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Chapter3.KPI 『最高の結果を出すKPIマネジメント』(全2記事)

KPIマネジメントは「一番弱いところ」に着目すべき 結果を出すための最重要プロセスの決め方

人気シリーズ『図解 人材マネジメント入門』『図解 組織開発入門』の著者であり、企業の人材マネジメントを支援する株式会社壺中天の坪谷邦生氏が、MBO(目標管理)をテーマとした新刊の発行にあたり、各界のエキスパートと対談を行います。第3回の前編は、『最高の結果を出すKPIマネジメント』の著者である中尾隆一郎氏と、数値による目標管理と誤解されやすいKPIマネジメントや、組織の全体最適について意見を交わしました。

「数値管理」と「KPIマネジメント」は別物

中尾隆一郎氏(以下、中尾):こんにちは、よろしくお願いします。

坪谷邦生氏(以下、坪谷):機会をいただきありがとうございます。中尾さんとお話しするのは、私がリクルートマネジメントソリューションズ社で組織サーベイを作っている時にご相談させていただいて以来ですので、もう10年ぶりくらいですね。

今日は、『最高の結果を出すKPIマネジメント』の著者である中尾さんに、KPIマネジメントについてうかがいたいと思います。まず、KPIの効能と限界について、どのようにお考えでしょうか?

中尾:KPIの効能と限界のお話の前に、たくさんの数値を見る「数値管理」と、一番大事な場所にフォーカスをする「KPI」のどちらの話をしているのかを明確にする必要があると思うのです。KPIマネジメントでは「一番大事なところを見ましょう」と言いますが、何が大事かは状況によって変わります。

ボルボ・カー・ジャパンが実践していた、上手なKPIマネジメント

中尾:「本当に今それがCSF(Critical Success Factor:重要成功要因)でいいのか?」。これが間違っていれば、KPIは役立ちません。正しいCSFを見つけるためには、経営者や経営企画は、いろんな数値を見ること(数値管理)はすごく大事です。

例えば、バランスト・スコアカード(財務・顧客・業務プロセス・学習の4つの視点から企業の業績を評価するツール)で言うと、結局、経営者がいろんな数字を見ながら「ここが大事だから」と言ってCSFを特定し、コントロールしているんです。

私たちの上司だった釘さん(リクルートマネジメントソリューションズ前代表取締役社長の釘崎広光氏)や、今マセラティの社長をやっている木村隆之さんは、バランスト・スコアカードをすごく上手に使ってKPIマネジメントをしていました。木村さんがボルボ・カー・ジャパン社長時代には、在任5年間で売上を1.6倍にして、利益を2.2倍にしたそうです。

しかも木村さんは、30個くらいの数字をすべてのメンバーに担当させ、「あなたがオーナーだ」というところまで(マネジメントを)やっていた。でも、自分が「今、ここが一番大事なCSFだ」とわかっているので、現場の人には数字を追いかけてもらいながら、事業として一番大事なところを上手にコントロールする。そして、そこがうまくいったら次のCSFを強化するという、KPIマネジメントをすごく上手にやっていたんです。

闇雲にたくさんの数字を出して、「みんなでこれをチェックしろ」「現場で考えろ」と言うのはリーダーとして無責任だと思うんですが、ちゃんと「これはあなたができる範囲だから大事にしなさい」「全体は自分が責任を持ってCSFを見つけて強化するから」と言うのは、すばらしいマネジメントだと思うんです。

「俺らはいろんな数字を見ているんだ」というだけでは、単なる数値管理であり、KPIマネジメントじゃないという話です。

そもそもKPIって何なのか?

坪谷:要は、実際に動く人に「ここに着目するんだ」と、ちゃんと言えるかどうかですね。

中尾:そうです。現場に丸投げするんじゃなく、「我々の事業で今一番大事なドライバーはこれです」と決めて、「みんなでフォーカスしようぜ」と言えることがKPIマネジメントだと思うんです。

坪谷:最近、「KPIって何なの?」とよく聞かれるので、簡単に整理してみました。大別して、この二流派を知っておくとだいたい混乱しないんじゃないかと。BSC流KPIがバランスト・スコアカードで使われるもので、リクルート流KPIが中尾さんのおっしゃっているKPIです。

BSC(バランスト・スコアカード)流KPIは、「飛行機のコックピット」だと捉えました。BSCでは、「20〜35個くらいのKPIを置け」と言っていて、経営者は操縦者として大量の計器類を見ながら、「今、ここの気圧が高くて危ないから」などと見るべきものを決めて複数を管理していく。そこには、KGIとなる売上や利益も含まれています。

現場の生産性を大きく下げてしまう、残念な構造

坪谷:一方で中尾さんのリクルート流KPIでは、“コックピット”じゃなくて“信号”というメタファーでした。みんなに「35個の数字を見ろ」と言うのではなく「この1個を見て走れ」と言い切るところが大事だと。つまり、戦略がなければいけないということかなと捉えたんですが、その理解で合っていますか?

中尾:飛行機のコックピットというイメージは、(例えとしては)すごくよくわかるんです。「コックピットで『ここが悪い』と言った時に、従業員は何もしないんですか?」という話なんです。僕のイメージで言うと、何十台もの車がみんなで走っている時に、一番前の車だけが“信号”を見ている。

経営者にとっては「ここが悪い」とわかるのは簡単で、そうでなければ経営者じゃないと思うんです(笑)。ただ、「自分だけがコックピットでメーターを見ていたら、次の人にどう説明するんですか?」という話なんです。でも、みんなでメーターを見て、次の人に伝言ゲームしながら「ああでもない」「こうでもない」とやっていると、現場の生産性はすごく低いですよね。

坪谷:そうですね。だから、決めたことをちゃんと従業員に伝えて、動いてもらうために、“信号”にしなきゃいけないということですね。

中尾:そうです。“信号”で、「青信号だから今のままやっていいですよ」と伝える。それをみんなが見ているほうが強くないですか、と。“コックピット”の場合、「従業員はどこにいるんですか?」という話なんですよね。自分と機械だけで動くようなビジネスモデルだったらいいんですけど、そんなモデルはないわけです。

「もっとも弱いところを見つけよ」が意味すること

坪谷:確かに。続いて「制約条件理論(Theory of Constraints:プロセスの中に制約条件を発見し、改善を加えるという考え方)」のお話にいきたいと思います。

『最高の結果を出すKPIマネジメント』の中にあった、Critical Success Factor(最重要プロセス)の決め方について、例を読んで考えても「自分でできるのかな?」とちょっと不安だったんです。

中尾:(笑)。

坪谷:でも、そのあとに出版された『最高の結果を出すKPI実践ノート』の中で、「制約条件」、つまり「もっとも弱いところを見つけるんだ」と書かれていたのを見て、それならできるかもしれないと思いました。

中尾:そうなんです、それです。『ザ・ゴール』の著者のエリヤフ・ゴールドラット(イスラエルの物理学者)が、同じ制約条件で解決したテーマを6〜7冊書いているんですよ。最初の『ザ・ゴール』は工場の話ですが、新規事業の話だったり、システム開発の話や、弟子が書いた営業にも適用できるのです。

「制約条件理論」はすごく応用範囲が広いので、人が携わることで人によってボラティリティが大きいテーマに活用できます。要は「制約条件理論」に当てはまるのは、人が何か判断したり携わることで、成果に影響を及ぼすようなビジネスなんです。

工場の例で言うと「今までの常識に囚われずに、スループット(処理量)を最大化するにはどうしたらいいか?」という話ですよね。それぞれの機械が最大のパフォーマンスを発揮するのではなくて、一番弱いところに(改善施策を)やるということなんです。

それぞれの機械が最大限までやるかどうかは、人が判断しているわけです。この機械(を動かす人間)の責任者は、次の工程で仕掛品がたくさん溜まっていても、最大量を作るために、最大のパフォーマンスを発揮しようとしたりします。(KPIマネジメントができていない)現場でこういうことが起こっていませんかね、ということです。

「うちのチームはあそこよりもいい」で陥る、部分最適

坪谷:先ほどの“コックピット”と同じで、全体最適ができるのかという話ですよね。それぞれが自分の見えている範囲の最高の状態を狙いにいってしまうと、全体最適にならない。

中尾:そうです。これがドイツのIndustry4.0(第四次産業革命と呼ばれる製造業のデジタル化)のように、生産からユーザーに届くところまですべてがつながっていると、無駄なことをしないのでいいんですよ。

でも、メーカーはメーカーで最大限生産し、販売は販売で月末の数字を作るために、無理やり仕入れたりするじゃないですか(笑)。会社や組織を越えて、こういう変な目標を持っていないですか? という話なんです。

坪谷:「制約条件理論」は、部分最適に陥りやすい状況から抜け出すうえで、非常に効果が高いということですね。

中尾:そうなんです。基本的にほとんどの組織は、効率を上げるために組織を分割します。例えば、集客やナーチャリング、営業、納品、カスタマーサクセス、お金を回収する組織などで分けると、各組織は組織づくりに励んだ結果、みんな「うちのチームはあそこよりもいいチームだ」と思うわけですよ。比較が大好きなのは人間の性ですからね。

そうなると、部分最適に陥ってしまう。人間は機械と違って感情もあるし、合理的に判断しないということを、みんながわかっているかどうかなんです。

徹底的にパクって進化させる「TTPS」

坪谷:ちょっと先回りするようですが、中尾さんのTTP(徹底的にパクる)という言葉は、その「比較が大好きな人間の性質」を逆手に取ったやり方ですね。自分たちがやっていることの良さを、他にパクられることで認めてもらって、全体最適を促進する。

中尾:まさにそのとおりです。それで、僕たちは「徹底的にパクって進化させる」という、TTPSという言葉を作ったんです。TTPは、「パクる」じゃなくて「徹底的に」が大事なんです。勝手に解釈して「こうやったほうがうまくいくんじゃないか」とやって失敗するので、うまくいったことをいったん共有する。だから、TTPは守破離の「守」だと思うんですが、TTPSは守破離の「破」なんですよ。

坪谷:なるほど、進化させるのですね。KPIを用いる時に、どこにフォーカスすべきなのかが、「制約条件理論」の話ですっと理解できました。次に、中尾さんがKPIを用いたマネジメントに着目された背景をうかがえますか。

中尾:私がリクルートのHRで企画のマネージャーをやっている時に、もともと首都圏のトップだった中村恒一さんという方が、名古屋と大阪を兼務されていたんです。「お前も兼務しろ」と言われて兼務したら、東京では当たり前のことが大阪・名古屋では当たり前じゃなくて、名古屋でうまくいっていることを大阪・東京は知らないということがありました。

その時に、まず「これ(地域ごとの違い)を横比較したらいいよね」と思ったんです。でも、横比較するにはモデルを作らなくちゃいけない。そこで、我々のビジネスがどうなっているのかを式で表したわけです。売上はだいたい掛け算で表せると思いますし、コストは足し算になっています。

そうすると、売上(A×B×C)-コスト(D+E+F)みたいな式になる。売上の項目は全部上げたいし、コストは全部下げたいけど、だいたい矛盾するわけです。営業の歩留まり率は上げたいけど人件費は下げたい時に、優秀な人がいないと営業歩留まり率は上げられないのに、人件費を下げたら(新たに優秀な人の採用は)できないですよね。

でも、(仕事を効率化して)少ない人数でやれるようにしたら、1人あたりの人件費を上げながら(両方とも達成)できるという話になりますよね。要は、一見できなそうに見えるけどそうでないもののポイントを見つけたんです。それを(ほかの地域に)教えてあげたら喜ばれた経験があったので、KPIやTTPSという言葉がない頃から、なんとなくそれっぽいことはやっていました。

事業企画の人間にとっては、KPIってそんなに難しい話じゃないんですよね。「この事業を伸ばす勘所はどこなのか」「どのアクセルを踏んだらいいのか」というだけの話で、それがわからなかったら事業部は運営できないので。

「弱み」こそ伸ばす余地がある

中尾:ドラッカーも「focus and deep」と言っているように、どこにフォーカスをしたらいいのかということです。それは「戦略」や「戦術」という言葉かもしれないし、それらの理論背景が「制約条件理論」かもしれない。だから、みんな(それとは気づかずにKPIマネジメントを)やっているんですよ。

坪谷:そうですよね。

中尾:だから、坪谷さんが『図解 人材マネジメント入門』のツボ49で「うちの人事制度をどうするかを議論することが大事だ」と書いていたのと同じで。KPIマネジメントも、関係者がみんなで、うちのビジネスを伸ばすにはどうすれば良いかについて話をすることに意味がある。

そして、「我々の事業はどこに一番伸ばせる余地があるのか」とみんなで議論することが、サイロ化(業務プロセスなどが他部門との連携を持たずに自己完結して孤立してしまう状態)や部分最適をつぶすきっかけになるんです。

結局、一番大事なのは「今弱いところ」なんです。弱いから伸ばす余地があるわけです。弱いところにはだいたい、業務委託や派遣社員、契約社員、新人や異動者といった、雇用形態が弱い人たちが集まっています。あるいはリーダーに経験がなかったり、異動してきたばかりだと、「こうやったらうまくいく」ということを現場が実現できないんです。

それはトレーニングするか、イケてるリーダーに入れ替えるか、何かITのシステムを入れたりしてサポートすればいい。みんなが同じ情報を見ながら「どこが大変か」を話し合って、どうやってそこを強化するのかを決めるんです。

「みんなで助けよう」が、全体最適につながる

中尾:例えば「確かに中尾は新任マネージャーで他の事業を知らなかったし、メンバーも弱い」と。「それなら、お前はここだけフォーカスすればいいから、他の雑務は全部、本部側が引き取るよ」とか「イケてるリーダーを出すよ」とか。「このツールを使ったらできるよ」「育成をサポートするよ」というふうに、みんなで見たら(弱点と改善策が)わかるじゃないですか。

坪谷:みんなが弱いところを助けに行くというのはおもしろいです。「お前のところはだめだ」ではつぶれてしまいますけど、「じゃあみんなで助けよう」なら、全体最適が起きますよね。

中尾:そうなんです。でも、弱い状況を僕と坪谷さんしか知らない場合、「坪谷さんは余裕があるから中尾のチームを手伝っているな」「自分のこともやらずに人を手伝って」「中尾の自立心が下がるんだよな」という話になるわけですよ(笑)。

坪谷:はい(笑)。

中尾:誰かだけが他の組織のことを見ているというのは、多くの会社であります。でも、5人くらいの部長が集まって、「どこが弱いかな」と経営企画のデータを見ながら話し合ったら解決策も出せる。

組織は個人の強みを活かし、弱みを補い合うためにある

坪谷:なるほど。今ドラッカーを読み直していて、彼の言葉でたぶん一番有名なのは、「強みの上に築け」だと思うんですけれども。今回、「制約条件理論」でKPIマネジメントをされているというお話を聞いた時に、「弱みにフォーカスするんだな」と一瞬混乱したんです。でも、個々人の強みを活かし、弱みを補い合うために組織があると考えると、まさに理にかなっているというか。

中尾:そうです。ロバート・キーガンの著書の『なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか すべての人が自己変革に取り組む「発達指向型組織」をつくる』という話ですよね。僕がマネージャーとして一番経験がない時に先輩に相談したら、「昔は俺らも大変だったんだよ」という昔話をされて(笑)。

そうじゃなくて、「僕も今一生懸命にキャッチアップしますけど、助けてください」と言えるかどうかなんですよ。それを個人に求めるのか、腹を割って話しながら組織全体でやるのかという話です。

坪谷:よくわかりました。

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