同時に進む、グローバリゼーションとローカリゼーション

冨山和彦氏:ここまでは、どちらかというと一般の大企業をイメージしているんですが、ここからが実は今回とくに言いたかったことで。私は今回のコロナを境目に、グローバリゼーションとローカリゼーションが同時に進むと思っています。

要は、サイバーの世界。今こうやってリモートでやっている世界というのは、むしろどんどん世界が小さくなってグローバリゼーションが進んでいきます。でも、リアルな世界はむしろローカリゼーションが進んでいくと思っています。

もう1つ、もともと私が前から言っていたことなんですが、実は先進国ほど実際のGDPを生んでいるのはグローバルな大企業じゃないんですね。あるいは、ITも含めて働いている人を吸収しているのは、グローバルな大企業じゃないんです。

実は、圧倒的にビジネスモデルで言っちゃうと、地域密着型のローカル型産業、それから日本の地域でいうと圧倒的に東京以外なんです。世の中のイメージは東京都市圏、大企業がどんどんでかくなっているようにみんな思っているんですけど、現実には圧倒的にローカル経済圏です。これが世界の現実です。とくに先進国ほぼ共通にこうなっています。

実は、ここにトランプが選挙に強い原因があるんですよ。選挙は頭数なんです。だから、ニューヨークやカリフォルニアでいくら勝ったって、これ、意味がないんです。実はこのローカル経済圏に住んでいる人たちを掴まないと、選挙では勝てないんです。日本で自民党が強いのはここをやはり掴んでいるからなんです。

そうすると、今、言ったようなローカル化の流れは、今後さらに起きると思っているのですが、問題はローカルの経済圏の生産性がとにかく低いことです。

グローバルな世界、とくにIT産業を中心とした産業群に対して、とにかく生産性と賃金がどんどん格差が開いてしまいます。とくにITを含めた、あるいはデジタルを含めた主役産業になればなるほどこの格差が広がっているという問題です。

実は、これをどうしていくかというのは、たぶんある意味ビジネスオポチュニティでもあるし、ある意味、社会的問題だと私は思っています。

もし経済の復興ということを真面目に考えると、90パーセント、要は東京以外の経済圏、ローカル型の経済圏、これ、ほとんどが400万以上の中堅・中小企業が支えています。今や日本の中で経団連企業が支えているGDPなんて、20パーセントあるかないかです。

そうすると、ここを何とかしないと日本の経済、復興しないということなんです。G(グローバル)からL(ローカル)へリアルな世界で起きるとすれば、そこでどうやってDXなんかも使って生産性を上げられるかということが鍵になる。

となると、実は両利きの経営とかCXの話というのは、中堅・中小企業で真面目にやらなければいけない話なんです。グローバルな会社のCXはうまくいくやつはうまくいくし、うまくいかないやつは消えてもらえばいいんです。はっきり言って。極端な言い方ですが、むしろ淘汰していった方がいいぐらいの話です。これが本当のチャレンジだと思っています。

中堅・中小企業にある“基礎疾患”

よく地方の議論をする時に「人口いなくなっちゃってもうダメじゃん」みたいなことを言う人がいるんですね。ちょっと待ってくれと。100年前に「過疎」という言葉はありません。ところが地方って、今でもほとんどの場所で100年前よりはるかに人口が多いんです。

だから、何で100年前より人口多いのに過疎なのかということをちゃんと見なきゃダメです。そんなに人口減ると言ったって、もう100年前よりはるかに多いわけですから、別に絶望することはないと思います。これは、実際に我々がバス会社を東北地方でやっている実感でもあります。ぜんぜんやりようがあります。

いくつかの基礎疾患が、やはりローカルな中堅・中小企業にもあります。日本的経営というのが、ある意味で大企業の基礎疾患だと思っているんですけど、中堅・中小企業については(スライドを指して)次の4つです。

会社の数が多すぎること。これはやはりいろんな日本の政策的な問題もあります。とにかく会社を延命させることで殺さないという政策を、この何十年間本当に頑なに守ってきたので、今回もまた同じことをやろうとしています。だから過当競争で生産性も上がらない。

それから、地方の会社にオーナー会社が多く、変な封建的経営をやるんですよ。全部じゃないですけれど。要は一族で搾取するんです。一族を支えるために会社があるという構図になっている会社が少なくないです。これではいい人は来ないし、従業員はがんばって働かないです。この封建制をどうするか。

それから、どんぶり経営が多すぎる。これは400万社あったら当たり前なんです。400万人も優秀な経営者がいるわけないのですから。

だったら外部の知恵を使えばいいのに、そのくせ、自信過剰で閉じこもります。

この4つをクリアすると、中堅・中小企業に伸びしろは、我々は実際にやっていますが、すごくあります。これが改善されるだけで90パーセントの経済になっているわけだから、ここに私は本当の経済再生のチャンスがあると思っています。

スーパーAIエンジニアを雇う必要はない

リアルフェーズのDXが起こすいろいろな影響というのは、むしろこのL型産業にとって大変追い風です。我々はバス会社をやっています、タクシーもやっています。じゃあ、Uberは脅威か。まったく脅威ではありません。

どんどん出てくる新しいバスロケのシステムとか、いろんな新しいMaaSの技術。まったく脅威じゃありません。僕らが使うだけです。

例えば、ダイナミックルーティング。僕らが「やります!」と発信します。世界中からオファーが来ます。すごく安い値段で。もし、昔みたいにオンプレで自分で作ったら何百億円とかかるものが、もうめちゃめちゃ安いサブスクで使えるんです、今。

僕ら、スマイルカーブで言えば一番右端にいますから。一番お客さんに近いところで地べた押さえて、本当に価値を作るのはこちらなんです。そういったネット上のいろんなサービスを、GPSを使えばいいわけですから。そういった意味でいうと、とても大きな生産性を上げるチャンスです。

それから、実は人の流れという観点から言うと、これを実現できるかどうか。何で僕らはできるかというと、やはり地方のバス会社にしては非常に高いレベルの人材がいるんですよね。うちのグループだから。

そういった発信とかネットを使った広告もできるし、そこにいろんな人がオファーした時にコミュニケーションがとれるわけで。じゃあ、そういった人材を持っていかなきゃいけないんだけど、私はこれはいくらでもいると思っています。

というのは、別にスーパーAIエンジニアは必要ないのです。だって天才くんが考えてくれるんだから、それを使えばいいんで。天才くんの開発したサービスを使える能力があればいいんです。

そんな人間は東京にゴロゴロいます。それこそ、日立とかパナソニックとかに行ったらゴロゴロ。会社の中では必ずしも恵まれない「どうかな?」みたいな感じの人、30代、40代がいっぱいいます。

実際に、日本人材機構という官民ファンドで、翁(百合)さんなんかにも実はいろいろサポートしてもらっているんですけど、やってみました。どのくらいそういう人が動いているか。

けっこうピカピカの人が行きます。ポイントは、経営者がしっかりしていて、しっかりしたビジョンを持って「こういったことをやりたいから、あなたやってくれ」と言ったら、ある意味、ベンチャー企業ですからね。これ、ローカル。

若い経営者、あるいはそういうイノベーションを真剣にやろうという経営者がいるところには、どんどんいい人材が移っていくような時代です。おまけに、今回リモートでこういう大きな変化が起きていますから、2拠点居住、2拠点副業、兼業も含めて、たぶんそういうチャンスがいっぱいあると思っている。僕はがんばりたいなと思っています。

地方国立大が「プチ東大」を目指す先に、未来はない

その時に、実際こういったことを実現する上で、やはり金融機関が大事なんです。地方に行くと金融機関がいろんな情報のハブになっているので。

そうすると、金融機関が今言ったような人材の介在をする。金融機関がむしろこれからローカルなCX、ローカルなDXを進めていく上で、すごく大きな役割を潜在力として果たしています。ここはがんばってもらいたいなと。

それから国立大学も同じで、地方国立大学が「プチ東京大学」を目指していく先には絶対未来はないと思っていますけど。地方国立大学がより幅広い意味での地域の公共財としての自己定義をし直せば、私は十分に可能性があると思っています。

漫然と東京大学を追っかけて、ミニ東京大学でノーベル賞を狙っている限りは金は足りないですよ。あるいは、全部の学科を持っている。工学部から理学部から文学部から経済持っている。あれをやっていたら、お金足りないです。

ただ本気でトランスフォーメーションすれば、地方国立大学って十分にいろんな意味でその地域に役立つ可能性があると思っています。

「力を合わせてローカルDXを進めよう!」というのが1つのメッセージです。

ますます広がる貧富の差

これは今回投げ掛けとして言いたかったことなんですけど、結局、世界、国、社会、個人、いろんな意味でトランスフォーメーションが今、問われているわけです。いろんなものが相対化、流動化、これは前回も申し上げましたけど、社会単位が溶けてきているんですね。

近代国家も溶けかかっています。会社も新旧憲法を比較するとわかりますが、もともと会社というのは、設備集約的な、資本集約的な事業を長期にわたってやるためにできあがった仕組みなんです。法的なフィクションとしてすごくそれに向いているんです。

だけど、これだけどんどん知識集約化、あるいは個人の能力の集合体として価値が生まれるようになってくると、会社という単位でなんか囲い込むことの意味ってあまりないですよね。

だから、Googleがキャンパス化したのは当たり前で。Googleの企業価値とスタンフォードの企業価値って本質は一緒なんですよ。あれ、たぶんスタンフォードが真剣に上場したら、同じような時価総額になっちゃうんじゃないですか。その気になったら。

そうなると、もともと19世紀から20世紀にかけての設備集約産業の産業革命の時代にでき上がってきた近代国家とか会社って溶けてきていて。溶けていくものは僕は溶かしちゃった方がいいと思っているので、その先に何を作るんですか? というのが本当の問いなのかなと思っています。

それから、先程のLとGの議論で言うと、今、政治と経済がすごくアンビバレンスになっていて、政治の世界というのは、ある意味ではナショナリズムとかローカリズムが増えています。

経済はむしろグローバリズムに振れてるんですけど、実はこの背景というのは、さっき申し上げた同じ1つの国の中で、ローカル経済圏で生きている人とグローバル経済圏で生きている人の間の分断が広がっているんですよ。さすがに貧富の差が広がりすぎです。

(スライドを指して)「ストックのインフレとフローデフレの時代の普遍化、あるいは慢性化」と書きましたが、今、世界中で猛烈に貨幣を刷っていますよね。これ、刷るとお金がどこに行くかというと、絶対ストックに行ってインフレになるんです。ところが景気は悪くて過剰供給なので、フローはデフレになるんです。この後、ますますそうなります。

ストックの方に流れ込むと株と土地しかないので、株と土地が上がるんですよ。こういう時は当然エクイティ側が上がっていくのです。そうするとエクイティをたくさん持っているのは富裕層なんで、ますます貧富の差が広がるんです。

ますます国家を溶かしていくんですよね。だから、これにどう応えるのか。これはたぶん、我々が絶対に応えていかなきゃいけないトランスフォーメーションの一種です。

その脈略で1つ。前回もこれ言いましたけど、宇沢(弘文)先生の言葉で言えば、社会的共通資本。公共財。

現代の公共財というものをもう1回再定義する必要があるのと、公共財の担い手が従来の政府部門と民間部門という二分法というのはどうもダメです。

そういう意味で、私は公共財の担い手として大学の役割というのは、1つものすごく重要になってくると思っています。要するに、ある種のインスティテューション。それなりの伝統と歴史を持った、権威性を持ったインスティテューションが大事だと思っています。

それから、やはりどうしても考えなければいけないのは、実は現代の、とくに日本人にとって圧倒的に大きい社会単位って、国でもなければ地方自治体でもないです。会社なんです。

多くの人々にとって、会社のフォーマットの耐用期限というのはきついんですよ。ほとんどの人は会社なしに生きていけないから。なんらかの中小企業であろうが大企業であろうが。

会社というフォーマットも怪しくなって溶けかかっているので、これをどう再構築するのかというのも、とにかく直面している課題だと思うんです。ただ、ここには誰でも働きかけられるんですね。経営者だけじゃなくて、みんなが働きかけられる。

その気になったら小さい会社を自分で作ればいいわけだから。そこはみんなそれぞれのイシューかなと思っています。

世の中の“殺伐度合い”を決める35%の人たち

それから最後に「豊かな社会、豊かな人生の最大公約数の必要条件」と書きましたけど。結局、社会全体、国全体、世界全体がそれなりに愉快にやっていこうと思うと、ある意味、すごい優秀な5パーセント、10パーセント、どうでもいいっちゃどうでもいいですよね。社会全体から見ると。

要は所得分布で言えば、平均値の上下約70パーセント。とくに平均値から下のいろんな意味での35パーセントかな。このクラスで生きている人たちが、やはり不安だったり、不機嫌だったり、不愉快だったりすると社会がおかしくなるんですよ。

別にこの人たち、ノーベル賞を取ろうと思っていないし、億万長者になろうとも思っていないし。ある意味、運転手などをしてくれている人たちですよ。ローカルの地域に密着して、市井の片隅で日々、ある意味で社会にとって大事な仕事を営々とやっている人たちです。

この人たちが「今年よりかは、来年はちょっとだけでもマシだな」と、自分らの子どもが食うのに困らないだろうなと、行きたい学校には行けるだろうなという感覚をやはり持ってないと、世の中殺伐とします。

私は、今の時代のリーダー、これは経営者だろうが、あるいは政治家だろうが、この問題に真剣に対峙するべき時期が来ていると思っています。今回のコロナショックは、いろんな意味でその階層のストレスがやはりすごく大きくて、亡くなった人もこの社会的階層に多いです。

この平均から下が、35パーセントが愉快で機嫌が良ければ、その下の10何パーセントに優しい社会になるんです。うちもカナダ移民だったからよくわかるんですけど、要は移民って一番下から入るんですね。

誰にいじめられるかと言ったら、すぐ上の35パーセントにいじめられるんです。一番上の10パーセントは建前で生きていられるから優しいんです。人種差別なんかしないんです。

いろんな軋轢が起きているとしたら、やはりそこを軽視しすぎたかなと。トリクルダウンで何となく上が栄えれば、そこにうまく落ちていくと思ったことは、これはやはり幻想で、100年前にもその幻想に人類はやはり苦しんだんですよね。120年前かな。

その結果として、共産主義やナチスが生まれて、多くの人が不幸になりました。あと2回も大戦を経験しているわけですね。人類は。だから今、この局面でそうならない前に、やはり我々の世代というのは答えを生み出していくことが大事です。

まさにそれが今回、コロナの感染でいろんな問題が吹き出てきているのは、背景にこういうことがあったような気がしているので、僕は最後のところはむしろ投げかけです。

投げかけで、自分もこういった問いに何とかして応えようと、応えるべく残りの人生をがんばっていこうと思うし。若い世代、ぜひがんばってくださいというのが、この本の最後のメッセージです。ご清聴ありがとうございました。