぱっと見てすべての文字が読めるっていう方がすごく重要なんですよ。

広告画像ってあんまり情報を盛り盛りにしすぎると、クリック率が下がるんですね。クリック率が下がるっていうことは、要は売上が下がるっていうことなんですよ。なので、左は単純に作品、アートとしては悪くないんだけれども、バナー、売上っていうところで考えるともったいない、惜しいってなっちゃうんですね。

右は何をしたか。文字に対する工夫はだいぶ減ったわけですね。「夏休みバスツアー特集」がただ単に読みやすくなった。左だとちょっと手書き文字風に「自然のアクティビティを全力で楽しむ」が読めないですよね。でも右だとかろうじて読めるぐらいになったじゃないですか。この微妙な差がすごく結果に差を与えるんですね。読めるか読めないかって、すごく違いが出ます。

デザインで学ぶべきは、ビジュアルの良し悪しではない

あとみなさんは、WordやPowerPointとかで文字を装飾する時にやりがちなんですけれど、文字をグラデーションにして白い縁にしたりとか、よくやりますよね。逆に色が付いた縁とか。あれをやると「可読性」っていって、読みやすさが下がっちゃうんですよ。

読みやすさが下がることは、つまりわかりにくくなるので、押したくなくなる。押さないと広告として機能しなくなるので、売上は下がるんですよ。読みやすい、意味がわかる、じゃあちょっと興味がありそうでクリックする、売れるっていうサイクルになってほしいんですよね。なので、右みたくシンプルにしたほうがいい例の1個です。

自分は今、こうやって口でルールを説明できるじゃないですか。みなさんがデザインで学ばなきゃいけないのは、「どっちが感性的にいいか」じゃないんですよ。ビジュアルで「左のほうが楽しそう」とか「右のほうがシンプル」とかそうじゃなくて、いかに読みやすく、わかりやすく、押しやすく、反応しやすく、買いやすくするかっていうことだけなんですよ。それをぜひ学んでほしいなと思っています。