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辻愛沙子氏×橋口幸生氏「社会を動かす広告の言葉」『言葉最前線 Vol.3』(全7記事)

「業界未経験NG」クリエイティブ職への転職を阻む“壁” 電通広告マンが説く、正攻法以外のアプローチ

コピーライターの橋口幸生氏が、新しい言葉の使い手たちに迫る本屋B&Bのシリーズ『言葉最前線』。第3回目となる今回は、株式会社arca CEOのクリエイティブディレクター・辻愛沙子氏を迎えて対談。本記事では、クリエイティブ職とアワードの関係性について議論し、広告業界の本音を語りました。

広告業界の良くない点は「賞を取ること」が目的になること

辻愛沙子氏(以下、辻):でも逆に私は、業界的なものをあんまり知らずに「失礼がないだろうか」とか思いながら、ここまで過ごしてたんですけど(笑)。例えば賞とか、クライアントさんが出してくださるものがこれまでに時々あったんですけど、あんまり知らなかったりとか。

その世界の中の空気があるじゃないですか。「恐縮だなぁ」「お邪魔します」的な思いになる時もけっこうあります。ある意味、ちょっとよそ者的な感覚というか。

性格的に、業界人! 的な密度の濃い人間関係の作り方や、コミュニケーションの取り方をあまりしない、というかできないことも相まって。でも、そういう人たちにやっぱり見てほしいな、届けたいな、という思いももちろんあるんです。いつか賞に出すものとかも出てきたりするのかな、とちょっと思ったりしてます。ACCのやつをちょっと見てみたり。

橋口幸生氏(以下、橋口):辻さんとアワードの関係は、今日聞きたいなと思っていたんです。広告業界の非常に良くないところで言うと、こういう破壊的な意義のある仕事って、賞を取るためにやったりするんですよね。

「カンヌを取りたいからジェンダー平等の企画をやろう」とか、みんなそういう発想になりがちなんですよ。それはそれで、きっかけとしてはぜんぜんいいと思うんですよね。そういう下心で世の中が良くなることって、普通にあると思うので。

「やらない善」より「やる偽善」

橋口:なんですが、やはりアワードを意識しすぎると、あまり地に足のついたものにならないと思っていて。アワードに向けてはジェンダー平等の仕事をするけど、日々普通にやってるクライアント作業では、普通に差別的な表現をしてしまう、ってなってしまいがちだと思うんですよ。

なので僕は、辻さんがアワードに興味を示されてるっていう逆方向から、僕らはこれまでアワードを取るためにやっていたことを、日々の仕事で実践しなきゃダメな段階に来てるんじゃないかなと思ってたんですよね。

:「何のために賞があるのか」という話かもしれないですけど。……(視聴者からのコメントで)「ウォッシングっぽい」。本当にそうですね。コメントありがとうございます。もしかしたら、賞(の話題)から離れちゃうかもしれないですけど、ウォッシングの課題は最近すごく危機感を感じていて。

実際、「やらない善よりやる偽善」というのは、すごく大事なことだと思っていて、そういうものがたくさん生まれる空間はあったほうがいいとは思うんですが、ただやっぱりクリエイティブって、ある意味での技術じゃないですか。「Illustratorが使えること」と「デザインができること」が違うように。

橋口:そうですね。

:それと同じように、特にジェンダーとかトピックによると思うんですが、社会に対する視点って、ある意味での専門性が必要なところだなと思っていて。「専門性を持ってないとやるべからず」というアカデミズムは私は好きじゃないので、いろんな人たちがアクセスできる状態であるべきだとは思ってるんですけど。

リスペクトと学びの姿勢を持つことが大切

:ただやっぱりそこには、その文脈に対するリスペクトと最低限の学びと、かつて何が起こったのか、今の世の中がどうなってるのかとか。別に、女性でないとジェンダーについて語ってはいけないという意味ではなく、性別関係なくどれぐらい自分ごととして捉えて、その課題を見てるのか。

極論、それを自分のTwitterでも発信しようと思うのか、自分のパートナーに話そうと思うのかとか。そういったことが、やっぱりすごく大事だと思ってるんですが、ただやっぱり社会の軸になると……例えば映像の専門家なくして、映像を作らないじゃないですか。でも社会の文脈に関しては、なぜかそうなることがすごく多くて。

「この視点から見たら、この言葉とこの言葉を組み合わせたらもう絶対ダメ」みたいなものってありますけど(笑)。そういうのがたくさん出てしまって未だに繰り返しあちこちで炎上が起こってしまうのは、逆に言うと「そういうものを作らねばならない」というプレッシャーから来る、ちょっとしたウォッシングに近いものだったり。

「何のためにあるのか」が抜け落ちた状態で、確かに言ってることは正しいんだけど、「なんであなたがそれを言うんですか?」みたいなアイデンティティが抜け落ちてたりとか。

キーワードは「内省・開示・変化」

:よく「内省と開示と変化」という言い方をするんですが、内省は、これまで自分たちがどうだったのか。主語が企業であれ個人であれ、それを反省・内省する。一度も間違えたことのない人はいないので、そこはすごく大事だと思うんです。

「反省して変化」がけっこう多いんですが、「今まで自分たちはこうでした」ということを内々で気づいた上で、「私たちは男女フィフティ・フィフティをやります」みたいな。もちろんそれはアクションとしてはすごく大事なんだけど、実はその内省とアクションの間に「開示」という大事なプロセスがある気がしていて。

橋口:開示。

:「これまで自分たちはこうであった」ということを一度開示するプロセスが、すごく必要なんじゃないかなと思っていて。そうすると、なんでこの企業・この人がこういう発信をしようと思ってるのかっていうことに、すごく一貫性と納得感があるじゃないですか。

例えば、企業がこれまで女性役員が4パーセントだったけれども、なんでそうなったかと言うと、こういうふうに役員が決まっていて、その結果こうなっていて……という形で、課題自体、ないしはその課題の周りにある状況を説明する責任があると思うんですよね。こういうプロセスにおいて1人の女性の社員に気付かされた、とか。

あえて情緒的な言い方をするならば、「だからこそ自分たちはそれを変えていかねばならないと思った。なのでこういうアクションをします」とか。開示なくして表明をすることって、浮気をめっちゃしてた人が誠実さについて語る、みたいな違和感がすごく出るので。

橋口:しれっといつの間にか通る、みたいなことですよね。

:そうなんです。なので内省と開示と変化という、3つでアクションしていくことがとても大切だなというのは思ったりします。

興味がないことにアクションを起こす必要はない

:ちょっと賞(の話題)から離れちゃいましたが、クリエイターも本当にそうです。クリエイターもクライアントさんも、「みんながこういうアクションをするべきだ」と私は個人的には思ってなくて。

増えてほしいなとは思いますけど、極論、本当に必要だと思ってないんだったらやらなくて別にいいと思うんですよ。そのぶんやる人がやるし、そうじゃないすてきな表現だってあるので。きつい言い方になるかもしれないですが、興味がないんだったらやらなくていいんじゃないかなっていうのは最近思いますね。

橋口:それこそ、ウォッシングにつながっていっちゃいますよね。時間がちょっと過ぎちゃったな。辻さんすいません、途中で中座もしちゃったりして。もしあと少しだけ時間があったら、質疑応答だけ受けていただくことはできますでしょうか。

:ぜんぜん大丈夫です。もちろんです。

橋口:いろいろありがとうございました、たくさん話していただいて。

:こちらこそです。自由ですいません(笑)。

橋口:とんでもないです。

炎上したら言い訳をする、広告業界の巨匠たち

橋口:今日はお集まりいただいたみなさま、ありがとうございます。もしなにか質疑応答あれば、チャットにお願いします。

:最初にこういう質問チャットに書き込むのって、けっこう勇気いりますよね。

橋口:いりますよね(笑)。

:最後、すごく熱くなってしまいました。

橋口:まとめっぽい話でもないですが、今まで日本のアワードってけっこう発達していて。アートディレクションやコピーライティングであったり、そういう専門性を高めるのに果たした貢献ってすごく大きいと思うんですが、やはりその弊害が出てきていると思うんですよね。アワードも発展すればするほど、それこそサロン化していって、世間が見えなくなってしまうので。

:村っぽくなっていくみたいな。

橋口:たまに広告が炎上すると、アワードの世界ではものすごい「巨匠」って言われてるような人たちが、すっごい子どもっぽい言い訳をしたりするのを見て、けっこう幻滅していたんですよね。

:そうなんですか。

橋口:「彼はそんなことをするような人じゃないよ」みたいなことを言うんですよ。

:ホモソ(ホモソーシャル:主に男性同士の絆やつながり)っぽいですね(笑)。

橋口:そうなんですよ(笑)。

アワードは必要だけれど、もっと広告を社会に出すべき

橋口:なのでアワードはアワードで、これからもある程度必要なんだろうけど、そろそろ広告を社会に出していったほうがいいと思っていて。たぶんそういう時に、今、辻さんがやられてることとかは、すごく業界全体のヒントになるし、エンカレッジする人も多いんじゃないかなと思って、活動を拝見していました。

:とっても恐縮です。でもある意味での「怖さ」みたいなものは、亜流を歩んできた者からすると感じていて。それこそ橋口さんとか東畑(幸多)さんとか、そういう方々が見ていてくださることの心強さって、個人的にすごくあるんですが。

今日お話しさせていただきましたが、「何のために表に出てるのか」ということが、なかなかふだん伝える(機会がない)……。そういうのは、わざわざ自分からTwitterとかで書くものでもないので(笑)。

きっとそこに対しても、もしかしたらかつての「業界の美学」と反するかもしれないですし。そういう表現をしていくことに対して、言い方がアレかもしれないですが、村的な業界の中ではもしかしたら揶揄する人もいるだろうなぁ、と思ったりすることもあって。そうすると、自分からそこの中にダイブしていくことってけっこう勇気がいることで。

だからそういう意味では、アワードとかって「私が触れていい領域なのかなぁ」と思いつつ。でもACCやTCCとかの本は、会社に置いていたり、買ったり見たり借りたりもするので。「こんなに優れた表現がすごくたくさんあるんだな」というのも勉強させてもらってる身でもあるので、最近ようやくそういうところに興味が湧きはじめて。

でも「誰かが評価するってことだもんなぁ」「そこにジェンダーギャップはないだろうか」ということを、ちょっと思っちゃうこともあって(笑)。なかなかどこから行っていいのかわからず、「誰かご指南ください」っていう感じですね(笑)。

「やっぱりアワードって苦しい」

橋口:辻さんが、アワードとは違う評価軸を広告業界に持ち込まれたと思うんですが、それに勇気づけられてるクリエイターもめちゃくちゃいると思いますよ。

:本当ですか。

橋口:毎年(賞を)取れるような人は別として、やっぱりアワードって苦しいですもん。あまり健全ではない競争意識を人に与える側面があって、それでいじけちゃう人もいると思うんです。例えば、けっこう広告会社に入っていい年次になったのに、「同期は新人賞を取っているのに、自分だけ取っていない」っていじけちゃいがちなんですよね。

:なるほど。

橋口:でもアワードって、広告会社の中でもクリエイティブは知っているけど営業はぜんぜん知らないとか、それぐらいのものだったりするので。辻さんみたいなアワード以外の評価軸を持ち込んで、それに救われた人ってたぶんいっぱいいるんじゃないかな。

:本当ですか。ちょっとでもお役に立てたらいいんですが。質問、大丈夫そうですかね? 最後の議論が白熱しすぎて、だいぶ切り込みづらいですよね(笑)。

橋口:(笑)。

:賞は避けてるわけじゃないんですが、電通・博報堂・ADKとか、いわゆる業界のど真ん中じゃない人がアクションしづらい空気はちょっとありますね。

橋口:そうですよね、結局(電・博・ADKに)受賞者が多いですもんね。

:そうですね。でも、すごい表現がたくさんあるなっていうのは、とても勉強になってます。

橋口:そういうスタンスで接するのが健全だと思いますよ。今、お話を聞いてて思いましたが、賞ってよく「全肯定」か「全否定」になっちゃいがちだと思うんですよね。

カンヌだけを見てる人がいたかと思えば、「カンヌなんてクソだ」みたいな人もいて。僕はどっちでもないと思うんですよ。良いところは学んで、ダメなところはスルーすればいいとだけ思っていて。

:確かに。業界に身を置いておきながら、広告業界の話はある意味、別の業界な気もしていて。お話を伺えて、すごくおもしろいです(笑)。

「未経験NG」の業界に入るための方法

橋口:最後にご質問をいただいたので、読み上げますね。「Web制作の仕事をしているのですが、広告業界の求人を見ると、業界経験者しか募集していないことに悩んでいました。いろんな背景を持って仕事をすべきだと思うのですが、これから業界に入り込むためには、どういったアプローチがいいでしょうか?」。

じゃあ、僕から最初にお答えします。僕はなんだかんだで就職活動で入った人間なので、偉そうに言えないんですけれども。広告業界の求人にアプローチしつつも、自分で旗を揚げたほうがいいんじゃないかなと思っていて。

さっきの辻さんの「スタンスを明確にする」という話に通じると思うんですが、とにかく「自分はこれができる」とか、例えば「フォロワーが3万人います」でもいいと思うんですが。何でもいいから、業界の求人とかじゃない自分で達成できる目標を作って、それで目立ってどこかから声がかかるのを待つ、というのがいいんじゃないかなと思いましたね。

『IT』というヒットしたホラー映画を作った監督が、「とにかく何かを作っていれば、いつか誇れるものができて、いつか声がかかる」って言ってたんですよね。

:それ、すっごく勇気づけられますね。

橋口:たぶん、そういうことなんだと思います。僕からは以上です。

良い求人に出会うためには「待たないこと」

:本当におっしゃるとおりで、私もほぼ同じなんですが。もしかしたら、ぶっちゃけ「業界的」ではない広告の仕事の仕方をしてるかもしれないですが。

それこそさっきの「世界観」と「思想」の話で言うと、最初に世界観的な仕事をしてたから、どれだけ思想的なものを打ち立てていても、表現として自分が作りたいテレビCMの仕事もいただけることがあったりしていて。

私も、業界の端っこの端っこの端っこから、今も亜流を生きてるわけですが、もしかしたらそういう道もあるかもしれないですし。さっき橋口さんがおっしゃったとおり、自分で会社をやってみると、(身につけられるのは)独特の進め方とかある意味でのタフネスだったりもすると思うんですね。業界出身の人を求人に出してるというのは、良くも悪くもかもしれないですが。

なので、そうじゃない軸で1つのモノを作り続けていますとか、例えばゲームにめちゃくちゃ詳しいとか、新潮文庫の文庫本を1日1冊読んでそれをインスタに上げてみるとか。わかんないですけど、それぐらいちょっと狂気的なことをやってみたり。

すごくわかりやすいところで言うと、これまで作られたWeb制作のお仕事のクレデンシャル(実績の証明書)を作ることから始めてもいいかもしれないんですが。1つ誇れるものやアウトプットとして癖のあるものや、自分のアイデンティティにつながるものがあると、そういう切り口から「おもしろいね」ってなるかもしれないですし。

「待たない」ということなんじゃないかなって気はします。連絡してみるとか、会ってみるとか、そういうことも1つかもしれないですね。私も偉そうに言えないんですが。

橋口ゲームの仕事がやりたかったら、ゲームの仕事してる先輩について行くとか、本当にそういうことですよね。

:そう思います。

橋口:そういうことの積み重ねなんじゃないかと僕も思いました。じゃあもう時間も過ぎているので、今日はこれでお開きということに。辻さん、長々とありがとうございました。

:こちらこそです、ありがとうございます。

橋口:ワクチンの効果が出てきたころに、また東畑あたりにも声をかけてぜひお茶でも。

:ぜひ! うれしいです、大好きなお2人。

橋口:連絡します、秋ぐらいですかね。

:そうですね、オリンピックが終わったころにまた。

橋口:そうですね(笑)。みなさん、ありがとうございました。

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