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第一部 篠田氏講演(全1記事)

キャリア面談で「何がしたい?」と聞かれても思いつかない社員の本音 会社から求められる「キャリア自律」がストレスになる原因

年間1万セッション以上の1on1を提供する「YeLL」では、その知見をもとに組織作りに関するセミナーを開催しています。今回は「職場の『キャリア自律』を促す仕組み」をテーマに、現場社員ひとりひとりの意識変革に向けた施策や制度の在り方について語られました。本記事では、エール取締役・篠田氏の講演の模様をお届けします。「キャリア自律」という考え方に対して、社員が息苦しさやつらさを感じてしまう原因について語られました。

次の記事はこちら(櫻井将氏講演)

社員の「キャリア自律」を目指す企業の増加

榎本佳代氏(以下、榎本):ではさっそく篠田さん、お願いできますでしょうか。

篠田真貴子氏(以下、篠田):榎本さん、ご紹介ありがとうございます。みなさん、こんにちは。エールの篠田です。講演と言っていただきましたが、まず10分くらいお話させていただこうと思います。

私の話のテーマは「受け身の組織文化からの脱却」です。今日のイベントは「キャリア自律」がテーマなんですけれども、キャリア自律を目指した仕組みを導入・拡充しているというお話を、エールのクライアント様、あるいはその他のお付き合いのある企業の方々からおうかがいすることが増えてまいりました。

少し遡ると、リーマンショックのあとに多くの企業が何かしらのかたちで希望退職的なことを行い、それまで日本企業で働いてきた方々の中でも「終身雇用はなかなか難しいんだな」という実感が少しずつ広がってきました。

ここ2~3年は「ジョブ型」というキーワードが出てきたり、経団連の前の会長である中西宏明さんが、「もう終身雇用は無理なんですよ」と明確におっしゃったり。会社としても正面切って「キャリア自律が大事なんですよ」と言って取り組んでこられているのが現状かなと思います。

「従業員の意向を反映した配置」はそれほど行えていない

篠田:実際に何をやっているのかというと、たくさんあるんです。ここで示している左の図は約4年前の研究調査結果ではあるのですが、大きく分けると、「配置に関わる取り組み」「従業員のキャリアに関する情報を提供するような取り組み」「自己啓発の支援に関わる取り組み」ということで、さまざまな取り組みを各社が行っているようです。

特にこの「キャリア自律」を進めている会社とそうでない会社を比べた時の特徴を見ると、1つ目は自己申告制度。つまり「自分はこういうことをしたいですと表明してください」ということです。

2つ目が管理職と従業員の間でキャリア面談をしてもらって、それを通して一人ひとりの社員がこういうことを考えていて、こういう希望があるんだなという情報収集をする。3つ目が研修だけではなくて、会社の外の能力開発機会について会社が提供する。

この3つが特にキャリア自律を打ち出している会社の、打ち手としての特徴だとわかっています。

ただ一方で、実際に「従業員の意向を反映した配置」ができているのかどうか。例えば社内公募制度、あるいは新卒や中途の社員に入る部署を約束して入社していただくといったものは、時々耳にしますけれども、キャリア自律を促進している企業でもそれほど行っていないのが現状なんだそうです。

社員は「自分のキャリアをどうしたいかわかっている」のか?

篠田:実際にこういった仕組みを設計・運営をされている企業の経営陣の方や人事の方々から、「こういう声が社員から聞こえてくるんですよ」という話をおうかがいしました。すると、例えば社員から「急にキャリア面談で『何をしたいか書きなさい』と言われても、思いつかないんです」とか。

場合によっては少し年齢が上の方からは、「若手はキャリア志向が強いんだけど、私たち中高年やシニアは難しいんですよね」という声が聞こえてきます。さらには社員から、「自律しなさいと会社から言われてプレッシャーに感じる」と(笑)。そもそもこれでは自律ではないですよね(笑)。自律が強制されているというパラドックスをすごく感じている社員さんもいらっしゃいます。

面談に当たる上長の方からも、「キャリア志向が強く『あれがしたい、これがしたい』と言う若手も、本当にそう思って言っているのか?」「この状況で何か言わないと競争に遅れてしまうから、無理くり捻り出している感じもする」という話もうかがうんです。

これを聞くと「そうですよね」と私はめちゃめちゃ思うんです。なぜかというと、こうした制度を多くの会社が実施なさっていて、「社員が自分のキャリアをどうしたいのかわかっている」という暗黙の前提のもと、教育の機会とか、「何がしたいかを聞かせてよ」という面談の仕組みがあるんです。

ですが、そもそも「社員が自分のキャリアをどうしたいかとわかっている」という前提が本当なのか? と思うんです。そう思う理由は、私自身が「自分のキャリアをどうしたいかはなかなかわからないものだ」という実感があるからです。

アメリカの大学院へ進んだ後に気づいた、自分への誤解

篠田:私の例で大変恐縮なんですけれども、これまでを振り返って図にしてみました。上の数字がざっくりの年齢です。20代、30代、40代、50代と書きました。黒い横線の下に並んでいるロゴが、その頃に私が所属していた会社のロゴです。さらにその下に、結婚や出産のようなライフイベントも書きました。このうねうねと上がったり下がったりしている曲線が、その時の自分のモチベーション、ステータスを表しています。

今日は上げ下げの話はまったくしませんが、「自分のキャリアをどうしたいか?」という観点で言うと、私はわりと銀行に入った時から、今でいうキャリア自律に当たる「自分として自分のキャリアをどうしていきたいか、自分でハンドリングしたい」という気持ちがありました。

銀行は人事部が配置を決めていきます。専門性などはまったく関係なくどんどん異動をさせていく仕組みなのですが、入社してからそれが自分にとても合わないと気が付いて、4年で辞めてしまう。そういう思考の社員でした。

そんな私でも、入社時はやりたいことがわからない。それで会社を辞めて、次はアメリカに留学しようと思いました。その時は、私は世銀(世界銀行)とかで仕事をするのがいいのではないかと思って、国際関係論の(学べる)アメリカの大学院にわざわざ行きました。ですが行ってから1年ぐらいでぜんぜん向いていないなとわかって、その道はやめるんです。自分のことをまったく誤解していたわけです。

自分が貢献できる環境に巡り会えたのは40代

篠田:30代に入って、マッキンゼーという会社に入りました。自分としても「ここはけっこう私にも合っているし、一定のキャリアを賭けてもいい仕事ではないか」と思っていたんです。ですが、ぜんぜんうまくいかなくて、これは成就しなかったんです。

その後30代後半で入ったノバルティスやネスレでは、ありがたいことに仕事の機会にすごく恵まれていたと思うのですが、自分のメンタルが前向きではない時期だったので、そういった機会を喜べなかったんです。与えられている機会に対して、自分のキャリアと結びける発想になれない時期もあったんです。

そんな中で40代になって、やっと相対的に貢献できる環境に巡り合えたと思うんです。「相対的に」というのは、例えば私が財務管理にすごく優れているかというと、そうではない。日本で財務管理をやっている方々をバーッと並べたら、私はまったく優れているほうだとは思わないんです。だけど、たまたまご縁があった会社ではそういうことができる人や興味のある人がとても少なかったんです。なので貢献できたんです。

こんなキャリアを進んできた私からすると、「何をしたいか書きなさい。そうすれば配置をしてあげないでもない」というこの仕組み自体を、社員の方は苦しく感じるだろうなと、なんとなく共感をしてしまうわけです。

キャリア自律に「息苦しさを感じる人」が6割

篠田:つまり、いわゆる「自律的にキャリアを作っていきたい」という意思と、「どんなキャリアにしたいかわかっている」という自己理解は、別のことではないかと思うんです。

私1人の経験だとあまり説得力がないのですが、傾向としてそれが示唆される調査結果が昨年の11月にリクルート系の組織行動研究所から出ています。

これは日本の大企業を中心に調査をされているのですが、6割以上の方が自律的なキャリア形成に関する会社からの期待を感じているんです。紫の部分が「期待がある」と受け取っているみなさんです。

一方、個人としてはキャリア自律にストレスや息苦しさを感じています。赤で囲ったところを見ていただくと、まず「息苦しさを感じる」という方が6割ぐらいです。その下の真ん中の赤い四角を見ていただくと、「多くの人にとって『自律的・主体的なキャリア形成』は難しいんじゃないのか?」というのが8割です。「自分だけじゃなくてみんなもけっこうつらそうよ」ということです。

一番下が、「今後、雇用が保証されない世の中では、『自律的・主体的なキャリア形成』が求められるのは仕方がない」。だから前向きにぜんぜんならないし、「むしろつらいんだけどしょうがないですよね」という姿が調査から見えてくるわけです。

つらいのは「自分のことがわからない」から

篠田:そのつらさの源は何だろうかというと、大きくいうと「自己理解がない」。自分の実力や、やりたいことがわからない。そして不安である。このままでいいんだろうか? といったことです。

先ほど見せたスライドとかなり符合します。「わからないんだけど、キャリア自律しないと生きていけないのではないか?」「どうしよう」「不安」。調査結果からもこういう状態の方々が多いと示唆されるわけです。

でも、私から見ると「自分のことがわからない」という点では、20~30代の頃の私とまったく同じなんです。でも不安に思うか思わないか、ここにまず大きな分かれ目があるのかなと感じるわけです。

つまり組織として起こしたい変化というのは、「キャリア自律せねばならない」というプレッシャーではない。もちろんやりたいなと思ってくれればいいんですが、もう少し控えめで「してもいいかな」「悪くないかな」くらいでもいいんです。

言ってみれば、大学進学のようなものです。「すごく進学したい!」という高校生ばかりではないかもしれないし、いろんな理由で行かなきゃならないと考える人もいるでしょうが、「行ったらそれなりに楽しいんだろうな」と思うから、みなさんは大学を受験します。

キャリア自律に関しても、そういうところまで、まずは持っていかないといけないんだろうなと思いました。

内側からの動機の「自律」と、外側からの「仕組み」のズレ

篠田:なぜ、どの企業の経営者の方や人事担当の方もすごく努力されているにもかかわらず、キャリア自律に対してこういうことになっちゃうんだろう? と、少し仮説としていくつか考えてみたんです。

やっぱり「自律」なので、内側からの動機の話じゃないですか。「仕組み」というのは、どうしても外側からの変化ですよね。一人ひとりの内面に働きかけるような変化も必要なんですが、これまでの私たちが経験を積んできた組織って、基本は外発的な動機を与える仕組みや手法をめちゃくちゃ発達させてきているんです。

なので、ついそのやり方でキャリア自律の仕組みも作ってしまっているのではないか? という仮説が1つです。

もう1つは、この3段目に書いたのですが、この仕組みを考えていらっしゃる担当者の方ってめちゃくちゃ一生懸命で、社員のこともめちゃくちゃ思っていて、ご自身が非常に自律的に取り組んでいらっしゃるんです。考えているうちに、ご自身の内面がどんどん改革されて、もはやご自身は自律的に自分のキャリアを考えられるようになっているんです。

でも、自分がそうやって変わっていることに気が付いていない。だから「はーい!」と言って社内に案を出した時に、みんなに「不安」「わかんない」と言われて、「え? なんで?」となっている印象があるんです。

このイメージはあとで櫻井さんからもお話があると思うんですが、つまり左下の世界で私たちはずっと組織を運営してきました。そして、パーパス経営やDE&I、それからキャリア自律は全部右上の内発的動機で、「私は○○が好きだ」とか「○○が嫌である」という価値観を基にキャリアを考えていこうよと、会社としてそれをやりたいよと言っているんです。

だけど、手法が左下のほうに固まってしまっていたり、担当者の方は右上の世界に行っているんだけど社員の方がまだ左下に留まっていたり、一緒に右上に歩んでいける手法がまだ編み出せていないのかな? という印象を持っています。

必要なのは、一人ひとりの内面の変化を定常的に支える仕組み

篠田:ここまでのまとめです。キャリア自律を目指す仕組みが、今は「外側からの改革」に留まっているのではないかと思うんです。会社として情報を把握して、その情報を基に例えば公募制などの設計をするといったところです。

ですが、一人ひとりの内面の変化を支えるような、しかも単発ではなくて定常的に回る仕組みが必要だというのを、まず現状認識として持つといいのかなと考えております。以上です。

榎本:篠田さん、ありがとうございます。

篠田:こちらこそ。

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